第64話 死体は何を語るか
リンガル洞窟亭から逃げ出したグレン達、大エレベーターを目指して必死に走っていた。先頭はクレアで、リッチェ、シャサ、カフ、ハンナ、最後尾にグレンと言った順番で進む。最後尾をすすグレンに、人質となっていたシャサとカフの足がふらついてるのが見えた。拘束されていた二人は体力をかなり奪われていた。
「義姉ちゃん! 一旦止まろうか」
二人の様子を見たグレンは、前を走るクレアに向かって声をかけた。グレン達は大エレベーターへと続く大きな通りの手前までやってきていた。
「はーい。みんな止まってください」
先頭を行くクレアはグレンの言葉を聞いて、立ち止まり振り返って両手を広げて叫んだ。全員が彼女の言葉に反応し止まった。
「はあはあ……」
「ぜえぜえ」
必死に走って来たリッチェ、シャサ、カフ、ハンナは手を膝に突き肩で息をしている。グレンは止まると平然とした顔で、背後から魔物が折ってこないか警戒していた。
「ここまでくれば平気でしょう。とりあえず……」
クレアは話しながら、鞄に手をつっこんで毛布を出した。クレアはシャサの肩から毛布をかけた。シャサの上半身の衣服はボロボロにされ肌が露出していたからだ。
「えっ!? あっありがとう……」
毛布をかけられたシャサは少し恥ずかしそうに礼を言った。近くに居たリッチェが目に涙を浮かべてシャサに抱きついた。
「シャサちゃん! よかった」
「リッチェ…… ありがとう」
「あっ! もちろんカフ君も助かってよかったよ」
「わかってるよ」
慌てて顔をあげてカフにも言葉をかけるリッチェ、カフは恥ずかしそうに答えていた。すぐに真顔になったカフはシャサの前に立つと彼女に頭をさげた。
「シャサ…… ごめん…… 君が襲われてるに僕は何も出来なかった……」
「カフ……」
小刻みに震えるカフの足元に水滴が垂れている。リッチェはいたずらにほほ笑むとカフの頬に手を伸ばしやさしく撫でる…… のではなく彼の鼻をつまんで強引に顔をあげさせる。
「ふが!?」
「生意気! あんたに助けてもらうほど落ちぶれてないわよ。それに…… 最初の襲撃で私があんたを守らなきゃいけなかったの…… 私が一番経験があって二人の面倒を見なきゃいけないのに…… ごめん」
「そっそんな…… 僕が君を守れれば」
「あーもう! 二人ともうるさーい! 無事だったんだからいいの!」
「「わっ!!」」
リッチェが会話をしていた二人に抱き着いた。倒れそうになる二人はなんとか踏ん張った。三人は無事を喜び笑いあうのだった。
グレンの元へとやって来て三人の様子を見ていたクレアが小さくうなずいた。
「なるほど…… シャサちゃんもかなりの姉力使いですね…… 今度グレン君が生意気な口を聞いたら私もああやって……」
「やったら一生口聞かないぞ」
「えぇ!? 冗談ですよ」
「本当かな……」
ごまかすように笑うクレアをグレンは目を細め疑うのだった。
「「さて」」
二人はすぐに真剣な顔になり、クレアがまず視線を下に向けうなずいた。彼女の視線の先にはグレンが持ったフランの上半身があった。グレンはクレアの意図がわかったのか、フランの上はシンを地面に置いてしゃがむ。仰向けに地面に置かれたフランの左右に分かれてしゃがんだ、クレアとグレンは服や体をまさぐりだした。
「グレン君、クレア君!? 君たちは何を」
血が滴り内蔵がむき出しになった体を必死に、まさぐっている二人にハンナが驚いて声をかけてきた。二人はしゃがんだままハンナの方を見た。
「尋問だよ。何かこいつらの素性が分かるもん持ってねえかなってな」
「そうですよ。死体は語るですよ」
「おっおう。そのなのか? 死体が……」
ハンナに答えると二人はフランの死体に顔を向けた。グレンが、瞳に親指を当ててまぶたを開けた。
「肌の色が白に瞳が青か。相方は緑だったな。帝国北部出身の移民かその子供だな」
「そうですね。それに…… 右腕の内側にロザリオの入れ墨が……」
「おいそれって…… 上級騎士じゃねえか」
ロザリオの入れ墨は上級聖騎士の証だ。上級聖騎士とは階級ではなく、教会の洗礼を受け雇用された者のことを指す。
聖騎士は元々全て上級聖騎士だった。彼らの本来の業務は聖都市周辺の警備と要人の護衛部隊であり、人数は最大でも百五十名程度だった。
ノウリッジ大陸の管理権限が教会へ移管される際に、聖騎士には町の治安維持業務が加わった。しかし、大陸の開発が進めば多くの町や村ができ、百五十名しかいない聖騎士では町の治安に手が回らないのは明白だった。そこで教会は各国の軍隊から兵士を借り、聖騎士としてノウリッジへ派遣するように要請した。
要請に応じて派遣されてきた兵士達はみな聖騎士となった。その聖騎士達と区別するため上級聖騎士という言葉が出来たのだ。
教会傘下の冒険者ギルド職員である、グレン達はこの入れ墨の意味を当然知っておりフラン達が上級聖騎士としって動揺を見せたのだ。
「なんかあったのか?」
二人の様子が気になったハンナが声をかけた。
「いいや。何でもない。こっちの話だ」
「えぇ。そうです」
「そっそうか…… 邪魔したな」
そっとハンナはグレン達から離れた。少し離れたところで腕を組み、ジッとハンナはフランを見つめている。ハンナの視線が気になったのか、クレアは慌ててまくっていたフランの右腕の袖を戻した。
「グレン君…… もういいですよ」
「そうだな」
グレンとクレアは立ち上がる。グレンはゴミでも捨てるように、フランの死体を持ち上げて遠くへ放り投げた。クレアはリッチェ達とハンナに聞こえるように口を開く。
「さぁ。行きましょう。大エレベーターまで戻ればもう大丈夫ですよ。あなた達を送り届けたら私達は戻って魔物を駆除した後してセーフルームを設置します」
三人はクレアの言葉に、お互いの顔を見合わせて、小さくうなずいた。リッチェが一歩前に踏み出した。
「あっあの! ここまでくれば大丈夫です。後は三人で大エレベーターに行けます」
「本当ですか?」
「はい。私はもう平気です。だからクレアさん達は仕事に戻ってください」
「わかりました。では気をつけて」
クレアは嬉しそうに笑っている。リッチェ達はクレアに頭を下げるのだった。三人は大エレベーターへと向かうために歩き出した。ハンナ、グレン、クレアの三人はリッチェ達を見送る。
「クレアさん!」
シャサが振り向いて、走って戻って来てクレアの前へとやって来た。彼女の急な行動にクレアは、少し驚いた様子だったがすぐに優しく微笑む。
「何ですか?」
「あたしの剣…… あの魔物の中に…… あの剣は冒険者だった祖父の形見なんです…… だから」
「わかりました。取り返しますね」
「えっ!? はい! ありがとうございます」
力強くうなずいてクレアはシャサの剣を取り返すと約束した。あまり簡単に約束されシャサは少し驚いたが、直後に嬉しそうに笑って二人の元へと戻っていった。クレアの斜め後ろに立つハンナが、目を細めて呆れた顔をする。
「簡単に取り返すなんて言って…… 本当に出来るのか? あの魔物の正体もわからないのに……」
「大丈夫ですよ。初めて見たから最初は戸惑いましたか、魔物が何かはわかってます」
「えぇ!?」
「グレン君もわかりますよね?」
振り向いて後ろにいたグレンの顔を覗き込むように見つめたクレア。彼女と目があったグレンは力強くうなずいた。
「あぁ。あれはクイーンデスワームだろ。俺も初めて見たけどどんな魔物か分かる。マウンテンデスワームの女王だな」
あの魔物の名前はクイーンデスワームという、グレンの言った通りマウンテンデスワームの女王だ。クイーンデスワームは数十年一度、一匹のマウンテンデスワームが突如変異して生まれる。
無数の卵がクイーンデスワームの体の中にあり、地中を這いずりながら尾っぽ部分の先から卵を産み落としていく。孵化した卵は寄生できる獲物を探し穴を掘り続ける。
地中奥深くを常に徘徊して移動しているため、クイーンデスワームはと人間が遭遇する機会は滅多にない。
また、クイーンデスワームから生まれた全てのマウンテンデスワームはクイーンデスワームの意思で動き、彼らが脳に寄生した生物を乗っ取り山へ歩かせクイーンの前に連れて行く。そして最終的には自分の体ごと生物をクイーンに捧げる。そのため周囲の地域からマウンテンデスワームを、全て駆除すると栄養不足に陥ってクイーンデスワームはやがて死滅する。直接討伐しなくてもマウンテンデスワームを駆除すれば、間接的にクイーンデスワームを討伐することは可能なのだ。
「正体がわかってるなら対処は出来るな!」
嬉しそうにするハンナにクレアが口を開く。
「周囲のマウンテンデスワームを全て駆除すれば巨体を維持できなくなって死滅します」
「いや…… それはさすがに……」
「はい。そんな手間はかけられません。だから今回は直接女王を倒します。でも、体は脆いですが再生能力が高いんです。再生が速くてたとえ頭を切り落としてもすぐに再生してずっと戦い続けることになります」
「それじゃ勝てないじゃないか……」
「いえ。武器に再生の不能効果を付与すれば良いんです」
「?」
首をかしげるハンナ、クレアに微笑んでまたグレンの方を向いた。
「まぁ見ててください。グレン君。頼みましたよ」
「あぁ。じゃあクィーンデスワーム用のワックスのユニコワックスを作らないとな。まずは材料だ。義姉ちゃん。鞄を貸して」
「はーい」
返事をしてクレアは肩からかけていた鞄をグレンに渡した。
ワックスは薬師が戦いによく用いるアイテムだ。煮出した液体が固まる性質を持つ、ワックス草に材料を混ぜて冷やして固め武器に塗ることで、属性や様々な効果を武器に付与できる。
ワックスの素になるワックス草は砂漠などの乾燥地域に生える草で、中の水分が常温で固まる性質を持っている。雨の少ない乾燥地域に生息できるように、貯めた水を固め気温を利用して少しずつ溶かして水分を確保しているのだ。ワックス草を煮出すと中の草の水分が水に溶け出し、冷ますと液体が固まるため武器に塗ったりするワックスの材料に適している。そのため薬師たちの間でワックス草と呼ばれている。
ちなみにワックス草の本当の名前はリトルオアシス花という。これは砂漠で遭難した者が生えているワックス草をかじって中の水分をすすって生き残ったことに由来する。
クィーンデスワームのような再生能力を持つ魔物対策用であるユニコワックスの材料は、ワックス草の他に微弱な火属性と毒性が強い真赤な傘、に水玉模様が特徴的なハナビダケの粉と、かつてはユニコーンが好んで食べると言わている七色のレインボーベリーで、最後に一つ……
「ハナビダケの粉、レインボーベリー。よし! 後は……」
鞄の中身を見ていたグレンが顔をあげて、鞄の中で何かつかんでクレアに差し出した。グレンが差し出しのはやや口の広い下が丸くなった、白く中身が見えない瓶が二つだった、クレアは瓶を見て少し顔を赤らめて、彼の視線から目をそらした。
クレアの反応にグレンは少し困った顔をした。
「どうした義姉ちゃん? 早く!」
「だっ大丈夫です。こっちへ来てください」
二つの瓶の口を右手ではさんで持ち上げたクレアは、ハンナの服の袖をつかんで引っ張る。急に引っ張られてハンナは思わず声をあげる。
「なっなんだ!? どうした?」
「いいから! こっちです」
クレアに引っ張られてハンナは壊れた建物の中へと連れて来られた。誰もいない部屋でグレンからこちらの姿は見えない。
袖からクレアの手が離れるとまたハンナは声をあげた。
「どうしたんだ? 私をこんなところで連れて来て」
「ここでお小水を出してください。それをこの瓶に詰めるので……」
「なっ!? 小水って? ここでか?」
うなずいたクレアは恥ずかしそうに頬を赤くして話を続ける。
「はい。クィーンデスワーム用にワックスを作るには小水が必要なんです」
「はぁ!? それならグレン君が自分のを勝手に……」
「ダメなんですよ。女性のじゃないのと…… グレン君のだとクイーンデスワームにワックスが触れた瞬間に彼のあそこがパンパンに……」
クレアは顔を真赤にして語尾が徐々に小さくなっていく。
「はぁ!? だったら君が一人で……」
「私とグレン君の武器に塗るには一人分じゃ足りないんです。だから…… お願いします」
クイーンデスワームの再生の能力を止めるには、若い女性の小便が必要なのだ。ここでクレアとハンナが小便を出し、それを瓶につめグレンに加工してもらう必要がある。真っ赤にしてうつむいて瓶をハンナに差し出すクレア、ハンナも恥ずかしそうに頬を赤くする。
必死に頭をさげるクレアにハンナは苦い顔で立っていた。出会ってまもない男性に自分の小便を渡すのはいささか抵抗があるのは当然だ。だが、ここで何もしなければ仕事が進まないのも事実である。意を決したハンナは瓶を受け取り声を絞り出す。
「わっわかった…… あっちを向いててくれ」
「はい」
クレアが背を向けた。瓶を地面に置きハンナは肩にかかった、オーバーオールのベルトに手をかけるのだった。