第338話 血療隊
グルーナは動かなくなり彼女の目から光が消え、体の脇から流れた血が床に流れていく。グルーナから足をどかしたグレンは大剣の軽く上下に振って血を拭う。大剣を肩にかついだグレンの体が小さくなっていく。
「グレン君! 大丈夫?」
「あぁ…… 問題ない」
レイナがグレンに声をかけるが彼はグルーナをジッと見つめていた。姉を見ない弟に口を尖らせたレイナはグレンの前に回り込み顔を覗き込み手をフードにかけた。
「もう! ちゃんと顔を見せて!」
「あぁ!? うるせえな。つーか。勝手に取るな」
「よし! いいのよ。もうどうせバレるでしょ」
「ったく……」
フードを外されて不機嫌そうにするグレンにレイナは笑っていた。グレンとレイナに横から倒れていたシスター二人が近づいて来た。
「あっあの」
「えっ!? 君達は…… 福音派の……」
うなずいた女性達がグレンの前に立った。彼女たちはグレンに頭を下げる。
「ありがとうございます…… へっ!?」
顔をあげた二人が目を大きく見開いて驚いた顔をする。レイナがグレンの後ろから彼の目を両手で覆っていた。急に視界を遮られグレンは左手でレイナの手首をつかみ叫び
「なっ何するんだよ!」
「グレン君は見ちゃダメだよ!!!! エッチ!! クレアちゃんに怒られるよ!」
「あぁ。もう! はなせ! つーか服か毛布を出してやれよ」
「えっ!? そうだ! ごめんね」
レイナは裸で立つ二人を見る弟を注意したのだ。もちろんグレンは成人であり、クレアとそれなりの経験があるので女性の裸で興奮する若者ではなく未経験である姉よりは上だ。
シスター二人はグレン達のやり取りを見え顔を見合わせて笑った。シスターの一人は緑の髪に細長く薄緑色の瞳を持つ優しそうな女性だ。もう一人は紫色の髪に丸い目に濃い青い瞳を持つ大人しそうな女性だった。
グレンから手をはなしレイナは鞄から毛布を出してシスターに渡した。毛布にくるまったシスター達を聖堂の中央に座らせ、レイナは水筒を渡し二人に飲ませたのだった。
「食べな…… ギガントヴァレーのソルトクッキーだ」
グレンが袋からクッキーが入った小包み出してシスターに渡した。
「ジー!」
「レイナ姉ちゃんも食って良いよ…… 悪い分けてやってくれ…… はぁ」
「ふふ。はい。一緒に食べましょう」
「わーい」
うなずいた緑の髪のシスターに両手をあげ喜んだレイナは彼女の隣に座った。レイナはシスター膝に置かれたクッキーに手を伸ばした。クッキーを口に頬張ったレイナはにっこりと微笑み口を開く。
「私はレイナだよ。あっちの怖いのはグレン君!」
「おっおい…… まぁいい。君達の名前は?」
「私はノール」
「チッッチョコです」
緑の髪のシスターはノール、紫の髪のシスターはチョコという。レイナは体を傾けノールとチョコを見て悲し気な表情をした。
「あなた達は福音派のシスターなの? なのにずいぶんな扱いをされているのね……」
レイナの言葉にノールは首を横に振った。
「私たちは…… シスターではありません。血療隊なんです」
「それって…… つまり君達はヴァンパイアの……」
驚くグレンにノールはうなずきヴァンパイアに噛まれた首筋の牙の傷跡を見せる。彼女の横でチョコは水筒を持ったままうつむいて悔しそうに涙を流す。
二人の様子にグレンは真顔だがその表情はどこか怒りに満ちていた。レイナはよくわからずに首をかしげていた。
「どういうこと? グレン君?」
「彼女たちは奴隷だ。ヴァンパイアに血と快楽を提供するためだけのな」
「えっ!?」
「はい。私たちは村が布教活動に来た福音派に襲われて…… 女性はみんな血療隊に……」
二人は血療隊と呼ばれ血を提供する慰み者として飼われた奴隷だった。
「ひどい! 許せないわ。だいたい今時奴隷なんて!!」
「あぁ。カイノプスじゃ取り締まられているからな。もう見ることもないだろうけどな…… ノウレッジにはたまに運ばれてくる」
怒りをあらわにするレイナにグレンは冷静に答える。
グレン達の故郷カイノプス共和国では共和制移行時に奴隷制度は廃止されていた、かつて王政だった頃の貴族階級はわずかに残っているが全ての国民は平民である。
「へっ!? なんで? だって魔王討伐の時に四大強国は奴隷廃止で合意したんだよね?」
「表向きはな…… カイノプス以外じゃ裏で奴隷取引をしている。主に魔族や亜人だけどな」
グレンの言葉にレイナは悲し気にうつむいた。奴隷制度を廃止から時を経た、カイノプス共和国以外の四大強国では禁止されたはずの奴隷制度が根強く残っていた。主に魔王討伐時に捕虜になった魔族や少数民族を奴隷として裏で売買していた。
ちなみにノウレッジでも奴隷制度は廃止されており、取り締まりは行われている。ただ、上陸時に奴隷とし報告せずに荷物とすることで取り締まりを逃れたり、かつてのメルダたちのように呪いや魔法で自由を奪い一般市民として紛れ込ませたりして上陸させている。
「もう! しっかり取り締まりなさいよ。グレン君!」
レイナはグレンにしっかりするように言う。彼女の話にグレンはあきれた顔をする。
「俺は冒険者ギルドの職員だ。そういうのはルドルフの仕事だ。文句へそっちへ言え!」
「なによ! お役所仕事なんだから」
「はあ!? 当たり前だろ。ここじゃ教会は役所だぞ!」
首を横に振ったグレンにレイナは口を尖らせ不満げにするのだった。ノールとチョコはまた二人のやり取りを見て笑っていた。レイナは笑う二人をうなずいた。
「よーし。ノールちゃんにチョコちゃん! 私とグレン君が二人を解放してあげるわ!」
「おっおい……」
ノールの肩に手を置いて優しくレイナが二人を解放すると宣言した。嬉しそうに笑ったノールはすぐに寂し気な顔をして首を横に振った。
「ダメです……」
「なっなんでよ? もうこんなことしなくて良いのよ!?」
必死にノールに問いかけるレイナだった。彼女の言葉にチョコはうつむいて黙っている。ノールはレイナに顔を向け目に涙をためた。彼女は自分の口に指をあて上あごをあげた。
「逃げられないんです…… 私達は……」
上あごをあげたノールの歯の犬歯は長く伸びヴァンパイアと同じ牙となっていた。さらに彼女は目を赤く光らせる。
「吸血症か……」
レイナがつぶやくとノールは小さくうなずいた。ヴァンパイアは血を吸う時に吸血毒と言われる毒をだす。この毒は吸血症と呼ばれる病を発症させ、ヴァンパイアへと変貌してしまう。見た目は人間と変わらないが症状が進むと人間の血を吸いたい衝動にかられ自我を失い、牙が生えヴァンパイアの能力の一部を使用する。吸血症の進行は個人差があるが、発症から遅くとも一週間でヴァンパイアへなってしまう。
なお、ヴァンパイア同士では血を分け合えないため、噛みついて血を吸う時に必ず吸血毒を出すわけではない。皆ヴァンパイアになったら血の供給が出来なくなる。
「でもなんで君達は…… ヴァンパイアになってないんだ?」
「ヴァンパイアの体液です…… 彼らの体液を飲むと吸血症の進行が止まるんです…… 私達は毎日彼らの体液を飲まされて……」
「いやあああああああ!!! いやあああああああああああ!!!!!!!!!」
「チョコ! 大丈夫! 大丈夫だから……」
ノールの話の途中でチョコが叫び声をあげ泣き出してしまった。ノールは慌てて彼女を抱きしめて声をかけ落ち着かせる。二人の様子を見てグレンとクレアは顔を見合せ暗い顔をする。
「ヒック…… ヒック」
少し落ち着いたチョコ、彼女の背中をさすりながらノールはグレンに顔を向けた。真剣な表情でグレンを見た彼女は静かに口を開く。




