第3話 新大陸へようこそ!
穏やかな湾、そこにある巨大な石造りの桟橋をもつ港に何艘もの船が出入りしていた。ここは潮風が香る港町テオドール。二十年前に見つかった新大陸ノウリッジの玄関口であり出口だ。
魔王ディスタードの人間界侵攻により止まっていた、大陸開発が本格的に再開されて以降、毎日たくさんの人々が新大陸へと訪れていた。開拓にやってきた農民や、一山にあてに来た商人、開発により新たに見つかった鉱山に雇われた鉱夫など、移住してくる様々な人で新大陸は賑わっていた。
彼らの他にも冒険者と呼ばれる、遺跡探索や魔物討伐などを仕事にする者達もノウレッジへと続々とやって来ていた。述べ数千人にのぼる冒険者達は、冒険ギルドに所属し日々遺跡探索や魔物討伐などの依頼をこなし世に名前を轟かせることを夢見ていた。今日も変わらず週に一度の定期船に乗り、世界中からたくさんの冒険者達が自身の名を上げようとノウレッジ大陸へと上陸する。
ひっきりなしに雑貨や食料品や酒や嗜好品などが入った箱や樽が荷車で往来する、大きな倉庫に挟まれた港の入口に、一人の男が木製の立て看板を持って立っていた。男が持つ看板には冒険者ギルドはこちらと書かれていた。
看板を持っているのは、五年の年月を経て成長したグレンだった。彼は背が伸び顔と体から余計な部分が削ぎ落とされ、顎に短い黒い無精髭を生やし幼さが消え少したくましくなっていた。
グレンは茶色のブーツに黒のシャツに黒のズボン、革の胸当の上から青みがかった灰色の裾がふくらはぎまであるコートを羽織り、腰に剣をさしている。剣は長さは一メートルで金色をした十字型をした鍔で中央が直径十センチほど丸くくぼんでいる。またコートの袖に隠れて見えないが彼の両腕は肘から先が革製のガントレットが装備されている。ガントレットは左右ほとんど一緒だが、一部だけ非対称にできており、左手首の中央だけ装飾なのかオレンジの琥珀が埋め込まれている。また、彼の胸元には蹄鉄の形の銀細工の真ん中に青い石が入った首飾りをぶら下げられていた。
彼の周囲には緊張した面持ちの冒険者らしく風貌の男女八人が立っていた。グレンの背後に一人の少女が立って彼に声をかける。
「すいませーん。冒険者ギルドに行きたいんですけどー? ここでいいんですか?」
呼びかけられたグレンが振り返ると、笑顔の少女が立っていた。少女は黒く綺麗な髪の少女で、顎くらいまでの長さの髪を結び赤いリボンをつけていた。瞳は赤みがかったピンク色で鼻はすっと伸び凛々しく活発そうな雰囲気に包まれてる。
彼女は膝くらいまである薄い茶色のブーツの上に伸びるまぶしい太ももを晒す、青い色のショートパンツを履き袖のない緑の上着に左胸だけをカバーする革製胸当てをつけていた。腰には矢筒と背中に小さな木製の弓と柄が木で刃が鉄で出来た短い槍を背負っていた。
この少女の名前はエリィ、十三歳で冒険者になるためにノウリッジ大陸へとやってきた。父親が故郷で有名な狩人で、幼い頃から手ほどきをうけ若いがすでに一人前の実力があるのが自慢だ。
「あぁ。すぐに冒険者ギルドまで案内するから近くで待っていてくれ」
「はい。ありがとうございます」
小さくうなずいてグレンが答えると、エリィは礼を言いすぐに振り返った。
「キティル! やっぱりここだって!」
大きな声で手招きをしてはエリィ誰かを呼んだ。グレンから十メートルほど離れた場所に居た少女がエリィの声に反応して小走りで近づいてくる。
エリィの元まで着た少女が立ち止まった。彼女は紫色の先端が細くなった靴に、青いフリフリの丈の短いスカートを履き、黒のシャツの上から短い黒のマントを羽織っていた。かぶった尖った帽子の脇からストレートのピンク色の髪の長い髪が伸びている。振り返ったグレンに少女はニコッと笑った。彼女はやや細め黄色の瞳が特徴的な綺麗な女の子で、背丈と同じくらいの杖を背負っていた。
彼女の名前はキティル。魔法学校を卒業したばかりの十三歳でエリィの幼馴染だ。二人は冒険者になって一旗あげるためにノウリッジへとやってきた。
エリィはキティルが来ると、グレンに背を向けて小声で話しを始める。
「でも、あの人…… なんかちょっと怪しいのよね…… ついて行って大丈夫かしら?」
「エリィちゃん、失礼だよ……」
二人のやり取りがグレンの耳に聞こえて来る。
「(怪しくて悪かったな。こっちもこれが仕事なんでね)」
グレンは二人の言動に不快感が生じたが、心に止め黙ってまま無表情で立っている。注意したり不快感を表に出すと、トラブルに巻き込まれると経験で分かっているからだ。
キティルとエリィは、グレンに背を向けたまま話しを続けていく。
「だって美少女冒険者は騙されて奴隷とか娼婦にされちゃうんでしょ。私は危ないじゃん」
「エリィちゃん……」
あきれた顔でキティルがエリィの方を向いた。
「自分で美少女とか言わない方がいいよ。すごい恥ずかしいよ」
「ちょっとキティル!」
ほっぺたを膨らませてエリィは両手を上げた。キティルは笑顔で両手を前に向けて制止する動作をしている。
「(今度は喧嘩か…… ははっ。普通の新人はもっと緊張してるもんだがな。面白い子たちだ)」
優しいまなざしで二人を見るグレンの口元が緩んだ。二人は看板を持った、ニヤニヤとグレンの顔に気づいてい若干引いていた。グレンが二人に顔を向けると慌てて背を向けた。
「ほらぁ。やっぱり怪しいわよ」
「うっうん…… ごめんね」
二人の会話に気づかずグレンは、微笑ましくキティルとエリィを見守っていた。
「せんぱーい。お待たせしましたー」
修道服を着て、青年がやってきてグレンに声をかけてきた。彼は黒に近い紫の髪色のおかっぱ頭で、丸い青い瞳をして太く黒い縁のメガネをかけた端正な顔をしている。
この男はハモンド、年齢は十七歳で修道士をするかたわらグレンと同じ仕事をしている。ハモンドは左手でグレンを同じように手に看板を持ち、十人ほどの冒険者風の男女を連れていた。
「じゃあみんなここに集合してくれ」
グレンは看板を下ろして、自分の周りにいたキティルとエリィを冒険者風の男女に声をかけた。ハモンドとグレンの二人は、邪魔にならないように港の隅に人を集め前に並んで立つ。
「ようこそ。ノウリッジ大陸へ。僕はノウリッジの冒険者ギルド冒険者支援課のハモンドと言います」
にこやかに明るくハモンドは挨拶をする。ハモンドとグレンは冒険者ギルドの職員で所属は冒険者支援課だ。冒険者支援課は文字通り冒険者への支援を行うための課だ。定期船でテオドールへやって来る新人冒険者達の道案内も彼らの業務である。
冒険者に名乗ったハモンドは、隣のグレンを紹介しようと彼を手で指した。
「こちらは……」
「うるせえ!!!! お前らの名前なんかどうでもいい。さっさと案内しろ!」
「えっ!?」
ハモンドに連れられて、やってきた冒険者の一人が大きな声を上げ話しを遮った。背中に斧を背負った体格のいい、傷だらけの丸刈りの頭をした山賊のような人相の悪い冒険者だ。
「さっきからずっと待たせやがって俺はさっさと開発最前線に行きたいんだ!」
人相の悪い冒険者は、今にも飛びかかりそうに叫び声をあげた。その様子を見たグレンは、ハモンドの肩に手をかける。
「彼の言うとおりだ。みんな長い船旅で疲れてるし早く行こうか」
穏やかな口調でハモンドに港の入口をさして動くようにグレンは促す。粗暴な冒険者の言うことを聞くのは癪だが、みんなの安全のために妥協した方が良いとグレンは考えていた。
「はっはい。じゃあ僕に付いて来てください」
グレンの意図を理解したハモンドはうなずいて、新人冒険者たちを先導して歩き始める。
「そうだよ。わかってんじゃんか」
粗暴な冒険者はグレンの前で勝ち誇った様子で声をかけた。エリィとキティルはその粗暴な冒険者の態度に彼を蔑むように見ていた。グレンは慣れているのか、やれやれと言った表情で、看板を乱雑に肩にかついで最後尾から彼らの後をついていく。
テオドールはにぎやかな大通りを過ぎていく、右手には十字架がついた尖塔の鐘をもつ、大きな白い壁の高い教会が見える。
「宿屋、鍛冶屋、薬屋などはこの通りにあります。慣れないうちはあまり裏通りには……」
看板を掲げてハモンドが説明しながら歩く。冒険者達は周りの風景を見たり仲間同士で話しをしてほとんど聞いてない。
「(ちゃんと聞いてのはあの二人…… いやキティルって娘だけか……)」
グレンは最後尾から冒険者の様子を見つめていた。ほとんどの冒険者が話しを聞いてないが、キティルだけはハモンドの話しを真面目に聞いてた。
しばらく歩くと五階建てでレンガ造りの大きな建物が見えてきた。建物には宝箱の後ろに剣と剣が交差する看板が軒下に掲げられている。建物が見えるとグレンは、小走りで駆けていきハモンドを抜かした。
「ここが冒険者ギルドです。入ったら右のカウンターへ行ってください。冒険者ギルドに初めて登録される方は一番窓口へ。他の大陸ですでに冒険者ギルドに登録済みの方は二番窓口へお願いします」
ハモンドが冒険者ギルドの前に止まって、冒険者達に説明している。グレンはその間に看板をハモンドの足元に置き扉を開けストッパーで固定する。
説明が終わるとグレンが、開けた扉から冒険者達が建物中へ入っていく。グレイが置いた看板は邪魔にならないようにハモンドが回収し二つ重ねて持っている。グレンとハモンドは開いた扉の脇に立って冒険者達を見送る。
ハモンドの指示どおりにカウンターごとに別れて並ぶ冒険者達、並ぶ割合は大体半々でハモンドはその様子をジッと見つめていた。
「えっと…… 全部で二十一人ですね。これで一ヶ月連続二十人超えですよ」
「あぁそうだな。これも最前線で巨大遺跡が発見された影響なのかもな…… あーあ。若者の冒険者離れとか言われてた頃に戻らねえかな」
「もう…… 課長に怒られますよ」
「大丈夫。さすがに二階には聞こえないだろ」
二人は列に並ぶ冒険者を見ながら小声で会話をしていた。
冒険者ギルドの中は入ってすぐに階段があり、階段の右手に長いカウンターが置かれ、奥の壁には依頼が張り出された掲示板がある。
階段の左手は酒場となっている。ちなみにこの酒場は、冒険者専用ではなく町の人も利用できる。
「おっお願いします」
声を震わせ緊張した様子で、カウンターの一番と書かれた窓口の前にエリィがたった。魅惑の新大陸における冒険者生活がこれから始まるのだ。