第367話 少女の覚悟2
月が照らす真っ暗な砂海を静かに砂上遊覧船は進んでいた。日が落ちた砂海は昼と違って冷たい風が吹いていた。上でマストの楕円状に吊るされた白い物体が揺れている。
「うー…… 寒いーーーーーーー!!! なんなのよ!!!! もう!!!」
全身を蜘蛛の糸の巻かれ顔だけ、出したララが声を上げていた。彼女はミノムシのような姿でマストに吊るされていた。
「糸を口からだすなんて…… あのアーラってやつもヴァンパイアなんじゃないの…… うん!?」
揺れながら甲板を見つめ不満げにつぶやくララだった。船首側を見つめる彼女の視線の先には甲板にあるレストランが見える。甲板に建てられた丸いテーブルのキッチンの周りに丸いテーブルと椅子の席が並んでいる。
「わあああ! 見て! 砂が綺麗! 見て」
「本当! 綺麗ねぇ」
船内からピンク色のおそろいの上着を羽織った親子が出て来た。茶色の髪を丁寧に後ろで編んでリボンをつけた可愛らしい少女と、同じ茶色の短い髪の優しい雰囲気の母親だ。
少女が月明りに照らされた星空のような砂海の風景を指して声をあげ、母親は彼女の隣で笑顔でうなずいている。
「あっ! そろそろ行かないとお父さん待ちくたびれちゃうよ」
「えぇ…… まっしょうがない。いってやるか」
「もう……」
「えへへへ」
楽しそうにしゃべりながら手をつなぎ親子はレストランへと向かって歩いていく。ララはマストの上から親子の様子をうらやまし気に見つめていた。
「お母さん…… うっ…… 楽しそう…… いいなぁ……」
親子を見つめていたララは小さな声でつぶやく。直後に彼女の腹が大きな音を鳴らした。
「あーーー! 私もお腹空いて来た! この! なんなのよ」
声をあげたララは蜘蛛の糸を外そうと体を大きく揺らすのだった。反動でマストが揺れた直後大きな影が彼女を覆った。
「あらあら。お転婆なお嬢様ですね…… ティラミス様と一緒にマナーを教えないといけません」
「はっ!?」
声がしてララは勢いよく振り向く彼女の目の前に背中に蜘蛛の足を生やしたアーラが居た。彼女は特殊能力である女郎蜘蛛を使い長い足をマストにかけララの背後に浮かぶように立っていた。
「蜘蛛…… 本当に砂海に蜘蛛が…… ギャアアアアアアアアアアア!!」
長い足が生えた蜘蛛のようになったアーラを見て、恐怖で涙目になり悲鳴をあげるララだった。微笑んだアーラは彼女の口を右手で押さえ左の人さし指を口に当てる。
「しー! ほら来ましたよ」
「えっ!?」
顎を前に突き出すようにしてララに前を向くように指示するアーラだった。ララは彼女の指示通りに視線を前に向けハッとした表情をする。
「あいつ……」
出て来たのは昼間プールサイドでララを注意した船員だった。ララの目が鋭くなるとアーラは静かに首を横に振った。
「違います…… 次の殿方ですね……」
「へっ!?」
船員に続いて豪華砂上遊覧船の船長ラトリスが出て来た。二人はレストラン側の反対にある、甲板の端の人気のない場所を歩いている。
「はっ!? なっなんで……」
赤い二つの光が船員の背中を照らした。ラトリスの目が赤く光り船員の背中を照らしている。アーラは目を鋭くしてラトリスを見て口を開く。
「彼はヴァンパイアです」
「えっ!? でも私のブラッディチェリーは彼に反応しなかったわ」
驚くララにアーラは真顔で小さくうなずいた。ララが腰から下げている石ブラッディチェリーはヴァンパイアか吸血症の人間が近づくと光って反応する。
「日除けですね…… ヴァイオミラークリーム…… 最近ヴァンパイアが使う。日除けクリームです。原材料の一部の影響で従来のヴァンパイア探知方法を阻害するらしいですわ」
「そんなのがあるの…… 厄介ねぇ」
アーラの話に顔をしかめるララだった。彼女はすぐに笑顔になってラトリスを見つめる。
「まぁいいわ。あいつを倒せば良いのね。ちょろいわ」
「ちょっと待って下さい……」
「何よ!」
足を伸ばして自分の体をあげ前に出てアーラはララの前に体を移動させた。彼女のまっすぐに見つめ口を開く。
「彼をここで排除すれば航行は終わりです。おそらく砂上遊覧船もしばらくは運行を停止するでしょう」
ラトリスを排除することによる影響を話すアーラだった。ララは少し考え視線をレストランへ向けた。先ほどの親子や乗客が食事を楽しむ光景が彼女に瞳に映る。しかし、意を決した表情でララはすぐに首を大きく振った。
「いいの…… あの子が私を恨んでも構わないし…… 遊覧船だってすぐに復旧する。私は私がやるべきことをやるの!!! 早くして! さっさとしないとあの人が襲われちゃうわ!」
ララの回答にアーラはほほ笑んでうなずいた。
「わかりました。では…… 行きますよ」
「わっ!?」
懐に手を入れ鉄扇を出し右手に持ってアーラは大きく左右に斜めに二度振り下ろした。ララを拘束していた糸が斬られてばらばらになった。拘束されたララは真下へと落ちていくのだった。
「いたあああああああああああああああああああああああ!!!」
「なっ!? お前は! えっ!?」
大きな音がしてララが尻もちを着き彼女が声をあgふぇた。五メートルほど前に船員が振り向いた、口を開け牙を出していたラトリスが眉間にシワを寄せた。
「クソ!」
「ギャアアアアアアアアアア!!!!!」
ラトリスは強引の船員の肩をつかんで、彼の首に噛みついた。船員が目を大きくあけ苦痛に顔をゆがめ姫悲鳴をあげる。ララは目を大きく開け悔しそうに顔をしかめた。
「お前も! 血をよこせ!」
ラトリスは船員から口を開くと護身用に腰にさしていた、サーベルを抜きララへ向かって走りだす。
「この忌まわしきヴァンパイアめ!! 消えろ!!」
ララは素早く両手で短剣を抜くと同時に投げる。鋭く空気を切り裂きながら二本の短剣がラトリスの心臓を目掛けて飛んで行く。何かを確信したように彼女はニヤリと笑い右手の人さ指を立て左右に動かした。
「おっと! そんな当たりませんよ」
サーベルの一振りでラトリスは簡単に短剣を二本同時に叩き落とした。彼は駆けるのを止めずにララへと向かって距離を詰める。
「どうかしら? 私が投げたのは三本よ」
「えっ!? ウガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
背後から飛んで来た銀の短剣がラトリスの背中から心臓を貫く。前のめり倒れララの前でうつ伏せに倒れラトリスは動かなくなった。ララはすぐにハッとして倒れた船員に向かって叫ぶ。
「すぐにあの人を!」
ララは倒れた船員を指してポケットに入れていた、ハンナからもらった血清を取り出した。しかし……
「大丈夫です。これを持って居ますから」
「あれは吸血症の…… あなたもそれを持っているの?」
アーラが倒れた船員の側にすでにおり、吸血症の血清を取り出してララに見せた。彼女は倒れた船員の横に膝を付け血清を使用した。
「さぁ。これで彼は大丈夫ですね。では…… これを」
処置を終えアーラは立ち上がりララに手を差し出した。彼女の手には小さなメモが握られていた。ララはうんざりとした様子でアーラからメモを受け取る。
「アブレ月最初のノーム日の正午までに…… ギガントヴァレーのグダール塩湖の第三採掘場へ来い…… はぁ…… また…… もうどこまで行かせるのよ!」
「それで最後ですわ」
「本当! やった」
メモを読みララが不満げにつぶやいた。最後というアーラの言葉にララは目を輝かせた。ちなみにメモに書かれたアブレ月というのは、ノウレッジの暦で4月にあたりノーム日とは火曜日に該当する。メモを眺めていたララはハッと目を大きく見開いた。
「うん!? ちょっと待って! これもう明後日じゃない! 急がないと!」
「ふふふ。大丈夫ですわ。後のことはこちらでいたします…… それにタミーさんが船を手配して横づけしてありますので使ってください。十分間に合いますよ」
「えっ!? よかった」
慌てるララにアーラは落ち着いた様子で声をかけた。ララは彼女の言葉にホッと胸をなでおろす。
「じゃあ。私は行くわね! ありがとう!」
アーラに手を振ってララは走り去っていった。アーラは優しくほほ笑み手を振り返す。彼女の横にすっとティラミスが現れ口を開く。
「大丈夫ですかね……」
「えぇ。任せておけば大丈夫ですよ。ふふ…… ただ人を蜘蛛呼ばわりしたことは許しませんけどね……」
「あはあ……」
きつい目で東を見つめるアーラにティラミスは怖くて愛想笑いをするのだった。




