第62話 正義は貫かれる
プチュっという音がした、シャサは腰と臀部に生暖かい液体がかけられたのを感じた。小刻みに震えるシャサの目から涙が流れ続ける。だが……
「ブっブヒ!?」
「ブヒャ!?」
「「ブフ!?」」
シャサの耳に左右の腕の辺りからオーク達の悲鳴が届く。同時に彼女を押さえつけていた力が消えていく。目を開け膝をついた姿勢で足を動かし、少し前に出たシャサは体を起こし振り返る。
「うーーーー!?」
「おっおい! なんだコリャ!」
目を見開いて驚きの声をあげるシャサ、彼女の声に反応したフランがほぼ同時に声をあげた。酒場の窓から伸びた数十メートルはあろうかという、長い光の剣がオークの頭の横を貫いていた。
長く尖った耳の横あたりから光の剣で貫かれた、オークの頭から顎を伝ってポタポタと大量の血が床に垂れていた。呆然とその光景を見つめるシャサ……
次の瞬間、音がしていきおいよく酒場の扉が開かれた。
「なんだ!? てめえは!」
アルが扉の方に目を向ける。そこには……
「俺はグレン…… 冒険者ギルドの支援員だ」
ムーンライトを右手に持ったグレンが扉に立っていた。しかし、そこには彼のみしかおらずクレア達の姿はない。グレンはゆっくりと扉からアルとフランに向かって歩いてくる。グレンが一人だと思った、アルとフランはニヤリと笑った。アルは立ち上がり持っていたシャサの剣を構えた。
「うーーー!!!!!」
フランは腰の斧が外して、シャサの隣に座っていたカフの襟をつかんで彼の喉元に剣を突きつけた。
「てめえ! 動くな!」
グレンに向かってフランが叫んだ。グレンはチラッとカフを見て、それから平然と一歩前へと踏み出した。
「なっ!? こいつがどうなっても良いのか!」
何事もなく歩き出したグレンに、フランが動揺してやや声を震わせて叫ぶ。グレンはその様子を見て口元を緩ませた。グレンはかまわず進みフラン達の横へとやてきた。
「てめえ! 本当にこいつを……」
「さっきからうるせえな。まぁお前の相手は俺じゃねえんだわ」
「はっ!? ひっ!」
音もなく壁や窓を突き破り、光の剣がフランの前を一本の大剣がかすめ彼は悲鳴をあげ、カフのクビに突きつけた突きつけていた斧が少し離れた。
「「「「ブフッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!????????????」」」」
光の大剣は四匹のオークの頭をそれぞれ貫いていった。オークは悲鳴をあげて動かなくなった。すうっと伸びていた光の剣がゆっくりと短くなっていく。眼の前に伸びた光の剣が、縮んでいく様子をフランは黙って見つめていた。
剣がオークから抜けると糸が、切れた人形のように床にオーク達が膝からくずれ倒れていく。オークが倒れた音にフランは我に返った。
「おい! おめえ! 何をしやがった!?」
「さあな。天罰じゃねえかな?」
笑ってはぐらかしグレンはフラン達を通り過ぎアルの元へと向かう。フランは右手に持った斧に力を込め、カフが首をそらして必死に逃げようとした。しかし、直後にフランとカフの二人の目に光が届く。
「ひっ!?」
細長い光の剣が瞬時に伸びてきて、フランが持っていた斧を弾いた。フランの手はしびれ持っていた斧は、回転しながら近くのテーブルに突き刺さった。同時にバリバリという音がして、大剣が伸びて来た窓の周囲の壁が崩れた。ホコリと砂煙が舞い上がって視界を遮った。目を大きく開いて驚いた顔でアルとフランは崩れた壁を見つめていた。
少しして砂煙が消えると、壁には幅一メートル、縦ニメートつほど大きな穴が開いており、こには左手を前に突き出した姿勢のクレアが立っていた。彼女のすぐ後ろにはハンナとリッチェの姿も見える。現れたクレアに唖然としているフランに彼女はニッコリと笑った。
「私は冒険者ギルドのクレアです。おいたはダメですよ」
「シャサちゃん! カフ君!」
「あっ!? 待ってください」
リッチェがシャサとカフを見て声をかけ走り出した。クレアとハンナは慌てて彼女を追いかけた。シャサの元へと来たリッチェはしゃがんで彼女を抱き起こし、抱きしめて口を塞いでいた布を外した。
「よかった。すぐに助けるね」
「ありがとう…… リッチェ……」
リッチェはシャサの拘束を外した。フランは何が起きたのかわからずに呆然とその光景を見つめていた。
「うーー!」
体を激しく揺らして、カフはフランの拘束を解いた。すぐにカフは立ち上がって逃げ出す。
「てめえ!」
フランが逃げようとする、カフに向かって叫び手をのばす。彼の伸ばして手に向かって光の剣が伸びていきた。
「動かないでください」
「ひい!」
慌てて手を引っ込めたフラン、クレアの声と同時に彼の指先を光の剣がかすめてすぐに消えた。倒れ込みそうになりながら、カフはクレアの前へとやってきた。
「ハンナさん。この子をお願いします」
「あぁ任せておけ」
カフをハンナが抱きとめて、手を縛っていた縄と口を塞いでいた布を外した。その様子を見てグレンは安堵の表情を浮かべた。しかし、すぐに厳しい表情に変わり目を赤く光らせ、彼の視線は横にすっと動きそっと左足を引いた。
「くそお!」
「おっと!」
グレンの背後からシャサの剣でアルが斬りかかってきたのだ。すぐに体を反転させて、グレンは足を踏み込みアルの右斜め前へ出る。タイミングを図ってグレンは右腕を振り上げた。グレンの剣はアルの剣よりも速く、彼の右腕まであっという間に伸びていく。重く硬い感触がグレンの右手に伝わる、彼の剣はアルの右腕を肩から数センチのところから切り落とした。
回転しながら、シャサの剣を握ったままアルの右腕が飛んでいき、キッチンの入口の前に落ちていった。シャサの剣が床に突き刺さり血を流しながらアルの右腕が揺れた。
「うぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!! 腕が!!!!!!!!!! 腕がアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!」
膝をつき右肩を押さえて激しく叫ぶアレン、グレンは彼を見つめながら手首を返して剣を振って血を拭う。グレンはアルを見下ろしながら、ゆっくりと右腕を引いて剣先をアルへと向けた……
「グワアアアーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
キッチン地の底から響くような大きな鳴き声がキッチンから聞こえた。その場にいた全員の動きが止まって視線を一斉にキッチンの方へ向けた。フランの顔が青ざめていく。アルの右腕がシャサの剣と共にいつの間にか消えていた。
「なんですかこれ…… 鳴き声? 聞いたことないですね」
キョトンした顔で首をかしげるクレアだった。
「おっお前たちが餌をやるから勘違いしたんだ…… クソ!」
フランはキッチンを見つめて、悔しそうな表情をした。彼の足は恐怖で震えている。
「うわ!?」
「キャッ!?」
ドンという大きなが音がして、リンガル洞窟亭が揺れ天井から砂埃が舞う。キッチンの入口に巨大な紫の物体がぶつかったのだ。ぶつかったのは紫色で丸みを帯びた生物の頭だ、物体は濡れているのかてかってゆっくりと上下に開く。開いたのは口で真赤な肉に無数の牙が生えていた。