第77話 地の底にあったもの
五人がクロースの稲光に照れされた細い道を歩き始めてしばらくすると、道の先に木で組まれたエレベーターが置かれていた。
エレベーターは穴の上に置かれた四角い板の両脇に、三角に組まれた木の間に一本の柱が通っており、柱の中央に緑色に輝く魔石が取り付けられてる。板の左脇にスイッチだろうかレバーが取り付けられていた。真っ暗な道の先に寂しくぽつんと置かれた、エレベーターはグレンの目には少し不気味に見える。
「この下に第五十三坑道があります」
エレベーターの前に来ると、プリシラが先に出てエレベーターのレバーの前に立って下を指さした。グレンはプリシラに続きエレベーターに乗り込もうと足を板に乗せた……
「うわ!? このエレベーター…… 浮いてるのか」
板に乗ったグレンが声をあげた。グレンが乗った瞬間にエレベーターの板がわずかに沈み左右に動いたのだ。
プリシラはグレンの言葉を聞いて静かにうなずき、下を指していた指を今度は上に向け柱に埋め込まれた魔石を指した。
「はい。このエレベーターは大エレベーターと違って完全魔導制御型なんです。上の魔石にブルースカイウォークの魔法を込めて動かしているんですよ」
「ほぉ。そうなんだ」
視線を上に向けプリシラの話しをグレンは聞いたのだった。グレンに続いて、クレア、オリビア、クロースと乗り込む。プリシラは全員が乗り込むとレバーを手前に引いて倒した。
柱に埋め込まれた魔石が緑に光って、スーッと音もなくエレベーターは下へ移動を始めた。
「よし大丈夫ですね。定期的にギルドでメンテナンスしてるんですよ」
動くエレベーターを見てプリシラは少し得意げな顔をするのだった。下に進むつれてグレンは汗を拭った。蒸し暑く肌に感じる空気が湿り気を帯びて来る。
エレベーターが大きな空間へと出た。空間は町の一角くらいの広さがあり、高くむき出しの天井には小さな緑の苔がびっしりと生えていた、空間をエレベーターは魔石が照らす薄い緑色をした光の柱の中を進んでいく。
「うわぁ…… 広いですねぇ」
少し怯えたよう様子でプリシラはグレンの横へとやってきた。彼女の接近には気づかずにグレンは周囲を見ながらうなずく。
「そうだな」
「もしエレベーターが動かなくなったら…… 怖いですね」
そっとプリシラがグレンの袖をギュッと掴んだ。クレアがそれを見て眉毛をピクッと動かした。
「大丈夫。ここに居る君以外の人間は魔法で飛べるからな」
うなずいたグレンはプリシラの方を向き、右腕を上げクロースやクレアたちを手で指し示す。腕をあげると同時に袖を掴んでいた彼女の手は離れた。プリシラは袖から手をはなされ少し寂しそうにしてる。
プリシラに顔を向けるグレンの後ろで、クレアは眉間にシワを寄せて睨みつけていた。なお、グレンは特に気にする様子もなく普通の顔をしているが、嫉妬するクレアの目に彼は優しく丁寧に袖からプリシラの手を外し微笑みそっとでるように映っていた……
「いやぁ。すまない。私は飛べないぞ」
「えっ!?」
グレンの言葉を聞いたオリビアが手を上げて空を飛べないと宣言した。
驚いてグレンがオリビアに顔を向ける、オリビアは自信満々でうなずく。オリビアの態度に横に居たクロースが呆れた顔をした。
「そうなんですの。必要な時はいっつもわたくしが抱えて飛んでますのよ……」
「はぁ…… 勇者なのに……」
失望したようにつぶやくグレン。
「別に勇者になる条件に空を飛べることなんてのはないぞ」
「はぁ」
胸を張って堂々と答えるオリビア、クロースは彼女の横で小さくため息を吐いた。オリビアはグレンに向かってニコッと笑った。グレンは首をかしげた。
「クロース! 大丈夫だ! 今日は頼りになる弟がいるからな」
「えぇ!?」
「心配するなたくさん食べるがたくさん動いてるからな。軽いぞ!」
オリビアはグレンの背中を叩いた、彼女はもし飛ぶことがあったら、クロースではなくグレンに頼ろうというつもりらしい。
肩を小刻みに震わせて顔を真っ赤にしてクレアがうつむいた。
「そうですわね。よろしくお願いしますわ」
小さくうなずいてクロースはグレンに声をかける。チラッと横目でクロースはクレアの様子を見て笑うのだった。
「ダメです!!!! ちゃんとクロースちゃんがオリビアちゃんの面倒を見てください」
「あら!? どうしてですの? じゃあオリビアではなく。プリシラさんをグレンさんにお願いしますわね」
クロースはいたずらに笑いわざとらしく聞き返した。プリシラが嬉しそうにうなずく。それを見たクレアは両手をあげて叫ぶ。
「とにかくダメでーーーーーす!!!!! グレン君は一人で飛んでください。プリシラさんとオリビアちゃんは私とクロースちゃんで運びます」
必死なクレアにグレンは彼女が、なぜこれほど必死なのかわからず少し困惑気味に答える。
「わっわかったよ…… どうした? 義姉ちゃん。今日は少しおかしいぞ」
「おかしくないです!」
口を尖らせてクレアは腕を組んでそっぽを向いた。グレンは彼女を必死になだめる。
オリビアとプリシラは、なぜクレアが不機嫌なのかわからず首をかしげている。クロースだけがグレンとクレアの様子を見て笑っていた。
エレベーターが地面へと到着した。エレベーターは静かに地面へと着地しほとんど衝撃はなかった。プリシラがまずエレベーターから降りてクレア達が続く。少し歩いてプリシラは立ち止まり振り返る。
「ここが第五十三坑道です。もう灯りを消しても大丈夫ですよ」
「えっ!? わかりましたわ」
クロースが雷雲を消した。エレベーターの魔石の光は徐々に細くなって消えてしまった。グレン達の周囲はすぐに真っ暗になった。
しかし、直後に天井に生えていた緑の苔が光だし周囲を照らす。昼間のような明るさでないが、満月の夜程度の人が行動できるくらい明るさになった。
「天井に生えてるのは月光苔と言います。ロボイセの川とかにも生えてて暗い場所で光るんです」
やや得意げにプリシラや天井を指差して説明をする。グレン達は天井で光る月光苔を見上げている。
「昔は魔石光源や魔導松明がなくて旧い鉱山とかに月光苔を植えて松明の代わりにしたこともあるそうですよ」
「へぇ」
うなずくグレンにプリシラは笑った。そして彼女はゆっくりと右腕を伸ばす。
「遺跡はこの先にあるみたいです」
プリシラがある場所に向けて指さした。
「えっ!? でも…… そこは……」
グレンが驚きの声をあげた。彼からの右に数十メートル進んだ先に、光に照らされた静かに水面が揺れる地底湖があった。プリシラが指さしたのは大きな地底湖だったのだ。
透明な綺麗に輝く地底湖に、月光苔の光がむき出しの魔導石に反射して星空のようになっている。プリシラはグレンに向かって小さくうなずいた。
「はい。遺跡はこの湖の中にあります。地下街が出来た頃に第五十三坑道は水没して地底湖に沈み廃坑道となったそうです」
「なるほど水没して教会が見捨てた場所だから…… フラックがここを開発したわけか……」
地底湖をみながらグレンがつぶやく。プリシラは小さくうなずいた。
「はい。フラックさんはここの水を排出する魔法道具の開発に成功しました。でも今は魔物が居て作業が……」
話の途中でプリシアはハッという表情をした。
「でも…… グレンさん達はどうしてフラックさんのことを……」
「あぁ。ちょっと調べたんだよ」
プリシラの問いかけにグレンは地底湖を見つめたまま静かに答える。グレンは地底湖から視線を外すと大きく天井に腕をあげ伸びをする。
「はああ。さて…… じゃあ地底湖に進むために……」
「いえ! 休憩です! みんな疲れましたよね。ここは見通しも良いですし少し休憩しましょう」
グレンの言葉をクレアはすぐに遮った。
「えぇ!? 休憩?」
「はい。でも、グレン君は休憩なしですよ。地底湖に潜れる薬を作ってもらいます」
「えぇ……」
湖を見てクレアが指示を出す。グレンは一人だけ休憩できずに、面倒を押し付けられ顔をしかめるのだった。
「ふぅ。でしたら私はちょっと体を拭いて来ます」
クロースは暑そうに服の胸元を動かしながら話す。彼女の横でプリシラが湖を指さした。
「だったら地底湖の浅いところで水浴びをしましょう」
「えぇ!?」
驚くクロースにプリシラは笑ってうなずく。
「はい。この湖付近の魔導石には聖なる魔力が宿って浄化作用が強いんです。特に美肌効果が高くてすべすべになります」
「まぁ嬉しい! 行きましょう! オリビア!」
クロースはオリビアの手を取った。オリビアは興味がないようだが特に嫌がる様子もなくクロースに向かってうなずいた。
三人が楽しそうに話す横で、グレンとクレアは焚き火の準備を始めるのだった。