第359話 弟の店
荒野を抜けた汽車が森の手前にある小さな町に汽車が迫っている。荒野からわずかな続いた平原が目前に広がる町だ。平原には牧草地と畑が広がりのんびりと馬や牛が歩いている。ここはギガントヴァレーの外れにあるグランドアの町だ。
グランドアを汽車は奥まで進み森の手前にある駅で停車する。
汽車からレイナがゆっくりと降りて来た。彼女は客車の出入り口にある階段を下り、最後の一段だけ飛ぶようにしてホームに着地した。
「ふぅ。到着っと! 魔導橋梁のおかげで砂海の途中から電車を使えるようになったとはいえやっぱり遠いわね…… 深層の大森林は……」
背伸びをしてホームの先に見えるうっそうとした森を見てつぶやくレイナだった。
レイナは駅から町へと出た。木造りの小さな駅舎の周囲に木造りの家が並ぶ。駅舎からレイナ以外の乗客も続々出て行く。グランドアは深層の大森林へと向かう汽車の補給拠点で汽車は必ず二時間ほど停車する。主な産業は牧畜や畑だが、汽車の停車時間を利用して土産屋や食堂などで栄えている。
「開拓された荒野に後ろは森…… うちに近い環境だね。グレン君が選びそうな場所…… 良質な塩も取れるしねえ」
駅から出たレイナは町を見渡してうなずいた。
「うわ!!!」
子供の悲鳴が聞こえてレイナは振り返った。通りを歩いていた男の子が転んでしまったようだ。座った彼の膝がすりむいているのが見える。
「いてて」
声をあげ膝を押さえる男の元にレイナが駆け寄って来た。レイナは彼の隣にしゃがんで声をかける。
「お姉ちゃんに見せて!」
「大丈夫…… すぐに手と傷を洗って押さえる…… そして先生に見せるんだ!」
「あら!? よく知っているわね」
「優秀な冒険者は自分の傷を自分で治すんだって先生言ってた!」
レイナは身をかがめ男の子に感心してうなずく。
「優秀なお医者さんが居るのね」
「ううん。グレン先生は薬師だよ。あっちで薬のお店をやっているの」
男のは通りの先を指さして答えた。グレンはグランドアで薬屋を開店していた。レイナはテオドールで教えられ彼に会いにやって来たのだ。
「グレン…… 私ね。グレン先生の友達で同じ薬師なの。傷を見せてくれる?」
「うん! わかった」
男の子はうなずきレイナに傷を見せた。レイナは傷の治療したのだった。
「クっ!」
「ごめん? 痛かった」
「大丈夫…… これくらい冒険者なら平気!」
消毒をすると染みたライリーは必死に我慢する。レイナはその姿に昔のグレンを思い出し自然と笑みがこぼれるのだった。
処置を終えたレイナは男の子の膝に包帯を巻いた。
「はい。終わり。えらかったね」
「当たり前だい。父ちゃんのような強い冒険者になるんだ!」
男の子の頭を撫でると彼は口を尖らせ不満げにする。ゆっくりと立ち上がる男の子を見て、レイナは薬草や包帯を鞄にしまい立ち上がり彼に口を開く。
「私はレイナ。あなたのお名前は?」
「僕はライリー!」
「ありがとう。ライリー君。あのね。私はグレン先生に会いに来たの。お店まで案内してくれる?」
「いいよ!」
ライリーは笑顔でうなずくと立ち上がり、レイナの先導した歩きだした。彼が歩くのを見てレイナは嬉しそうにしていた。
「こっちだよー! 早く!」
「あっ! ちょっと待ってよ」
振り向いてレイナに手招きをするライリーだった。彼はまたすぐに前を向いて通りを曲がって行ってしまった。慌ててレイナは追いかけるのだった。
駅前の通りから大通りに出て少し歩いて細い路地に入る。路地を抜けるとはば五メートルほど通りに出る。通りの向かいに二階建ての木造りの青い屋根の店がある。軒先に計りをかたどった看板がかかっていた。ライリーは慣れた様子で木製の扉を開ける。
「グレン先生!」
扉を開けたライリーは元気よくグレンを呼んだ。入り口の左手に棚が並び薬の材料が並んでいる。入り口から見て奥にカウンターがありグレンが座って本を読んでいた。彼はライリーに呼ばれると本をカウンターに置き彼を見て笑顔になる。
「おぉ。ライリー! うん!? 膝はどうした? 怪我したのか」
ライリーの膝に巻かれた包帯に気づき声をかけるグレンだった。
「うん! でも…… あのお姉ちゃんが治してくれた!」
「えっ!?」
笑顔でうなずいたライリーは扉を押さえて横を向いた。すぐにレイナが駆けて来た扉の前に立った。
「早いよ…… もう…… グレン君と一緒……」
扉を押さえるライリーの頭をレイナはかがんで優しく撫でた。
「レイナ姉ちゃん……」
「うふふ。来ちゃった!」
体を起こしレイナは優しくグレンにほほ笑むのだった。
少しして…… カウンターの前に椅子が置かれレイナが座っている。ライリーは帰宅しており、奥から茶が入ったカップとクッキーが置かれた皿をトレイに乗せグレンが出て来た。
「いやあ。急にくるなんてビックリしたよ」
レイナの前に茶が入ったカップを置くグレンだった。レイナは彼を見てプクっと小さく頬を膨らませる。
「驚いたのはこっちよ! テオドールの冒険者ギルドに行ったら解雇されたって言うじゃない!」
「しょうがないだろ。ガーラム修道院で任務に失敗したからな」
クッキーの皿を自分とレイナの間に置き、平然と答えるグレンにレイナは寂しそう彼を見た。クッキーに手を伸ばし、座り直したレイナはカウンターの奥に見える扉を見た。奥は廊下でキッチンに続いていた。誰も居ない奥を見て彼女は口を開く。
「そういえばクレアちゃんは?」
「あぁ。もうすぐ帰って来るよ。近くに薬の配達に行っただけだけだからな」
「そうか」
正面の扉へ視線を向け答えるグレンだった。レイナはクッキーを口に運び茶をすすってからグレンに視線を向けた。彼は服装は変わらないが、剣はさしておらず白いエプロンを付けている。
「まさかグレン君が薬屋さんをしているなんてね」
「しょうがないだろ。俺が金が稼げるのはこれしかないからな」
先ほどまで読んでいた本を引き寄せ、カウンターに下にしまいながら答えるグレンだった。レイナはグレンの言葉に嬉しそうに笑って店内を見渡した。
「良い店ねぇ。借りたの?」
「いや。薬師協会からの紹介で買ったんだ」
「えっ!? 買ったの? 高くなかった?」
店を購入したというグレンに驚くレイナだった。
「まぁ…… ずっと金は貯めてたし…… 薬師協会の紹介だと少し安くなるんだ。それに…… 今はこれがあるからな」
立ち上がり近くの棚の前に行ったグレンは小さな瓶を持って戻って来た。グレンはレイナの元へ戻って来ると瓶を彼女の前に置いた。瓶には濃いオレンジ色の液体が入っていた。
「これって…… 私が作った。吸血症の血清……」
「あぁ。少し改良したんだけど…… これがすげえ売れるんだよ。なんでも…… 聖都でヴァンパイアの被害が増えているらしくてね」
「もしかしてウォルフさん?」
グレンは真顔でレイナを見つめ小さくうなずいた。レイナはグレンの顔を覗き込むように首を少しだけ傾けた。
「放っておいていいの?」
「もう俺は冒険者ギルドの人間じゃないからな」
首を横に振るグレンにレイナはどこか寂し気に安堵した様子でうなずいた。
「そっか…… じゃあはい!」
顔をあげ笑いながらグレンの前に手を差し出すレイナだった。グレンはいきなり手をだされ思わず声をあげる。
「なっなんだよ。手なんかだして」
「だってそれ作ったの私だよ。利益からいくらかもらう権利があるわよね?」
レイナは血清が入った瓶を指して得意げな表情を浮かべる。確かにレイナは吸血症の血清を作成し人類史上初めて吸血症を克服ことに成功したのだ。胸を張り得意げな表情をするレイナにグレンは舌を出した。
「残念でしたー。これを作った優しい薬師さんは教会に作り方を寄付したんですー。ここは教会公認の薬屋なんで利用料はタダでーーす」
「何よそれ!」
馬鹿に口調で話すグレンに悔しそうな顔をするレイナだった。彼女は教会に吸血症の血清作成方法を寄付したことを少しだけ後悔した。ちなみに悔しがっているのは、金ではなく弟に恩を売ってかわいがれないからである。
「じゃあ個人的に請求する! それならいいでしょ」
「おう! そんなことしたら脅迫されたって騎士団に通報してやるからな!」
「なっなんですって!」
「こら! やめろ! くすぐるな! 危ないだろ!」
レイナはグレンの脇に手を伸ばしくすぐる。グレンは必死に体をよじって逃げるのだった。




