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第52話 大食が世界を救った話

 グレンが操る漁船は、モーデル湖の真ん中に浮かぶ島へとやってきた。島はわずかな砂浜と小さな林があり、百歩ほどで端から端まで歩けるくらいの本当に小さな島だ。

 

「さぁ! 食うぞー!」


 船から下りたオリビアは、ビッグレッドカープを持ち上げ砂浜の真ん中へ運ぶのだった。


「ふんふふん♪」


 林に鼻歌まじりで薪に使う枝と石を集めている。三人はビッグレッドカープが置かれた砂浜で、オリビアを待っていた。

 オリビアが一人で焚き火の薪を集めてるのが、なんとなく悪いと思っていたグレンがクロースに尋ねる。


「一人でやらせていいんですか? 俺達も手伝いましょうよ…… うん!? なっなに?」


 グレンがオリビアを指して彼女の方に一歩前にでると、クレアがすっと手を伸ばして彼の手首をつかんでぐいっと引いて戻す。力強く戻されたグレンは驚くのだった。


「絶対にダメですわ! 手をだしたら……」

「そうですよ! オリビアちゃんは自分で料理をすると焼き加減とか味にこだわるんです」

「薪一つでも形とかオリビアの基準があるんですのよ。手伝ってもし少しでも気に入らないことがあれば三日くらいグチグチ言われますわよ」

「えぇ……」


 二人の言葉を聞いたグレンの脳裏に、面倒くさいという言葉がよぎるのだった。


「おりゃあああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

「!?」


 オリビアの気合をいれる声がした。グレンが声のほうに視線を向けると林にあった一本の木が音を立ててゆっくりと倒れている。どうやらオリビアが木を倒したみたいだった。倒れた木にオリビアが乗って枝をメイスでたたき折っていた。

 しばらくして…… 石と枝を抱えたホクホク顔のオリビアが戻ってきた。

 ニコニコとオリビアは石と枝を並べてかまどを作り、彼女は腰につけてる鞄から火打ち石を取り出してかまどに火をつけようとする。かがんで作業するオリビア、火起こしに手間取っているのかカチカチという音が砂浜に響く。

 クロースは彼女の背後から覗き込む、火打ち石がすれて何度も火花が散っている。


「魔法で火をつければよろしいのに……」

「ダメだ! こうやって苦労した方がより美味しくなるんだよ!」

「はいはい…… 勝手にしてくださいまし」


 振り返りきつい顔をクロースに向け、返事をするオリビア。あきれた様子で返事をするクロース、彼女を気にすること無くオリビアは嬉しそうに火を起こすのだった。

 やがてかまどに火が灯る。オリビアは薪をくべ息を吹き掛けて炎を強くしていく。炎は満足する火力になったのか大きく燃え上がる火を見て、オリビアはうなずきは背を向けてまた林にむかっていった。すぐにオリビアが戻って来た。戻っきた彼女の肩には先端を尖らせて丸太が抱えられていた。

 ビッグレッドカープの口元へとむかったオリビアは、慣れた様子で丸太をビッグレッドカープの口へと突き刺した。丸太を串の代わりにするようだ。


「はああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」


 焚き火の近くに斜めに丸太をつきさしオリビア、彼女の視線はビッグレッドカープへと向けられた。

 少ししてからビッグレッドカープが、ジュウジュウと音を立て始めた。


「魚は強火の遠火でしっかりと……」


 焼かれるビッグレッドカープをジッと見つめぶつぶつとつぶやくオリビアだった。彼女は焼き具合をはかっているのだ。その鋭い眼光と凛とした真剣な表情は、腹を空かせて寂しそうにしてるオリビアはぜんぜん違った。かまどから少し離れた場所に座っているグレンでさえ、オリビアの真剣な様子に圧倒されるのだった。クロースとクレアはなれてるのか、焚き火の近くに座り楽しそうに喋りながら待っていた。

 焼き上がりが近づくにつれ、オリビアの表情は緩むよだれがしたたり落ちる。ビッグレッドカープが焼かれる音がわずかに変わった。


「来た!」


 ハッと目を見開いてオリビアは、ビッグレッドカープの串をかかえて火から下ろした。

 地面に串をさし鞄からから、短剣をだしてビッグレッドカープの身を斬るオリビアだった。切り取った身を短剣に刺してニッコリと笑った。


「よし! いただきまーす!」


 オリビアは勢いよくビッグレッドカープの身にかぶりついた。


「うまうま」


 ビッグレッドカープの身を食いちぎったオリビアは、頬をふくらませ鼻で息をして食べている。

 あっという間に最初に斬った身を食べ、にこやかに笑って嬉しそうに次の身を斬りにかかる。


「みんなは食わないのか?」


 ビッグレッドカープの身を切りながらクレア達に声をかけるオリビア。


「わーい。いただきます」

「わたくしも少しもらいますわ」


 クロースとクレアはオリビアの元へと向かう。

 グレンは呆然と三人の様子を見つめていた。グレンに気づいたオリビアが近づき、短剣に刺さったビッグレッドカープの肉を彼の前に差し出した。


「ほら。弟! 君も食べるだろ」


 目の前に差し出された肉に目をやるグレン、彼の前の前にはこんがりとやけた赤い身の魚で香ばしい匂いが彼の鼻に漂ってくる。

 匂いをかいでおもわずつばを飲むグレン、これが魔物の肉でなければすぐに彼はかぶりついていいただろう。


「いや…… いらない。魔物を食べてことないんだ……」


 グレンの言葉にオリビアが驚いた顔をする。


「えっ!? 魔物を食べたこと無いのか? 君も冒険者だっただろ? ダンジョンや戦場で食料はどうしてたんだ?」

「おっ俺は…… 冒険者をしたことはない…… ずっとただの支援員だ」


 グレンはオリビアから視線をはずしちいさな声で答えた。

 彼は冒険者だったが新人の頃に仲間に裏切られた死線をさまよった。グレンは冒険者時代のことはあまり触れたくはないのだ。


「なら覚えておくといい。町や村から出た世界でまともに食料にありつけるとことはほぼないぞ。現地で調達しなければならない」


 オリビアはそう言うとビッグレッドカープの肉を口へと運ぶのだった。


「キシャーーーーーー!!!!!!」


 甲高い魔物の鳴き声が砂浜に響く。声の方に振り向くと、二匹の魚の頭をして三叉の槍を持った、青色の半魚人サハギンが砂浜に立っていた。


「サハギン…… ビッグレッドカープの匂いに釣られたか」

「まったく食事中だろうに」


 右手に食べかけのビッグレッドカープの身を持ったまま、オリビアがサハギンに向かって行こうとする。

 グレンはオリビアの肩に手をかけて止めた。


「食事中だろ。大人しくしてろ。あいつらは俺が片付けるやるからさ」


 振り向いたオリビアにグレンは左手の親指で後ろに指して戻らせた。そのままグレンは前に出て、右手に刺した剣に手をかけサハギンへと向かっていく。剣を抜いたグレンの目は赤く光り全身にオーラを纏う。彼は右手持った剣の先をサハギンに向け構える。二匹のサハギンは一匹が前にでるように斜めに並んで、槍を構えグレンを見つめている。


「キシャーーーー!!!!!!!!!」


 二匹のサハギンはほぼ同時に前に出た。前のサハギンが槍を大きく振りかぶりグレンに向かって振り下ろす。

 三つに分かれた黄金色の刃先がグレンの頭を狙って向かって来た。グレンは涼しい顔で斜め右に一歩踏み出し槍をかわしながら、体勢を低くして剣先で半円を描くように体の左側に剣を持っていく。

 すれ違いながらグレンはサハギンの脇腹に向かい、剣を鞘から抜くようにして振り上げた。サハギンの脇腹はグレンの剣で切り裂かれ濃い緑色の血が吹き出す。

 グレンはサハギンの背後に回ってすぐに振り返り、脇腹を切られてサハギンの背中に剣を振り下ろした。サハギンの背背中をグレンの剣が斜めに切り裂いた。


「ギイイイイイイイイイイイイヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!」


 背中から血を吹き出して声をあげサハギンが膝をついて倒れた。グレンはすぐに振り返った。

 もう一匹のサハギンがグレンに迫って来ていた。サハギンはグレンとの距離を縮め、彼に向かって槍を突き出した。

 グレンは右足を後ろにもっていき、体をよじって半身になって突き出された槍をかわした。彼の眼の前をすっと槍が伸びていく。


「ほいっと!」


 左手を素早く出してグレンは槍をつかんだ。藻なのか濡れているせいなのか、ぬるっとした感触をアンバーグローブを通してグレンは感じた。慌ててサハギンは槍を引き抜こうとする。


「グギギギギギ!」


 必死に槍を引き抜こうとするサハギンだが、獣化(ビーストモード)となったグレンに掴まれた槍はビクともしなかった。

 グレンは必死なサハギンの様子にニヤリと笑い、左手の人指指を立てサハギンを指すように水平に動かす。


「ほらよ」


 投げ捨てるようにしてグレンはサハギンの槍から手をはなした。後ずさりしたサハギンはすぐに体勢を立て直しグレンに向かって槍を向けた。グレンはにっこりと笑ってすっと右足を引き体を横に向けた。


「ギイイイイイイイイイイイイイイイヤアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」


 サハギンが悲鳴をあげた。グレンが体を横に向けると彼の横から燃え盛る薪がサハギンの目の前へと飛び出した来た。燃えている薪は一直線にサハギンの右の目へと突き刺さった。

 顔を押さえ声を上げるふらつくサハギンの前に立つグレン、右腕を引いた彼は剣先をサハギンの胸へ向け突き出した。


「ギャッ!!!」

 

 グレンの剣がサハギンの胸を貫いた。左手を伸ばしサハギンの胸に当てた、グレンはゆっくりと右腕を引いて剣を抜く。胸から血が吹き出してサハギンは背中から仰向けに倒れた。倒れた衝撃で砂埃が舞い、サハギンの目に刺さった薪の炎が静かに消えていく。


「二つの特殊能力…… これが異端児(イレギュラー)…… やっぱりグレン君は強い」

「えぇ。さすがクレアの弟ってところでしょう」


 クロースとオリビアがグレンの様子を見て小さくうなずいている。二人はグレンの動きに感心しているようだ。

 二匹のサハギンを片付けたグレンは小さく息を吐いて剣の血を拭い鞘に戻す。


「ふぅ…… えっ!?」


 三人のもとに体を向けたグレンの横を何かが猛スピードで過ぎていった。


「ギャッ!」


 声がして振り返ると砂浜に一匹のサハギンが立っていた。サハギンの頭には短剣が刺さっている。そのままサハギンは仰向けに倒れた。波が静かにサハギンの体をしめらせ湖面に深緑の血が流れていく。


「ふぅ。ごめんね。私も食後に運動をしないとね」


 グレンが前を向くとオリビアが右手を前にだしたままで笑っていた。どうやらオリビアが食事に使っていた短剣をサハギンに投げたようだ。オリビアはサハギンに投げた短剣を回収しようと、歩いてグレンの横を通り過ぎていく。


「嘘だろ…… まったく見えなかった。冒険者ギルドでは動きは捉えられたのに……」


 通り過ぎるクロースに驚いた様子でつぶやくグレン、クロースは彼に声をかけた。


「しょうがないですわよ。食後のオリビアですもの…… オリビアは食べれば食べるほど強くなるのですわ」

「そう。オリビアちゃんの特殊能力は食べて能力アップ(レベルイーター)だから」


 オリビアは何でも良いので食べ物を口にすれば魔力、スピード、パワーなど全ての能力が上がる。食べれば食べるほど能力は加算されていくが、逆に空腹状態が続くと能力は下がって行ってしまう。

 ちなみにオリビアは特殊能力のせいで食欲旺盛なのでなく、目覚める前から馬のように食べる大食いである。


「うん。聖剣も魔法もろくに使えない私が魔王に勝てたのはよく食べたおかげだからな」

「そう。オリビアの食欲が世界を救ったんですわね」

「だな!」


 笑ってオリビアはビッグレッドカープを、食べて膨らんだ腹を愛おしそうにさするのだった。

 グレンはオリビアの行動がおかして笑った。彼は魔物を食べるオリビアに、少し嫌悪感があったがいつの間にかなくなっていた。


「おっ俺も…… これ食べてみようかな……」

「おぉ! そうか。じゃあ行くぞ」


 嬉しそうにグレンの手を引っ張りクレアは、ビッグレッドカープの元へと彼を連れて行く。

 肉を斬ってグレンに渡す。


「うまい!」


 グレンはビッグレッドカープの肉を食べて声をあげた。

 やや泥臭いが焼かれたビッグレッドカープの肉は、柔らかくふっくらとしてわずかな塩味がして美味い。

 美味しそうに食べるグレンを見て満足そうにオリビアがうなずくのだった。

 あっという間に四人はビッグレッドカープを残さず感触した。砂場にはビッグレッドカープの頭と骨と鱗だけが残っていた。


「じゃあこれを持って行ってくれ」

「はーい」


 オリビアはビッグレッドカープの頭を指してクレアに声をかけた。冒険者ギルドには頭の部分が証拠として提出する。


「さて…… これで借金もなくなるし。行こうか」

「えぇ。キティルさんを助けて白金郷を目指しましょう」


 クロースとオリビアが楽しそうに話している。二人の会話を聞いていたグレンが驚きの声をあげた。


「えっ!? どうして二人がキティルのことを…… はっ!? そうか。義姉ちゃんが」


 振り向いたクレアの方を見たグレン、ニッコリと彼女は微笑んでうなずく。


「はい。二人ならキティルちゃんの強力な助っ人になりますからね」

「いいのか。勝手にそんなことして…… だいたい。キティルの相方は魔王の娘だぞ」

「えへへ。大丈夫ですよ」


 クレアは心配するグレンに向かって自信を持って大きくうなずくのだった。借金を返したオリビアとクロースは、すぐにキティル達を追いかけ、テオドールから南東にあるロボイセの町へと旅立っていった。

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