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第38話 背負うものが背負われる

 東門から本隊が撤退する少し前……

 右手につい先ほどムーンライトの鍔にフェアリーアンバーを装着して変形させた、月樹大剣(ムーンフォレスト)を握り体を地面とほぼ水平にしグレンは平原を飛んでいた。彼の視線の先には南門から逃げた、百名ほどの白銀兵団の走る姿が見えていた。

 グレンは彼らから距離を取り、白銀兵団の本隊と合流するのを待っていた。


「うん!?」


 何かに気づいたグレンは、体を起こし右手に力を込めた。彼を目掛けて前方から、二本の銀色の矢が飛んで来た。グレンはタイミングを合わせ月樹大剣を振り上げた。

 大剣が二本の矢を弾く。弾かれた矢が上空へと舞い上がっていった。グレンが矢の飛んだ方に視線を向けると、二名の白銀兵が隊列から離れグレンに向かって弓を構えていた。


「しんがりか…… まぁいい」


 上空へ上がって後方に円を描くように飛んだグレン、白銀兵達は矢をつがえて弦を引いて狙いを定める。

 だが、グレンは急に飛ぶ速度を上げて一気に二人の元へと距離をつめた。


「よぉ!」


 白銀兵達の前に来たグレンは、笑顔で左手を上げ挨拶をする。

 銀色の皮膚に銅像のように、表情が真顔で固定されている人型の白銀兵で表情がわからないが急に現れたグレンに二人は戸惑っているようだった。

 グレンは笑って左手を白銀兵の肩をつかむと右腕を前に突き出した。獣化(ビーストモード)で体を大きくしたグレンの丸太のような腕が白銀兵へと迫る。


「グギッ!?」

「グギャ!?」


 白銀兵の左肩をつかみ自分の引き寄せながらグレンは、右手に持っていた大剣を前に突き出した。白銀兵の体を大剣は簡単に貫通した。前後に並ぶようになっていた二体の白銀兵は大剣によって串刺しにされた。

 グレンは大剣を横に軽く振った。すると串にささった肉のように連なっていた、白銀兵の体が大剣からスポッと抜け地面に転がった。


「ふぅ…… しんがりご苦労さんと」

 

 倒れた二人に声をかけてグレンはまた飛び上がっていった。


「さぁて…… そろそろ本隊と合流…… うん!?」


 グレンが視線を前に向けると百メートルほど先で、銀色の塊がうごめいてこちらに向かってきていた。

 どうやら本隊と合流した白銀兵団が慌てて引き返して来ているようだ。


「ははん。 義姉ちゃんだな…… なら俺がやるのは一つだ」


 口元を緩ませ少し嬉しそうにつぶやくグレン、彼は義姉であるクレアが東門から、本隊を撤退させたとすぐに理解した。彼はゆっくりと下りて行き、逃げてきている数千匹の白銀兵団の前に立った。


「止まれーーー! って…… 止まるわけないよな」


 白銀兵団に向けて、止まれを叫ぶグレン、必死に逃げる白銀兵に彼の声は当然届かない。

 ドドドという大きな足音が近づいて来る。数千の銀色の集団が津波のようにグレンに押し寄せて来る。獣化(ビーストモード)により二メートルを超える巨体になったグレンとは集団に圧力を感じる。


「「「「「うがああああーーー!」」」」」


 立ちはだかるグレンに向かって白銀兵達が向かって走ってくる。グレンを攻撃しようとする意図はなく、ただ逃げるのに必死で走っていた。

 グレンは右斜め前に足を踏み台、先頭のオークのような白銀兵とすれ違う。すれ違いながらグレンは白銀兵のふくらはぎに向け月樹大剣を振り上げた。白銀兵の左足はふくらはぎから下が切り取られた。


「グぎゃあああ! グフ!」


 バランス崩して白銀兵が倒れる。一人が倒れたも白銀兵達の勢いは止まらず押し寄せて来る。


「じゃあな」


 笑顔を向け左足で地面を蹴り、グレンが飛び上がって押し寄せる集団を飛んでさけた。

 倒れた白銀兵につまずいて次々に白銀兵が倒れる。倒れた白銀兵はなだれ込んでき白銀兵に踏まれ、さらにつまずいて白銀兵が倒れ倒れた白銀兵達を押しつぶしていく。

 グレンの足元には千を超える白銀兵が倒れていた。残った白銀兵団は味方の死体を歩いて超えて逃げようと動いていた。

 ゆっくりとグレンは白銀兵達が倒れた先に下り立った。死体を超えて歩いて来た白銀兵達がグレンの前へとやってくる。


「よぉ」

 

 グレンは笑って声をかけた。白銀兵達は彼を見て小刻みに震えている。


「「「「「うがああああーーー!」」」」


 遠くの方で悲鳴が上がった。また大きな足音がし始めた。死体超えて歩いている白銀兵達がまた走りだしたようだ。

 死体を超えた白銀兵達は彼の横を通って走って逃げていく。


「うん!?」


 ピューという足音と違った空気を切り裂く音に気づいたグレンが顔をあげた。上空から彼に白銀兵の背中が飛んで来るのが見えた。


「クソ!」


 慌ててグレンは後ろに下がって白銀兵をかわす。音がして彼の目の前に白銀兵が落ちてきた。


「これは…… 来たのか……」


 落ちて来たのは体が斜めに切り裂かれた、オーク型の白銀兵の上半身だった。

 グレンは呆れた顔して顔を上にまたあげる。彼の視線に黒のストッキングにむっちりとした太ももと白いスカートが見える。視線をさらに上にむけたグレン、彼の心が落ち着くそこにはいつもの見慣れた笑顔があった。


「あっ! グレンくーん!」


 嬉しそうにグレンの名前を呼ぶクレア。クレアはグレンの前方数メートルのところに、大剣を肩にかついで浮かんでいる。右手をあげグレンは笑って彼女に声をかける。


「よぉ! 義姉ちゃん。一人か?」

「うん! そっちも一人ですねぇ。大丈夫でしたか?」

「見てのとおりだ」


 地面に月樹大剣を突き刺し、両手を広げ周りに倒れた白銀兵達を指して自慢気に笑うグレンだった。クレアは自慢気に笑う彼の様子がおかしくて吹き出した。


「うふふ」

「はははっ!」


 二人で笑い合う。クレアはゆっくりとグレンの前へと下りてきた。にっこりと笑って体を曲げて、グレンはクレアを見下ろし彼女は下から彼の顔を覗き込む。

 クレアに見つめられたグレンは恥ずかしそうに頬を赤くする。


「お姉ちゃんを助けようとグレンくんは頑張ってくれたんですよね?」

「はっ!? 違うよ」


 嬉しそうにたずねるクレアに、頬を赤くしたままそっけなく返事をするグレン。


「お姉ちゃんが心配で援軍を向けて飛び出して来たんですよね?」

「違うって言ってるだろ」


 食い下がるクレアに、グレンは語尾を強くして不機嫌そうに彼女に背中を向けた。


「プクーーーーーー!!!」


 頬を膨らませたクレアは、涙目になりながらグレンを睨んでいた。グレンは横目でクレアの様子を見てため息をついた。


「はぁ…… そうだよ。義姉ちゃんが心配で急いで飛んで来たんだよ! これでいいだろう! もう……」


 恥ずかしいのをごまかそうとグレンはクレアに背中を向けた。


「えっ!?」


 背中に軽く何かが接触して驚いて声をあげたグレン。彼の背中にクレアが抱きついたのだ。


「うん…… ありがとうございます。うれしいです……」


 震えながらグレンの背中に額を付けクレアはうれしいとつぶやく。グレンは恥ずかしそうに頭をかいていた。

 その後、クレアは愛おしそうにグレンの背中に頬ずりをし始めた。クレアの行動に耐えきれなくなったグレンは振り向き両肩を掴んで彼女を離す。

 離されたクレアは少し悲しそうにグレンを見つめていた。グレンは彼女の顔を直視しないで、白銀兵団が逃げたほうを指さした。


「ほら! さっさと白銀兵団を追撃に行こうぜ」

「ううん。もういいですよ。あれだけ叩いておけばしばらくは攻めて来ないでしょう」


 クレアは首を横に振り白銀兵団が逃げた方角を見つめていた。


「あぁ。そうだな。じゃあ帰るか」

「はい…… あっ!?」


 笑顔でうなずいたクレアだったが、体から力が抜けて座り込んでしまった。


「義姉ちゃん!?」


 慌てて駆け寄るグレン、地面に座ったクレアの側に彼も膝をついて肩に手をおいた。


「大丈夫です。少し疲れただけです……」


 クレアはグレンの方を向いて優しく微笑んだ。指揮官として重圧の中、ほぼ一人で約二万の大軍を退けさらに追撃まで行ったクレアの体にはかなりの負担がかかっていた。

 白銀兵団を退けたことで張り詰めた気持ちが緩み、一気に疲労が襲ってきたようだ。大丈夫というクレアに安堵の表情を浮かべるグレンだった。


「おんぶ…… されたいな」

「はぁ!?」


 クレアはつぶやくとグレンは嫌そうに顔をしかめた。彼の反応にクレアは口を尖らせて不満そうにする。


「おんぶー! おんぶー!」

「嫌だよ。恥ずかしいし…… 重……」

「ムっ!!! おんぶーーーーーーーーー!!!!! 今のグレン君ならおっきいし私は軽いですよ!!!」


 すわったまま両手を広げて、足をバタバタと動かして、子供のようにクレアはおんぶをせがむ。

 激しく足を動かすクレアのスカートが、めくれてストッキング越しに黒い下着が見えている。子供っぽいクレアの行動にグレンがあきれた顔をする。


「駄々をこねるな! もう…… わかったよ。背中に大剣をしまえ!」

「わーい」


 あきれながらもグレンはクレアの要望に応えた。グレンは地面から月樹大剣を抜きフェアリーアンバーを外して鞘に剣を収める。クレアは彼の言う通りに自分の大剣を背中にしまった。

 剣をしまったグレンはクレアの前でしゃがんだ。クレアは嬉しそうに義弟の背中に飛び乗った。クレアはグレンの大きな背中にしがみついて嬉しそうに笑っている。横目で彼女の様子を見て首を横に振ったグレンは左足で地面を蹴って飛び上がる。

 朝の爽やかに照らされながら、クレアを背負ったグレンはテオドールへと戻るのだった。

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