第65話 地下街で花摘み
やや湿った空気が漂い寂しく家具などがたたずむ、かつては家族連れなどが楽しく過ごしたであろう地下街の建物片隅でハンナはワックスの材料となる小便を取るため服を脱ぎだした。
オーバーオールの肩紐をはずし足首まで下ろす。緑のシャツの裾の下に紫色の飾り気のない質素な下着が現れた。彼女は下着に手をかけて膝まで下ろし、瓶をまたぐようにしてしゃがんだ。恥ずかしさで死にそうになりながら、ハンナは必死に下半身の意識を集中するのだった。
「こんなところで…… 私は何を…… はぁ……」
ハンナがしゃがんで数分がたった…… 慣れない場所で用を足すためか、それとも緊張しているからなのか、なかなか尿意が上がってこない。
「(来たか)」
そこからまた少しまっていると突如尿意が湧き上がってきた。彼女は速く終わらせたいために意識を集中した。そして……
「ふぇっ!? わっわ!」
集中したせいかいつもより勢いよく吹き出した。瓶のそこに当たって甲高い音を立てはじめた。静かな周囲のため反響が大きく、響く音がグレンに届いてないか心配になりハンナの顔を真赤になった。
しかし、一度だしたものはなかなか止められず、ハンナは数十秒しゃがんだままで動かないでいるのだった。
「おっ終わったぞ。次は君だろ」
「はっはい」
小便を出し終わったハンナは瓶を持ち上げてその場からどいた。入れ替わるようにしてクレアはハンナが用を足した場所へと向かう。ハンナは建物入り口に立ってクレアから背を向ける。
クレアは地面に瓶を置いてスカートを捲り上げた、むっちりとした彼女の太ももをストッキングがつつみ、付け根にレースがついた黒い下着が覗く。ストッキングと下着を膝まで下ろし、ハンナ同じようにしゃがむのだった。二人が建物に消えて十数分後……
瓶を抱えた二人がグレンの元へと戻ってきた。この時、彼はすでにかまどを作って火を起こし、二つの鍋に水を入れ沸かしながらすり鉢でレインボーベリーをすりつぶしていた。
「こっこれ…… どこに」
「あぁ。鍋の近くに適当に置いて」
「わっわかりました」
グレンに声をクレアが自らが出した物をどこに置くか尋ねる。彼は二人に視線を向けず、ジッと鍋を見ながら瓶を置く場所を指示した。クレアがグレンの指示通り鍋の近くに瓶を置き、続いてハンナも瓶を置いた。瓶が置かれる際にグレンは視線をわずかに動かし確認する。
「えっと…… 俺から見て右が義姉ちゃん用と……」
草をすりつぶしながら、クレアが置いた瓶に手を伸ばし右の鍋の前に置いた。クレアはそれを見て慌てて声をかけた。
「わっ私のはグレン君用に…… 使ってほしいかな」
自分の小便をグレン用にしてほしいと頼むクレアだった。他の人間の体液をグレンに近づけたくないというクレアの心境なのだろうが、そんなこだわりのないグレンは驚いた顔をする。
「えっ!? 自分のじゃなくていいの? ハンナさんもそれでいい?」
グレンがハンナに確認する。ハンナは顔を赤くしてうつむいて黙っている。聞こえてないと思ったのか、グレンはさらに大きな声を出す。
「ハンナさんのションベンを義姉ちゃん用にしていいですか?」
「うるさい! どっちでもいい!」
顔を上げ頬を真赤にしてハンナが叫んだ。グレンはなぜ怒鳴られるてるかわからず困惑した顔をした。
「まぁいいや。じゃあこっちが俺用と……」
そう言ってグレンはクレアが置いた瓶に手をかけて持ち上げた。瓶を持ち上げ、鍋へと近づける彼は笑ってぼそっとつぶやいた。
「うひゃあ。これは強烈な香りが……」
笑ってからかうような口調で、グレンはクレアの小便が臭いというようなことをにおわせる。
「グレン君!!!!」
眉間にシワを寄せてグレンに向かってクレアが怒り出した。この後、グレンは数分の間、クレアに口を聞いてもらえないのであった。
ユニコワックスの作り方はまず小さな鍋に適当な長さに切ったワックス草を入れ水をはる。
次に水を張った鍋を火にかけ沸騰させる。しばらくすると鍋が水が白く濁ってくるので、鍋からワックス草を取りだし、ハナビダケの粉、レインボーベリーの順で入れてよく混ぜる。ややとろみが出てきたところで、女性の小便をいれ、さらにかき混ぜて火から取り出して冷ます。
「うわ! 手につきやがった」
鍋を火から外し、地面に置いた時に声をあげた。
少し離れた場所でグレンの様子を見ていた、クレアとハンナの体がビクッと小さく動いて視線を彼に向けた。
「レインボーベリーのせいかうまそうに見えるんだよな…… ちょっと舐めてみるか。なーんてな」
右手を見ながら笑うグレン、クレアが眉をひくつかしてすぐにグレンの言葉に反応した。
「グレン君! 怒りますよ!」
「なんだよ? 冗談なのに……」
「うるさい! つまらない冗談はやめたまえよ」
クレアに続いてハンナも怒りの声をあげた。二人に立て続けに怒られたグレンは不満そうに口を尖らせた。
「はっ!? なんなんだ二人共…… まぁいい。そのまま冷めるまで放置だ」
立ち上がり鍋から離れて座るグレン。クレアとハンナは安堵の表情を浮かべる。二人はジッと自分の小便が入った鍋を心配そうに見つめていた。
しばらくして、グレンは立ち上がり棒を鍋につっこみかき混ぜる。
「よし! 出来たな」
グレンが棒を上げるとワックスが、棒にこびりつきゆっくりと落ちていった。冷めて固まったワックスを布ですくい武器に塗り付けるのだ。作ってすぐに武器に塗るならドロドロした状態でも問題ない。保存する場合はさらにもっと冷気を当てて冷やすと硬くなって完全に固める必要がある。市販されているワックスは液状の時に四角い型に流し込み、氷魔法で固めて固形状態にしたものだ。固めたワックスをつまんでバターのように武器に塗るのだ。ただし…… 長時間放置して置くと溶けだすため、魔法や氷などで冷やしてまた固めるか二日程度で使い切る必要がある。
地面に置かれた二つの鍋の一つをつかんだ、グレンが一瞬だけ動きを止めた。
「えっと…… あれ…… どっちが義姉ちゃんのションベンいりだったかな……」
二つの鍋を交互に見つめてグレンはつぶやいた。どうやら自分とクレア用に分けて作っていたが、どっちの鍋がどちら用かわからなくなったようだ。
「クンクン」
鍋を持ち上げためらわずにグレンは、自身の鼻を近づけてワックスの匂いをかぎ始めた。グレンの行動にハンナは驚き固まり、クレアは慌てて駆け寄って来た彼の手首をつかんだ。
「グレン君! 何してるんですか! やめてください! 本当に怒りますよ!」
「うん!? あぁ。わかりやすいように一つだけニオリス花を使って匂いをつけたんだよ」
平然と答えるグレンにクレアは顔を真っ赤にしていく。
「なんでそんなことするんですか! そっそれには私達の……」
鍋を指して叫ぶクレアにグレンは首をかしげた。
「なんだよ。何が入ってようがただのワックスだろ。気にしすぎだ。ほら。こっちが義姉ちゃんのだ。さっさと武器に塗るぞ」
グレンは地面に置かれていた鍋をさし、こちらがクレア用だとつげた。彼は薬師の家に生まれたため、人糞のような物が材料にされることには慣れており騒ぐ方が逆に不思議なのだ。まぁ、グレンが女性の恥じらいというのに無頓着な面もあるが……
「はぁ…… 本当にそういうところが…… まぁいいです」
ため息をついたクレア、彼女は鍋を持っていく。少し離れたところに鍋を置いて、背中から大剣を抜いて鍋の横に置く
鞄から布を取り出したクレアは、布でワックスを取り大剣の刀身に塗り込んでいくのだった。グレンも同じようにして、刀身にワックスを塗り込んだ。作業が終わると二人は立ち上がる。
三人はリンガル洞窟亭へと戻った。リンガル洞窟亭はひっそりと静まり返り、霜がおり真っ白に凍った扉が三人を見つめている。
グレンとクレアはそれぞれ武器を持ち、扉から数メートル離れたところにたった。
「刀身に塗ったユニコワックスの効果はニ時間。さっさと倒そうぜ」
「そうですね」
顔を見合わせ、同時に二人はうなずきゆっくりと並んでリンガル洞窟亭へと近づいていく。
「頼むぞ! あんな恥ずかしいことさせられたんだ。」
二人の背後からハンナが叫ぶ。彼女の言葉にグレンは首をかしげ、横にいるクレアの方を向いた。
「なぁ。ションベンを出すってそんなに恥ずかしいのか?」
「はあ…… グレン君は…… 子供ですね……」
ため息をつきクレアは首を大きく左右に振り黙った。グレンは不思議そうな顔をしていた。クレアはリンガル洞窟亭の扉に左手をつけた。グレンは彼女の横に立っていた。
「ヒーティング!」
彼女の左手が赤く光りだす、ヒーティングは魔力を集中させ大きな熱を出す魔法である。凍った扉があっという間に溶けていた。
クレアがすっとその場から一歩下がる。入れ替わるようにしてグレンが、前に出て扉を開け中へ踏みクレアも彼に続く。
「あれ!?」
「誰も居ませんね」
踏み込んだグレンが声をあげ、クレアは首をかしげた。
リンガル洞窟亭の中は物が散乱し、テーブルや椅子が倒されたいたがクイーンデスワームの姿はなく、キッチンの崩された入り口に涼しげに風が吹き抜けていた。