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第56話 暗闇の端で

 川幅がニキロはあろうかという大きな川を魔導機動船は進む。川はミシロッピ川という名で総延長は千キロをゆうに超える。

 水門と堤防がつくられ人の手によって管理されている、二百キロほどの区間を特にミシロッピ大運河と呼ばれている。開発が始まって日の浅いノウレッジにテオドールのような巨大な港町や大運河があるのは、魔王軍での戦いで培かった技術が使われているからだ。魔王軍での戦いで人類の魔導機械技術は飛躍的に向上した。魔導機械技術が必要なのは武器の他に、砦や拠点や城壁などの建設や物資や人員輸送に対応するための造船や鉄道にそれらを円滑に進めるための土木工事などだ。さらにノウレッジは無人の大陸で魔導機械技術を試すのに適しており、実験場としても利用され試験的に町や運河が多数建設された。戦後ノウレッジに多数の魔導機械とノウハウが残り急速な発展を遂げたのだった。

 日が真上に上る頃、魔導機動船が川沿いにある小さな港へ停まった。港は桟橋と警備に当たる聖騎士の詰め所と、港の整備をする職員の休憩所が二棟に、ニ階建ての酒場兼宿がある。

 運河にはここのような定期的に作られている荷物や人の積み下ろしを行う港や停船所が置かれている。いま船が停まったのはダグオン港と言われている港だ。

 ちなみに港からロボイセまでほど遠くないため、夜は宿屋に客が居なければ夜間警備する聖騎士しか居なくなる。

 グレンとクレアは、十数人の乗客と一緒にダグオン港に降りた。そのまま二人は港の外へとていく。

 港から出ると草原で、目の前には二十人程が乗れるであろう大きな馬車が停まっていた。この馬車は冒険者や商人を乗せて、港とロボイセを一日に何度も往復してる駅馬車だ。馬車の先には余裕で通れるほどの道幅の大きい石畳の道が、北に大きな山に向かって伸びていた。

 続々と乗客が馬車に乗り込む、馬車の御者台に座る初老の男性が、港の入り口に立ったままで動かない二人に声をかける。


「乗らないのかい? 無料だよ」

「義姉ちゃん? 俺達も乗ろうぜ」

「いえ。大丈夫です。私たちは自力で行きますから」

 

 ニッコリとほほえみクレアは御者台に男性に断っていた。グレンはクレアの言葉に驚いた顔をした。


「へぇ!? そうかい。まぁいい。はー!」


 御者台の男性は物珍しげに二人を見ると、手綱で馬を促して馬車を前に進ませた。馬車は石畳の道をロボイセに向かってゆっくりと進んでいった。


「なんで乗せてもらわないんだよ」

「へへ。一度空からロボイセを見たかったんですよ」

「えっ!? ちょっと待って!」


 グレンに向かって微笑んだクレアは左足で地面を蹴って浮かび上がった。慌ててグレンも左足で地面を蹴って浮かび上がった。二人は道に沿ってロボイセに向かって飛んでいくのであった。

 草原を下にみながら飛ぶ二人、空高く跳ぶとわかるがこの草原は川の方角が開けているが、三方は山に囲まれた盆地だ。平原の北側は特に大きな山がつらなっているのが見える。

 周囲に広がる山はガラスケール山脈。魔石が豊富に取れるこの山脈は夜になると、地面に突き出した魔石が月明かりにてらせてキラキラと光る。それが割れて散らばったガラスの光に見えたため、発見者であるケールの名前と合わせてガラスケール山脈と名付けられた。

 下に見えるロボイセに向かう道は北へ伸び、徐々に斜めに上っていく。最初の山を右に大きく迂回しながら上って徐々に道幅がどんどん広くなっていくのが見える。


「ほら! 見てください!」

「おぉ。たしかに上から見ると壮観だな……」


 先を飛ぶクレアが振り返り、指をさしてグレンに声をかけた。グレンが彼女の指の先に視線を向けると、すり鉢状にくり抜かれた山の底に石造りの建物がならぶ町が見えた。

 ここが二人の目的地であるロボイセだ。ガラスケール山脈の南に位置するロボイセは、魔石や魔導石が豊富にとれる鉱山の町として栄えている。

 魔石や魔導石の発掘はその魔力によって魔物を呼び寄せることがあり、この町の冒険者達の主な仕事は鉱夫の護衛である。二人は道に沿って山を迂回してロボイセの町の入口へと向かう。

 ロボイセの町の入口は中腹にあり、大きな山肌をくり抜いたトンネルが門代わりとなっており、有事の際はトンネルを封鎖することで山全体が要塞となる。

 グレン達はトンネルの十メートルほど手前に下り立った。そこから道を上ってトンネルへと入っていく。

 トンネルは十メートル以上あり天井は高く、道幅は港の手前にあったときよりも倍以上に広がっており馬車が、四台ならんで進んでも余裕があるくらいの幅がある。しかし……


「えっ!? なんだ? テントが……」


 トンネルに入ってすぐにグレンが驚きの声を上げた。魔石の力によって明るく照らされたトンネルの内部には両脇にびっしりとテントが並び、広いはずの道は馬車が一台やっと通れるほど狭くなっていたのだ。


「このテントは何でしょうね? 前に来た時はこんなのなかったですよね?」


 テントをみながらクレアも不思議そうに首を傾けていた。


「ここに住んでいるみたいだな」

「えぇ……」


 トンネルを進みながら会話をする二人。テントは町の住民が使っているようで、商人が店先に商品を並べたりテント同士に縄を張って洗濯を干してたり、空いたスペースで料理を作ったり子供が遊んでいたりと日常の光景が見られた。


「あれは…… 人がテントの周りを……」


 目を凝らしてトンネルの奥を見るグレン、十メートルほど先に、赤い色の小さなテントが二十ほど並んでいた。その周りを八人ほどの男たちが、ニヤニヤしながら回りたまににテントの中を覗き込んでいる。

 グレン達は不思議そうにその光景をみながら先に進む。


「(ここってもしかして…… うへえ)」


 男たちがすれ違った時にグレンが何かに気づく。男たちはすれ違う際に彼の横にいる、クレアを舐めるうに見つめ品定めをしてるようだった。赤いテントの列を抜けようとする時に、端のテントが開い中から誰かが飛び出して来て背後からグレンの手をつかんだ。


「あっあの!」


 驚いて振り返るグレン、彼の目の前にはシスター服を来た女性が立ってる。

 ベールをつけてないシスターは幼く十代前半の少女のように見える、長い黒髪の目がぱっちりとしたかわいらしい女性だった。

 やや薄ら汚れたような彼女は、緊張した様子でグレンの腕を引っ張ってテントを指さした。


「わっ私を買ってください。一回十ペルです」

「買う!? いや…… 俺は……」


 いきなり自分を買えという少女に驚くグレン。赤いテントには娼婦が居て男たちは、娼婦を買うために来た客だったようだ。


「こら! ダメですよ。グレン君はそんなことしません」


 クレアが真っ赤な顔で怒りながらグレンと、女性の手をつかんで強引に離し体を二人の間に割り込ませ立ち塞がる。


「でも…… もうご飯が…… だから私を…… 私が……」


 うつむいて小刻みに震える少女、裸足の彼女の足元にポタポタと水滴が垂れている。女性の声が聞いた男たちが、こちらを見つめニヤニヤと笑いながらこちらへ歩き出した。

 男たちの動きを見たクレアは慌てた様子で自分の鞄に手をつっこんだ。


「あなたのことは買いませんけど。これでご飯を食べてください」

「えっ!?」


 クレアは鞄から手を出して少女の手を取り銀貨を彼女の手に握らせた。


「あっありがとう……」


 渡された銀貨を見て少女はクレアに頭を下げた。慌てた様子で出てきたテントへ戻る。


「シスタースイレン! お金です! これでパンが買えますよ!」


 テントを開けて少女は中に入って嬉しそうに声をあげた。開いたテントにはもう一人女性が寝ている姿が見えた。

 グレンとクレアは顔を見合わせると笑ってまた歩き出した。

 だが、歩きだしてすぐに彼らの前に一人の男が立ちふさがった。男は小太りの中年で髪がボサボサで頬が泥で汚れており、腹は出てるが筋肉質な体型からおそらく鉱山で働く鉱夫と思われる。


「余計なことすんなよ。やっとあの子が買えるようになると思ったのに……」


 二人に向かって叫ぶ男。グレンとクレアは顔を見わせるとお互いにうなずいて、左右に分かれて男をかわすと彼を無視して前に進んだ。


「おい! シカトかよ! なんだ? シスターを買うのが嫌なのか。いいんだよ。あいつらなんか……」


 振り向いて男は二人を追いかける。二人の背中に向かって男は話しだした。


「じゃあよ。そっちの姉ちゃんとやらせろよ。いいだろ!」


 男はクレアの背中をさして少女の代わりをしろと叫ぶ。クレアのことを言われたグレンが振り向いて男をにらみつける。男はグレンの迫力に青ざめた。

 しかしすぐにクレアがグレンの手を引っぱる。グレンは男に何も言わずに前を向いて歩き出した。グレン達が歩きだすと男は許されたと勘違いして笑いながらまた口を開く。


「しっかし、兄ちゃんも残念だったな…… あいつ生娘なんだよ。せめてもの情けで生娘は自分で相手を選ばせるんだよ。それがここのルールだからな……」


 聞くに堪えない言葉を続ける男、クレアが真顔で振り返った。振り返るクレアの様子を見たグレンは恐怖に顔をひきつらせてしゃがんだ。


「ひい!!!!!!!!!!!!!!!!」


 悲鳴を上げる男…… クレアは目にも留まらぬ速さで、背負った大剣に手をかけて抜き男の首筋にあてがった。男にクレアの動きがわかるはすはなく、急に現れた大剣に恐怖で固まって動けず悲鳴をあげるしかできなかった。

 目を大きく見開いて恐怖に顔をひきつらせる男、クレアはニッコリと優しく微笑む。男は震えながらその場に崩れ落ちるように座り込んだ。彼は恐怖で腰を抜かしてしまったのだ。大剣を突き出したまま、男を見下ろしクレア彼に声をかけた。


「動かないでください。首を落として静かにさせるんですから……」

「うわああああ!」


 クレアの言葉に恐怖で叫び声をあげながら、男は立ち上がり転びそうになりながら走って逃げていった。

 男が見えなくなるのを確認してクレアは背中に大剣を戻す。しゃがんでいたグレンが立ち上がるとクレアは彼の方を向く。


「さぁ冒険者ギルドに行きましょう。何が起こってるのか。聞いた方がいいみたいです」

「そっそうだな」


 グレンはうなずいた。クレアは彼がうなずいたのを確認するとすぐに前を向いた。二人はトンネルを抜けてロボイセの町へと急ぐのだった。

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