第302話 予防は大事だよ
穏やかな日差しが窓から差し込み、優しい風がカーテンを揺らす静かな部屋。窓の脇に置かれたベッドには静かな表情でキティルが眠り、ベッドの脇の小さな椅子にメルダが座り心配そうに彼女を見つめている。
部屋の中央にはテーブルがあり、ソファと背もたれのついた椅子二脚が向かい合わせに置かれている。ソファにグレンが座っていた。
「えぇ!? これもいただいて良いんですか?」
部屋の扉の側にある棚の上に置かれたティーポットを見て目を輝かせている。
「もちろんです。皆さんのおかげですから」
レイナの前に立つ白髪交じりの中年男性がにこやかに返事をする。男性は褐色肌で目の細い穏やかな雰囲気の男性だ。彼は農場の主人のカルロスだ。レイナたちが居るのは農場の客間で、キメラ撃退の礼にカルロスが用意した。
レイナがうきうきとした表情で茶をカップに注いでいる。その様子をカルロスはにこやかに見つめていた。
「では何かがあれば私は居間に居ますので……」
「はーい」
レイナに声をかけ部屋を出て行くカルロスだった。彼女はティーカップを持ったままにこやかに頭を下げカルロスを見送ったのだった。
「何を調べてるの?」
足を伸ばし横にソファに座って占領し、薬の本を読んでいたグレンの背後からレイナが顔をのぞかせた。彼女はソーサーを左手に右手にはティーカップを持っていた。グレンはティーカップを口につけるレイナに答える。
「うん? あぁ…… 念のためキメラの毒の予防薬を調べているんだよ。また現れるかも知れないからな」
「ふふ」
真面目な表情で答えるグレンにレイナはにんまりと微笑む。
「なっなんだよ…… 俺がここで貢献できるのなんてこれくらいだしな」
「よかったわ。薬屋スミスの技術はノウレッジでも通用するって証明できているようね」
グレンの言葉にうなずいて鼻を高くするレイナだった。グレンの薬の知識や技術は父親とレイナから仕込まれた。ノウレッジでグレンの薬の知識が役立っていることにレイナは満足げなのだ。
「そうだ! グレン君をうちの支店ということにして薬の材料輸送が楽になるわね」
「おっおい…… 俺は忙しいんだぞ。なんで薬師の仕事まで……」
「ははっ冗談だよ」
弟を利用しようとする姉にグレンは苦い顔をし、レイナは舌を出して笑っていた。グレンはふと何かを思い出して
「そういや…… なんでチェリースパイダーを薬に入れたんだ?」
「えっとね。チェリースパイダーの毒には血を固める特徴があるの。キメラの毒は全身にすぐに広がるように血に溶け混ざるのよ」
「つまり…… 互いの特徴をつぶすために使ったってことか」
「うん。毒を持って毒を制すってね。結構古くから使われている手段なのよ」
得意げにうなずいてレイナは言い聞かせるようにグレンに話していた。小刻みにうなずきながら真面目に話を聞くグレンを見てレイナは嬉しそうにほほ笑んでいた。しかし……
「知らなかった…… ちゃんと教えてくれよ」
レイナはグレンの言葉にムッとして不服そうに口を尖らせた。無論レイナはグレンに技術を教えるつもりだった。しかし、とある事情で教えられなかったのだ。
「教えようとしたわよ。でもねそいつはね。ノウレッジに行っちゃったの! 女と!」
「うっ!? やめろ!」
「やめろ?」
腕を組んでグレンに冷たい目で見つめるレイナだった。心当たりばかりの彼は視線に耐え切れずにすぐに謝る。
「ごっごめんなさい……」
「よろしい」
大きくうなずくレイナだった。悔しそうに顔をしかめ彼女を見つめるグレンだった。レイナは悔しがるグレンに勝ち誇ったように笑っていた。すると何かレイナは思い出しようでハッとした。
「あっ! そうそう…… キメラの毒の予防薬なら…… すぐに作れるよ」
「えっ!?」
レイナは持っていたティーカップをテーブルの上に置くと、テーブルの脇に置いていた自分の鞄を持ち上げた。彼女は鞄を開け赤い液体が入った
「それは…… 血?」
「うん。ベッドに寝かせたキティルちゃんからさっき採取したの」
小瓶をつまんだグレンに見せながら、キティルに視線を向けたレイナだった。瓶に入っているのは治療をしたキティルの血だという。グレンは小瓶でかすかに揺れる血を見つめ首をかしげてレイナに口を開く。
「キティルの血が予防薬になるのか?」
「うん。最近発見された新しい方法なのよ。毒を受けた克服した人間は毒を受けていない人間よりも毒への抵抗力があるのよ」
「へぇ…… あっ! そうか! ならそれを原料にして……」
「そう正解! さぁ。キティルちゃんの体力が回復させるまでもう少し時間がかかるからちゃちゃっとやっちゃうよ」
腕を捲る仕草をしたレイナは毒の予防薬を作りだす。グレンは彼女の隣で作業を真剣な表情で見つめている。
「本当…… 似ているわ…… そっくりね」
並んで薬を作るレイナとグレン、両手がふさがれたレイナにグレンがクッキーを食べさせていた。そんな姿を見てベッドの横に座るメルダがつぶやくのだった。
「チッ…… 姉のどこが良いんだが…… 若い方が……」
「はいはい。大人しく寝なさい! もう!」
「ぶぅ」
額をメルダに軽く叩かれたキティルは口を尖らせ、寝返りをうちグレン達に背を向けるのだった。
二時間ほど後…… キティルは体力が戻り起き上がった。四人は再びベイリーグランド洞窟を目指すのだった。農場を南に抜けまた森に入りしばらく歩いていた。
メルダを先頭にキティルとレイナが並びグレンが最後尾に歩く。しばらくすると四人にベイリーグランド洞窟へ続く脇道の目印である一メートルほどの岩が見えて来る。
「グレン! ちょっと来て」
「どうした?」
先頭を行くメルダが立ち止まり振り返り、手招きして彼女はグレンを呼ぶ。呼ばれたグレンは小走りで彼女の元へとやってきた。メルダの前に岩があり横には幅数十センチの細長い道が森の中へと伸びている。
「これ……」
メルダが岩に手を伸ばして何かを手に取った。彼女が取ったのは岩に引っかかった黄色い毛だった。グレンに向かってメルダが毛を差し出して見せて来た。
「キメラの毛か……」
グレンが森の奥へ視線を向けてつぶやいた。岩に引っかかっていた毛はキメラの毛だったのだ。
「どうしたの。メルダ、グレンさん?」
キティルが近づいてきて二人に声をかけて来た。彼女の後ろにはレイナが居る。グレンが右手で岩を指してキティルに答える。
「岩にキメラの毛があってな」
「えっ!? それってキメラが近くにいるってこと?」
驚き怯えた顔で首を左右に動かしレイナは周囲を警戒する。グレンは落ち着いた様子でレイナに向かって首を横に振った。
「いや…… 近くにはいないよ。ただ…… 岩の横を通ったってことだ」
「それって……」
グレンが視線をベイリーグランド洞窟へと続く道の先を見て口を開いた。レイナは目を大きく見開いて驚いた顔をしていた。彼女は前に出てグレンの肩をつかんだ。
「ねぇ!? 帰ろう! グレン君! 仕事のキャンセル出来るでしょ? それでいいよ」
「あぁ。キャンセルは出来るぞ。まだ新しい依頼だしな。ただ……」
気まずそうにグレンは視線をメルダとキティルに向け口を開く。
「レイナ姉ちゃんにはキャンセルできないよ」
「えっ!? なんでよ!」
「だってレイナ姉ちゃんランク足りてなくて仕事を受けられなかっただろ? キャンセル出来るのは仕事を受けたキティルだけだ」
「そうだったわね!」
勢いよく振り向いたレイナは歩いて来た道を指し、メルダとキティルに向かって声をかける。
「メルダちゃん! キティルちゃん! 帰ろう! 危ないよ」
「なっ!? 何言っているのよ。私達は冒険者なんだから依頼を放り出して帰るなんてできないわよ」
「だってもしかしたら大蛇とキメラが一緒にいるんでしょ? 同時に襲われたら…… また怪我を……」
レイナはキティルの腕を見た。メルダは難しい顔をして黙っていた。帰ろうと言うレイナを静かに見つめていたキティルがにっこりとほほ笑み口を開くのだった。




