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第28話 バラに棘

 クレアとグレンがテオドールを出た頃、エリィとキティルは砦へと戻ってきた。日は大分傾き薄暗く遠くの空が真っ赤に染まっている。


「あの人達は?」


 エリィが首をかしげた。正門をくぐって中に入ると、砦の中庭で焚き火を囲む残った三人の他に二人の別の人間が一緒に居たからだ。

 増えたのは赤くスリットの深いマーメイドスカードに、袖のないドレスを身にまとうリアンローズの娼婦アルダと青い縁のメガネをかけた中年の男だ。

 男は短くサラサラとした白髪が混じって灰色になった黒髪に、目が細く線のようでにこやかな柔和な表情をしている。恰好は黒のスーツを着て腰には護身用のレイピアをさしていた。

 タイラーは二人を知っているようで特に驚くこともなく五人に声をかける。


「ただいま。短剣を持ってきたよ」


 立ち上がってメルダが笑顔で、戻ってきた三人を迎えに近づいきた。他の人間もそれに続き三人を取り囲むようになった。

 キティルは見知らぬ二人が近づいて来て驚きエリィの背後に隠れる。彼女の様子を見たメルダは口を開く。


「この人は私の姉のアルダよ。あっちは私達が滞在してる宿屋リアンローズのオーナーのジョージよ」


 メルダはエリィとキティルに二人を紹介した。アルダとジョージはエリィとキティルに向かって笑った。


「アルダよ。よろしくね」

「ジョージと申します」

「エリィです。よろしくお願いします」

「キッキティルです!」


 四人はお互いに自己紹介をして握手をかわす。握手が終わるとにこやかな表情のメルダが口を開いた。


「どうしても白金郷の道を二人が見てみたいって言って聞かなかったの。ごめんなさい」

「あぁ。そうなんですね」


 エリィとキティルは納得したようにうなずいた。伝説の白金郷に向かう道が開くと聞いたら、興味を持つのは自然なことだからだ。

 少し緊張した表情で並んで立つエリィとキティルに、アルダが二人に声をかけた。


「それであんた達が持ってきた銀の短剣を見せてもらっていいかい?」

「えっ!? キティル……」

「はっはい。どうぞ」


 うなずいてキティルは紐をつけて、首から下げていた短剣を外してアルダにわたした。

 短剣を受け取ると鞘から短剣を抜いてまじまじと見つめた。ちなみに短剣に最初から鞘はなく、グレンから短剣をもらった後に、鍛冶屋で一番安い短剣用の鞘を作成してもらい使用している。


「美しい……」


 全てが上質な銀で作られた銀の短剣をうっとりとした表情をするアルダ。古代文字の刻まれた美しく滑らかに反った片刃の刀身は眩しく、光鍔の真ん中には青い宝石が輝き鍔と柄頭まではびっしりと繊細で優美な細工が施されている。この短剣は装飾品としての価値も充分にありそうだ。

 アルダはまだ銀の短剣をうっとりとした表情で眺め、短剣を見つめる彼女をジョージがなぜか不機嫌な顔で見つめている。エリィは気づかなかったがキティルは彼の様子が少し気にかかった。


「姉さん…… 早く返さないと」

「あっ。ごめんねぇ」


 メルダに促されて謝り、鞘に短剣を戻してキティルに返した。キティルが短剣を受け取るとジョージがすぐに口を開いた。


「じゃあ、早速で申し訳ないが、道を見せて頂いてよろしいですかな?」

「わかったわ。二人とも大丈夫?」

「はい。大丈夫です。行こう。キティル」

「うっうん」

 

 うなずいて返事をした二人にメルダは微笑みかけ短剣を返した。八人は建物へ中へと入り石柱の元へとやってきた。

 石柱の前にはエリィ、キティル、メルダの三人、少し離れてジョージとアルダとタイラーが居て、出入り口をボルリノとビーロが両脇に挟むように立っていた。

 キティル、アルダ、ボルリノがそれぞれ松明を持って部屋を照らしている。


「短剣を石柱の根本にある台座の溝に短剣を差し込むのよ」

「はっはい」


 メルダが石柱を指して二人に説明をする。彼女の言う通り石柱の根本にある十センチ四方の台座には、中央にちょうど銀の短剣がさせそうな溝があった。

 うなずいて返事をしたエリィが短剣を持って鞘から抜いた。メルダとキティルは彼女から一メートルほど後ろアルダの手前まで下がる。エリィはメルダの言うとおりに台座の溝に短剣を差し込んだ。

 ゆっくりと短剣から手をはなしたエリィ、全員が期待したような石柱を見つめている。だが……


「何も起きないですね……」


 エリィがつぶやいた。短剣を溝にさしても何も起きなかった。短剣を指し直そうとエリィは手を伸ばした。台座から短剣を抜いてエリィはもう一度さした。

 しかし、再度短剣を台座にさしてもやはり何も起こらかなった。


「やっぱり何も起きませんね。この短剣は関係ないものなんじゃ?」

「そんなはずはないわ!」


 大声で必死に叫ぶメルダ、叫ばれたエリィは驚き顔をこわばらせる。


「なにやってんだよ! 早くしろ!」

「まったく……」


 イラついた様子でボルリノとビーロが声をあげた。

 エリィはその様子になぜだが自分が、悪いことをして怒られてるような気持ちになりうつむく。


「ジョージ! やっぱり俺達が……」

「やめろ!」


 前に出ようとするボルリノをジョージが制した。すっとキティルが前にでてエリィに声をかける。


「エリィ…… ちょっと貸して」

「えっ!?」


 この時、キティルがなぜ前にでたのかは本人にもわからない。ただ何かに導かれるようにして自然と貸してという言葉が出た。

 エリィはキティルに場所を譲りゆっくりメルダ達の近くまでと下がった。ジッと短剣を差し込む溝を見つめていた彼女がふとつぶやく。


「刃を上にして……」


 この時になぜかキティルの頭の中に、刃を上にして差し込むという言葉が浮かび、彼女は自然とつぶやきその言葉を実行した。

 ガシャンという音が室内に響く。キティルはその音に驚いて短剣を抜こうとするが、何かに挟まれたのかようになって抜けなくなっていた。


「あっあれ!? 抜けない……」

「キティル! 上!」

「えっ!?」


 エリィに言われたキティルが顔を上げた。石柱のついていた青い石から細い青い光が伸びていく。光は顔を上げたキティルのちょうど額に当てられていた。


「なにこれ…… 青い光が……」


 青い光はキティル額から体の中心をなぞるように徐々に下がっていく。キティルは動く青い光を呆然と見つめていた。


「どきたまえ!」

「キャッ!」


 叫び声をあげて横からジョージが、キティルの体を突き飛ばした。悲鳴をあげてキティルは転んだ。


「何するのよ! 危ないじゃない!」


 エリィが大きな声でジョージに向かって叫んだ。

 倒れたキティルの元へメルダが駆け寄った。膝をついたメルダはキティルの体を支え立ち上がらせた。メルダはジョージに向かって口を開いた。


「ジョージ! 約束が違うじゃない! 彼女達は関係……」

「ふん…… 君達はまだ自分の立場をわかってないみたいだね」


 パチンという音がした。ジョージが指を鳴らしたのだ。同時にメルダとアルダの額に赤いバラの刻印が浮かび上がり光だす。


「きゃあああああ!」

「やっやめて!」

 

 メルだとアルダが膝をついて苦しみだした。その様子を見てジョージは満足げにうなずく。


「メルダ!? アルダさんも!?」


 苦しみだした二人にキティルが驚き声をあげ、今度は彼女がメルダの体を支えた。


「大丈夫…… 大丈夫よ」

「クッ…… やろう……」


 二人は苦しみながらジョージをにらみつける。ジョージは勝ち誇った顔で笑っていた。

 エリィが背負った槍に手をかけてジョージをにらみつけた。


「二人に何をしたんですか?」

「彼女たちの額にあるのは隷属の刻印。つまり彼女たちは僕の奴隷だ」


 隷属の刻印とは魔法で体に刻まれる奴隷の証だ。刻印を刻まれた奴隷達はオーナーの意思によって自由に罰を与えられる。

 さらに神経にさようし主人の意思で、快楽や苦痛を倍増させたり自白させたりもできる。罰による苦痛によって奴隷は逆らえず、また神経を操作されることにより、本人の意思に反する行動を取らされることが多くなった奴隷達は精神を病み廃人とかすこともある。


「ご苦労だったな。もういいぞ。私が世界で最初に白金郷へ向かう人間だ」

「クッ」

「きゃあああ!」


 指をならすパチンという音がまた響く。メルダとアルダの額の刻印が光ってまた二人は苦しみ出した。


「やめなさい! 二人を解放して短剣を……」


 すばやくエリィは背負った槍をぬいて構え刃先をジョージに向けた。笑ってとぼけた表情でジョージが口をひらく。


「二人を助けるのかい? こいつら魔王の娘だぞ…… かつての人の敵だ」

「魔王の…… 本当なの?」

「言え!」


 ジョージが指を鳴らした。音に反応しててメルダが、苦しみながら小さな声で話し出す。


「そっそうよ。私達は二人は魔王ディスタードの娘よ……」


 アルダとメルダをエリィが交互に見た。苦しむ二人を見たエリィの槍をつかむ手が緩む。五年前に勇者によって魔王が討伐されるまで、人々は魔王軍からの激しい攻撃に苦しめられた。辺境の地で暮らしていたエリィやキティルも例外ではない。

 動揺するエリィの様子にジョージがニヤリと笑った。キティルが苦しむメルダを見てうつむきギュッと拳を握りしめた。


「許さない。私はあなたを許さない! 二人を解放して!」

「キティル!?」


 下を向いたまま大声で叫んだキティルは、背負っていた杖を握って取り出した。


「はははっ! 君の許可なんかいらないよ。それに君は魔王の娘の味方をするのかい? こいつらは人を滅ぼそうとしたんだ。今みたいに奴隷で娼婦をやるのがお似合いなんだよ!」


 笑ってキティルに問いかけるジョージ。キティルは黙ってうつむいている。


「キティル…… ごめんなさい。私達はあなたを…… えっ!?」


 苦痛に顔を歪めながら、悲しそうに目を潤ませメルダがキティルに謝った。しかし、キティルは首を何回か横に振ってさっと顔をあげジョージを見つめる。


「違います…… ノウリッジ大陸に来た人間に過去は問われないんです。みんな最初は一緒なんです!」


 キティルはジョージに向けて杖を構えにらみつけた。そこに普段の気弱なキティルの姿はなかった。


「チッ! 面倒なやつだな。ビーロ! ボルリノ! こいつらを捕まえろ。若い女は貴重だ。娼婦として長く稼げるからな!」

「「へい!」」


 入り口にいたビーロとボルリノが、武器に手をかけてエリィとキティル達に向かっていく。


 キティルがボルリノ達に視線を向けた、前方にジョージ、背後にボルリノとビーロ、挟まれた状態になった。


「えっ!? あなたは……」


 驚く声をあげるキティル、彼女の目に二人の前に立ちはだかる人の背中が見えた。

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