第55話 船旅
朝もやがかかる中、グレンとクレアはテオドールの港へとやってきた。普段の二人は港で他の大陸から来た新人の冒険者を迎え入れるが、今日は彼らはここからロボイセの町へと向かう。
倉庫や樽がズラッと並ぶ港の端に桟橋がある。石造りの小さな桟橋の上にはニ十人ほどがすでに並び、みな期待したようすで何かを待っていた。グレンとクレアは彼らの後ろに並ぶ。
数分後……
「来ましたね」
クレアが沖を見て声をあげた。彼女の視線の先に白く上部から真っ黒な煙突が突き出たニ階建てで、背後に真っ赤に塗られた水車が並ぶ動力部を備えた平たい船が見える。
この船は魔導機動船と言って石人形と同じ魔力を動力とし、ノウリッジに張り巡らされた運河を航行する船だ。
ゆっくりとグレン達に向かってきていた、魔導機動船が桟橋へとつけられた。すぐに中から緑のリボンのセーラー服を来た船員が、船体と桟橋に薄い木製のタラップをかける。慣れた様子でグレン達の前に並んでいた乗客達がタラップを渡り、船員に乗船券を見せていた船の中へ入っていく。
「はい。二人分です」
「どうぞ」
クレアがキーセンから受け取った、ノウリッジ大陸運河鉄道フリーパスニ枚を船員に見せていた。
ちなみにフリーパスはクレアが預かっている、グレンに預けておくと、どこかに無意識にしまいこんで無くして探すか再発行してもらうことになるからだ。
「じゃあ出航しまーす」
乗客が全て乗り込むと、すぐにタラップは回収され出航の合図の汽笛がなった。
魔導機動船の船体はゆっくりと後進し出航した。テオドールの港から湾を抜け外海へ出ると魔導機動船は、すぐに旋回し陸地へ戻り運河へ入った。
メリニオ川はテオドールの東にあるダルコマ山からテオドール湾まで流れる川だ。メリニオ川は途中で大陸を南東に縦断する、天使から聖杯を受け取った聖人ミシロッピの名前をもらう大運河へとつながる。
二人の目的地であるロボイセは、ミシロッピ大運河の途中にある。ロボイセは山脈の中枢にあり、馬や徒歩なら迂回が必要で時間がかかる。馬だと三日程度、徒歩なら一週間はかかるが、船なら数時間ほどで近くの停船所に着けそこから徒歩で一時間ほどで到着できる。
魔導機動船はゆっくりとメリニオ川を東へ進む。水車の廻る音とわずかな振動がして揺れる船体。クレアとグレンは、船体の横にある甲板から、目の前に見える景色を眺めていた。
「しっかし…… なんでわざわざ船で移動なんて…… テレポストーンや転送装置があるだろうに……」
景色を見ていたグレンが不満そうにつぶやいた。横で声が聞こえたクレアは、彼の言葉にすぐ反応した。
「長距離転送は魔力の消費が激しいですからね。テレポストーンや転送装置の魔力を消費させるよりも船の方が安上がりなんです」
テレポストーンに使われる魔石の魔力は有限であり、使用すればするほど魔力は消耗する。魔力の消費量は距離が長くなるほど大きくなるため、高価なテレポストーンの買い替える回数を増やすよりは、定期運行している鉄道や船の運賃を負担した方が安いのだ。
クレアの言葉にグレンは口を尖らせて不満そうにしてる。
「ふーん。ケチくせえな。冒険者だって遅い移動は困るだろうに……」
「冒険者は自分で転送魔法を覚えればいいんですよ。簡単ですから」
唖然とした表情でクレアを見つめるグレン、彼女は首をかしげて不思議な顔をする。
転送魔法の習得は簡単とクレアは語っているが、それは彼女にとってであり。通常転送魔法を会得するには魔法の心得があっても十年以上かかる場合がある。ちなみにクレアの指導を受けたグレンでも転送魔法を習得できなかった。
「まったく義姉ちゃんは…… あっ! 義姉ちゃんは転送魔法使えたろ? ぱぱっと行こうぜ」
「ダメです!」
「えぇ!? いいだろう。その方が速いじゃん……」
ダメと言われたグレンは不服そうにしてる。クレアはグレンの態度に少し寂しそうにうつむき、彼の袖をつかんで恥ずかしそうにつぶやく。
「だって…… グレン君と一緒に船に乗りたいから……」
「はぁ? 俺と乗ったからって何が…… えっ!?」
袖から手を離してクレアは顔をあげてグレンの顔を見た。
「ダメですか? 私はグレン君と一緒なら楽しく船旅ができそうなんです」
「義姉ちゃん……」
目をうるませて少し声を震わせながらグレンに訴えかけるようにして話す。グレンはクレアの様子に少し頬を赤くして、少し間を開けてから笑った。
「えっ!? グッグレン君……」
右手を伸ばしたグレンは、クレアの手をつかんで船首を指さした。グレンの行動に動揺するクレア、彼は笑って船首をゆびさした。
「船の先に行こうぜ。面白い景色が見えそうだ。船旅はやっぱり景色を楽しむもんだろ?」
「えっ!? はっはい! 行きましょう」
グレンの言葉に驚いたクレアだったが、すぐに笑ってうなずく。彼女はグレンに手を引かれて魔導機動船の船首へと向かうのだった。大きくて暖かいグレンの手に引かれたクレアの顔は嬉しさに満ちていた。
魔導機動船の船首へとやってきた二人、船首付近の甲板は白の四角い四人がけのテーブルが並んで置かれカフェのようになっており、軽食をつまみながらみ景色を堪能する旅行客や商人がたくさんいた。グレンはクレアの視線が、カフェを楽しむ客に向けられているのに気づく。
「俺達も何か食べるか?」
「えっ!? でも…… 私たちは一応仕事ですから楽しんじゃダメですよ」
「大丈夫だよ。バレやしねえって! サーモンサンドとコーヒー!」
白いエプロンにプリムをつけたメイドのような、黒いスカートの制服を着た長い黒髪の女性ウェイトレスにグレンが注文をした。
慌てた顔でクレアは右手を上げた、同じ女性店員に声をかけた。
「ずるい! 私はフィッシュフライサンドに紅茶をお願いします…… あっ」
グレンに釣られて注文してしまった、クレアは恥ずかしそうにうつむくのだった。
「はーい。じゃあ席にお持ちしますので好きなところに座ってお待ちください」
女性店員は丁寧に返事をして、二人に席につくようにうながすのだった。
「ほら。座ろうぜ」
「うっうん」
うつむいて恥ずかしそうにしてるクレアにグレンが声をかけた。彼はまたクレアの手を引いて空いている席を探す。二人は船の先頭から数メートルところで空いていた席に座った。
「偉そうなこと言って結局は自分も食べるんだもんな」
からかうような口調で、グレンが向かいに座るクレアに口を開いた。頬を赤くしたクレアは必死に首を横に振った。
「違います。グレン君だけ食べたらずる…… えっと…… お姉ちゃんとして弟だけ怒られるのはしのびないだけです」
「はいはい」
あきれて笑うグレンにクレアは胸を張って姉の威厳を主張するのだった。席についてしばらくすると、先程の女性店員が二人が頼んだ料理をトレイに乗せてやってきた。
「おまたせしました」
女性店員はトレイを席に乗せた。トレイの上にはナプキンに包まれた新鮮な野菜とプリプリで肉厚なサーモンが挟まれ特性はちみつ入りソースをたっぷりかけたサンドイッチと、白身魚をサクサクの衣で揚特製野菜ソースがたっぷりとかけられたサンドイッチが置かれている。
料理を目にして目を輝かせている二人に女性店員が話しかける。
「お二人は新婚旅行でミシロッピ大運河のクルージングですか? 良いですよね。景色を見ながら二人のこれからを語り合うなんて……」
「「えっ!? 新婚旅行?」」
女性店員の質問に二人は目を丸くした。そしてすぐにグレンが慌てて答える。
「違う! 違う」
「そうです。私たちは仕事でロボイセへと向かうんです」
必死に二人は新婚旅行でないと女性に説明する。女性店員は笑って二人を見て首をかしげた。
「あら? そうなんですね。あまりに仲良さそうなのでてっきり…… 失礼しました。」
「全然仲良くないですよ。もうほぼほぼ他人です。ただの仕事仲間です」
「うふふ……」
大げさに片手を振って否定するグレンに、女性店員は苦笑いをして戻って行った。すぐにグレンのスネを向かいに座るクレアが蹴った。
「いた! 何するんだ」
「なんでもないです! グレン君! 嫌いです!!」
「はぁ!?」
ぷくっと頬を膨らませて、不機嫌そうにそっぽを向くクレアだった。彼女の行動がわからず困惑するグレンだった。
クレアは不機嫌そうに頬を膨らませたまま、横目でちらっとグレンを見ると微笑む。どうやらクレアはグレンと新婚に間違われて嬉しかったようだ。
魔導機動船はゆっくりとロボイセを目指して進むのであった。