第33話 始まりを告げる号砲
馬上でブライスが空に向けていた剣を、ゆっくりと腕を下ろして石柱がある部屋へと向けた。一列に並んだ魔法士隊の杖の先端に、小さなオレンジの光が現れ空気が渦巻きながら集約していく。
「えっ!? 青い光が……」
石柱があった部屋の扉があった場所から、細長い一筋の青い光が伸びてブライスの腹を照らす……
光はいつの間にか別れて、気づけば十人ほどの聖騎士達の体を照らしていた。魔法士隊とブライスは青い光に驚き呆然としていた。
「義姉ちゃん。これって…… エリィ達が言ってた」
「ブライスさん! 気をつけてください! それは……」
「わかってます! 口は出さないでもらいたい!!」
クレアに呼ばれたブライスは、彼女の方をチラッと見て不服そうに言葉を遮った。
「何をしてる! 早く魔法を撃て!」
動きを止めていた魔法士隊に気づき、怒鳴りながらブライスは手綱を引いた。手綱を引かれた馬は横をむき少し後ろに下がった。青い光はずれて彼が乗る馬の首筋を照らした。
次の瞬間…… ドンという小さな音と共に何かが部屋の扉から飛び出し来た。部屋から飛び出したのは、全て銀で出来た矢だった。空気を切る甲高い音を立てながら、矢は猛スピードで青い光にそって飛んでいく。
「うギャ!?」
「ぐえ!?」
魔法士達に体に矢が次々とささっていく。光にそって飛んだ矢の一本が、ブライスの馬の首に突き刺さった。
「ひひーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!」
「うわぁ!?」
馬は前足を上にして立ち上がり暴れ、ブライスは落馬して尻もちをついた。
「クソ! 被害を…… なっ!?」
立ち上がろうとしたブライスは驚きの声をあげた。目の前の光景に目を見開き彼は体の震えが止まらなくなる。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
「うぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ!!!!!!」
魔法士隊が奇妙な声をあげ、小刻みに震え苦しみに悶えていた。膝をついて天を仰ぐ魔法士達の皮膚が徐々に銀色の変わっていった。
「隊長…… 助けて……」
「ひいいい!」
声に反応して振り返ったブライスが悲鳴を上げた。彼の視線の先には魔法士の一人がブライスに助けを求め手を伸ばしていた。
ブライスに伸ばして手の指の先が、あっという間に銀色になって魔法士の動きが止まる。矢に射られた他の魔法士達も同様に皮膚が銀色になり、銀の像のようになって動きを止めた。
「ぶひひひーーーーーーーーーーーーーーーーーん!!!!!」
突然いななきながら、ブライスを振り落とした馬が起き上がった。矢が刺さった馬は魔法士のように体が銀色の変わっていた。
「やめろー! うわああ!」
馬は近くに居た聖騎士が乗る馬に噛み付いた。噛みつかれた驚いた馬は、ブライスの時と同様に立ち上がり騎士を振り下ろした。
「ブヒイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!!!?????」
噛まれた馬が悲鳴のような鳴き声をあげた。噛まれた場所から徐々に銀色に変わっていく。
「おい!? お前!? 大丈夫か? うわああ!」
銀色に変わった魔法士達が突如として動き出した。銀色の魔法士はレイピアを抜いて仲間に襲いかかる。不意をつかれた魔法士達は防げずに腹や腕を仲間に斬りつけられた。
「えっ!? あっあああ…… ガアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!」
攻撃を受けた魔法士達は馬と同じで傷つけられた場所から徐々に皮膚が銀色に変わっていく。銀色の魔法士達は次々と仲間を襲う。魔法士達が仲間同士で斬りつけあう光景をみていた、グレンは横に立つクレアに声をかけた。
「義姉ちゃん…… これやばいんじゃねえ」
「えぇ。すぐに逃げましょう」
「あぁ。そうだな」
うなずいて返事をしたグレン、二人は体の向きを変えた。呆然と目の前を光景を見ていた冒険者達に二人が叫ぶ。
「みんな! 逃げますよ!」
「早く逃げないとみんな死ぬぞ!」
二人の声に我に返った冒険者たちは、振り返って一目散に逃げ出した。だが、青い光が冒険者たちの背中を照らす。気づいたグレンがクレアに口を開く。
「義姉ちゃん! 来る!」
「えっ!? みんな! 止まって! 私から離れないでください!」
クレアの声に反応した、冒険者達は立ち止まりグレンはしゃがんだ。クレアがさっそうと背中から大剣をさして地面に突き刺す。
地面に突き刺さると同時に大剣が光り、ドーム型の白い光の壁が現れグレンと冒険者達を包み込んだ。ドンという音が再び鳴ると。銀の矢が飛び出し今度はクレア達へと向かって行く。
飛んで来た十本の矢が、クレアが作り出した光の壁に衝突する。光の壁で矢は弾かれ地面に落ちていった。落ちる矢を見たクレアは小さく息を吐いた。
「ふぅ…… 今のうちです。早く逃げてください」
大剣を地面にさしたまま振り返ってクレアが叫ぶ。冒険者達が走り出したのを見て、クレアは小さくうなずいて大剣を地面から抜いた。近くにしゃがんでいたグレンにクレアが口を開く。
「グレンくん! あの子達は私が連れていきます。グレンくんはブライスさん達をお願いします」
「えっ!? あいつら助ける必要があるか?」
「お願いします。少しでも被害を食い止めないと」
「はいはい。わかったよ」
クレアに適当に返事をしたグレンは走り出し、ブライス達の元へと駆けていくのだった。
「何でだ!? こんなことが……」
目前で斬り合う部下達、ブライスは起きたことを信じられずに混乱し声をあげている。地面を必死に手で押して必死に立ち上がり逃げようするブライス、しかし、腰を抜かして彼は立ち上がれず尻もちをついたままだった。
「ウガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!」
「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
銀色になった魔法士隊の一人が叫び声をあげ、ブライスに斬りかかってきた。両手を前にだしてブライスが目をつむった。大きな鈍い音がブライスの耳に届いた。ブライスは人の気配を感じてゆっくりと目を開く。
「おっおま…… え…… どうして……」
ブライスの視界の端にわずかに腕をだらんと下したかつての部下だった胸を貫かれた銀色の魔法士の姿があり、その前に右腕を伸ばし剣を突き出した赤いオーラを纏うグレンの背中が見えた。
「俺はどうでもいいんだがな。うちの義姉ちゃんがどうしても助けろってさ。もうお前しか生き残りはいないのか」
振り返りブライスに声をかけたグレン。魔法士隊はブライスを残してみんな銀色の人間へとかわっていた。
「逃げるぞ」
グレンがブライスに声をかける。だが…… 尻もちをついたブライスの額を青い一筋の光が照らした。
「あっあっ!? あぁ…… いやだ……」
青い光に照らされたブライスの顔は恐怖に引きつり、激しく首を横に振り体の震え強くなっていく。グレンは光に気づき素早く反応し叫ぶ。
「クソが!」
剣を隊員の胸にさしたままグレンは、左手で彼の首をつかんで体を反転させた。グレンはブライスの前で魔法士の体を石柱の部屋に向けるように立ちふさがった。ブライスを魔法士の死体とグレンで挟むような格好になった。直後にドンという音がして矢がはなたれ、同時にグレンの両腕に衝撃が走る。
「ビクン!!!」
飛んで来た矢が魔法士隊の背中に刺さり、絶命した魔法士隊は何も言わずに衝撃で体がビクッと痙攣したようになる。
「ふぅ…… まったく何なんだこいつら」
ホッとして軽く息をはいたグレン、彼は右手を引いて魔法士の胸から剣を抜く。ふと左手に握った魔法士の首の感触に気づく。死体とは違い硬く血の通ってない、金属のような感触がグレンに伝わってくる。
生物を掴んでいるのに物を掴んでいるという感触の気持ち悪さに顔をしかめ、グレンは魔法士を地面へと投げ捨てた。すぐに鞘に剣をおさめたグレンは、目の前で腰を抜かしているブライスの前にしゃがんだ。
「立て! 行くぞ」
「あっあああ……」
ブライスは恐怖で錯乱し首を横に必死に振っていた。彼の耳にはグレンの言葉が届いてないようだ。
「クソ」
グレンはブライスの手をつかんで自分に引き寄せると、肩にかつぎ左足で地面を踏み込んで立ち上がる。魔法によりグレンの体は立ち上がると同時に浮かび上がり砦から遠ざかっていくのだった。エリィとインパクトブルー達が野営した木の下に冒険者達とクレアは逃げてきていた。
座って砦の方角を心配そうにキティルが見つめていた。
「あっ! グレンさんですよ」
声をあげるキティル、彼女の視線の先にはブライスを肩にかついで飛ぶグレンの姿があった。ゆっくりとグレンが、キティルの元へと下りて来た。地面に着地するとクレア、キティル、エリィ、メルダがグレンの元へとやってきた。グレンは肩に担いでいたブライスを地面に下ろしメルダに声をかけた。
「ブライスを頼む…… かなりショックで気を失ってるみたいだ」
「任せて! キティル。手伝ってちょうだい」
「はっはい」
グレンはブライスを地面に下ろしたメルダへと引き渡した。キティルとメルダが肩を貸してブライスを立ち上がらせて運んでいく。
運ばれていいくブライスを心配そうにエリィが見つめていた。クレアがブレンに向かって口を開いた。
「お疲れさまです。他の聖騎士さん達は?」
クレアの問いかけに静かに首を横に振るグレン。クレアはうつむいて悲しそうに口を開く。
「そうですか…… でも」
少し間を開けてからクレアがグレンをジッと見つめた。
「グレン君と冒険者さんたちが無事でよかったです」
「あぁ。でも、無事と言って良いのか……」
グレンは周囲を見回してつぶやいた。周囲の冒険者達はみなショックを受けたのか青い顔をしていた。
「何が起きたんですか? あの矢はいったい?」
エリィがクレアとグレンの二人に問いかける。二人は意図せずにほぼ同時に首を横に振った。
「さあな。ただ…… これで終わりじゃない。キラーブルーは俺と戦った時に戦力が足りないって言ったんだ」
「えぇ。これが始まりでしょうね」
うなずいて深刻な表情をするクレア、グレンも厳しい表情で砦を見つめていた。
二人の深刻な様子に青ざめ怯えた表情をするエリィだった。
「とにかく早くテオドールに帰って報告をしないとですね」
エリィの様子を見たクレアは表情を笑顔に変えてテオドールへ戻ると告げるのだった。クレアとグレンは冒険者達を連れてギルドへと戻った。
二人はギルドへ戻り起きたことを報告した。その後、すぐに事態を重く見たギルドマスターと町の有力者達により対策会議が開かれた。
会議の結果、テオドールの南地域への出入りは制限され、南門は硬く閉ざされることが決定されたのだった。