第262話 悩める聖騎士
ツリーローダーの中央にある教会の扉の前で、鎧に身を包んだルドルフとウォルターが立っている。ウォルターは扉をチラチラと気にして、ルドルフは腕を組み村を行き交う人々を見つめている。
ウォルターが扉をみながらつぶやく。
「彼らはなんでガーラム修道院に滞在されないんですかね……」
「なんでも現生主義派の聖者の復活日を参考にするそうだ」
不機嫌そうにルドルフが、腕を組むのをやめ視線を聖堂の扉に向けた。
扉の向こうの聖堂ではルドルフが案内する、福音派の十数人が朝の祈りを捧げていた。
「その割には文句ばかり言っているような……」
「ふっ。そうだな」
「はぁ…… 今日の食事をどこに手配すれば良いんだろう…… 小さな村だから食堂なんかそんなにないのに……」
頭をかかえるウォルターにルドルフは苦笑いをしていた。福音派は食事や宿などルドルフ達への要求が多く彼らは頭を悩ましているようだ。
「おはようございます!」
元気な声がして二人が振り向いた。教会に向かってレイナが歩るきながら彼女は両手を元気に振っていた。
「おはよう」
「おはようございます」
ルドルフとウォルターがレイナに挨拶を返した。二人の前で立ち止まり、レイナは二人を見てから教会の扉に視線を向けた。
「お二人がいるってことは……・ 中に……」
「あぁ。福音派が使用中だ。もう少し待った方がいいぞ」
「そうします。なぜか恨まれてますから」
舌を出して頭をかく仕草をするレイナに、ルドルフは苦笑いをするのだった。ミストゴブリンとの一件で彼女は福音派から目をつけられている。
ウォルターが教会の前にいるレイナを見て口を開く。
「レイナさんはきちんと毎日礼拝にいらっしゃるんですね」
「もちろんですよ。薬師は山や海から恵みをもらう者。アーリア様への感謝をおろそかにできませんよ」
鞄を見せて得意げな顔をするレイナだった。ルドルフはそんなレイナを見て笑顔でうなずく。
「素晴らしい。君の弟は教会に近づきもしないのにな」
「はぁ…… でしょうね。実家にいた頃は私が引きずって教会の礼拝に行ってましたよ」
ため息をついてレイナは首を横に振った後に懐かしそうに笑った。
「でも、良いんです。グレン君が行かない分私がいっぱいアーリア様に祈るんで!!」
「ふふっ。そうか」
腕をまくる仕草をするレイナにルドルフは笑ってうなずくのだった。
「えぇ! 不出来な弟のために頑張ります!」
ルドルフに向かってうなずきレイナは胸を張り得意げな表情を浮かべるのだった。ハッとしてレイナは何かを思い出し話を続けていく。
「あっ! そうそう。でも一時期だけグレン君が足繁く教会に通ってた時期があるんですよ」
「ほう…… あいつがか!? 珍しいな」
グレンの昔話にルドルフが珍しく食いついた。彼女はグレンの話を聞いてもらって嬉しいのか饒舌に話をし始めた……
「ダイアっていうグレン君の幼馴染が神官見習いになって……」
信仰の薄いグレンが教会に通った、理由は彼が惚れていたダイアが神官になったからだった。
「おい!!!! レイナ姉ちゃん!」
背後からグレンの怒鳴り声が聞こえ慌てて振り向くレイナだった。すんでのところでグレンの過去の傷はえぐられずに済んだ。ルドルフは話を遮られ顔をしかめた。
「へっ!? グレン君? どうしたの?」
振り向いたレイナに不服そうに口を尖らせたグレンの姿が映る。彼の横にはクレアとキティルが立って居た。キティルは聞き耳を立てクレアは不満げにグレンに冷たい目を向けていた。
「どうしたのじゃねえよ。余計なこと言いやがって! まったく……」
「えぇ!? 余計なことじゃないよ…… 何よ…… 女のために教会に通うのが悪いんじゃない」
「キッ!!!!」
ぶつぶつと言うレイナをグレンは睨みつけた。彼女はシュンとして黙ってしまった。
「ちょっと聞きたかったのに…… 止めないでくださいよ。グレンさん!」
「そうですよ。私も聞きたかったのに……」
「なっなんだよ! 二人まで!」
話を聞きたかったキティルとクレアは残念そうにしていた。グレンは二人に顔を向け眉間にシワを寄せていた。
シュンとしてレイナだったがめげずにグレンに顔を向け笑った。
「はっ! もしかして寂しくてお姉ちゃんに会いに来てくれたの?」
「はああああ!? ちげえよ。レイナ姉ちゃんこそこんなことで油売ってねえで仕事しろよ」
顔をしかめ盛大に声をあげてグレンは手でレイナを払う仕草をした。レイナはグレンに怒りだす。
「なによ! 朝のお祈りに来たの! もう! 薬師は仕事の前にお祈りをして感謝するって教えたでしょ!」
「はいはい。もういいよ。俺はこっちに用があるんだ」
適当にレイナをあしらい彼女は背中を向けルドルフたちを指した。レイナは不服そうにグレンの背中に向かって舌をだしていた。
ルドルフはグレンに指さされて驚いた顔をする。
「私達にか? なんだ?」
「福音派の食事に困ってないか?」
「えぇ!? どうしてそれを!?」
グレンの問いかけにウォルターが反応した。ルドルフが視線を動かし静かにウォルターを睨みつけた。
「すっすみません」
「ふぅ」
首を横に振り視線をグレンに戻すルドルフだった。ルドルフとウォルターのやり取りを見てグレンは吹き出した。
「プっ。困ってるみたいだな」
「まぁな…… 客人がわがままなんだ。それで貴様がどうやって解決してくれるんだ?」
「良い屋台がある。紹介してやるよ」
得意げな顔でグレンは胸を叩く。ルドルフは眉間にシワを寄せ目を細め疑った顔でグレンを見た。
「屋台? 本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫だと思うぜ。店主はオリビアの旦那だからな」
「なっ!? そうか。なるほどな。彼の腕なら奴らも満足するだろう」
顎に手を置いてルドルフは納得した顔をした。ガルバルディア帝国のルドルフはオリビアの夫がグレゴリウスであることは知っており、彼がシェフギルドの免許を取得できるほど腕が立つ料理人であることも理解していた。
ルドルフはウォルターに顔を向け口を開く。
「ウォルター…… 彼らの相手を頼む。グレン! 私をその店に連れて行ってくれ」
「わかった。付いて来い」
うなずくグレンの横でウォルターが驚いた顔をしてルドルフを見た。
「えっ!? すぐに行かないんですか? 朝食をその店にすれば……」
「まず私達が確認しないとな。利用するのその後だ」
「そんなぁ……」
嘆くウォルターにグレンは笑っている。グレンたちはルドルフをグレゴリウスの屋台へと連れて行くのだった。通りを歩くグレンたち、キティルとクレアが先頭で彼女らにルドルフがついて行き最後尾にグレンが続く。歩いていたグレンが立ち止まりいきなり振り向いた。
「あっあの!」
「なあに?」
グレンの一メートルほど後ろをレイナが笑顔で歩いていた。声かけられた立ち止まり、彼女はグレンと目が合うと嬉しそうに笑顔で手をあげた。
「何じゃないよ。なんでレイナ姉ちゃんが付いてくるんだよ!」
「えぇ。だって美味しい屋台があるんでしょ! 一緒に行きたいじゃん。ダメ?」
「だっダメって……」
首をかしげグレンを見るレイナだった。姉にねだれると弱いグレンは困惑した表情を浮かべていた。助けを求めようとグレンはクレアに顔を向けた。だが……
「良いんじゃないですか? グレゴリウスさんの料理を食べてもらうだけですから」
「そうですね…… それにグレンさんのお姉さんお話を聞きたーい!」
「だからそれが……」
クレアとキティルがレイナを連れて行くことに賛同した。グレンは嫌そうに渋っている。ハッと目を大きく見開いたグレンはあることに気づいたニヤリと笑った。
「ほら! レイナ姉ちゃん! 朝の祈りがまだたろ? 教会に戻った方がいいんじゃない」
「残念でした! 朝の祈りができない時は出来る時に二回祈れば良いんですー」
「へっ!?」
嬉しそうに笑顔で答えるレイナにグレンは変な声をあげた。レイナは手を叩いた。
「はい! 決定! じゃあ行こう! クレアちゃん、キティルちゃん!」
「あぁ! もう待て!」
レイナは勝ち誇った顔でグレンの横を通り過ぎて行き、クレアとレイナの背中を押して先に行った。グレンはレイナに待つように叫んだ。
「べーだ! だいたいお祈りの仕方は実家に居る時に教えたでしょ! まったく不出来な弟だわ」
「クックソ」
振り向いてレイナはグレンに向かって舌を出し二人の背中を押していくのだった。ルドルフとグレンの男二人は取り残された。
「お前も大変だな」
「うるせえ」
グレンの肩に手をかけルドルフが声をかけた。肩に置かれた手を振りほどいて叫ぶグレンだった。




