第29話 夢をつなぐ手
ビーロとボルリノの前に立ちふさがったのはタイラーだった。腰にさした剣に右手をかけ彼は、黙ったまま二人をじっと見つめている。タイラーの目の奥に小さな赤い光が灯っている。
「タッタイラー!? 貴様! 裏切るのか」
ボルリノが叫びながら、武器に手をかけた。タイラーは静かに剣を抜く。ビーロとボルリノが驚き武器を構える。
「タイラー!? 何をしてる! この!」
パチンとジョージが指をならした。タイラーはチラッとジョージを見てニヤリと笑いまた前を向く。
「なぜだ!? お前にも隷属の刻印を…… はっ!? アルダ! 貴様!」
何度か指をならしたジョージが、何かに気づいてアルダをにらみつけた。
「残念。彼には隷属の刻印はしてないの。彼には私の幻惑魔法をかけて支配下にあるのよ…… ごめんね。あんたのことは私がよーく知ってるからね……」
膝をついていたアルダは顔をあげ笑っていた。悔しそうな顔をするジョージ。彼はタイラーに隷属の刻印をするようにアルダに指示していた。アルダはいざという時のために、ジョージの指示に素直に従うふりをしタイラーに隷属の刻印をしなかったのだ。
「ボス! 大丈夫ですぜ。すぐに片付けます。おい! ビーロ。やるぞ!」
「おう!」
タイラーに二人が斬りかかっていく。三人の戦闘が始まり、ビーロとボルリノはタイラーに足止めされた。
「さて…… おやおや。君も魔族の味方をするのかい?」
ジョージが横をむいた。彼の視線の先には、エリィが槍の先端を向けて構えジョージをにらみつけていた。
「アルダさん、メルダさん…… ごめん。キティルの言う通りよ。私達はノウリッジの冒険者だもん。過去は関係ないわ」
声を震わせてメルダとアルダに謝ったエリィ、キティルはそんな彼女に笑顔を向けた。
「エリィ、ありがとう。いつもの通りに頼むね」
「うん」
キティルが杖の先端をジョージに向け、槍を構えたエリィの重心がすっと沈み込んだ。
「ははっ…… 君達には失望したよ」
笑ったジョージは手を叩く。指よりも大きい音が建物に響く。
「クッ!? 嘘…… なんで」
「勝手に……」
再び額のバラの刻印が光りだし、メルダとアルダの二人は立ち上った。二人はすぐに走ってジョージの元へと向かって行く。
「メルダ!?」
「アルダさん!? どうしたの!?」
振り返ったメルダとアルダの二人は、ジョージの前に立って両手を広げ立ちふさがった。
「あなた! 二人に何をしたの?」
「奴隷が体を張って主人を守るのは当然だろ?」
勝ち誇った顔でジョージが二人に問いかける。
メルダとアルダがジョージを守るのは、隷属の刻印が持つ力の一つだ。隷属の刻印をされた奴隷は、自らを犠牲にして主人を守るように強制されるのだ。奴隷は力が発揮されている間、たとえ手足を失うような苦痛を与えられようが自分が死ぬまで主人を守り続ける。
「キティル! 私達ごとジョージを魔法で吹き飛ばしなさい!」
「そっそんなこと出来るわけ」
メルダの言葉に首を横に振るキティル、二人のやり取りをジョージは鼻で笑う。
「ふふ。あなた達は優しすぎですよ。言うとおりに二人を殺せばいいんですよ? こいつらは魔族なんだし…… それで二人も解放されることになるんですよ?」
悔しそうに槍を握りしめて震えるエリィ、キティルは泣きそうな顔をしている。
「さてもういいでしょう」
ジョージは余裕を持って振り返り石柱の前で両手を広げた。石柱から出ていた青い光がジョージの額に当たった。
「さぁ! 私を白金郷へ!」
青い光がジョージのゆっくりと額から下へ向かっていった。首を過ぎた辺りで、光は二股に別れて胸から両足のつま先まで光がなぞっていった。
「不適合!!!!!!!!!! 侵入者ヲ発見シマシタ!!! 第一次戦闘態勢ニ移行シマス」
感情のこもってない淡々とした少し甲高い声が石柱から出た。エリィとキティルは驚き石柱を見た。ビーロとボルリノとタイラーも戦いをやめて石柱に視線を向けた。
「第三ナビ防衛システム。キラーブルーヲ起動シマス」
「えっ!? なっなんだ……」
石柱がすっと後ろの下がる、石柱の下は四角い黒い穴が空いており、そこから床がせり上がって来た。
床の上には両手に銀色のやや湾曲した細長いサーベルを持ったの人間が現れた。人間は全体的に冷たい空気をまとった女性だった。彼女は頭の上に一本だけ髪がはねた、背中くらいまでの長さの焦げ茶色のストレートの髪に、目は凛々しいやや細く輝く水色の瞳をしていた。服装は大きな胸を強調するように胸元がひらいた、白の動きやすそうなピッチリと体に張り付いた服を着て、腰の周りだけが銀色の短いスカートがついている。開けた胸元には赤い宝石のような石が輝いていた。しかし、すぐに石が青色に変わり光り出した。
「キラーブルー起動完了。侵入者ノ排除ヲ開始シマス」
女性はキラーブルーと言うらしく。石が青く変わってすぐに彼女は、淡々とした感情がない声を発し、ジョージに視線を向けた。
「侵入者じゃない。私は…… ぐは!」
一瞬でジョージとの距離を詰めたキラーブルーは、両手に持ったサーベル二本を彼の胸に突き刺した。
ゆっくりと剣を抜くキラーブルー、ジョージはそのまま仰向けに倒れた。地面を大量の血が流れていく。キラーブルーはべっとりと血がついたサーベルを軽く動かして血を拭う。
「ボス!? 何をしやがる!」
「貴様! 許さんぞ!」
ボルリノとビーロが叫び声をあげた。キラーブルーは視線を二人に向けた。
ジョージが死んだことにより、アルダとメルダは動けるようになった。倒れて自分のすぐ後ろに倒れたジョージが二人に見えた。
「うげ!?」
「ギャッ!?」
声が響いた。全員が視線を向けると、右にボルリノと左にビーロがいて二人の間に右足を曲げ、左膝をつき両腕を斜め上に向けて伸ばしてるキラーブルーが居た。
ボルリノとビーロの胸を、キラーブルーのサーベルが貫いており彼女の手を伝って床にポタポタと血が垂れていた。
「なっ!? なんだこいつは……」
すぐそばにいたタイラーが思わず声をあげた。
キラーブルーは静かに剣を二人の胸から抜いた。左右から同時にボルリノとビーロがキラーブルーの前に倒れた。折り重なる二人の奥で淡々とした表情のキラーブルーが前を向いていた。
その場にいる全は、表情をまったく変えないキラーブルーが不気味に思う。
「エリィ!?」
「大丈夫よ。キティル……」
槍を構えてキティルを背中に隠すエリィ。キラーブルーが両手を交差させた、左足をやや立てて腰をやや立たせて走り出す体勢を取った。
キラーブルーを見たアルダがメルダに口を開いた。
「メルダ…… あんたは逃げな! 二人をしっかり守るんだよ……」
「ねっ姉さん!? ダメよ」
「ハッ! ブルームウィンドウ」
アルダが右手を開いて前に出して叫んだ。床から小さな竜巻のような強力な風が巻き起こり、アルダとメルダを包み込み彼女の体を浮かせる。
「えっ!?」
「キャッ!?」
小さな竜巻のような風はアルダを巻き込んだ後、メルダ、エリィ、キティルの三人を運んでいく。
風がタイラーの元へむかう、タイラーは顔をあげて首を横に振った。そのまま竜巻は建物の外まで向かう。キラーブルーは顔を下に向けていた。風によって吹き飛ばされないように踏ん張り耐えているようだ。
「いやああああああああああああああああああああああ!!!!! 姉さーーーーーーーーーーーーーーーーん!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
竜巻の中から聞こえていた、メルダの声が切れた…… バタンと言う音がして建物と部屋の扉がしまった。
アルダは竜巻の中から出て、部屋の入口を塞ぐように立っていた。
風が消えるとキラーブルーは、立ち上がり振り返って静かにアルダに目を向けた。感情のない表情でジッとアルダを見つめている。
「罪は問われないか…… これで少しはあたしの罪は消えたかしらねぇ…… さて」
ゆっくりと起き上がったアルダは右手を前にだした。彼女の赤い指の爪が鋭く伸びて刃物のように変化した。
構えたアルダはチラッと横を見た。
「あんた…… あたしの魔法はとっくに解けてるでしょ。付き合う必要なかったのに……」
アルダの横には剣を構えるタイラーが立っていた。タイラーはニコリと笑ってアルダに答える。
「あぁ。でも君と一緒に居るっていう夢の魔法は解けてないよ」
ウィンクをして微笑むタイラーだった。アルダはそんな彼を見て嬉しそうに笑った。
「バーカ…… なっ!?」
一瞬で二人の体を銀の剣が貫いた。二人の前にはキラーブルーが、かがんで剣を持った両腕を伸ばしていた。
「タッタイラー……」
「アルダ……」
そのままの姿勢で、ゆっくりと立ち上がるキラーブルー。串刺しにされて持ち上げられた二人は、消えゆく意識の中で離れないように腕を必死に伸ばして手を握った。手を握った二人は口から垂らしながら笑う……
直後にキラーブルーは両腕を動かして剣から二人の死体を投げ捨てるように地面に叩きつけた。つないだ手ははなされ、アルダとタイラーは別々に場所の床に叩きつけられた。目を青く光らせたキラーブルーは部屋の扉を見つめた。
「侵入者ノ排除ヲ続ケマス」
つぶやいたキラーブルーの目から青い光の光線が発射された。
アルダによって砦の中庭まで逃された三人。暗い表情をして建物を見つめるメルダをエリィとキティルは悲しげに見つめていた。
首を横に振ってメルダは振り返り、二人に声をかける。
「行きましょう…… 姉さんの死を無駄にしちゃ…… えっ!?」
爆発音がして振り返るとアルダによって閉ざされた、砦の入り口が爆発して砂埃が舞い上がり黒煙が空へと上っていった。煙と砂埃になって真っ白になった建物から黒いかげが現れてゆっくりと前に向かってきている。
徐々に人影の姿はキラーブルーに変わっていく。メルダは近づいてくるキラーブルーを見て意を決した。
「姉さん…… エリィ! キティル! 振り返らないで必死に走って逃げなさい」
砦の正門をさして二人に逃げるように指示をするメルダだった。自分は残るつもりでキラーブルーに体を向ける。
「でっでも!? メルダさん一人じゃ……」
「私達も戦うわ」
「バカ! どうみても私達がかなう相手じゃないでしょ! わからないの!?」
逃げるのを躊躇する二人をメルダは叱りつけ背負った弓に手をかけた。
「後ろ!」
キティルの声で振り返ったメルダ、彼女の背後からキラーブルーがあっという間に距離をつめていた。
キラーブルーは重心を低く走りながら両腕を引き剣先をメルダの胸に向ける。
迫ってくるキラーブルーに反応できない三人。諦めて目をつむるキティル…… 直後に大きな音がして地面が震えたような気がした……
「えっ!? これは……」
ゆっくりと目を開けたキティル、彼女の目の前に白く輝く大剣が突き刺さっていた。