第366話 船は砂を進む
全長百メートルほどの大きな砂上船が、悠然とグレートワインダー砂海を進んでいる。全長百メートル、高さ五十メートルを超える。中には巨大な食堂や劇場や大浴場などがある一つの町のようになっている。
砂上船はグレートワインダー砂海が誇る豪華砂上遊覧船プリンセスシェリーである。魔導橋梁の完成により減るであろう砂海の運送需要を補うために作られた観光目的の遊覧船だ。
ちなみにこの船はガルバルディア帝国の援助により作られた。帝国第三統合軍の事件によりノウレッジへの影響力低下を恐れた皇帝が、レリウスとグレゴリウスを使い手を回し建造しグレートワインダー砂海へと寄付したのだ。
船尾に近い場所に甲板から一メートルほど高いプールが設置されている。プールサイドにはパラソルとデッキチェアのセットが置かれ乗客がくつろいでいる。その一画に……
「あちい…… さすがにヴァンパイアもこの日照りの中で活動しないわよね……」
デッキチェアに座りうなだれながら、恨みがましい目で空に輝く太陽に文句をつけるララが居た。
「砂ばっかりで嫌になるわ。でも…… 砂クジラさんは大きくてかわいかったわね……」
額の汗をぬぐい視線を広がる船首へ視線を向けるララだった。彼女の首根っこを掴んで誰かが持ち上げる。
「わっ!? 何するのよ! うっ!?」
振り向いて叫んだララが青ざめた顔をする。そこには眉間にシワを寄せた二メートル近い横にも縦にも大きく、丸坊主で口の周りに髭を生やした褐色肌の船員が立っていた。
「こら!!! なにやってるんだ! お前は!」
ララを怒鳴りつける船員に彼女は口を尖らせた。
「なによ! 私は乗客よ。ちゃんとお金はらったじゃない!」
「ここは一等室の客専用だ! お前は四等乗船券じゃないか! 船底の部屋から出るな!!」
右手にララを持ち左手で周囲を指す船員。ララが購入した乗船券では入れない場所に、彼女は忍び込んでくつろいでいたようだ。
「うぅ…… だって狭くて…… 暗くて怖いんだもん」
「うるさい!! この!! 出てけ!!!」
「キャッ!!」
ララはプールサイドから放り投げられ甲板へと落ちて叩きつけられた。尻もちをついたララは悔しそうにプールサイドを見つめている。
「うぅ…… また…… 私は天才魔法使いでつよつよヴァンパイアハンターなのよ…… ノウレッジは礼儀がなってないわね!」
尻を押さえながら上を悔しそうにプールサイドをララが睨んでいた。周囲の乗客はプールサイドから飛んで来た彼女を遠巻きに見つめていた。
ララの背後から二人の女性が近づいてきた。
「どうしたんですか?」
「なっなに?」
振り向いたララの前にはティラミスとタミーが立っていた。声をかけたのはティラミスで彼女は首をかしげてにっこりと微笑んでいる。ティラミスはハンナと同じ赤い縁の眼鏡をかけていた。自分と同じくらいの身長のティラミスを見てララは口を尖らせた。
「あんたみたいなガキに言ってもしょうがないわよ」
「がっガキ! なんですって!」
ムッとして両手をあげてララにつかみかかろうとする、ティラミスを慌ててタミーが止める。
「ティっティラミスさん! ダメです…… 落ち着いてください」
「フン! どうせ密航者でしょうから! 捕まえて引きずり降ろしましょう。グレートワインダー砂海の灼熱がこのクソガキを浄化してくれるわ」
「なっ!? なんてこと言うんですか! もう…… シスターのとしての威厳がなく幼くみられる自分を恥てください」
「うっ…… それは……」
叱られながらタミーにララから引き離されるティラミスだった。彼女は口を尖らせララを恨みがましい目で見つめていた。羽交い絞めにされ引きずられるティラミスにララは舌をだす。
「べー!!」
「てめえ! このクソガキ!」
「やめてください! これ以上暴れるとアーラさんに言いつけますよ!」
「うっ……」
ティラミスはアーラの言葉を聞くと青ざめ力が抜ける。タミーは大人しくなったティラミスにあきれながら小さく息を吐いて引きずっていく。
ララはティラミスが大人しくなると勝ち誇った顔で腕を組んだ。
「ふんだ…… でも…… 砂海の蜘蛛って何よ…… 意味わからない!」
頭をかかえるララの後ろでティラミスとタミーが顔を見合わせた。二人は互いに微笑むとタミーはティラミスを話した。ララの後ろにかがんでティラミスが声をかける。
「蜘蛛? あなた…… 砂海の蜘蛛を探しているの?」
「えっ!? あんた砂海の蜘蛛を知っているの? 教えて! 私は砂海の蜘蛛に用事があるの!」
「ふふ。どうしようかな…… 私のことお姉さんって言ったら考えてあげる」
「ティラミスさん!!!」
視線を上を向けもったいぶった顔をするティラミスをタミーが注意する。ティラミスはにんまりと笑ってタミーにうなずいてララに自分を指した。
「しょうがないですね。私達に付いて来てください」
「えっ!? わっわかった!」
二人は近くの扉から船内へ入りララも続くのだった。扉の向こうは床に絨毯が引かれ、白い壁に絵が飾られ棚には花や装飾品が置かれた豪勢な廊下だった。
ララは廊下に入って周囲を見渡して声をあげる。
「すごい…… ここって一等客室だよね?」
「そうだよ」
振り向いたティラミスが返事をした。ララはティラミスに向かって首をかしげた。
「あなた達は何者なの?」
「ただの教会のシスターと冒険者ギルドの職員だよ。今日は招待されて利用しているんです」
「へぇ……」
ララは目を輝かせ廊下に飾られた絵を見つめていた。二人はララの様子を見て顔を見合わせて笑ったのだった。
ティラミスとタミーの二人はララを連れ廊下を進み。リヴァイアサンの間と書かれた扉の前に立ってノックをする。
「アーラさん。戻りました」
「はーい」
返事を聞いてタミーが扉を開けた。扉の向こうは豪勢な家具が並ぶ広い部屋だった。正面のフルーツの盛り合わせや燭台が置かれた大きなテーブルとフカフカのソファの前にアーラが立っていた。
「うわああ! すごい…… さすが一等客室ね……」
部屋を見たララが声をあげる。彼女に気づいたアーラは優しくほほ笑んだ。
「あらあら…… 可愛らしい子ですね。ティラミス様。どうされたのですか。迷子ですか?」
「なっ!? 迷子ですって!!! 違うわよ! 私はララ! ヴァンパイアハンターよ!」
迷子と言われムッとした顔をするララにアーラは丁寧に頭を下げた。
「失礼しました…… ララ様ですね」
「そうよ。分かれば良いのよ」
腕を組んで不満げにうなずくララにアーラは優しくほほ笑んだ。直後に部屋の扉がノックされた。
「ラトリスです。よろしいでしょうか」
「はーい。どうぞ」
ティラミスが返事をした。扉が開かれ四人が振り向くと金色の髪に青い瞳をしたすらっと背の高い好青年が立っていた。青年は帽子を被り青色の制服に身を包み腰には護身用のサーベルをさしている。
「どうしました?」
ティラミスが男に声をかける。彼の名前はラトリスというこの船の船長である
「いえ…… 船の乗り心地はどうかと思いまして……」
「問題ありませんよ」
「あっあのそちらのお客様は? こちらは確か三人でのご利用かと……」
ラトリスがララに気づいて尋ねる。アーラはラトリスに笑顔でうなずいて答える。
「あぁ。ごめんなさい。船で知り合ったお友達なんです。ちょっとお部屋を見せようと思って…… ダメでしたら別の場所に移動しますよ」
「いえ…… 大丈夫ですよ。では…… 私はこれで引き続き船旅をお楽しみください」
首を横に振ったラトリスはララをチラッと見て頭を下げて出て行った。
「あの人……」
閉じた扉に向かってつぶやくララだった。ティラミスがララに手を差し向けアーラに口を開く。
「あのですね。ララさんは砂海の蜘蛛を探しているんですって」
「まぁ…… まったく…… 人を蜘蛛扱いですか…… ふふ」
驚いてやや不満げにするアーラは怪しくほほ笑んだ。
「では…… ヴァンパイアハンター試験ですわね。お願いします」
「はい」
「はーい」
「えっ!? えぇ!?」
返事をしたララの両脇からティラミスとタミーが押さえつけた。アーラの目が紫に光り出すララの顔が一気に青くなっていく。
「うわあああああああああああああああああああああああ!!!」
閉じられた一等船室からララの悲鳴が漏れていたのだった。廊下の先でかすかに悲鳴が聞こえたラトリスが振り向いて首をかしげたのだった。




