第31話 一時撤退
「大丈夫? 怪我はないですか?」
空から下りてきたクレアが、呆然とキラーブルーが居た場所を見つめるグレンに声をかけた。
振り返ったグレンは、ニッコリと優しく微笑むクレアを見て少し落ち着きを取り戻す。彼は小さくうなずき両手に持った剣を鞘におさめながらクレアに答える。
「あぁ…… 義姉ちゃん。ごめん。逃しちまった」
「みんなをちゃーんと守れました。えらいですよ。いいこいいこ」
手をのばしてグレンの頭を撫でようとするクレア、頭をそっとそらしてグレンは彼女の手から逃れる。クレアはプクッと頬を膨らませて不満そうにする。
「逃げないでください!」
「嫌だよ。恥ずかしいだろ!」
「あっあの……」
クレアとグレンの背後からキティルが声をかけた。しかし、二人は撫でる撫でないの争いに忙しく彼女に気づかない。
「うぉほっん!」
見兼ねたエリィがわざとらしく咳き込んだ。グレンとクレアほぼ同時に振り返った。
「あっありがとうございました」
二人にキティルは頭を下げて礼を言う。
「気にするな。とにかく無事で良かったよ」
ニコッと笑うグレン、キティルは頬を赤くして恥ずかしそうにする。エリィはやれやれといった感じで二人を見つめていた。
「グレンさん達ははどうしてここに?」
「キティル達が銀の短剣を返却してもらったって聞いたからな。使い方に注意をしようと思ってな……」
グレンは周囲を見ながら話しをする。壊れた建物の扉やキラーブルーに襲われていたことを見れば、彼女達が短剣の使い方を間違えたのは明白だった。
「何があったか教えてくれ。俺達もこっちで調べたことを伝える」
「わかりました」
キティルとエリィは小さくうなずいて何があったのかを説明した。グレン達もタワーが解析した短剣に刻まれた古代文字の話しを二人に聞かせた。
「短剣にそんな仕掛けが…… じゃあキラーブルーってやつは古代の遺物ってことか」
「間違った使い方…… だから私達が……」
互いの話しを聞いたグレンとキティルは驚く。グレンの横でクレアは話を聞き黙って顎に手を置いて顔を少し下に向けジッとなにかを考えていた。
「そんなはずはないわ!」
グレン達の話しを聞いていたメルダが声をあげた。
「私達の父が教えてくれた。銀の短剣は白金郷へ導くって…… 嘘よ! そんなわけ……」
メルダが涙声で震えながら悔しそうな表情をする。
「つまり銀の短剣は人を選ぶってことですね」
顔をあげクレアは口を開くグレンは少し懐疑的な表情を彼女に向けた。
「義姉ちゃん…… 短剣が使う人間を選ぶなんてあるわけないだろ」
「あら!? 珍しいことじゃないですよ」
クレアは少し離れた場所で、地面に刺さっている自分の大剣を指さした。
「あのエフォールだって私じゃなきゃ使えません」
話しながらクレアは地面に突き刺さった大剣エフォールをさす。
「まぁ確かにそうだけど……」
「それにグレンくんにあげたムーンライトとアンバーグローブだってそうですよ。ムーンライトは月属性をアンバーグローブは木属性を強化してくれます。二つを同時に使いこなせるのはグレンくんだけです」
自分の剣とクレアの剣を交互に見て納得したような表情をするグレンだった。両方の武器ともグレンとクレアになじんでおり彼ら以外に使いこなす者を探すのは難しいだろう。
「そっか…… 元々私達が手に入れても無駄なものだったのね……」
うつむき小さな声でメルダは落胆した声をあげる。
自分達が体やプライドを売ってまで、探した白金郷への道が閉ざされたので当然ではある。
「ところであなたはどうやって銀の短剣の情報を?」
首をかしげてクレアはメルダを見つめている。
「えっ!? それは……」
「メッメルダさんは…… しょっ娼婦だったお姉さんを身請けするために色々調べたんです。それで銀の短剣を持つ私達に相談してきてくれたんです」
返答に困っているメルダにキティルが考えて、適当な話を作ってごまかした。首をかしげ続けるクレアに目が泳いで慌てた、キティルは横にいるエリィに同意を求める。
「そっそうだよね? エリィ」
「えぇっ!? そっそうだよ!」
二人の様子に何かを隠してることを察したクレアとグレンだった。だが、クレアは二人をうなずいて優しく返事をした。
「そうなんですね」
クレアの反応にエリィとキティルはホッと胸をなでおろす。グレンはその様子を見て笑っていた。
左手でグレンの肘のあたりの袖をクレアが引っ張り、正門の真向かいにある砦を指差した。
「じゃあグレン君。行きましょうか」
「そうだな。三人はすぐにテオドールへ戻るんだ」
グレンが町へ戻るように指示をだした。クレアとグレンはキティル達から離れて砦へ歩き出した。途中で立ち止まる二人。クレアが自分の大剣を回収し背中に戻していた。慌ててキティルが立ち止まったグレンに声をかける。
「グッグレンさん!? どこへ?」
「タイラーは冒険者だ。死体を回収してやらないとな。他の奴らのもな」
「それにこのまま放っておいて言いわけじゃなさそうですしね」
顔を少しあげてクレアは建物を見つめていた。二人はキラーブルーを討伐するつもりだ。
「私も! 行きます!」
キティルが手をあげて二人に付いていこうと声をかけた。クレアはキティルに顔を向け、珍しく厳しい表情で首を横に振った。
「ダメです。理由は分かりますよね?」
「あぁ。これ以上死体を増やすわけにはいかないんだ。悪いな」
うなずいてクレアと同じく厳しい表情をするグレン、だが、キティルも簡単に引き下がろうとしなかった。
はっきりと二人は言わないが、キラーブルーとの戦いでキティル達は明らかに二人の足を引っ張る。
「でっでも……」
「キティル。やめなさい。私達は二人の足でまといになるだけ…… 町に帰りましょう」
なおも食い下がろうするキティルの右肩に、メルダが手を置いて止め落ち着いた口調で諭す。
「うん。そうだよ。大丈夫。グレンさん達はすごく強いんだから!」
エリィが今度はキティルの左肩に置いて彼女を説得する。左右から説得されたキティル、メルダとエリィの顔を交互に見て渋々と言った様子で小さくうなずいた。
「わっわかりました……」
納得したキティルにグレンはホッとした様子で笑っていた。
「えっ!?」
「ぎっ銀の短剣を必ずわたしに返しくださいね」
グレンに駆け寄り両手を握って顔を真っ赤にして、キティルは銀の短剣を返すように依頼した。
「おぉ! 任せておけ」
「約束です!」
名残惜しそうに手を離すキティル、グレンは右手の親指を立てて笑顔を向けた。振り返って二人は並んで歩きながら、再度、砦の建物へ向かって歩き出すのだった。
歩き出しすとクレアが少し不満げにブツブツとつぶやきだすのだった。
「やっぱり…… キティルさんは…… 銀の短剣を取り戻せたら…… 私が返しに行こうかな……」
「義姉ちゃん。なにブツブツ言ってるの?」
何やらつぶやく義姉を気にして首をかしげて尋ねるグレンだった。首をかげるグレンを横目で見たクレアが不満そうに口を尖らせた。そして舌をだして眉間にシワを寄せた。
「べー!!! この浮気者!!!」
「なっなんだよ……」
いきなり不機嫌な子供のような行動をする、クレアにグレンはあきれて首を横に振るのだった。
建物の中へと向かった二人。キラーブルーの目から出た光線により扉は破壊され、ゴミが散乱していた室内はさらに荒れていた。二人は慎重に進み石柱があった部屋の前に立つ。
「これは……」
グレンは前を見ながら驚いて声をあげる。
部屋は青い光の壁によって遮られて、光の壁は曇り中の様子が見えなくなっていた。呆然としてるグレンの横で、クレアは光の壁に手をあてて確認してる。
「魔法の結界ですね。これは破るのは少し手間が…… グレン君! 下!」
「えっ!? なんだ!?」
二人が立っている石造りの床に亀裂がはいっていた。亀裂は音を立てて徐々に大きくなっていく。
「床が…… まずいですね! 逃げましょう」
「あぁ!」
二人は急いで外に飛び出した。だが、亀裂は建物から外へと広がっていき、音をたてて地面が数メートルほど盛り上がり、穴が開いたりして城壁や建物が歪む。
「グレン君! 飛びますよ」
「わかった」
上を指差して叫ぶクレア、グレンはうなずいて左足で地面を蹴った。崩れる城壁や建物をさけて浮かび上がった二人は砦の上空で様子を見ようと振り返った。
「なんだよあれ……」
「えぇ。なんか不気味ですね」
そこには砦は崩れて跡形もなく、石柱が保管されたドーム状の屋根の高さ十メートルほどの濃い青色のレンガで作られた部屋だけが残っていた。
部屋の周囲の地面は円形にえぐられ溝ができて堀のようになっていた。溝は幅は十メートルほどで、深く奥は真っ暗で底が見えなかった。