第339話 薬師のプライド
ノールは右手を胸に当てまっすぐな瞳でグレンを見た。視線に気づいたグレンが彼女に顔を向ける。赤い目でオーラを纏う体の大きなグレンと目を合わせた、ノールは少し怖いのか怯えた表情をした。
「グッグレンさん!!!」
必死に声を振り絞ってノールがグレンを呼んだ。大きな声が聖堂に響きグレンは驚いた表情をする。
「わっ私とチョコを…… 殺してください!!!」
「えっ!?」
自分とチョコの二人を殺してくれというノールだった。
「そんなのダメ!!!!」
驚くグレンの横からレイナがノールの前に飛び出して来て、彼女の肩をつかんで叫ぶ。ノールはうつむいて泣きながら口を開く。
「でも…… 私達はヴァンパイアから体液をもらわないと…… ヴァンパイアに…… 人間でいるためには彼らに……」
二人は吸血症を発症しており進行を止めるためには、ヴァンパイアの奴隷になるしかない。奴隷からのがれたいがヴァンパイアにはなりたくない、二人はもう死ぬしかないと考えていた。
「はっ!?」
グレンが持つ大剣がわずかに動く、二人の気持ちを汲んだ彼は希望を叶えようとしたのだ。レイナが彼の大剣の動きに気づき思わず口を開いた。
「だったら…… 私が治すわ!!!!」
「レイナ姉ちゃん!? 治すって…… 吸血症の治療はまだ……」
しっかりとノールの肩をつかみ、レイナは二人を直すと宣言した。グレンは半信半疑でレイナに声をかる。吸血症が治療できたことはなく、患者のヴァンパイア化を阻止するには患者を殺すしかない。
立ち上がったレイナはグレンの顔をジッと見つめて胸に手を置き真顔で答える。
「私は薬師よ…… 目の前に病気で困っている人がいるのにほっておくなんてできないわ」
ジッとグレンを見つめるレイナだった。大剣を握りしめグレンは真顔でゆっくりと首を横に振った。
「ダメだ…… 治療なんかさせない」
「なんでよ!」
グレンは視線を胸元に光る冒険者ギルドの職員証へ向けた。
「俺は教会傘下の冒険者ギルドの職員だ。ヴァンパイアを放置することはできない」
「どうして!? さっき取り締まりはルドルフさんの仕事だって言ってたじゃない!」
「冒険者や開拓民が危険にさらされる可能性があるからな。これは当然俺の仕事になる」
「うー!!」
悔しそうにレイナはグレンを見て、厳しい表情で考え込んでしまった。
「もういいです…… 私とチョコは覚悟できてますから……」
ノールは立ち上がりレイナの服の袖を引っ張り、彼女が振り向くとほほ笑んだ。レイナは寂し気に目に涙をためるノールを見つめていた。レイナは大きく息を吸うとかばうようにノールの前に立ってグレンに向かって振り向いた。
「じゃあ! 今日だけで待って! 私が彼女たちの薬を作る!」
背伸びをし真剣な表情でジッとグレンを見つめるレイナだった。一歩もの引かないと言う気迫あふれるレイナにグレンは後ずさりなりそうなった。姉の決意は固くさらに断るには力で排除するしかない。諦めたグレンは小さくうなずく。
「わかった…… 一日だけだぞ」
「ありがとう…… 絶対に助けるからね」
ニコッとほほ笑みレイナはグレンに礼を言った。すぐに振り向いてノールと両手を取り強く握った。
「俺は先に行くからな。ここで大人しく薬を作っててくれ」
「うん…… でも…… 他のヴァンパイアが来たら」
グレンが声をかけるとレイナは不安そうに扉を見た。ヴァンパイアが戻ってくることを心配しているようだ。
「あぁ。大丈夫だ」
左手をグレンは聖堂を出入りする扉へと向ける。彼の手が緑に輝くと木製のいくつかベンチが浮かび上がり粘土のように柔らかくなり扉や窓の縁を固めていく。さらに残ったベンチが扉の前に積み上がり埋め尽くした。
「扉が…… 木で……」
「これで外から開かない。正門が開く時は…… クレア義姉ちゃんだから心配しなくて良い。じゃあ俺が声をかけるまで大人しくしとけ」
振り向いたグレンにレイナは小さくうなずいた。グレンの足元に猫が寄って来る。
「うん。大丈夫。戻ってくるまで大人しく薬を作っているから」
「治せるのか?」
「えっ!? 多分…… ううん。絶対に治す。なんとなく道は見えているんだ」
右手を胸に置いてレイナは今度は力強くうなずいた。グレンは彼女を見て優しくほほ笑んだ。
「そうか。じゃあな」
「ありがとう…… グレン君!」
「俺は何もしてない」
グレンはレイナに背中を向けると正面の大きな扉へと歩いていく。グレンの横を小さな猫が一緒に歩いていく。
普段ならグレンを見送るレイナだが、患者優先ですぐに作業を始めようとノールとチョコに体を向けた。
「さぁ! さっそく始めるよ。まずは二人の血を取らせてね……」
しゃがんで鞄を置いて開いて中へ手を突っ込むレイナだった。歩きながら話を聞いていたグレンに彼女の言葉が届く。
「血…… なにをするつもりなんだ…… まぁいい。任せたぞ」
扉まで来たグレンはてをかけてゆっくりと開いた。閉じられた扉にグレンは左手を置いた。彼には見えないが扉の向こうで、先ほどと同じように扉の縁をベンチが粘土のようになって固め積み上がっていく。
「よし。俺達はウォルフのとこに行くぞ……」
「ニャーン」
手を離したグレンは視線を猫に向け声をかけた。鳴いた猫はグレンを先導するようにガーラム修道院の外へと歩いていく。
「これで…… よかったかな…… 姉ちゃんには見せてたくなかったし…… エリィ…… ごめんな……」
振り返り塞がれた聖堂の扉を見てグレンはつぶやいた。彼は猫の案内で修道院から出て町へ向かうのだった。
修道院の外へ出て正門へと向かう道を歩くグレンだった。夜明けは少しずつ迫って来ていたが、真っ暗でほとんど灯りはなく残った月の光がわずかに道を照らしていた。グレンのすぐ前を猫が歩き、時折彼がいるのを確認するように振り返る。
「止まれ」
グレンが前を歩く猫に声をかけた。猫は指示通りに止まった。視線を通りの先へ向けるグレンに暗闇の奥に赤い目の光がいくつも見えた。
「出迎えか…… もう少し丁寧にやれよ…… 福音派さんよぉ」
赤い目の光はヴァンパイアで、侵入者を排除するために向かって来ていた。グレンは視線を前を行く猫に向け口を開く。
「お前は隠れてな」
「にゃー」
返事をした猫は通りからそれて暗闇に消えた。グレンは肩に担いでいた大剣を力強く握りしめた。直後に通りの先からたくさんのヴァンパイアが見えて来た。
「なんだ!? 狼男か?」
「どうでも良い。侵入者は全て殺せって言われている」
「あぁ。さっさと片付けて血療を受けようぜ」
ヴァンパイアたちは獣化全解放状態のグレンの姿を見てニヤニヤと笑っている。視線がグレンの後ろにある修道院へと向けられる。彼らはグレンと殺した後にノールとチョコを弄ぶ想像をしているようだ。
グレンは静かに黙って真顔で現れたヴァンパイアを見つめている。彼の視線が上下左右に動かしている。グレンは冷静に敵の人数を数えていた。現れたヴァンパイアは十五人で、福音派の蛇十字が描かれたローブに手には槍や剣などの武器を持っている。
「なんとか言えよ!!!」
大剣をかついだまま黙って自分たちを見つめるグレンに、先頭のヴァンパイアが叫んだ。
「もういい! 片付けろ!」
「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」
ヴァンパイアたちは一斉にグレンに襲い掛かった。グレンは手に槍や剣を持って飛んでくるヴァンパイアを静かに見つめていた。グレンが視線を横に動かした。視線の端にわずかに白い布のようなものが見えた。
「もら……」
暗闇を利用し横からヴァンパイアがグレンとの距離を詰めていた。彼は体勢を低くし両手に持っていた槍をグレンへ向け突き出した。




