第315話 燻る残された稲妻
深夜のツリーローダーの通りから外れた路地裏。朝もやが漂う狭い路地に人気はなく村は静まり返る中クロースが足早に歩いていた。
屋台から逃げた彼女は途中で脱ぎ捨てられた、福音派のローブを拾い正体を隠し逃げていた。目深にかぶったフードの奥から視線を動かし歩きながら周囲を警戒する。
「!!」
ハッとしてクロースは壁に背中をつけ隠れた。彼女の横にある道の先は細長い路地で壁と壁の間から見える通りはツリーローダーのメイン通りへとつながっている。
壁と壁の紫の物体が覆って二つの小さな赤い光が覗いている。
「どうした?」
「いや…… 誰かいたような気がしてな」
「そうか。残念だったな。今外にいる奴は好きにして良いのにな」
小さな赤い光は魔族の目であった。メイン通りから身長三メートルで紫色の皮膚をした魔族が路地裏を覗いていた。福音派はツリーローダーを占拠した後、魔族に巡回させ監視していた。魔族は二人一組で巡回しており、覗き込んだ魔族の背後からもう一人の紫色皮膚の魔族が声をかけていた。
「それも復活日までだけどな」
「楽しみだな」
ニヤニヤと笑いながら二人の魔族は去って行った。クロースは微動だにせず二人の魔族の足音が遠ざかるのを待っていた。
「大丈夫ですわね……」
気配が消えたクロースは小さく息を吐きつぶやくと、壁から背をはなしそっと路地を覗き込んだ。誰もいないのを確認したクロースはまた歩きだした。
数十メートル歩くと路地にある小さな広場へと出た。ここは荷物置き場にされているのか建物壁際に木箱が積み上がっていた。
「ここを抜ければ…… 戻れますね……」
路地から広場の対角に見える細長いを見てクロースがつぶやいた。彼女は自分達が滞在していた宿を目指していた。広場の中ほどまでクロースがやってきた。福音派の襲撃で気を張り詰めていた彼女だが、宿が近づき安堵し気を抜いたのか接近する気配に気づけなかった。
「おい!」
クロースの背後から声をして彼女は呼び止められた。彼女はビクッと背筋を伸ばしバレないように顔を下に向けた。
黙って立ち止まっているクロースに魔族はさらに口を開く。
「お前はここで何をしている?」
視線を横に動かしなおも一言もしゃべらないクロースだった。福音派でローブを着るのは男性であり、口を開けばすぐにバレるからだ。彼女は右手の人指指を伸ばす。上空にうすい雷雲が漂い始める。
「ローブを着て活動している人間はいないはずだが?」
質問を続ける魔族はクロースとの距離を詰めていく。空に漂い始めた薄い雷雲が徐々に濃く黒くなっていく。
「ダメだよ…… 音でバレちゃう…… 僕に任せて……」
「えっ!?」
耳元でかすかに声が聞こえた思わずクロースが声をあげた。魔族はクロースのすぐ後ろまで来ており彼女に手を伸ばした。
「おい! 答えろ!!!」
叫びながら魔族はクロースの肩に手を伸ばす。しかし、魔族の手はクロースの体に触れることはなく、彼の視界は真っ暗になって消えた。
「がっ!!!!」
魔族の顔が苦痛に歪み声にならないような音をだした。魔族の喉元が一文字に斬り裂かれ血が下に流れ赤い四角い模様のようになっていた。魔族は膝をつき静かに後ろに倒れていった。
振り向いたクロースに右手に血が滴る短剣を持った小さな男が、魔族の後頭部を支えそっと地面に下す姿が見えた。
男を見たクロースは目を大きく見開いて口を開く。
「あっあなたは…… タワーさん!」
「ひっ久しぶりです。クロースさん……」
タワーはポケットからハンカチを出し、短剣の血を拭ってクロースに視線を向けた。二人は魔王との戦争時代に同じ部隊にいたことがあり面識がある。タワーは視線をクロースから外し緊張した様子で話しかけた。クロースはやや寂し気な瞳で彼に答える。
「相変わらず。見事な腕前ですわ。さすがわたくしに短剣を突きつけただけはありますわね……」
「やっやめてください。その節は本当に…… 僕が子供だったんです……」
「いいんですわ。わたくしのせいですもの…… あなたの妹を戦場に送り込んだのは……」
耳で揺れる蒼眼の発掘人に手を当て顔をそむけるクロースだった。クロースの様子に動揺するタワーだった。
魔王との戦争時にクロースはタワーの妹の特殊能力を見出し戦場へと送り出した。そして…… タワーの妹は命を落としたのだ。タワーは妹を戦場へと連れだす原因となった、クロースを恨んで彼女に刃を向けたことがある。
目に涙をためるクロースにタワーは首を大きく横に振って真顔になった。
「もっもう止めましょう! もう戦争は終わったんです。今はこの状況をなんとかするのが先です」
タワーはクロースに向かって路地から伸びる道を指した。クロースは彼の言葉にほほ笑みうなずいた。
「そうですわね。行きましょう」
「はい…… あっ! ちょっと待ってください」
先に進もうとするクロースをタワーが止めた。彼は腰に差した袋から透明な液体が入った小瓶を取り出し倒した魔族の元へと向かう。タワーはポケットから血を拭ったハンカチを魔族の顔にかけると瓶を開けハンカチの上から魔族に中の液体をかけた。
液体はわずかに音を立てハンカチと魔族を溶かしていく。あっという間に顔から広がり頭が消え体が溶けていく。クロースは溶けていく魔族を見て声をあげる。
「なっなにを?」
「えっ!? 死体を残していくと厄介ですからね。二分でここに残るのはなくなります」
「すごいですわね」
タワーは空になった瓶をしまいながらクロースに口を開く。
「おっオーガの胃酸からグレンさんが作ってくれるんです」
「グレンさん…… さすがですわね」
「さぁ! 行きましょうか」
クロースに向かったタワーは再び路地から伸びる道を指した。二人は広場から出てクロースが滞在していた宿へと向かうのだった。
路地を抜けた先にある通りの向かいにクロース達が滞在する宿がある。通りを慎重に渡った二人は宿の扉を開けた。扉の向こうに宿のカウンターがあり恰幅の良い男主人が座っている。
「お帰り…… 遅かったね。大丈夫かい? 他の人たちは?」
「いえ…… もう気づいた時にはばらばらで……」
「そうかい。部屋に戻ってゆっくりしなよ。いずれ戻って来るさ」
優しくほほ笑む主人にクロースはほほ笑んでうなずいた。カウンターの奥にある二階へ上がる階段へ向かう二人だった。
「うぅ……」
「どっどうしたんですの?」
階段の途中で悲し気な声をあげるタワーにクロースが気づいて声をかける。
「あっあの人…… 僕に気づいてなかった……」
「えっ!? あぁ。そうでした? きっと外から戻ったわたくしに驚いて」
「きっ気を遣わないでください…… 別にいいんです。自覚はあるんで…… でも気配を消してる自覚はないですけど……」
しょんぼりとするタワーに苦笑いをするクロースだった。タワーは人に気づかれないことが多く気にしていた。自信の特殊能力である気配を消す風景加味の影響なのか、元々影が薄いのかそれは誰にもわからない。
二階へ上がった二人は廊下を進んで部屋の扉を開け中へ入った。部屋は広く四つのベッドが並び手前にテーブルと椅子が置かれている。
「座ってください…… 湯をもらってお茶を淹れて来ますわ」
「そうですね。じゃあこれでも食べながら……」
ポットとティーカップを用意するクロース、タワーは袋から包を取り出しテーブルの上に置き開ける。
「あら? ギガントヴァレーのソルトクッキーですわね」
「こっこれ美味しいですよね。どっどうぞ」
タワーが出した包の中身はギガントヴァレーの名物ソルトクッキーだった。彼が手でクッキーを指して食べるように勧めるとクロースは嬉しそうに笑うのだった。




