第43話 突然のさようなら
「うん!?」
つぶやいたグレンは視線を下に向けた。キラーブルーの目から出た、一筋の青い光が五メートルほど離れて対峙するグレンに当たった。光は足元から上って胸の辺りで止まった。
「スキャン完了…… パワー、スピード、魔力、エネルギー充填ニヨリ侵入者ヨリ上昇。侵入者ハ左腕ヲ負傷シテオリ容易ニ排除可能デス」
グレンに対して自分が上回っているというキラーブルー。彼女の目から出た青い光は解析魔法のようなもので、敵の状態や力を探れるようだ。キラーブルーの言葉にグレンは笑って答えるのだった。
「ははっ。だったらやってみろよ」
右腕を伸ばし突き出した月樹大剣の剣先で、キラーブルーを指してグレンが叫ぶ。彼はゆっくりと右腕を曲げ大剣を肩にかついで笑うのだった。
だらんと折られた左腕を垂らし力を抜いた状態で、グレンはキラーブルーを見つめている。その表情にはどこか余裕に満ちていた。
「排除開始!」
大きな声を出したキラーブルーは駆け出して、一気にグレンとの距離を詰めた。彼女はグレンの首をめがけて右手に持ったサーベルで斬りつけて来る。
ジッとキラーブルーの様子を見つめるグレンの目が強く赤く光る。グレンは右手に力を込めかついだ大剣を素早くキラーブルーのサーベルへ向け振りぬいた。
金属と金属がぶつかり合う音が響く。キラーブルーの右腕は弾かれてサーベルは天空を指していた。グレンの大剣で背後へと強くキラーブルーの体は押される、彼女の両足から砂煙が上がり石畳みの道が削れて足が引きずられた跡が一メートルほど出来ていく。キラーブルーは押されて倒れそうになるのを必死に踏ん張り、耐え体勢を立て直した。
左手の拳を握ったキラーブルーは、前に出て無表情で左の拳をグレンに向かって突き出した。拳がグレンの頬に向かっていく、彼はニヤリと笑い振り上げていた右手に握られた大剣の装飾が光りだした。鍔に装飾された木の根をかたどった装飾がオレンジ色に光り地面を照らす。
「!?」
キラーブルーの左の拳に石畳みを破って伸びた木の根が絡みついていた。キラーブルーは目をかすかに大きく開いて驚いていた。淡々とキラーブルー目から青い光線を出し木の根に当てた。
「攻撃力ナシ。問題アリマセ……」
「ほらよ!」
左手を前に向け指を動かすグレン、キラーブルーに巻き付いた木の根が閉まり食い込んでいく。キラーブルーはそれでも平然としている。
「おいおい。良いのか?」
平然としているキラーブルーにグレンは声をかけた。挑発だと思ったのかキラーブルーは彼の言葉を無視する。
「!?!??!?」
目をおおきく見開くキラーブルー、木の根に巻き付かれた彼女の左腕が紫色にへと変わり。腕に紙に水をかけてように根から紫色がにじみ出ていた。
「それは腐食毒を持つ。キラーガルーダの根だ。そのままにしたらお前の腕は腐り落ちるだろうよ」
「排除!!!!」
キラーブルーは大きく右腕を振り上げサーベルで根を切り裂こうとする。
「おっと! やめた方がいいぜ。切った根から腐食の毒が飛び出るからな。体についたらそこがさらに腐っていくぞ」
グレンの言葉に慌てた様子でキラーブルーは拳を激しく動かして巻き付いた木の根を払い、彼女はゆっくりと後退りをする。木の根に巻き付かれた彼女の腕は紫の痕が付きまだら模様になっていた。
グレンは右腕を曲げ再び大剣を右の肩に乗せて構える。キラーブルーはサーベルをグレンに向け牽制しながら下がり距離を取っていく。
「侵入者ノ攻撃ヲ…… 解析…… 拒否…… 修復ヲ優先」
下がりながら小さな声でつぶやいた、キラーブルーは左腕を曲げ手を開いて胸の前に持っていく。彼女はまだら模様になった左腕を自分の胸の前へと持って行く。胸がから青い光が出て腕を包みこみ、徐々にまだら模様が消えていく。
「させるかよ!」
キラーブルーが腕を修復し始めてことに気づいたグレンは前に出た。彼はキラーブルーとの距離を一気に詰め、月樹大剣を振りかぶった。グレンの動きに彼女は反応する。
「魔導冷凍光線ヲ起動シマス」
修復中だった左手を開いて、キラーブルーはグレンに向けた。彼女の左手がびっしりと白い霜に覆われて周囲の空気が凍りつき白くなっていく。
「冷気か……」
キラーブルーの左手から白い冷気が発射された。光線のような白い冷気が一直線に瞬時にグレンの目の前にまで迫ってくる。
間近に迫る冷気を月樹大剣を振りかぶった姿勢で、グレンはジッと睨みつけていた。右手に力を込めグレンは大剣を振り下ろした。勢いよく振り下ろされたムーンライトが、ほんのりとした淡い白い光を纏い冷気とぶつかる。
「ナゼ……」
白い冷気と月樹大剣の刀身が触れた。冷気に触れると大剣はまるで掃除機のように冷気を吸い込んでいく。冷気はうねりをあげながらあっという間に大剣の中へと消えていった。
消えていく冷気をキラーブルーは呆然と見つめている。グレンはニヤリと笑って腕を戻し大剣の切っ先をキラーブルーへと向けた。
「月は全てを引き寄せ…… 突き放す!!!」
「!?!?!?!?!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
大剣の切っ先から冷気が発射された。冷気はキラーブルーの左手へ戻るようにして彼女へと向かって行く。冷気がキラーブルーの左手へと命中した。
剣をキラーブルーに向けたままグレンは下がっていく、彼の足は噴き出した冷気の勢いで引きずられ地面にはあとが残った。グレンは二メートルとほど後ろに下がったところで止まった。
爆発したように周囲に冷気が広がり周囲を白い靄のような物で覆う。白い靄によりグレンの視界からキラーブルーの姿は消えていた。
「機能低下……」
揺れながらキラーブルーが歩いて、白い凍った空気の中から出てきた。彼女の左腕は肩の下まで白く霜に覆われて凍りついていた。
バランスが崩れているのか、キラーブルーの足取りはおぼつかなくふらついている。グレンは膝を曲げて体勢を低くして駆け出した、彼は剣先を下にむけたまま右腕を後ろに持っていき、地面に剣先がかするようにして走っていく。
あっという間にキラーブルーとの距離をつめたグレン、目の前のグレンにキラーブルーが視線を向けた。キラーブルーはグレンに反応し、サーベルを彼に向け斬りつけようと腕をあげた。
「遅いな…… 凍った腕はくっつのかな!」
キラーブルーのサーベルが繰り出されるよりも早く、グレンが右腕を勢いよく振り上げた。鋭く上に伸びていく剣は、凍ったキラーブルーの左腕の肩から少し下の部分を切り裂いた。
甲高い音が響いて空中にキラーブルーの左腕が舞っていく。回転した腕は数メートル離れた地面に落下した。
満足のそうにうなずいたグレンは手首を返した。そのまま剣をキラーブルーの胸に向けて振り下ろす。
「回避行動!」
キラーブルーの体が数センチ浮かび上がり、背後に素早く下がっていく。グレンの大剣は空を斬り地面へと叩きつけられた。爆発のような音がして砂埃が舞い、周囲には石の破片が飛び散る。
「チッ! まぁいい。そろそろこっちも使えそうだ」
悔しそうに舌打ちをしてグレンは大剣を戻し右肩にかつぐ。余裕の表情でキラーブルーを見つめ先ほどまで動かしていなかった左腕を曲げる。感触を確かめるように左腕をまげ痛みがなくなったのを確認した彼は、両手で月樹大剣を持って構える。
「解析中…… 左腕ハ折レテタハズ…… 治癒…… 時間…… 不可能……」
小刻みに震えて動揺した様子のキラーブルー、グレンの左腕が回復したことに驚いている様子だ。彼は驚くキラーブルに余裕の笑みを浮かべていた。グレンは構えを解いて左腕を曲げ見せるように胸の前に出しキラーブルーに向けた。
「俺の特殊能力は獣化だ…… 今は全解放で十倍くらいの力でお前と戦っている。治癒力も十倍だ」
笑いながら大剣を左手に持ち替えたグレンは、キラーブルーに見せつけるように大剣を回し左肩にかついだ。キラーブルーは静かにグレンの言葉を聞いていた。
「ビーストモード…… 解析中…… フルパワーデ相手ヲ排除シマス!!!」
キラーブルーは静かにつぶやいた。腰を深く落として体勢を低くして左足を踏み込んだ。キラーブルーの踏み込んだ足がドンと言う音がしてキラーブルーの姿がグレンの視界から消えた。
先程とは段違いで速いスピードでキラーブルーは一気にグレンとの距離を詰めてくる。右腕を引きキラーブルーはサーベルの剣先をグレンに向けた。
グレンは反応出来ないのか、キラーブルーが目の前に来ても動かない。だが、キラーブルーの動きに反応できない、グレンの表情は余裕で口元がわずかに緩んでいた。
キラーブルーは表情を変えずに引いた右腕を思いっきり突き出した。研ぎ澄まされた鋭いサーベルの剣先が、動かないグレンの胸を狙って伸びて来る。グレンの目が赤い光った光は先ほど強さは買わないが濃くなっていた。
「!?!?!?!?」
大きな音がして、キラーブルーの剣が弾かれた。サーベルを持つ右腕を高く上げたしせいにされたキラーブルー、彼女は目を大きく見開いている。キラーブルーの目に、笑って左腕一つで大剣を振り上げた姿勢で立っているグレンが映っていた。
「何故ダ??????? 解析不能…… 侵入者デハコノパワートスピードに対応出来ナイハズ……」
動揺した様子でキラーブルーがグレンを見つめている。彼は視線を動かしてキラーブルーを見た。
「今は十倍って言っただろ? だから今は出力を上げて百倍だよ」
信じられないという表情をする、キラーブルーのニヤリと笑うグレンだった。
「ビーストモード…… 百倍…… 解析中…… 解析中…… 解析中…… 解…… 析…… 不能…… ビースト…… 解析中……」
右腕を下ろしてなんども同じ言葉と、頭を左右に傾けては戻す動作を繰り返すキラーブルー、グレンは左腕を下し大剣を利き手ある右手に持ち替えると彼女に近く。
右腕を引いたグレンは左腕を前に出し、シャイニーアンバーの剣先をキラーブルーの胸に向けた。
「ハッ!?」
近づくグレンに気づいたキラーブルーは、慌てて右手に持ったサーベルで彼に斬りかかる。
「無駄だよ」
引いていた右腕を素早く下し、大剣の剣先を斜め下に向けグレンは左足を斜め前にだす。彼はすれ違いうようにして、キラーブルーのサーベルをかわした。かわしながら下に持っていった大剣で、彼女の足をはらうようにして斬りつけた。
キラーブルーの両足の膝から下辺りが、グレンの大剣に切り裂かれる。両足が切り落とされバランスを崩したキラーブルーは前のめりに倒れた。彼女の持っていたサーベルが手から離れてすぐ近くに転がった。
ニヤッと笑って視線を後ろに向けるグレン、キラーブルーとすれ違って彼女の背後にまわるとすぐに振り返り走り出す。
グレンは地面にサーベルを蹴り飛ばして遠くてやると、すぐにキラーブルーも蹴り上げた。蹴られたキラーブルーはひっくり返り仰向けになる。
キラーブルーは動かず静かに呆然と空を見つめ、グレンにチラッと視線を向けた。グレンは大剣を逆手に持てゆっくりと自分の胸の前へ鍔が来るまで引き上げた。
「終わりだ……」
逆手に持った大剣を勢いよくキラーブルーの胸元に石に向けて下ろした。
ガキっという音がしてグレンの右手に硬い感触が伝わる。月樹大剣はキラーブルーの石と体を貫いて石畳の道に突き刺さった。
「セーフモード移行…… ガーバアアアアアアアアガアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!」
キラーブルーはつぶやくとノイズのような声をあげ、激しく体を数回痙攣させると瞳を閉じて動かなくなった。
「ふぅ…… さすがに百倍はきついな……」
大剣から手をはなしたグレンが、小さく息を吐いた。グレンの目から赤い光が消え体は急速に小さくなり、強い疲労感が彼を襲い倒れそうになるのを踏ん張ったがよろめき膝をついた。獣化全解放で自身の力を百倍にしたグレンの体は疲労で動けなくなっていた。
「グレンさん!」
「大丈夫ですか?」
膝をついたグレンを見たエリィとキティルが、身を隠していた路地から飛び出しグレンの元へと近寄って来た。
グレンは二人の声がした方に顔を向け安心させようと右手をあげた。同時にキラーブルーの目がかすかに一ミリほど開き目が横に動く。
「オ嬢様ヲ…… 緊急保護モード起動…… ルクロイゼ北方守備隊第三十八師団駐屯地……」
目をわずかに開いたキラーブルーが周囲に漏れないような小さな声でつぶやいている。グレン、キティル、エリィの三人はキラーブルーに気づいていない。
「転送…… 開始!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
目をカッと見開いて声をあげたキラーブルー、目を覚ました彼女に三人が驚き視線を向けた。
キラーブルーは倒れたまま顔だけをキティルに向けると、彼女の目から銀色に輝く光線がキティルに向けて発射された。
「危ない! キティル!」
「キャ!?」
エリィがキティルの前に立って彼女をかばった。エリィの体に銀色の光線がぶつかった。
光の光線は球体とエリィを傷つけること無く球体と彼女を包み込んだ。
「えっ!? なにこれ!?」
透明な銀色の球体に包まれたエリィが、そのままゆっくりと上空へと浮かび上がっている。
グレンとキティルはエリィを助けようと手を伸ばした。
「クソ」
「キャッ」
球体に触れた二人に電撃のような衝撃が走りてがしびれおもわず二人は手を引いた。
エリィは球体から脱出しようと、必死に球体を叩く。しかし、球体は柔らかく弾力があり、彼女が叩いても拳が球体にめり込んで手応えはない。
「クソ!」
エリィを助けようとグレンが立ち上がろうとするが、キラーブルーとの戦闘による疲労で体に力が入らない。
「えっ!? 何なのよコレ! キャっ!!!!!!」
「まっ眩しい……」
「うわ!? なんだ……」
球体が激しく瞬いた後に激しい光を放った。強烈な光に顔を手で覆うグレンとキティルだった。
「エッエリィ!? エリィ!」
すぐに光はおさまったが、球体とエリィはどこかへと消えてしまいその場に何もなかった。
「グレンさん! エリィは? エリィはどこへ?」
キティルは泣きそうになりながら必死にグレンに尋ねる。
何が起きたかわからずグレンは、呆然として首をわずかに横に振ることしかできなかった。
キティルは泣きそうな顔で周囲を見渡した。エリィの姿はどこにも見当たらない。キティルは膝をついて座り込んでしまった。
「エリィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!」
キティルの叫び声が通りに響き渡る。座り込んで小刻みに震えていた。グレンはキラーブルーを見た。
「おい! お前! 何をした!!!!! エリィをどこへやったんだ?!」
グレンがキラーブルーを怒鳴りつけた。だが、彼女は静かに瞳を閉じグレンの言葉に反応することはなかった。
「エリィ…… どこに私は…… どうすれば…… いや…… いやあああああああああああああああ!!!!」
激しく泣き出したキティル、彼女の涙に反応したのか急激に空が曇ってポツポツと雨が降り出した。グレンの耳にずっと雨音とキティルの泣き声がこびりついて離れることはなかった。
白銀兵団によるテオドール襲撃は、友を失った少女の泣き声により終わりを告げるのだった。