第307話 姉の涙には勝てない
杖を強く握ったキティルが横を向いてメルダに視線を向けた。心配そうに暗闇を見つめるメルダを見た彼女は小さく息を吐きゆっくりと前に向かって一歩踏み出した。
「ふぅ。私が前に出てキメラを……」
「待ちなさい! 無理よ!」
メルダが慌てて手を伸ばしキティルの肩をつかんで止めた。メルダは視線を横に向け彼女らの後ろにいるはずのグレンを見た。暗闇に覆われた周囲でグレンの姿が見えない。
「もっもう…… こうなったらグレンに支援を……」
悔しそうに声を震わせるメルダだった。キメラを討伐するために彼女はグレンに支援要請をしようと決めたのだ。
「えっ!? なっなに」
目を大きく見開いて声をあげるメルダだった。暗闇の中を駆けてレイナがキティルとメルダの二人の横にやって来てにっこりと微笑み手を差し出していた。
「ねぇ! これを使ってみて!」
手を差し出してレイナが二人に声をかけた。差し出された彼女の手の上には円形の赤い球体に横に青い線が入った薬草丸が乗っていた。
「これって……」
メルダは薬草丸をつまんで持ち上げまじまじと見つめ首をかしげた。レイナは得意げにメルダに答える。
「薬草丸よ。炎の力を込めて……」
「知ってるわよ!」
イラついた様子でメルダがレイナに怒鳴った。メルダは薬草丸を知っており、ただの薬草丸ではキティルが作った矢の方が強い炎を出せるのだ。
「そんなのでこの雲を吹き飛ばせるわけ…… えっ!?」
目を大きく見開いた驚いた顔をするメルダだった。怒鳴られたレイナは悲し気に眉を下げ目に涙をためほろほろと泣き出してしまった。
「うわああああん! グレン君!!! メルダちゃんが!!!」
「ちょっと! 泣かないでよ」
「あぁ! メルダがレイナさん泣かした!」
「ちょっと! キティルまで!!」
泣いてグレンを呼ぶレイナに慌てるメルダだった。メルダは泣いているレイナを見て首を横に振った。顔を覆ったレイナは指の隙間からメルダを見て口元がわずかに緩む。
「わかった! 使うから! 泣かないで」
メルダが手に持っていた薬草丸をレイナに見せて使うと言った。同時にレイナは顔を覆っていた手をどかし両手を上げほほ笑む。
「ふふふ。わーい! ありがとうメルダちゃん! 大好き!」
「えっ!? あんた…… クソ! キッ!!!」
振り向いてメルダは眉間にシワを寄せ怖い顔をした。
「俺に怒るなよ。騙されたお前が悪いんだろ…… まぁ俺は生まれてからずっと騙されているけど……」
レイナに呼ばれた暗闇の中から、グレンがやって来てメルダに睨まれあきれた顔をする。
「じゃあさっきの矢の先端にこれをつけて雲に向かって撃って」
「はぁ…… キティル! お願い」
「はーい」
返事をしたキティルは杖の先端をメルダへと向けた。メルダが腰につけた矢筒から矢が一本浮かび上がってキティルの前へと飛んでくる。
先ほどと同じようにキティルの前に浮かぶ矢、彼女は杖をかざして横に滑らせるように動かした。矢が赤く赤くなった。
「はい! メルダ」
キティルは杖をメルダに向ける。矢はメルダに向かって飛んで行った。メルダは右手をあげて飛んで来た矢を受け止めた。メルダは素早く矢に薬草丸を刺し矢をつがえて天井に向けて弓を構える。
「これで効果がなかったら許さないからね……」
矢の先端にあるが火薬丸が視界に入ったメルダがつぶやく。直後に彼女は天井に向けて矢を放つ。
「はっ!」
メルダの弓から矢が勢いよく飛びだしていった。矢は先ほどと変わらず音を立てながら一直線に雷雲へと向かって行く。そして……
「伏せて!!!」
「「「えっ!?」」」
レイナが地面に伏せて三人に向かって叫んだ。驚いた三人だったがすぐに彼女に言う通りに地面に伏せた。
「うわ!?」
「キャッ!?」
「なっなに!?」
レイナ以外の三人が驚いて声をあげる。ほぼ同時に激しい爆発音がいくつもの連なって洞窟に響き伏せていたグレン達の上を激しい爆風が通り過ぎていく。雲のが円形に赤く膨らんでいくつもの爆発が起きて広がっていく。天井を見上げていたグレン達の視界は丸い黒い爆発が連なる光景で埋め尽くされていった。
天井の全域に爆発が広がっていった。四人の背中は熱くなり風が吹き荒れる音が耳に届く。
「もう大丈夫だよ」
爆発はすぐにおさまり消えていった。上を見ていたレイナはゆっくりと立ち上がった。グレンたちも彼女に続いて立ち上がる。
立ち上がったキティルはスカートの埃を叩いて視線を上に向けた。続いてメルダも天井を見上げた。
「すごいわね…… なっなにをしたのよ……」
天井を見上げてメルダがつぶやく。爆発がおさまった天井にはさんさんと輝くキティルの小さな太陽の周囲を、わずかに残った黒煙だけが漂っていた。雷雲は完全に消えていた。
メルダの言葉にレイナはにんまりと笑って得意げな顔をする。
「ふふふ。連鎖反応だよ」
「連鎖反応? 何よそれ?」
首をかしげたメルダにレイナは大きくうなずいた。
「えっとね。火の薬草丸は火種のサラマンダー血液なのね。それに火が付くと爆発する火薬草を丸めて作るのよ」
火薬草の原料をレイナはメルダに話していた。メルダとキティルの二人はうなずいて相槌をうって話を聞いていた。彼女らの後ろで腕を組んでグレンが聞き耳を立てていた。
サラマンダーの血液は通常はただの水のような物だが、衝撃を与えると五秒ほどで火に変わる。火薬草は文字通り火薬の原料となる草で火が付くと爆発する。固形にしたサラマンダーの血液を乾燥させた火薬草で包むのが炎の薬草丸の基本的な作り方だ。
「細かく刻んだ火薬草に爆発するファイアクラッカーキノコの粉末をまぶしておくと爆発が連続して起きて広がっていくの」
レイナの話の内容がよくわからずに呆然と聞くメルダとキティルだった。レイナは得意げにさらに話を続けていく。
「手軽に高火力が出せるんだけどねぇ…… カイノプスだと…… ファイクラッカーキノコがなかなか手に入らなくてねぇ……」
「あぁ! そうなんだ…… こっちなら」
レイナの後ろで話を聞いていたグレンは腕を組んでつぶやいた。彼のつぶやきにレイナは即座に振り向いて彼を指さし大きな声をあげる。
「あーーー!!! 今! グレン君! 聞いてたでしょ」
「えっ!?」
いきなり指を指されて驚いた顔をするグレンにレイナが必死に叫ぶ。
「私のアイデアだからね。盗んじゃダメだよ。まだ試作品なんだから」
「どうしようかな…… ファイクラッカーキノコはここでならすぐに手に入るからな…… 俺が先に大量生産して一儲けしようっと」
グレンはニヤリと笑ってレイナを見た。キティルとメルダにはピンと来ていないが、危険な地域が多いノウレッジでは強力な薬草丸の需要は高い。レイナと同じ薬師であるグレンは。彼女の薬草丸の需要が高いことはわかり自分で作って売れば儲けようと考えたようだ。
「ダメー!!!!!」
両手を上げてグレンに向かって行くレイナだった。グレンは腕を伸ばして彼女の額に押さえて止めた。
「おっと! はははっ! 同じ薬師の近くで企業秘密をべらべら喋るからだよ」
「ムキーーーーーーーーーーー!!! 今のグレン君は薬師じゃなくて冒険者ギルドの人でしょ!」
「残念だったな。ギルドは副業しても問題ないんだよーだ!」
舌を出して笑うグレンだった。必死に前にでるが額に手を置かれ、彼に近づけずに悔しそうに声をあげ手を回すレイナだった。
「もう何やってるのよ……」
「いいなぁ……」
二人を見てあきれるメルダにうらやましおうに見つめるキティルだった。
四人がいる場所から二十メートルほどの場所で、キメラと炎の魔人の戦いが続いていた。




