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第73話 第五十三坑道

 屋根の上にいる猫に向かってクレアは嬉しそうに笑って手を振っている。クレアが視線を前に戻す、ここはハンナの家があるという職人街の手前だった。


「少し遠回りをしてもらっていいですか?」

「えっ!? あぁ。わかった」


 少し驚いた様子でクレアの提案を受け入れたハンナは、本来彼女の家へ向かうために曲がるはずの場所を素通りする。


「なぁ。尾行がわかってるのになぜついてこさせるんだ? 君達なら彼らくらい簡単に振り切れるだろ」


 前を向いたままハンナが後ろの二人に問いかけた。


「無駄だよ。どうせこの町にいる限りゴールド司教は俺達を付け狙うだろ。だったら泳がせておけばいい」


 グレンは間髪をいれずにすぐにハンナの問に答える。両手を頭の後ろに持っていった彼は、不満そうに視線を上に向けた。


「だいたいさ。俺達は昨日町についたばかりだぜ。なぜ監視されないといけねえんだろうな」

「うふふ。そうですね。私たちはなぜゴールド司教が私達を狙うのか…… 彼は何者なのか詳しくは知らないのに……」


 ゴールド司教は何者で彼が何をしたのか、何も知らされずに今日町についたばかりの彼らにはわかるはずもなかった。クレアはジッと笑顔でハンナの背中を見つめ、わざとらしく指を顎に乗せ上を向けつぶやく。


「それに私達がシャサさんの家に行くのがなんでわかったかも気になりますしね」

「あぁ。それは俺達が会った人の中に密告者が……」


 密告者という言葉を聞いたハンナは即座に振り返った。


「わっ私じゃないぞ。私はプリシラから君達が……」


 声が裏返るほど必死に自分が密告者じゃないことを強調するハンナ、その姿を見てグレンとクレアは困った顔をする。


「あぁ。わかってるよ」

「はい。信じてますから落ちついてください」


 グレンは右手を前に出し手のひらを下にし指を上下に振って、払うように動かしハンナに前を向けと合図をした。


「ほっ…… ならよかった」


 自分が疑われてないと納得し、安心して前を向いたハンナだった。


「密告する人間がクイーンデスワームにあんなに必死に逃げないだろ…… プッ!」


 歩くハンナの背中を見てグレンが吹き出した。グレンに自分の恥ずかしい姿を、見られていたハンナは顔を真赤にして振り返った。


「グレン君! 君というやつは!」

「だから! 振り返るなって!」

「うるさい! 今日会ったばかりだが私は君のことが大嫌いだ!」

「なっなんだよ……」


 眉間にシワを寄せて頬を真っ赤にしてハンナは怒鳴るのだった。グレンは大嫌いと言われ動揺し少し落ち込む。まぁ、彼が調子に乗り無神経なことを言うのが怒鳴られる原因なのだが……


「もう…… グレン君は……」

「はっ!? なんだよ。義姉ちゃんまで……」


 腕を組んで不満そうにしてハンナは前を向いた。

 真顔になったクレアは視線を横に向けて後ろに二人を気にしながらつぶやく。


「密告者の目星はついてますが…… あの人はシャサさんの家に向かうのは知らないはずです。つまり……」

「どこかで私達の会話を聞いてるのか!?」


 振り向きそうになるのをハンナは必死に我慢した。

 シャサの剣を届けるのはここに居る三人と、冒険者ギルドに残ったプリシラしか知らないはずだ。尾行はシャサの家の前で待っていた、事前に彼らがシャサの家に向かう事を知っていたと思われる。これはハンナの言う通り、ゴールド司教達が何らかの形で四人の会話を盗み聞いてる可能性が高そうだ。

 しかし、ハンナの言葉にクレアは首をかしげた。


「どうでしょうかね。私達の会話を聞けるなら尾行はさせないでしょう」

「えっ!?」

「そうだな。俺達の今の会話は聞かれて…… 聞けないのだろう」


 グレンとクレアはお互いに視線を合せてうなずいた。そしてすぐにグレンが前を歩くハンナに声をかける。


「なぁ。まだハンナの家は遠いのか?」

「いや。すぐそこの角を曲がればすぐだ」


 視線を前に向けたハンナ、彼女の視線の先には狭い路地へと続く曲がり角が見えた。


「もう少し遠回りをしてもらっていいですか?」

「えっ!? あぁ。わかった」


 クレアから指示されたハンナは、再度曲がり角を素通りして家を迂回して遠回りをする。尾行する男女は彼らの後をついてくる。少し歩いてからクレアはおもむろに口を開く。


「さて私達が狙われる理由を聞いておきますか」


 クレアは少し前を歩くハンナの背中をジッと見つめた。


「ハンナさん。ゴールド司教はこの町に何をしたんですか?」

「えっ!? そうか…… リンガル洞窟亭では話せなかったな」


 視線をやや下に向けて歩きながらハンナは話しを始めた。

 ロボイセの町は鉱石の採掘が経済や産業を支えている。特に魔導石の産出量は大陸一を誇る。魔導石はノウリッジ大陸でしか産出されず装備品や船などの燃料となるため需要が高く、ロボイセにはたくさんの鉱夫や商人が訪れて賑わっていた。魔導石が採れる坑道のほとんどは教会が専有しており、鉱夫は採掘税、商人は魔導石に対して取引税を教会へと収めていた。

 ゴールド司教が赴任する前は、採掘や取引の税金は坑道の維持や管理に必要な金額のみで鉱夫や商人は教会への寄付のような間隔で積極的に収めていた。だが、ゴールド司教がロボイセにやってきたからは採掘と取引の税金は倍に変更された。魔導石の需要は高く税金が倍額にされても鉱夫や商人の活動に影響はほぼなかった。結果、魔導石の採掘量と取引量は減らなかったが、徐々にゴールド司教への不満だけが高まっていた。

 そして…… ニヶ月ほど前のこと町のフラックという鉱石商人が廃棄された、第五十三坑道で新たな魔導石の鉱脈と古代の遺跡を発見した。第五十三坑道の権利はすでに教会からフラックへ売却されており、フラックはそこで活動する鉱夫や商人から採掘税も取引税も取らないと宣言した。

 フラックが魔導席の税について宣言してから三日後…… 第五十三坑道近くにあった地下街の修道院に魔物が現れた。


「なるほど…… それでゴールド司教が魔物とつながってると」

「あぁ。今日のクイーンデスワームを見ただろ? 第五十三坑道の開発が進まないように邪魔をしてるんだ」

「確かにな」

「だったら! すぐにゴールド司教を捕まえてくれ! 君達ならできるだろう?」


 気持ちが昂りすぐにゴールド司教を捕まえろというハンナ、グレンとクレアは彼女の言葉に顔を見合わせし困ったような顔をする。クレアは申し訳なさげにハンナに答える。


「ごめんなさい。今の状況でゴールド司教を捕まえることは…… 出来ません」

「なっなぜだ!?」

「地下に居たクイーンデスワームとゴールド司教のつながりが証明できません。私達が見つけたのは彼ら素性が少し分かるくらいですし…… 上級騎士が金目当てに勝手にやったことだとぼけられたらそれまでです」

「クッ……」


 ハンナは前を向いたまま、クレアの言葉を聞いて悔しそうにしていた。腕を組んでクレアは少し考えている。


「うーん…… 鉱脈と一緒に見つかった古代の遺跡とはどんな物ですか?」

「えっ!? えっと…… 聞いた話では黒い柱だったというが。すまない。遺跡の詳しい話はわからないんだ。調査をする前に魔物が現れたからな」


 問いかけにハンナが答える。彼女の答えを聞いたクレアは静かにうなずいた。


「わかりました。ちょっと時間をください。色々やってみます」

「えっ!? あぁ。わかった」


 クレアはハンナの言葉にニッコリと微笑んだ。


「じゃあそろそろお家に行きましょうか。遠回りさせてすみませんでした」

「わかった。こっちだ」


 小さくうなずいてハンナは狭い路地へと入っていった。

 狭い路地だが職人街だけあって、鉱夫のつるはしを作る鍛冶屋や採掘された魔導石を加工する職人などが小さな店を構えていた。

 路地を抜けた先にある小さな広場、その脇にある小さな建物へとハンナは歩いて行く。


「まだ…… 仕事をしてるのか」


 職人が一角にある周囲の建物と違う、緑色の屋根の木と石で出来た家をみてハンナがつぶやいた。屋根の上にある煙突から煙が出ていた。

 木製の小さな扉の前にハンナが立つ、扉にはブライアン&ハンナ工房と文字で書かれ軒先には二つの槌が交差している看板が掲げられている。彼女の前に立った直後に勢いよく扉が開いた。


「こおら! ハンナ! お前さんワシをぎっくり腰など……」


 扉が開くとハンナと同じ緑のシャツにオーバーオールを着た、白い髪が頭の脇にしか残っていないシワの深い男がいきなり叫んできた。男はシワクチャで老齢だろうが、体はがっしりとして背は高く腕はグレンよりも太かった。

 この老人はブライアンという名前のハンナ師匠だ。ブライアンを見たハンナは少し嬉しそうな顔した。


「師匠…… ふん! それがなんだ。どうせもう年でろくな仕事してないんだから変わらないだろ」

「なんだと! お前さんは破門だ!!!」

「おぉ! やれるもんならやってみたらどうだ? 導入した魔導機械を使いこなせるのかな?」

「グヌヌ! できらあ!!!」


 顔と顔を突き合わせてにらみ合う二人。言葉と違って険悪な雰囲気はなくなんとなくじゃれあっているような空気が漂っていた。

 クレアとグレンは言い争う二人を気まずそうに顔で見つめていた。二人に気づいたブライアンがハンナに尋ねた。


「なんじゃ!? あやつらは」

「今日の仕事で一緒だったグレン君とクレアさんだ」

「うわ!?」


 ブライアンはハンナの頭を鷲掴みにして強引に下げさせた。


「ふん。うちのバカが世話になったな。ほらお前さんもちゃんと礼を言え!」

「やめろ! バカ師匠!」


 ハンナは掴まれた頭を強引にどかそうと手をのばすのだった。その様子を見たクレアは微笑む。


「ふふふ。二人は仲良しさんですね。お師匠様はハンナさんが心配で待ってたんですよ」

「はっ!? このジジイにそんな優しさ残ってるわけない」

「なんじゃと! このなバカ弟子が! さっさと入れ! 今日はとことん説教じゃ」

「うわ!」


 ブライアンはハンナ腕をつかむと、強引に放り投げるようにして建物の中へと引き入れた。扉を閉めようとしたブライアンにクレアが声をかける。


「あっあの。私達が帰ったら……」

「わかっとる! まったく…… 弟子が世話になったな…… ありがとう。冒険者ギルドには礼をしておく……」


 そう言うとブランアンはバタンと勢いよく扉を閉めるのだった。閉められた扉の向こうでまだ言い争う二人の声がかすかに聞こえた。

 グレンとクレアは閉められた扉を見て苦笑いをするのだった。

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