第49話 勇者の借金返済計画
眉間にシワを寄せてクロースは、オリビアに顔を近づけて詰め寄っていく。周囲の視線が二人にむかうとクレアが、二人の間に自分の体をねじ込んだ。クレアはクロースに向かって両手をだしてなだめる。
「まぁまぁ。上の冒険者支援課で話しましょう。私も協力しますから」
なだめるクレアを睨むクロース、クレアが顔を左右に周囲を気にする仕草をする。クロースが周囲に目をやると自分の大きな声によって、視線を集めてることに気づいた。
「んっんだ…… そう…… ですわね」
恥ずかしそうにうつむいてすっと一歩下がり、クレアの提案を了承したクロースだった。
「じゃあ、ハモンド君。グレン君。行きますよ」
グレン達は冒険者ギルドの二階へ向かう。吹き抜けのホールの階段を上ってすぐに冒険者支援課の部屋がある。
部屋は真ん中に台座の上に水晶が置かれ、水晶から出た光が周辺の地図を映しだし、部屋の奥には支給品保管用の木製の宝箱などが置かれていた。入口から左手に脇に机が二つ並び、水晶を挟んだ向かい側にも机が二つ並んでいる。
グレン達が入ると入り口に、近い席に座っていた女性が立ち上がった。
「オカエリナサイ」
明るい口調で声をかけてきたのは、以前に白銀兵団をテオドールを襲った石人形のキラーブルーだった。
しかし、グレン達は立ち上がって挨拶をするキラーブルーににこやかに接する。
「ブルーボンボンさん。ただいま。お客様だからお茶を淹れてくれますか」
「ハイ。ワカリマシタ」
クレアにブルーボンボンと呼ばれたキラーブルーは、素直に返事をして部屋の奥へと向かっていく。
クロースはキラーブルーの背中を見つめてクレアに声をかける。
「あれはクレアが言ってた古代の石人形ですわね」
「はい。今は冒険者支援用石人形、ブルーボンボンさんですけどね」
キラーブルーはグレンとの戦闘後、冒険者ギルドへと回収された。調査後に破壊される予定だった彼女だが、情報収集課のタワーが拒否。キラーブルー自体が古代文明の貴重な遺産だという彼の意見を受けた、冒険者ギルドのマスターキーセン神父は彼女を有効活用することにした。
その後、教会所属の技術者のもとへと送られたキラーブルーは、修復、改造、されて現在は冒険者ギルドの備品ブルーボンボンとして働いている。なお調査の結果、グレンに破壊された際にキラーブルーの記録や記憶は全て消去されており、キラーブルーとして彼女に残っているのは姿形のみである。
「グレン君。二人に椅子を持ってきてあげてください」
「あぁ。わかった」
クレアに言われたグレンは、自分たちの席から二つの椅子を移動させようとした。
「椅子はいりませんわ。ブルーボンボンさんもお茶はいりませんわ。おかまいなく!」
椅子を運ぼうとするグレンと茶を淹れようとするブルーボンボンを、クロースが止めてオリビアに視線を向けた。クロースに見られたオリビアは少し怯えた顔をする。
「あれ…… 義姉ちゃん……」
クレアがすっと部屋から出ていくのをグレンが気づいた。クロースとオリビアはそれに気づかずに話し合いを始めた。
「それでどうするんですの? いきなり借金なんか背負って!」
腕を組んでクロースはきつい口調でオリビアに問う。首をかしげたオリビアは腹をさすった、キュルルという彼女の腹の音が聞こえてきた。
「解決のためにまずは腹ごしらえをして……」
「なに腹ごすらえだ! 金がねってのに真面目さ考えろ!」
「うぅ。私は真面目に腹が減ってだな……」
クロースはオリビアを怒鳴りつけたグレンは呆れた顔をしながら二人の間に立った。
「とにかく。金がないなら仕事するしかないだろ。ただ二千ペルはなぁ…… オリビア達は本当にまったく金は持ってないのか」
「えっと私達が持ってるのお金はこれだけ……」
グレンの問いかけにオリビアは屋台で出した金貨袋を出した。グレンは袋を受け取って中身を見た。
「ディル金貨…… たしかにこれはそのままは使えないな。後で教会がやってる両替所に行くといい」
「両替ができますの?」
グレンがうなずくとぱあっと表情が明るくなる二人に、彼は少し申し訳無さそうに口を開く。
「でも、皇帝が変わってから硬貨の質が悪くなったらしいからな。高くても全部で五百ペルくらいにしかならないかな」
「そうですか…… でも、ないよりはマシですわ」
「あぁ」
腕を伸ばしグレンが金貨袋を返す。オリビアはグレンから袋を受けとった。
「お待たせー」
扉が開いてクレアが部屋に戻ってきた。彼女が居なくなったことに気づいてなかったオリビアとクロースは少し驚いた顔をする。
「はい。これ」
クレアは近づいて来て、オリビアの前に一枚の紙を差し出した。オリビアはクレアから紙を受け取った。
「これは?」
紙を受け取ったオリビアの問いかけににこやかに答える。
「いま受付でもらって来ました。この仕事をこなせば二千ペル支払いますよ」
「おぉ! ありがとう」
嬉しそうにするオリビア、すぐ横のクロースが間髪をいれずにクレアに尋ねる。
「どんな依頼ですの?」
「町から東にあるモーデル湖の魔物退治ですよ」
「ふーん……」
目を細めて疑った表情でクレアを見るクロース。クレアはクロースに優しく微笑んでいる。
「じゃあ。さっそく行ってくる。ありがとう。クレア」
「えっ!? ちょっとお待ちなさい! オリビア!」
右手を上げてクレアに礼を言ったオリビアは急いで部屋から出ていった。クロースが彼女の後を慌てて追うのだった。
「いってらっしゃーい」
二人を笑顔で見送るクレアの横でグレンが呆れた顔で腕を組んだ。
「モーデル湖って…… 依頼落ち間近のやつだろ?」
「えへへ。はい」
依頼落ち…… 町の住民や教会などから冒険者ギルドに来た仕事の依頼は、特別なものを除き掲示され冒険者が希望して仕事を受注する。全ての仕事が平等に扱われることはなく、当然仕事の中で人気のあるものや不人気のものがある。
冒険者から受注されずに、二週間以上放置されたものは依頼落ちと言って掲示板から外される。依頼落ちとなった仕事は、報酬を増額したり条件を見直し再掲示されるか報酬を割り増して強制的に冒険者を指名して担当させるか直接冒険者ギルドの職員が依頼をこなすかの三択となる。
「まったく…… 面倒だからって押し付けたな」
テオドールで依頼落ちになったものは、基本的に冒険者支援課が処理をする。グレンはクレアが依頼落ちした仕事を処理するのが面倒になり、二人に押し付けたと思っていた。
「プクー! 違いますよ。巨大人食い鯉ビッグレッドカープですよ。テオドールの新人さんには少しレベルが高いですから二人にお願いしたんです」
「ふーん」
頬をふくらませるクレア、グレンは目を細めて疑った顔で彼女を見つめていた。クレアは信じてもらず不満そうに口を尖らせる。
「それに……」
「えっ!?」
ニコッと笑ってクレアはグレンの手を取った。急に手を握られたグレンは驚き恥ずかしそうに頬を赤くした。
「義姉ちゃん? 俺達もモーデル湖に行くの?」
「えへへ。はい。私も二人の活躍を見てみたいですし。それに…… 腕が落ちていたら困りますからねぇ」
「えっ!?」
クレアは笑ってうなずいてグレンの手を引いて、クロースとオリビアの後を追いかけて部屋の入口に向かっていく。
扉の前で振り返り、ハモンドとブルーボンボンに向かってクレアが声をかける。
「ハモンドさん。ブルーボンボンさん。私たちは新人冒険者の支援にモーブル湖に向かいます」
クレアはクロースとオリビアと一緒にモーデル湖へと向かうつもりだ。
「えっ!? はい。わかりました」
「イッテラッシャイマセ」
二人に手を振ってクレアは、グレンの手を引っ張って部屋を出ていくのだった。