第69話 二人は怒っています
グレンが顔を見せてもなおメルダは、弓を構えたまま彼を睨みつけている。暗い表情でキティルはメルダの傍らに寄り添うようにして立っている。
「おいおい。俺だってわかったんだからもう武器を下ろしてくれよ」
両手を広げたおどけた顔をして、グレンは前に一歩踏み出した。
だが…… 彼の踏み出した足のすぐ横に矢が突き刺さる。驚いて顔を上に向けたグレン、メルダは彼に侮蔑の表情を向けている。
「動かないで…… 教会の犬め!!」
「メルダ……」
重苦しい空気が漂うジッと黙ってメルダはまた矢をつがえる。
「おい! 悪い冗談はやめろ」
「冗談じゃないわ。グレン…… 私はあなた達を許さない」
必死にメルダに声をかけるグレン、メルダは表情を変えずに弓の弦をひこうと手に力を込めた。
「許さないのはあなたの方ですよ」
小さくささやく声がメルダとキティルの耳に届く。
「「!!!!!!??」」
メルダとキティルの表情が青ざめた。音もせず何の気配も感じさせずに、どこからともなくクレアが二人の前に現れた。
彼女は腕を交差させ右手に大剣、左手には光の剣を持ちすっと右手に持った大剣の剣先を、メルダの首筋に当て左手に光の剣をキティルの喉元へと伸ばす。両方の剣は言葉をはっしないが、動いたら仕留めるという空気を帯びていた。キティルとメルダはその空気を察して硬直し動けない。
「グレン君を攻撃するならあなたもキティルちゃんも…… 殺します」
優しくいいつもの口調で二人に話しかけるクレアだった。ニコリと笑った彼女の目は冷たく硬い意思に満ちあふれている。
喉元に光に大剣をつきつけられたキティルは硬直したまま動けず、メルダはクレアの目を見ていずこかの恐怖が蘇り顔を引きつらせ小刻みに震えている。
「義姉ちゃん!」
両手をクレアに向け首を横に大きく振ってクレアを制止するグレンだった。
クレアは交互にキティルとメルダを見て微動だにしない。グレンの声は聞こえているが、義弟に危害を加えようとした者を簡単に許そうとはしない。大きく息を吸ったグレンは顔を真っ赤にしてうつむく。
「はああああ。おっお義姉ちゃん…… やめてよう…… 二人を許してあげてよう……」
息を吐いて恥ずかしそうにして意を決した様子でグレンはクレアに声をかける。
「うふふ。しょうがないですね。かわいい弟の頼みですからね」
嬉しそうにほほ笑んだクレアは剣をゆっくりと二人から離していく。甘える義弟の頼みをクレアは決して断らない……
「二人共! 何をしてるんだ! 彼らは違うぞ!」
「ハンナ!? あなた……」
リンガル洞窟亭の入り口にハンナが立って、メルダとキティルに向かって叫ぶ。メルダはハンナを見て驚いた顔をする、会話と様子から二人は知り合いのようだメルダはハンナを見て大きく首を横に振った。
「そう。ブライアンがあなたが出ていったと言ってたけど…… 裏切ってたのね!」
「違う! これは師匠と君達の……」
「何が違うの? あなたが彼らと一緒に居るじゃない!」
激しく言い争うメルダとハンナ、グレンとクレアはよくわからず二人の会話に聞き耳をたてるのだった。
「見損なったわ!」
吐き捨てるようにしてハンナに叫んだ。ハンナは視線をそむけてうつむいた。メルダは彼女に背を向け歩き出した。
「行くわよ。キティル」
「はい」
キティルは返事をしてメルダに続く。二人はリンガル洞窟亭から出ていこうとしているようだ。
「えっ!? おい! 待て! 二人とも!」
グレンは二人を引き止めた。だが、メルダは振り返ることなくリンガル洞窟亭の廊下の奥へと消えていく。
キティルだけ振り返り静かにグレンに頭を下げた。
「グレンさん…… ごめんなさい」
つぶやいたキティルはメルダの後に続いて廊下の奥へと消えていった。
「ふぅ」
小さく息を吐いたクレアは剣を背中におさめると、静かに階段を下りていくのだった。
彼女がハンナの前にさしかかるとハンナが声をかけてきた。
「二人を追わないのか?」
小さな声でハンナはクレアに問いかた。顔を上げたクレアは二人が消えた廊下へ視線を向けた。
「あの様子じゃ捕まえても何もしゃべらないでしょう…… それよりも」
クレアはハンナの方に顔を向けてニッコリと微笑んだ。
「私はあなたに二人のことを話してもらいたいですね」
「えっ!? あぁ……」
ジッとクレアはハンナを見つめた。全てを見通したような澄んだ彼女の瞳に見つめられた、ハンナは諦めたような顔でうなずいて返事をした。
クレアはハンナを連れて行くのだった。二人はグレンの近くにほぼ無傷で残っていたテーブル席に腰掛けた。
グレンは少し離れたテーブルの上に座って二人に顔を向け会話を聞く。対面に座ってるハンナにクレアから話しかける。
「ハンナさん…… 私達のことを知ってましたね。それでこの仕事を受けたんですね」
クレアの言葉に少し驚いた顔をした、ハンナはやや下を向き小さくうなずいた。
「あぁ。そうだ。あの二人から君たちのことを聞いてね。プリシラが師匠にこの仕事の話しを持ってきた時に君たちに会おうと決めたんだ。師匠は断るつもりだったようだがな」
「じゃあ結界装置はあなたの?」
「ふん。心配ない。ちゃんと動く。私は既に師匠と同じ仕事をしてるんだからな」
「よかったです」
安堵の表情を浮かべるクレア、自分の結界装置の出来を心配されてハンナは少し不満げだ。
クレアは話しを続けてる。
「キティルちゃんとメルダさんはなぜ私達を?」
「このセーフルーム設置を防ぐためだ」
「防ぐ? でも二人は設置された装置には何も……」
ハンナは自分が置いたフロア象を見てから小さく首を横に振った。
「違う…… 我々を止めるためだ。ここにセーフルームを設置されるのを嫌がる人間が居て何人も職人が殺されてる」
「えぇ!?」
驚いたクレアの反応にハンナも少し驚いた様子で彼女を見た。
「そうか。プリシラは君達に黙っていたようだね。この街が占拠されてから何度かここにセーフルーム設置しようと試みた。その度に職人が謎の失踪をしたんだ。それで師匠もこの仕事を断ったんだ」
「なるほど…… それで失踪の原因はクイーンデスワームだったといわけですね」
うなずくハンナ、グレンは不満そうに壁を見つめた。
「チッ! プリシラの野郎…… 俺達に黙ってるなんて」
「いや…… 彼女も立場があって全てを話せなかったんだと思う」
舌打ちしてつぶやくグレン、すぐにハンナがプリシラをかばう。グレンは彼女の言葉で冒険者ギルドに居た、シスタージェーンのことを思い出した。冒険者ギルドでプリシラは教会から派遣された、シスタージェーンに監視を受けているようだった。グレンはプリシラをかばうハンナに気まずそうにする。
クレアは彼の態度に優しく微笑みハンナに向かてまた口を開く。
「二人は私達を助けようとしてたわけですね」
「あぁ。彼女たちはこの町を魔物から解放しようとしてるレジスタンスだからな」
「レジスタンス…… でもだったらなぜ私達に協力を仰がないんですか?」
ハンナはクレアの問いかけに少し間を開けてから口を開き答えにくそうに答える。
「それは…… 教会が魔物と繋がってるからだ」
「教会が?」
「厳密にはこの町の統治者がだがな……」
「ゴールド司教……」
クレアがつぶやいた。ハンナは静かにうなずいた。ゴールド司教は教会の中で十五人いるノウリッジ開発委員会の一人で、ロボイセの町長兼周辺地域開発責任者を担っている人物だ。
「おっと! もうやめた方が良い……」
「そうですね。お迎えが来たようです」
「えっ!?」
グレンが慌てて会話を止めた。クレアも何かを察したのかすぐにうなずいて立ち上がった。直後にバンと扉が開いて、武器を持った人間達がなだれ込んでくるのだった。




