第27話 静かに動き出す
夕方、十八時の鐘がなる直前くらいに冒険者支援課の部屋の扉が開いた。部屋の中にはクレア、グレン、ハモンドがそれぞれの席についてほぼ同時に扉に視線を向けた。
「「「?」」」
扉の方を見た三人が首をかしげた。入り口の扉が開いたのだが、扉の向こうに誰もいなかったのだ。
「風かな。このギルドも古いからなぁ」
グレンがつぶやき扉を閉めようと立ち上がる。扉まで歩いて手をのばすと…… 急に横から小さな男が顔をだして彼に声をかける。
「あっあの……」
「なんだ…… タワーか。どうぞ。入ってくれ」
顔を出したのは冒険者ギルド情報収集課のタワーだった。
グレンが声をかけて手で部屋の中を指し、タワーに入るように促したが彼は首を大きく横に振り手を伸ばしてくる。タワーが伸ばした手には紙が握られていた。彼は緊張しているのか小刻みに紙が震え強く握られた上部はシワになっている。
「ぎっ銀の短剣の…… ちょっ調査結果です」
差し出された紙をグレンは受け取った。紙を見ながらグレンはタワーに礼を言う。
「ありがとう。でっ、結局あの短剣は何だったんだ?」
「えっえっと…… あの…… 全部そこに…… ごめんなさい!」
質問されたタワーは紙を指差して、うつむいて背中を向けて走り去ってしまった。怯えた様子で走りさったタワーに別に驚くこともなく、グレンはもらった紙を持って扉を閉めて席に戻る。
「大丈夫なんですか? あの人…… なんかすごく頼りないように見えるんですけど……」
席に戻るグレンにハモンドが声をかけた。グレンは少し驚いた様子で彼の問いに答える。
「あれ? ハモンド君は知らないんだ? タワーの真の姿を……」
「えっ!? あの人の真の姿って……」
「タワーさんは魔王軍との戦争で活躍した凄腕の暗殺者なんですよ」
二人の会話を聞いていたクレアがハモンドの疑問に答える。さきほどのタワーから想像できないクレアの言葉に、ハモンドは驚きの表情でクレアの話しを聞いていた。
「絶対に暗殺を成功させるタワーさんは魔王軍の幹部からは勇者以上に恐れられたんです。そして倒れたターゲットに胸の青いハンカチをかけて去っていくことから蒼色幽霊と呼ばれてました」
「蒼色幽霊…… 本当なんですか? あの人が……」
「えぇ。ターゲットの背後に音もなく現れて短剣で喉元を掻っ切り素早く離脱する。本当に幽霊みたいだったらしいですよ。今はちょっと恥ずかしがり屋さんの課長ですけどね」
ハモンドの反応にニヤリと笑ったグレン。彼は固まったままのハモンドの背後に忍び寄る。グレンは耳元に顔を近づけささやく。
「あーあ。情報収集課課長の悪口を言っちゃったね。きっと聞かれてるよ。今日の夜中ハモンドくんの枕元に短剣を持ったタワーが……」
「ヒィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
青ざめて悲鳴をあげたハモンド、その様子を見てグレンは笑っている。
「こら! ハモンド君を脅かさないの!」
ハモンドをからかうグレンをクレアが注意をした。子供に注意するように口をメッと動かすクレアに、グレンはまったくこたえておらず笑いながらハモンドの前にでて彼女に口を開く。
「脅しじゃないよ。注意するように警告したんだよ。だって相手は幽霊だぜ。気づいたらハモンド君の背後にー!」
低い声で手首を曲げて胸元に持っていきグレンは急に振り返った。ハモンドは驚いて体を硬直させまた悲鳴をあげる。
「ヒィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
怖くて後ろを見えないのかハモンドは悲鳴を上げながら、瞳だけを後ろに向かせようと左右に動かしている。
グレンはハモンドの様子を見てさらに笑う。さすがに怒ったクレアは目を吊り上げて両手を腰につけた。
「こーーーら! それ以上やるとお姉ちゃん怒りますよ! もう!」
「はいはい。わかったよ」
適当に返事をしたつまんなそうにグレンが席へと戻る。
「はぁはぁ…… 夜中にトイレに行けなくなったらどうするんですか!!!!!」
「大丈夫ですよ。タワーさんは今は冒険者ギルドの職員で暗殺はしてないですから!」
怯えるハモンドをクレアがなだめる。舌を出して笑いグレンは席に戻り、タワーから受け取った調査報告書に目を通す。
「短剣の柄と刀身の装飾に小さな文字が刻まれていたと…… 文字は遺跡からよく見つかる古代ノウリッジのもので…… 意味は全ての道は栄光の白金へと向かう。道に背きものには罰を与えん…… 意味がわからないな」
「ちょっと見せてください」
隣の席から手をだしたクレア、グレンが報告書を彼女にわたす。クレアは真剣な表情で報告書を読んでいた。
「タワーさんの予測だと銀の短剣の使用方法を間違えたら何らかの影響が出るみたいですね」
「正しい使い方ってなんだろうな? テオドールオオジカは喉に刺してたんだぜ。刺すのは短剣の正しい使い方だしな」
「自分から刺したんじゃないと思いますけどね…… それについては文字を全部書き写せたので学者さんに見せるみたいですよ」
二人が会話をしてるとまた扉が開いた。三人の視線が再び扉に向かった。今度は扉が開くとギルドの制服を来た女性がすぐに入ってきた。
「あっ! いたいた。よかった」
「ミレイユさん。どうしたんですか?」
入ってきたのは一階のカウンターで、受付を担当しているミレイユだった。ミレイユはクレアの机の前へとやって来る。
「ついさっきエリィとキティルが銀の短剣の返却を求めて来たのよ」
「あぁ。それで急に報告書をタワーさんが持ってきたんですね」
「そうなの。タワーさんにはそこまでちゃんと説明してって言ったのに…… 泣きそうな顔で戻ってきて自分の部署に戻っちゃったわ」
「うふふ。恥ずかしがり屋さんですから」
タワーの話にニッコリ微笑むクレア、グレンは関心をしめさずハモンドは少しだけ顔がこわばっていた。
「それでね。私が二人に売るのって聞いたら? キティルに売りませんってきつく言われて…… じゃなくて! なんでも銀の短剣の使い方がわかったから試すんですって」
「使い方がわかった? 二人はどんなことをするって言ってました?」
「ううん。詳しく聞こうとしたんだけどタイラーに止められたわ。まだ調査中だからって…… まったく……」
「それはしょうがないですよ。例えギルドの職員でも冒険者さんは手柄の横取りを警戒するものです」
クレアはタイラーに一定の理解を示す。ミレイユはクレアの反応に不満気な表情をする。
「何がしょうがないよ。報告書を読んだでしょ? 使い方を間違ったら悪いことが起きるかもって! だから二人を探して連れ戻して!」
顎に指を置いて少し考えてからクレアはミレイユに答える。
「うーん。それは困りますねぇ。わかりました。二人の場所はこちらでわかりますからこっそりと様子を見てきます」
「私はすぐに連れ戻してって言ってるんだけど……」
「ダメです。失敗も成功も見守るのが冒険者支援課ですからね。もちろん失敗した場合して危なくなったら私達が助けますから大丈夫ですよ」
「あんたは厳しいんだが、甘いんだが本当にわからないよね…… まぁいいわ。それじゃよろしくね」
「はい」
ニッコリと笑ってミレイユに返事をクレアだった。ミレイユは振り返り部屋から出ていった。彼女が出ていってすぐにクレアは隣にいるグレンに声をかける。
「グレンくん。話しを聞いてましてね。二人の居場所を出してください」
「はいはい」
返事をしたグレンはポケットから水晶を出して机の上に置く。魔法の水晶から光が伸びて、テオドール周辺の地図を映し出す。
「二人は南の砦に向かってるみたいだな。じゃあ行こうか」
「えぇ」
立ち上がった二人は出発の準備を始める。
「僕も! 一緒に行きます」
手を上げたハモンドが同行すると意思を告げた。クレアは残念そうに首を横に振った。
「ダメですよ。今から南の砦に行ったら寮の門限に間に合わないですよ。お留守番をお願いします」
「あぁ。多分すぐに戻れないからな。戸締りも頼む」
「そんな……」
修道士であるハモンドは門限を守らないといけない。そのため夜の二十一時以降はギルドの職員として行動はできないのだ。しょんぼりとうつむくハモンドだった。クレアとグレンは急いで準備を済ませて、冒険者ギルドから出て通りを町の南口を目指して進む。町の入口を目指して急ぐ、二人の背中に十八時を告げる鐘の音が届いていた。