第48話 彼女の正体
グレンはオリビアを連れ港へと戻ってきた。
港の出入り口にはクレアとクロースだけが残っていた。グレンに気づいたクレアは嬉しそうに手を振った。
「あっ! グレンくーん。こっちだよー」
手を振るクレアの元へとグレンが近づく、周囲を見渡し冒険者が居ないことにグレンが気づく。
「みんなは?」
「ハモンド君と彼女に任せて先に行ってもらいました」
「そうか」
うなずくグレンの横を、すっとクロースが通り過ぎオリビアに向かっていく。きつい顔をしたクロースは、オリビアに向かって口を開く。
「オリビア! どこに行ってたんですの?」
「すまない。お腹が減って屋台で食事を取ってた」
「屋台…… おめさ! 少すくらい我慢すなさいよ!」
目を吊り上げさらにきつい表情になって叫ぶクロース、オリビアはすまなそうに右手で頭をかいていた。オリビアの態度に呆れてクロースはため息をつく。
「はぁ…… 今更ですわね。でも、さすがあなたの義弟ですわね。いい仕事をしますわ」
クロースが振り返ってクレアに向かって笑った。オリビアがクロースの向いた方に視線を向けた。
「うん!?」
クレアを見たオリビアが驚く。クレアはオリビアに向かって優しくほほえみ手を胸の前に持っていき軽く左右に動かして振る。
「オリビアちゃんも元気そうだね」
「あぁ。クレアも」
不思議そうにグレンはクレアとオリビアを交互に見ていた。
「ねっ義姉ちゃん。この二人と知り合いなのか」
グレンに笑顔を向けて、クレアは大きくうなずいた。
「はい。二人とも大事なお友達ですよ。グレン君にきっととってもいいお友達になれますよ…… いや姉ですかね?」
「はぁ!? なんだよそれ」
「でも待ってください。お姉ちゃんはやっぱり私一人でいいです!」
「いや…… だから……」
一人で勝手に右往左往するクレアに、顔をしかめるグレンだった。
「もう…… クレア。グレンさんも勝手にわたくし達の弟にされても困りますわよね」
「はは。まあな」
苦笑いをするグレンにクレアは少し不満そうにしていた。
オリビアがグレンの袖を引っ張った。グレンが振り返ると彼女は腹を両手でさすりだした。
「なぁ…… 弟…… 飯を奢ってくれ」
「はぁ!? さっきたらふく食っただろ!」
呆れて叫ぶグレンの声が港にこだました。周囲の人間が何事かと二人を覗き込むのだった。おでこに手を置いて恥ずかしそうにクロースが首を横に振るのだった。
グレンとクレアはオリビアとクロースを冒険者ギルドまで案内する。港から出て宿屋や鍛冶屋などの通りをしばらく歩くと見えてくる、宝箱の後ろに剣と剣が交差する看板が軒下にぶら下がった、レンガ造りの五階建ての建物が冒険者ギルドだ。
扉を開けて四人は冒険者ギルドへ入る。建物の一階は吹き抜けの玄関ホールに二階へ続く階段の右手がギルドのカウンター、左手には酒場兼食堂という構造となっている。
入り口を入ると、オロオロした様子のハモンドが心配そうにカウンターを見つめていた。
「どうした?」
ハモンドに気づいたグレンが駆け寄って彼に声をかけた。
「あっ! グレンさん。えっと…… さっき案内した冒険者達の一部が……」
振り返り怯えた様子でハモンドがカウンターを指さした。カウンターでは四人の冒険者が窓口の一つを囲んでいた。
カウンターを囲む冒険者達は革の腰巻きに素肌に胸当てと頭に布を巻いた、砂漠地域によくある格好をしていた。
「だから! なんで俺達が初心者と同じ扱いなんだよ! 俺達は”砂漠の鉄サソリ”と呼ばれた上級冒険者なんだ」
「説明したでしょ! 過去の実績は加味されないの! それがここのルールなのよ!」
冒険者の中で一番の体格が大きく、背中に大きな斧を背負った男が大声を張り上げた。その男に負けじとカウンターに居るミレイユが声を張り上げる。
「またか……」
うんざりした表情をしてつぶやくグレン。ノウリッジ大陸の冒険者ギルドでは、他の大陸で積み上げた実績も罪も加味さらないのがルールだ。このルールに納得のいかない冒険者が揉め事を起こすのはいつものことなのだ。グレンは腰にさした剣に手をかけてカウンターに向かおうとする。
「えっ!? オリビアさん?」
オリビアが手を前に出してグレンを止め、驚くグレンに向かってニッコリとを微笑む。
「さっき君に助けられたからここは恩返しだ。任せてくれ。彼らを止めればいいんだろう?」
「でっでも……」
チラッとクレアに視線を向けたグレン、彼女はグレンに小さくうなずいて笑顔になる。
「大丈夫ですよ。グレン君。オリビアちゃんに任せてあげてください」
「義姉ちゃんが言うなら……」
「ありがとう」
剣から手を離したグレンは一歩下がった。お礼を言ったオリビアは勇んでカウンターへ向かうのだった。
クロースもオリビアの後に続く。
「やめたまえ。みんな困ってるじゃないか」
男たちに近づいてオリビアが声をかけた。振り向いた大柄な男は眉間にシワをよせオリビアをにらみつけた。
「あぁ!? なんだおめえは?」
「君たちと一緒だ。さっきの船で来た新人冒険者の一人だ。何があったんだ?」
オリビアの言葉に男は反応し、顔を近づけてにらみつけ彼女の言葉を遮るように大声をはりあげる。
「俺達は新人じゃねえ! ミレニアム砂漠で名をはせた冒険者だ。ひよっこどもと一緒にされてたまるかよ」
「でも、それがここのルールなんだろう? だったらしょうがないじゃないか」
冷静に男に言葉を返すオリビア、さすがクレアの友人というとろこか、大柄の男に詰め寄られても動じていないようだ。
オリビアの様子が気に入らないのかシワを深くする男だった。だが…… 何かを思いついたのか少し目を開いて笑った。
「だったらお前をとっちめれば実績になるだろう! お前らやっちまえ!」
男の命令でカウンターの前にいた男の仲間三人が武器に手をかけた。オリビアは男たちの行動に失望した首を軽く横に振った。
次の瞬間…… オリビアの姿が男達の視界から消えた。彼女は体勢を低くして背中の長いメイスを引き抜いて、大柄の男の懐に潜り込んだ。
彼女は大柄の男の左足をメイスで払う。大柄の男はバランスを崩した浮かび上がるように倒れた。オリビアは体の向きを変えて、同様に他の男達三人の足をメイスで払って倒していく。
オリビアが元の位置に戻った。彼女が動いて男たちを倒すのに一秒とかかっていない。この場で男達を倒したオリビアの動きについてこれたのはグレンとクレアとクロースだけだ。
「「「「ギャッ!?」」」」」
男たちが叫び声をあげて尻もちをついた。
「えっ!? 俺達はなんで…… 確かあいつに……」
何が起きたのかわからず尻もちをついた男たちは、呆然とし怯えた表情でオリビアを見つめていた。
クロースが男たち前にかがんで口元に手をあげて口を開く。
「やめた方がいいですわよ…… 彼女…… ですわよ!」
クロースの話しを聞いた男たちが目を大きく見開いた。
「んな馬鹿な! そんなわけ……」
「でも兄貴! あの首飾り……」
「それに黒髪に刀傷……」
「あぁ。噂通りですぜ……」
顔を見合わせてに四人がうなずいて、飛び上がるように座り直した。
「すっすいませんでしたー!」
男たちはオリビアの横に並んで土下座して頭を床に擦り付けるくらいに下げる。
優しく笑ったオリビアが、クロースに顔を向けた。
「うん。もう大丈夫だね」
「ですわね。ほら、私達もさっさと冒険者になりますわよ」
「あぁ。ほら君たちも一緒にしよう」
手を前に差し出してオリビアは、男たちにも一緒に冒険者登録をしようと声をかけた。
「へっへい! お前ら! やるぞ」
うれしそうに返事をして一斉に男たちが立ち上がった。
さっきまでの横柄な態度は消えて男たちは、立ち上がると素直に冒険者登録を行うのだった。
その光景をグレンとハモンドは呆然と見つめていた。
「ははっ…… あっ! オリビアって…… そうか!!!」
「うん」
グレンに向かってうなずくクレア、納得したような表情で彼はオリビアに視線を向けた。
「あの人が魔王を倒した勇者…… オリビア・トールマンか……」
聞こえないくらい小さい声で、オリビアを見たグレンがつぶやいた。ハモンドはグレンの様子に首をかしげていた。
オリビアは魔王ディスタードを倒し人類を救った勇者だった。
「でも…… なんでそんな人がここに」
「えへへ。それは内緒ですよ」
グレンに向かってクレアはいたずらに笑うのだった。彼女は魔王討伐後、表舞台から姿を消し故郷で静かな隠居暮らしをしていた。
しばらくして、オリビアとクロースの冒険者登録が終わったようだ。冒険者の指輪をはめた二人がグレン達の元へ戻って来る。
「あっ待ってー。オリビアさーん。これ渡し忘れてました」
カウンターからミレイユが出てきてオリビアを呼び止めた。振り返ったオリビアにミレイユは一枚の紙を渡した。
「なんですの? それは?」
「あっ…… それは……」
クロースがオリビアが持った紙を覗き込む、慌ててオリビアが隠そうとした。しかし、クロースはすっと手を伸ばして彼女から紙を奪い取った。
「隠さなくても…… なっ!」
紙を持ったクロースが小刻みに震えはじめた。これはオリビアがグレンと会った時に、食事をしていた屋台からの請求書である。その金額は二千ペル……
「《《オリビア》》…… これはどういうことですの?」
ニッコリと笑ってクロースは請求書を突きつけるよにオリビアの前に提示した。
「すまん…… つい食べ過ぎて…… でも大丈夫だ。ここの仕事で……」
「何すてるんだが!!!!!! このあほんだら! おらだちは急いんでんだろうが!!!!!」
クロースの叫び声が冒険者ギルドに轟くのだった。
苦笑いのグレンと少し怯えた様子のハモンドの横で、クレアはなぜか懐かしそうに笑っていた。