第308話 やっぱり予防は大事だった
雨雲が払われた直前……
暗く激しく雨が降る中、炎の魔人はうつ伏せに倒されキメラは炎の魔人の横に立っていた。降り注ぐ雨に当てられ炎の魔人の体はずぶ濡れになっていた。炎の長い炎の髪も短く弱弱しく燃えていた。
キメラは倒れた炎の魔人を見て動かないように顔を左前足で押さえつけた。
「ウグググググ!!!」
「ウガアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
頭を踏まれ悔しそうに声をあげた炎の魔人。強引に立ち上がろうと両手をつく炎の魔人、さらにキメラは右の前足で炎の魔人の背中を押さえたつけた。
首の後ろに噛みつこうと獅子が口を大きく開いた。糸を引く大きな牙が炎の魔人の頸の付け根を狙う。
「ウガアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
「メエエエエエエエエエエエエエエ!!!!」
牙が首に届く直前に激しい音が響き、赤い光にキメラと炎の魔人が照らされた。レイナの火薬丸が爆発したのだ。
爆風によりキメラが吹き飛ばされ壁に激突した。背中かから衝突し声をあげる二つの頭だった。キメラは壁からずり落ちていき倒れる。倒れたまま苦しむ炎の魔人と、二つの頭が目をつむって動かないキメラをキティルが出した小さな太陽が照らしている。
先に起き上がったのはキメラだ。閉じられた獅子の目がパチッと開いて前足を震わせながら体を起こす。続いて山羊が目を覚ます。岩に当たった蛇は未だにだらんと垂れ下がったまま目を閉じて動かない。
「グルルルルル!!!」
倒れている炎を魔人を見つめ唸り声をあげる獅子の頭だった。上あごを上げて牙をむき出しにするキメラの前足で二度ほど地面をかいて砂埃をあげる。
「ガウアアアアア!!!!!」
キメラが倒れている炎の魔人に向かって駆け出した。炎の魔人の体はキティルの小さな太陽と自身の灼熱の体に寄って急速に乾いていった。目を大きく見開いて顔をあげた。炎の魔人の手前までキメラは迫って来ていた。キメラの獅子の頭が噛みつこうと口を大きく開けた。炎の魔人は両手を広げ地面についた。
「ウガアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
炎の魔人は両手で力いっぱい地面を押した。勢いよく炎の魔人は上空へ飛び上がり、噛みつこうとキメラの獅子の口は大きく空を切った。ガキッと音がしてキメラの獅子の頭の上あごと下あごが閉じられた。
飛び上がった炎の魔人は天井まで飛んで行った。視線を横に向けた炎の魔人の視線に太陽に照らされた明るい天井が迫るのが見える。
「ウガアア!!!」
炎の魔人は頭を下げ天井に足を向ける。そのまま天井を足で蹴って地面へ勢いよく戻って行く。小さく見えていた地面に立つキメラの姿が大きくなっていく。炎の魔人は両手を胸の前で合わせて大きく振り上げた。山羊の頭が炎の魔人の目の前にやって来た。
「ドオオオオオオオオオオリャアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」
「メエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!!!!!!!!」
大きな衝撃音がしてキメラの山羊の頭が声をあげる。炎の魔人はキメラの山羊の頭に向かって合わせて両手を振り下ろしたのだ。山羊の頭は大きく横に振られて額から血が飛び出している。
着地した炎の魔人がふらつく山羊の頭に両手を伸ばして角をつかんだ。
「ウガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!」
「ガウアアアアアアアアアアア!!!」
掴んだ角を強く握って両腕を大きく横に動かし、炎の魔人は体を回転させながら横に左足を大きく踏み出しキメラを放り投げた。
放物線を描いてキメラははまた壁に打ち付けられた。音が響いて砂埃が天井から舞い落ちる。苦痛に顔をゆがめる獅子の頭の横で気を失いかけ、目が半分して開いていない山羊の頭がフラフラと左右に揺れていた。
「キティル! 今よ」
「任せて! 炎の魔人さん! 使って」
壁にたたきつけられたキメラを指してメルダがキティルに叫んだ。キティルは持っていた杖の先端を天井にかざしてすぐに炎の魔人に向けた。
天井に浮かんでいた小さな太陽が炎の魔人に向かっていく。
「ウガアアアアアアアアアアア!!!!」
振り向いて炎の魔人が落ちて来た小さな太陽を両手でつかんだ。真っ赤に燃え上がる太陽を両手で抱えてキメラに視線を向ける。炎の魔人でもさすがに太陽の熱はきついのか顔は歪んでやや苦しそうにしていた。
「ウギギギ…… ウガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
長い炎の髪が激しく燃え上がり周囲に広がり浮かぶ。激しく叫びながら炎の魔人はキメラに向かって小さな太陽を投げつけた。
小さな太陽は唸りあげ一直線にキメラへと飛んで行った。
「行け…… 行けええええええええええええええええええええ!!!!!!」
飛んで行く小さな太陽にキティルが叫んだ。
「キャッ!?」
キティルが腕を額にかざした。キメラは避けることが出来ずに太陽に飲まれ、爆発したように激しい赤い光が周囲を照らした。
「ウギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
激しいキメラの獅子の声が真っ赤に燃える太陽から聞こえる。太陽は力を失い徐々に小さくなり真っ黒になったキメラが壁際に倒れていた。
「終わったの……」
「えぇ……」
「ふぅ。炎の魔人さん。ありがとう!」
小さく息を吐いて安堵の表情を浮かべたキティルが炎の魔人に手を振った。
「ガウア!!」
キティルに向かって手を振った、炎の魔人は徐々に薄くなり小さな光の粒になって消えていった。
「あっ! キティル! 討伐証明を! グレン! キメラは何が居るの?」
「えっ!? あぁ…… キメラは骨か牙…… もしくは山羊の角だ」
振り向いてメルダがグレンに尋ね。グレンが答える。魔物討伐をする冒険者は討伐対象を駆除したことを証明する物品を提出する必要がある。
「わかったわ。行くわよ。キティル、レイナ」
「行こう! 行こう!」
「あっ! 待ってよ」
三人が倒れたキメラに向かって走り出した。
「おっおい! ちゃんと息の根が…… もう!」
走り出した三人に気づいてグレンは慌てて追いかけるのだった。
メルダ、レイナ、キティルがキメラの元へとやって来た。真っ黒になったキメラから出る、焦げた臭いが周囲に充満しまだ熱があるのか湯気が上っている。
「さて…… 骨は解体するのは面倒ね…… 山羊の角にしましょう」
「そうだね。後で死体回収の依頼も出そうね。使えそうな素材をもらおう」
「あっ! 無事なら肝をもらえないかな? 良い薬になるのよ」
真っ黒になったキメラの前でウキウキとした様子で話をする三人だった。話に夢中になっていた彼女らはわずかにキメラの尾っぽが動くのに気づかなかった。
「キシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
キメラの蛇が目を覚まし近くに立っていたキティルに口を開けて迫って来た。不意をつかれたキティルが気づいた時にはすでに目の前にまで蛇の牙迫っていた。
「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア…… えっ!?」
噛まれる寸前にキティルの目の前にグレンが現れた。彼は左腕を曲げ横にして前に出した。蛇はグレンの左腕に噛みついた。牙がグレンの腕に食い込み血が垂れポタポタと地面に落ちていく。
「グっグレンさん……」
「よっと!」
「キシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
グレンは平然と左腕を引き寄せると、持っていた剣で蛇の頭を切り落とした。剣を顎の下に入れた彼は上にあげ噛みつかれた牙を抜く。地面に蛇の頭が転がった。
振り向いてグレンは厳しい顔で三人を見た。
「まったく…… ちゃんと息の根が止まったか確認しろ!」
「ごっごめん……」
「ごめんなさい」
「ごめんね」
しょんぼりとうつむいて三人はグレンに謝った。グレンはほほ笑み牙で穴が開き指先から血を垂らす左腕に視線を向けた。グレンは剣を地面に指して押さえる右手で左腕を押さえる。
「まぁ。これで毒の予防薬の効果が分かるな」
明るく軽い口調のグレンに顔を真っ青にしてレイナが駆け寄る。
「バカ! もう! 傷を見せなさい!!!」
「いいよ。自分で出来るから」
「ダメ! お姉ちゃんの言うことを聞きなさい! うっ…… ヒック」
「えっ!? 泣くなよ! わかったよ。ほら」
目に涙を浮かべ泣き出すレイナだった。グレンは慌てた様子でレイナをなだめぶっきらぼうに左腕を彼女に差し出した。
「はぁ……」
「ニコニコ」
レイナはすぐに泣き止みうれしそうに弟の治療に当たる。グレンはため息をつく。二人の後ろでメルダは笑ってキティルはレイナをうらやましそうに見つめるのだった。大蛇討伐からキメラ討伐に変わったレイナの依頼は完了した。




