第47話 新大陸の罠
「オリビアー! どこですのー?」
潮の香りが漂う港の一角で、長いストレートの銀髪に切れ長で薄紫色の瞳をした、華奢で背の低い女性が人の名前を叫びながら歩いている。
貴族のような気品漂う彼女の格好は、白くふくらはぎを覆う長さのブーツに黒のショートパンツを履いて胸には真っ黒な胸当てを装備している。女性の両耳に青くもこもこした柔らかいまんまるの特徴的な耳飾りをつけていた。背中には華奢な彼女には少々不釣り合いな、長い柄で槍と斧の機能を併せ持つ白い刃が特徴的なハルバードが見える。
女性の名前はクロース、彼女がいる場所は開発が進む新大陸ノウレッジの港町テオドールだ。ここには毎日たくさんの観光客や移民や商人などがひっきりなしに訪れている。大きな武器を持つ彼女は一攫千金を目論む冒険者の一人のようだ。人を探しながら彼女は港の奥から少しずつ入り口へと歩いて行く。
港の入り口に冒険者ギルドはこちらと書かれた看板を持ったハモンドとグレンが立っていた。彼らの周りには冒険者風の人間が数十人集まっていてその中の数人が港の入り口を塞ぐように立っていた。
「ごめん。もうちょっとこっちによってくれるか。そこは人が通るんだ」
港の入り口を塞いでいた、冒険者たちにグレンが優しく声をかける。移動する冒険者を見たグレンは、少し疲れた顔でため息をついた。
「ふぅ。やっぱりこの時期は人が多いな」
「そうですね」
普段は冒険者達が港の入り口を塞ぐほど多く訪れることはない。春が訪れてしばらくして、初夏のさわやかな風に包まれるこの時期はノウリッジを訪れる冒険者は増える。
増えるのは冒険者となってうまく仕事にありつけなくても、春から夏にかけては森に食料は豊富にあり気温も暖かく野宿しても凍死する心配もないからである。
「あの人…… 大丈夫でしょうか。うまくできるかなぁ」
「義姉ちゃんがついてるから大丈夫だろ」
港に止まる船の方に視線を向けてグレンは笑う。彼にそっとクロースが近づいて来て声をかける。
「あのう…… よろしいでしょうか?」
声をかけられたグレンがクロースに視線を向けた。背の小さいクロースはグレンを見上げるように立っている。
グレンは彼女の格好を見て、道に迷った冒険者が道を尋ねて来たと判断し笑顔で口を開く。
「はい。俺達が冒険者ギルドまで案内するぞ。俺は担当のグレンだ。一隻の船が遅れてるからもう少し……」
「いえ。確かに冒険者希望なのですが。案内を依頼したいのではなくて」
グレンの言葉にクロースは丁寧に落ち着いた口調で返した。グレンはすぐに早合点したことを謝る。
「あっ!? そうなのか。ごめん。じゃあ用事はなんだい? えっと……」
「わたくしはクロースといいます。一緒にここに来た友人がちょっと目を離したすきに居なくなってしまって…… こちらに来てませんか?」
一瞬だけ背後に居る冒険者達にグレンは、視線を向けてすぐにクロースに戻した。
「わかった。クロース。その友達の名前を教えてくれ?」
「名前はオリビアですわ」
クロースから探している友人の名前を、確認したグレンは口を開く。
「オリビアー! 居るかー?」
冒険者達はグレンの声に反応し彼に視線を向けた。しかし、オリビアという者は居ないのようで、名乗り出るものは居なかった。
「ここには居ないみたいだな」
グレンはクロースの方を向いて残念そうに彼女に答えた。
「まったく…… あいつ…… どこさ行っただ?」
うつむいてオリビアがつぶやく。先程までと違い彼女の言葉は訛って口調が荒くなる。グレンの側に居たハモンドがクロースに聞こえないように口に手を当てた。
「あの訛り…・… 彼女は北の出身なんでしょうか?」
二十年前に起きた魔王軍の侵略により、人類は一時結束を強めた。その時に行った一つの政策が、伝達事項の円滑化や作戦情報の共有などを目的とした言語の統一であった。
四大強国の協議の結果、最大信者数を誇るアーリア教会が使用するマリンテ言語が世界の共通言語と選定された。世界中に共通言語としてマリンテ語が普及し、同時に現地語との同化現象が起きてそれが方言という形になった。ノウレッジに来る者の中には、緊張したり興奮したりすると訛や方言がでることがある。クロースが出した訛り方や方言は北国の特徴だった。
グレンはハモンドの質問に落ち着いて諭すように話をする。
「だろうな。でも、そんなこと気にしちゃダメだ。どこから来ても何をしてきたとしても過去は問わない。それがここのルールだからな」
「すっすみません。つい昔の自分を見てるみたいで…… 気になって……」
注意を受けて気まずそうにハモンドが謝る。グレンはハモンドを見て笑っている。
実はハモンドは世界の北端に位置する、ノースレディング大陸のウィンターツリー魔法王国出身で以前はよく彼も不意に北国の方言が出ていた。ノウレッジは教会が管理する大陸のため、標準的なマリンテ語が主流であり一年程度でほとんどの者はほぼ訛や方言がでなくなる。ただ、中には訛が抜けない者もいる特に西部地方ガルバルディア帝国周辺地域で使われる、ネイオーミ語を使う者たちは方言で会話することの方が多い。
「しょうがない。俺が近くを探して来るよ。きっと俺達に気づかずに町の方へ出ていったんだろう」
「いえお手間でしょうから自分で探しますわ」
「君はここに来たばかりだろ? 君まで迷子になったら大変だから俺が探して来るよ。オリビアの特徴を教えてくれ」
グレンはクロースを止めて町を指差す。彼が指さした先は沢山の人でごった返す町の通りとが見えた。
テオドールは人が増え続けていく町で日々変化している、なれない人間が歩くとすぐに迷子になってしまう。クロースは町の光景を見て納得したのかグレンにオリビアの事を話しだす。
「髪は黒くて首あたりで結んでますわ。瞳は薄い青色で…… 額から右の頬に斜めに刀傷があって首から黄色のひし形の首飾りを下げてますの。それと長い柄のメイスを持っていますわ」
「わかった。じゃあ行ってくる」
オリビアの特徴をクロースから聞いたグレンはうなずいて走って町の中へ向かっていった。
「あの方がグレンですか。ちょっと生意気ですけど素直で優しい殿方ですわね。なるほど…… クレアのお気に入りなのがわかる気がしますわ」
クロースが走り去るグレンの背中を見て笑ってつぶやくのだった。
港から出てオリビアを探すグレンの鼻に美味しそうな食べ物匂いが漂ってきた。
港から出た通りには港湾の従業員や、長い船旅でろくな食事が取れなかった船員や観光客を狙い撃ちにした食堂や屋台が並んでいた。
「あれは……」
並ぶ屋台のテーブルが並ぶ一角に人だかりが、できているのに気づいた。気になったグレンは屋台へと向かう。
人だかりの真ん中のテーブルでは、肩くらいまでの長さの黒髪を首筋辺りで結んだ、丸い青い瞳の大人しそうな女性が料理を美味しそうに頬張っていた。テーブルには彼女が食べたであろう皿が数十枚ほど積み上げられていた。女性の食いっぷりが良くて人が集まっていたようだ。
女性は白いブーツに黒のニーソを履いて、青い短いスカートを履き上半身は赤いシャツの上に縁取られた濃い胸当てを付けてさらに白い裾が広がった上着を羽織っていた。彼女はベルト付の腰に巻ける革製の小さなカバンをつけ、背中に長い柄で槍のようなメイスを持っていた。
「はい。おかわりだよ。姉ちゃん。いい食いっぷりだね」
白い布を頭に巻いた屋台の男性店主が、彼女の元に料理を持ってきて笑顔で声をかける。
「もぐもぐ…… 料理が…… 美味しくて…… 止まらない! もぐもぐ! ぷはあああああああああ!!!!」
嬉しそうにうなずいた女性は、手を伸ばして店主から料理の皿を受け取って口に流し込む。店主はその様子を見て笑って屋台へと戻っていった。
皿を斜めにした彼女の胸元にひし形の黄色の首飾りが光っている。この大食いの女性がクロースが探しているオリビアだ。
あっという間に皿を空にした女性は勢いよく叫ぶ。
「またおかわりを頼む!」
「ごめんな姉ちゃん。もうそれで終わりなんだ」
屋台の向こうから顔をだし申し訳無さそうに謝る店主。
「そうか……」
店主の解答を聞いてオリビアは、残念そうに腹をさすってからゆっくりと立ち上がった。
テーブルから屋台まで歩きながら、腰につけていた袋から金色に光る大きな硬貨を三枚ほど取り出した。
「これで足りるかな?」
屋台を覗き込むようにしてオリビアは、店主に声をかけ金貨を彼の前に置いた。置かれた大きな金貨を見た店主は目を丸くする。
「なんだこりゃ? ダメだよ。ちゃんとした金で払ってくれないと!」
オリビアが置いたのはディル大金貨。ガルバルディア帝国で流通する貨幣で、ノウレッジでは両替しないと使用できない。
「えぇ!? そうなのか? すまない。私はそのお金しか持ってないんだ……」
困った顔をするオリビア、店主も彼女と同じく困った顔をして腕を組んだ。
「うーん…… 困ったな。誰かこの町に知り合いとかいないかい?」
「ついさっき船でここに来たばっかりなんだ…… そうだ! 港に居る友達を連れて来よう。彼女は用意がいいからここのお金を持ってるはずだ」
「えぇ!? あんたはそれはちょっと……」
話の途中で人だかりをかき分けてきたグレンがオリビアに声をかけた。
「あんたオリビアだろ?」
「君は……」
声をかけられたオリビアはグレンを見て首をかしげた。
「俺は冒険者ギルドのグレンだ。クロースって子があんたを探してたぞ」
「おぉ! そうか! わかった。すぐに戻ろう!」
嬉しそうに笑ってグレンの方へ向かって行く。慌てて店主がグレンに叫ぶ。
「おい! ちょっと待ってくれよ。この人が食べた料理の代金二千ペルを貰わないと!」
「えっ!? 二千って……」
呆れた顔でオリビアを見たグレン。この屋台の料理の単価はだいたい一皿十ペルくらいだ。
「すまない。つい…… 食べすぎた……」
「食べすぎって…… 一人でそんなに食うなよ!!」
うなずいて満足そうに腹をさするオリビアだった。グレンはさらに呆れた顔をしてオリビアを見た。
「しかもなんでそんなに食って金もってないんだよ……」
「いやあるんだ。でも…… 使えないって言われて」
「あぁ…… そうか」
オリビアが小袋をあげてグレンに見せた。硬貨を見たグレンは納得した顔をした。
「だったらこの子が食べた分は冒険者ギルドで払う。後で請求書をギルドの受付にもってこい」
慣れた様子でグレンは請求を冒険者ギルドへと回すように店主に伝える。
新人冒険者がノウレッジにやってきて、両替をする前に商品購入や飲食をするトラブルは頻繁にある。その場合は冒険者ギルドで肩代わりをし後日冒険者へと請求が向かう。
店主はグレンの言葉に嬉しそうにうなずく。
「おぉ。わかった。すぐに持ってくよ」
「手間取らせて悪いな」
「いいさ。この姉ちゃんのおかげでもう店じまいだしな」
店主はテーブルに積み上げられた、オリビアが食べた料理の皿を指さした。積み上げられた皿を見たグレンの顔が引きつった。
「はは…… そりゃ二千もいくわな……」
グレンはオリビアを連れて屋台から離れた。
通りを並んで歩く二人、オリビアがグレンに向かって口を開く。
「すまない。助かったよ」
「違うぞ。ギルドで立て替えるだけだ。君たちの報酬から引かれる。まぁがんばれよ」
「そうなのか? わかった」
笑って答えるグレン、オリビアは笑顔で小さくうなずいた。二人は港へと戻るのだった。