第57話 鉱山の町ロボイセ
トンネルを抜けた二人を、岩を削って作った真四角の茶色の壁が並ぶ光景が迎える。
すり鉢状に削れらたむき出し山肌には、とこどころ穴があるのがわかる。穴は使われなくなった坑道で、中を木などで補強し改装され宿屋や住居として再利用されている。
「ここにもテントがありますね……」
町の内部はトンネルと同様に、広場や幅の広い通りの脇にテントが建てられ住民が暮らしていた。グレンとクレアはテントの人達の様子を見ながら町の中心へと向かう。
町はすり鉢状に削られた底の広い平面に作られ、中心から南北に向かって扇状に道を作って町を広げている。冒険者ギルドは中心のほど近くに建てられている。軒先に宝箱の前で剣が交差する看板をつけた三階建ての四角い建物だ。
「うへぇ。すげえな」
うんざりといった様子で、グレンは声をあげた。彼の目の前には、冒険者ギルドの扉が開いた状態で人が溢れて外にいる光景があった。
冒険者ギルドの前に居る人達は整列しているというよりは、我先に中へ入ろうと扉に群がっているようにも見える。
「ロボイセってこんなに依頼があるんだな」
「鉱山関係の依頼は多いはずですが…… こんなに盛況だなんて……」
驚いた様子でクレアは溢れる人達を見つめている。
「まぁなんでもいいさ。中で話しを聞こうぜ」
「そうですね。行きましょうか」
冒険者ギルドの中を指すグレンに、うなずいてクレアが答えた。二人は並んでいる冒険者達をかき分けて、ギルドの中へと向かう。
「悪いな。ちょっと通してくれ」
グレンが声をかけると振り向いた男が彼を怒鳴りつけて来た。
「なんだよ! 並んでいるんだから割り込むなよ!」
「俺達はこれだよ」
「あっ……」
怒鳴られたグレンは落ち着いた様子で、胸から下げてる蹄鉄の銀細工の中央に青い宝石がついた冒険者ギルドの職員が持つ首飾りを見せた。
男は気まずそうにして引き下がった。二人は男を気にかけることもなく冒険者ギルドの中へ入った。冒険者ギルドの中はテオドールと違い、一つの大きなホールのような四角い空間で、右手の壁に巨大な掲示板と一番奥にある長い受付カウンターに人がごった返している。
クレアとグレンは人の間をぬうように、動いてカウンターの近くへやってきた。
「あっ! グレンさん、クレアさん、こっちだよー」
カウンターの中から女性が、クレアとグレンの二人に声をかけてきた。薄いピンクの長い髪を後ろにまとめた、青いパッチリとした目をした明るそうな女性で、白いシャツに緑の短いタイトスカートに緑の上着というギルドの制服を身につけている。
彼女の名前はプリシラという。元は教会に修道女だったが、修行に行った冒険者ギルドの受付に興味を持ち教会から暇をもらい本格的にギルドに転職した。彼女はテオドールでミレイユから受付の指導を受けていたため二人と顔見知りだ。
「どうぞ」
プリシラはカウンターの扉を開け二人を中へと招き入れた。クレアとグレンはカウンターの中へと入った。
「すごい人ですね」
「ごめんなさい。ちょっと色々あってね。今は忙しいんだ」
「そうか。大変だな」
「ふふ。ありがとう。ここは騒がしいし奥に行こうか」
カウンターの中に入って親しげに話しをしていた。三人の様子を短い黒髪の目がやや細いきつい雰囲気のメガネをかけたシスターがチラッと見た。プリシラに連れられてグレンとクレアは、カウンターの中にある扉の中へ入った。
扉の向こうは廊下で、扉をしまると騒々しさが消える。静かな廊下を三人は進み、階段を上がり三階へ向かう。
三階へと上がって廊下を進んですぐの脇にある部屋を開けた。部屋はベッドが二つに机と椅子のセットが一つに小さな窓がだけが置かれていた。二つ置かれたベッドと机の間隔が狭く、無理矢理ベッドを二つ設置して二人部屋にしたようだ。
「どうぞ」
扉のノブを使って部屋を開けたままプリシラは二人に部屋の中へ入るように促す。
二人が部屋にはいるとプリシラは静かに扉を閉める。
「ここが二人の部屋です。好きに使ってもらって構いません」
「わーい。ありがとう。プリシラちゃん」
「二人の部屋って…… 一緒なのか?」
嬉しそうにするクレアと違い、グレンは嫌そうに顔をしかめる。
「不満なんですか?」
クレアはグレンの顔を下から覗き込むようにして問いかけた。グレンは慌てた様子で答える。
「ちっ違うよ」
「よかった。別の部屋になったら夜中にグレン君を抱っこしてあげられないですからね」
「なっ!? 声がでかいよ! プリシラに聞こえるだろ」
顔を真っ赤にするグレン、クレアはさも当然といった様子で彼がなぜ恥ずかしがってるのかわかっていないようだった。
「フフフ。お二人は相変わらず仲が良いですね。羨ましいです」
「そうです。仲良しさんです」
「こら! 離せ」
グレンと腕を組むクレア、慌ててはグレンは恥ずかしそう頬を赤くして彼女を腕から離そうとした。二人の様子を見て微笑むプリシラだった。彼女は二人が以前と変わらず居ることに安堵していた。
クレアはグレンの腕から離され不満そうにして軽く息を吐く。彼女は一息ついて表情を変え、真面目な顔とトーンで話しを始める。
「トンネルで娼婦をしてるシスターを見ました」
「それに町に人が溢れてるし、冒険者ギルドにも依頼がたくさん。何があったんだ?」
グレンとクレアの言葉にプリシラも真面目な顔に変わる。
「えっと……」
やや声を抑えてプリシラはゆっくりと話しを始めた。
「一ヶ月前…… 地下街にある修道院に魔物がなだれ込んで来たんです」
ロボイセの町は地上と地下の二層構造になっており、地下に鉱夫達がすぐに仕事場へ行けるようにと町の一部が移動してある。
地下街と呼ばれるその町は、地上の町の中心にある大エレベーターとつながっている。
「あっという間に地下街は魔物に占領されてしまいました。今は聖騎士と冒険者で少しずつ地下街を取り戻そうとしてます」
「なるほどそれで地上にテントがあってカウンターに冒険者さんがたくさん居たんですね」
クレアの言葉にプリシラは静かにうなずいた。
「はい。地下街の人達はみな地上に避難しました。それで冒険者に地下街から荷物の引き上げや坑道までの護衛任務が殺到しているんです」
「坑道までの護衛って…… こんな状況でも採掘をやってるのか……」
「えぇ。もちろんですよ。鉱山の町から石が出なければあっという間に寂れてしまいますからね」
非常事態にも採掘を続ける町の姿勢に唖然とするグレンだった。
「シスターさんは地下修道院の人ってことですよね。なんで娼婦に……」
「彼女達は避難の対象から外されたんです…… だから最低限のテントも食料の配給も彼女たちにはありません」
「どうしてそんなことに?」
クレアの問いかけに、首を横に振って視線をやや下に向けプリシラは静かに口を開く。
「ここの教会が責任から逃れるために修道女達が魔物を引き入れたって…… だから皆彼女たちを避けて助けないんです。それで彼女達は自分たちの体を売って……」
「ひどい」
「誰だそんなひでえことしやがるのは……」
「そっそれは……」
言葉に詰まったプリシラは、部屋の扉に視線を向けた。グレンとクレアは彼女の視線が動くのに気づいた。静かにしまった扉だが二人は扉の向こうに誰かが居る気配を感じた。
「プリシラさん! よろしいかしら?」
部屋の扉が開いて一階でグレン達の見ていた、メガネをかけたシスターが入ってきた。
目を蛇のように輝かせた二十代後半くらいの、シスターは扉のノブをつかんだまま、舐めるようにグレンとクレアの二人を見つめていた。
「あっあの! シスタージェーン。何かご用でしょうか?」
メガネのシスターの名前はジェーンというようだ。
「そちらがテオドールからの応援ですよね。依頼する仕事の内容はもうお伝えしましたか?」
「これから伝えます」
「そうなのですか。では、すぐに伝えてください。すぐに行ってもらいますからね」
ニコッと笑うジェーンに、プリシラは慌てた様子で小さく首を横に振った。
「いっいえ。まだ、こちらの準備が出来てませんよ。準備が出来たらすぐに依頼をします」
「そう…… 皆様がお待ちですから早くお願いします。では、失礼いたします」
「はい。わかりました」
プリシラの返事を聞いて、ジェーンは笑って頭をさげて部屋の扉を閉めた。
「あの人は……」
「シスタージェーンです。教会から派遣されて冒険者ギルドに来た人ですよ。以前の私と同じです」
「そうですか」
クレアは静かにジェーンが閉めた扉を見つめていた。プリシラはクレアの耳に顔を近づけた。
「気をつけてください。ここの教会は……」
「そうみたいですね。ありがとうございます」
プリシラはクレアに耳打ちをして、クレアは笑顔でプリシラにうなずいた。クレアが振り向く、すぐ後ろに立ったグレンにプリシラの声は聞こえていて、グレンはなんとも言えない表情をしていた。何かを思い出した顔をした、クレアは前を向いてプリシラに口を開く。
「そうそう。ここでの仕事の参考にしたいのでここの冒険者の記録を見て良いですか?」
「いいですよ。閲覧用の水晶を持ってきますね」
「ありがとうござまいます」
嬉しそうにするクレア、プリシラは二人に頭を下げた。
「今ある仕事の準備を進めてて明日にはその準備が整うので手伝ってもらっていいですか?」
「大丈夫ですよ。じゃあ今日は冒険者さんの記録を確認したり、町の様子を確かめたりしますね」
「ありがとうございます。じゃあすぐに水晶を持ってきますね」
右手をあげてプリシラは、扉を開けて左右を見てから廊下に出ていった。
すぐにプリシラは、丸い水晶を持って戻りクレアに渡した。クレアは水晶を机の上に置き、胸から下げた首飾りをそこにかざすのだった。
布の敷かれた台座の上に置かれた小さな円形の水晶から光が伸て、机から数十センチのところに白い光の地図を表示している。
クレアは椅子に座り、地図に表示されている二つの白い光を見て小さくうなずく。机の後ろにあるベッドに座ったグレンは、彼女が何かしてるのかわからずずっと様子を見ていた。
しばらくクレアを見ていたグレンが目を大きく見開きハッという顔をした。クレアが何をしているのかわかったようだ。
「そうか。キティルとメルダか……」
「はい。この状況で二人の様子が気になったので調べてます」
クレアはロボイセにいるはずのキティルとメルダの記録を調べていたのだ。
冒険者はギルドに登録する際に冒険者指輪というものを渡される。指輪には魔法で一日前の滞在した宿や仕事が記録され、ギルドの職員であるクレアとグレンはいつでもそれらを閲覧できる。
「二人は定期的に仕事をしながら町外れにある宿に滞在してるようですね。でも…… ここは…… それに二週間前から仕事も……」
真剣な表情で地図を見ながらつぶやくクレア、グレンは彼女の様子が気づき声をかけた。
「どうした? 義姉ちゃん。二人に何かあったのか」
「ううん。何でもないですよ」
グレンに向かって振り向きクレアは、首を横に振って微笑んだ。記録を見たところ、キティルとメルダは二週間前から仕事をしておらず町外れにある貧民街にずっと滞在しているようだった。
二人の近況がクレアは気になったが、グレンに心配にかけまいと笑顔でなんともないように振る舞った。グレンは彼女の気づかいがわかったが、あえて何も言わずに納得したようにしてベッドに座った。
「そういや…… オリビア達はまだここに着いてないのかな? メルダ達と合流してるわけじゃないんだろ?」
ベッドに座ったグレンがオリビア達のことをクレアにたずねた。
オリビア達はグレン達より数日前にキティル達を追いかけてロボイセへと旅立った。
借金の返済を優先したため所持金が不足し、船よりもはるかに時間がかかる徒歩での旅とはなったが彼女達ならロボイセにとっくに着いているはずだった……
「調べてみましょう」
クレアはうなずいて水晶に、映し出された地図を操作してオリビア達の履歴を確認する。
「ここの手前にあるオンタリオの町に滞在してるみたいですね。何度かそこで依頼をこなしてるようですね」
「ふーん。オンタリオか…… 確かオンタ豚のシチューが有名だよな。まさかオリビアが……」
「オリビアちゃんがどうしたんです?」
グレンの方を向いてクレアは首をかしげ問いかける。
「いや、またオンタ豚シチューを食いすぎて借金でも背負ってるのかなって……」
「もう! 同じことをオリビアちゃんは繰り返しませんよ。クロースちゃんだって居ますし!」
「本当かな……」
自信満々な様子なクレアを見て、グレンは心配そうにつぶやくのだった。
ちなみに彼の予想は的中していた。オンタリオ滞在初日にシチューにはまったオリビアは、テオドールの時と同じことをやらかし、依頼の報酬は全て食費と借金に消えていきクロースとオリビアの二人は足止めを食らっていた……