第263話 引っ掛かり
グレン達は町外れにあるグレゴリウスが営む屋台へルドルフを連れて来た。屋台の前に四人掛けのテーブル席が四つ用意されていた。テーブル席の一つにオリビア、メルダ、クロースの三人が座りジャスミンの姿はない。
「ここに座ってくれ」
屋台の前に用意されたテーブルを指し、グレンがルドルフとレイナを座らせた。ルドルフとレイナがテーブルの向かいに座る。キティルとクレアはルドルフの背中側の席に座り、グレンは二人が席につくと屋台の前に行きグレゴリウスに声をかける。
「悪いな。ルドルフが料理を確かめたいって言うから食べさせてくれ」
「はーい…… レイナさんも居るのですね」
「あぁ。教会に居て勝手に付いて来た。あっちにも頼む」
「ふふ。わかりました」
コック帽子を被ったグレゴリウスが微笑みフライ返しをかかげ返事をするのだった。しばらくして料理が出来てグレンが二人の前に運んだ。
「むぅ…… これは……」
料理を食べて唸るルドルフだった。彼の横に座るレイナは料理を一口食べて目を輝かせていた。
「どうですか? お口に合いましたか?」
屋台からグレゴリウスがテーブルの前に来て、コック帽子を外しレイナに声をかけた。レイナはグレゴリウスを見て笑顔で声をかけた。
「すごい美味しいよ!!」
「えへへ」
「料理上手だね! えっと…… グっグレゴリウス君だっけ? グレン君」
美少女姿のグレゴリウスを見たレイナは心配でグレンに確認する。レイナはグレゴリウスとは直接話したことはないがグレンから名前だけは聞いていた。
「えっと……」
グレンは手を口に当てレイナの耳元で彼の事情を説明した。
「あぁ! そう言うことなのね。じゃあ私はエミリアちゃんって呼んだ方が良いね」
「もうどっちでもいんじゃね。なぁ?」
「そうですね。もう…… 呼びやすい方で良いですよ」
うなずくグレゴリウスを見てレイナはほほ笑む。
「ふふふ。かわいいなぁ。グレン君の小さい頃にそっくり」
「はぁ!?」
グレゴリウスを自分の小さい頃に似ているという、レイナにグレンは呆れて声をあげた。なぜ彼が声をあげたかというと……
「あーあ。あんなにかわいいのにすぐ大きくなって生意気になるのよね。こんな風に!」
「うるせえな。そもそもあいつは俺より年上だぞ!」
横に立つグレンの背中を叩くレイナだった。幼い少女のような見た目のグレゴリウスはグレンよりも年上で妻帯者である。
グレンとレイナのやり取りを見て、グレゴリウスは苦笑いをするのだった。彼は続いてルドルフの元へとやって来て声をかける。
「どうでしたか?」
「あぁ。とても美味いぞ」
食事の手を止めグレゴリウスの料理を褒めるルドルフだった。しかし、グレゴリウスに向けた彼の表情は眉間にシワを寄せ不機嫌そうだった。グレゴリウスは困惑したような表情を浮かべる。
グレンがあきれた顔でルドルフに口を開く。
「お前なぁ…… 美味いもん食ったならもう少しうまそうな顔しろよ。グレゴリウスが困ってるじゃねえか」
「うっうるさい!」
ルドルフはグレンに指摘され恥ずかしそうに声をあげる。しかし、彼の視界にグレゴリウスが困惑した顔をしているのが映る。ルドルフは慌ててグレゴリウスに口を開く。
「ほっ本当に美味かったぞ」
「はっはい。わかりました。ありがとうざいます」
笑顔でうなずくグレゴリウスに安堵の表情を浮かべるルドルフだった。
「味も福音派の者達の好みに合っている……」
「やった」
ルドルフはうなずき料理を褒めグレゴリウスは喜んだ。だが、彼はすぐにまた眉間にシワを寄せ真顔になった。
「だが…… 福音派を招くとなると少し問題がな……」
視線を向かいに座るレイナの向こうに見えるメルダへと向けた。メルダはすぐにルドルフの視線が自分にむけられたことに気づく。
「なっなによ! あたしが問題ってこと?」
「そうだ…… すまんな」
申し訳なさそうにうなずくルドルフだった。クレアが彼の背後から口を開く。
「それはメルダさんが魔族だからですか?」
クレアの言葉にルドルフはうなずき視線をまたメルダに向けた。
「あぁ…… 彼らは魔族を忌み嫌い同じ場所に居たがらない。しかも福音派の教義じゃなく。自分達の宗派が落ちぶれる原因を作ったいう逆恨みでな」
福音派は魔族を嫌っている。それはアーリア教の教義ではなく、魔王が侵攻により自分達が凋落したことへの逆恨みだという。ルドルフの言葉にメルダがすぐに反応する。
「なっ! なによそれ!! 私達がいまどんな扱いを受けているか……」
メルダ声をあげ心配そうにクロースとキティルが彼女へ視線を向けた。
現生主義派は魔族と和解をしノウレッジ大陸での融和を進めているが、魔王の娘だったメルダが奴隷となり娼婦に身を落としているように扱いは決して良くはない。さらにゴールド司教に取り入ったエスコバルのように非合法な仕事をこなす者も多い。
「すっすまない」
「えっ!? 別にあんたに謝ってほしいわけじゃ……」
ルドルフが頭を下げるとメルダは驚いていた。彼女は娼婦時代に神聖騎士の相手もしていたが大概は横柄で頭を下げられたことなどなかった。
グレンがルドルフにたずねる。
「じゃあ料理は問題ないんだな?」
「あぁ。まったくな」
「屋台にメルダはいなくても大丈夫か?」
グレゴリウスはグレンの問いかけにうなずいた。
「はい。元々お従姉ちゃんとベルちゃんの三人で回していた屋台なので大丈夫ですよ」
「じゃあメルダには悪いが福音派に食事を提供している間は外れてもらうしかないな」
「そうですわね」
オリビアの提案に残念そうにするクロースだった。皆から向けられる同情の目にやや強がった口調でメルダが口を開く。
「ベッ別にいいわよ。教会のやつらの相手なんかしたくもないし」
「すまんな……」
「だから謝らないででよ。なんか気持ち悪い」
ルドルフがまた頭を下げるとメルダが必死に止めていた。グレンはルドルフに声をかける。
「よし! じゃあこの広場に福音派のやつら連れて来い」
「あぁ。そうする」
うなずいたルドルフは立ち上がった。グレンは珍しくルドルフに近づき馴れ馴れしく肩を組んだ。迷惑そうな顔をグレンに向けるルドルフに彼は手を差し出した。
「紹介料はまけといてやるよ」
「ふん…… むしろこちらの貸しが多いのだが? あぁ。そういう相談はレイナさんにすれば良いか?」
「チッ! 黙れ! クソ!」
にやにやと笑うルドルフ、グレンは悔しそうに舌打ちをして彼の肩から手を離す。グレンはグレゴリウスに頭を下げ福音派の人たちを呼びに戻るのだった。レイナもルドルフと一緒に教会へ戻って行った。
二人を見送ったグレンは大きく背伸びをしグレゴリウスに声をかける。
「さて…… じゃあ後は頼んだぜ」
「お願いしますね」
「グレンさん達はどこへ行くんですか?」
立ち去ろうとするグレンとクレアにキティルが声をかける。
「私達はジャスミンさんと合流してガーラム修道院の周辺を探ってみます。何かわかるかもしれませんからね」
グレン達はガーラム修道院へと向かうという。
「じゃああたしはあんたらに付き合うわ。何もしないで宿に籠るのも嫌だし。良いでしょ?」
「はい。一緒に行きましょう」
メルダがグレン達に同行を申し出た。クレアはうなずいてすぐに了承する。話を聞いていたキティルが手をあげた。
「えっ!? なら私も!」
「あんたはダーメ! 別に福音派に嫌われてないんだから! それに三人だけだと交代で休憩したりできないでしょ」
「うぅ……」
キティルも続いたグレン達に付いて行こうとしたが、メルダに即座に止められるのだった。グレンの方を向いてキティルはしょんぼりとうつむき残念がるのだった。




