第26話 白金郷
城壁から下りてきたキティルとメルダ。嬉しそうにエリィが笑顔で、キティルの元へと駆け寄って来て抱きついた。
「やったー! さすがキティル!」
「ううん。エリィが詠唱時間を作ってくれたおかげだよ」
抱き合って喜ぶ二人、エリィに褒められたキティルは頬を赤くして恥ずかしそうに首を横に振って答える。二人の間ビーロがやってきて割り込んだ。
「ねえ。君が使ったの上級炎魔法のヘルファイアだろ!? どうして冒険者になったばかりの君が使えるんだ?」
「えっ!? それは……」
興奮気味にキティルに話しかけるビーロだった。キティルは彼の声の大きさに驚いて萎縮してしまう。キティルが使用したのは地獄の業火で敵を焼き尽くす上級炎魔法ヘルファイアという。魔法は初級、中級、上級と別れており中級までは魔法の才能があれば訓練することで習得可能だ。上級魔法は精霊に才能と実力が認められ、特別な契約を結べる者のみ使えるため使用者はごく限られている。
「えへへ。すごいでしょ。彼女は炎魔法が得意で魔法学校で一番だったんだから!」
委縮してしまったキティルの代わって、得意げにエリィがビーロの問いに答える。
「さすがだな…… 初心者でテオドールオオジカを倒せるわけだ……」
感心するビーロに恥ずかしそうにキティルは首を横に振った。
「すっすごくないですよ…… 私は火の魔法しかうまく使えなくて…… 他は落第だから自慢できることじゃ……」
キティルが卒業した魔法学校は、火、水、風、土、木、月、光、闇、の八大精霊が司る八つの属性魔法を学べる。一つの属性に特化した魔法使いは珍しくないが、魔法学校では全属性で一定の成績を求められる。
火属性の魔法の成績は歴代でもトップに近いキティルだったが、他の属性の成績は全て落第だった。魔法学校は彼女の炎魔法の実力を認め特例として卒業をさせたのだ。
うつむいて自信なさげにしてるキティル、横に居たメルダが彼女の肩に手をおき声をかける。
「そんなことないわ。一つでも得意な属性魔法があればいいのよ…… むしろ歴史に名を刻むような魔法使いは得意な魔法を突き詰めて研究して成功した人が多いわ」
メルダの言葉にキティルの表情は明るくなり顔をあげた。だが、すぐにメルダは厳しい表情をしてキティルを見た。
「でもね。今日のあなたは最悪よ」
「えっ!? そっそんな……」
最悪と言われたキティルはショックを受けたようで、顔を青くしてまたうつむいてしまった。
「どうしてよ! キティルのおかげでオーガに勝てたんだよ! ひどいこと言わないで!」
キティルを最低と言われたてりぃはメルダに食ってかかる。メルダはエリィの方に顔を向けて静かにうなずいた。
「もちろん。私達は苦戦していたしオーガに勝てたのは彼女のおかげよ」
「じゃあ最低じゃ、ないじゃない! キティルに謝って!」
「エッエリィ…… いいよ」
眉間にシワを寄せエリィはキティルを指してメルダに謝罪をするように求める。エリィは仲間を守ろうと必死だった。小さく息をはきメルダはエリィに失望したような顔を向けた。
「わからないの? 私達は彼女の実力を教えてもらってなかった。最初からキティルの力が分かってたらビーロもタイラーも怪我をせずに彼女の魔法を活かす戦い方が出来たはずよ」
「うっ…… それは……」
淡々とした口調でエリィにメルダが話す。彼女の言うことももっともだ。キティルが使える魔法を正直に伝えていればビーロとタイラーが危険を冒す必要はなかった。
うつむくエリィの肩にタイラーが手を置いてメルだとエリィの間にはいった。
「まぁいいじゃないか。二人はまだ初心者だ。自分に自信がないんだろう」
「タイラー…… そうね。言い過ぎたわ。ごめんね。キティル」
「いえ…… えっ!?」
キティルに謝るメルダだった。キティルはうつむむき小さく首を横に振り彼女に答える。キティルの前に立ったメルダが彼女の両肩に手を置いた。驚いたキティルが顔を上げてメルダを目が合うとメルダは静かに口を開く。
「今度から組む人間には自分が何が出来るか詳細に伝えなさい。私達は一時的とはいえ一緒に冒険して命を預けあうのよ。信頼がなきゃいい仕事はできないわ」
「はい…… 気をつけます」
緊張と自分への失望からキティルは、目に涙をためてやや声を震わせて答えた。メルダはキティルの言葉を聞いてニコッと笑い両肩から手をはなす。
「まっ偉そうなこと言ったけど。実は私も昔同じことをして冒険者の先輩に怒られたんだけどね……」
両手を空に向けて肩をすぼめてメルダがおどけて話す。キティルとエリィは彼女の態度に自然と笑顔になり、タイラーは少しホッとした表情をした。
「おい! メルダ、タイラー! さっさと見に行こうぜ! あそこにあるんだろ?」
メルダ達から少し離れたところに立つ、ボルリノが砦の正門から見て一番奥にある建物を指して叫んだ。
「わかったわ。行きましょうタイラー、ビーロ」
うなずいてボルリノに返事をしたメルダがタイラーとビーロを連れていく。残されたエリィとキティルは、わけが分からず首をかしげていた。
「あなた達もいらっしゃい。良いものを見せてあげるわ」
建物の前で振り返ったメルダが振り返り二人を手招きした呼ぶ。二人は顔を見合わせてメルダ達の元へと向かうのであった。
建物は木の大きな扉が閉ざされ、壁や屋根がところどころ崩れている。エリィ達六人は協力して扉を開け建物の中へと足を踏み入れた。中は灯りがなく真っ暗だったがすぐにボルリノが松明を出して照らす。
扉の向こうは二階まで吹き抜けの広い玄関ホールになっていて、正面に大きな扉があって扉の両脇に二階へ上がれる階段がある。人骨や魔物の骨も転がっている荒れた砦の中に、不安になったキティルがメルダに声をかける。
「メルダ…… 何があるの?」
「そうだよ。もうオーガを倒したんだし報酬をもらいに戻ろうよ」
心配そうに周囲を見つめ、帰ろうという二人にメルダは笑って答える。
「冒険者ギルドの報酬なんかよりもすごいものよ。大丈夫。ほら! すぐそこよ」
正面の大きな扉を指してメルダがはずんだ声をだす。タイラーとビーロとボルリノの三人が正面の扉まで駆けていき開けた。キーと言う金属が擦れる音がしてゆっくりと扉が開いていく。
「さぁ行きましょうか」
メルダが一歩前に踏み出して、二人に手を伸ばした。エリィとキティルは緊張した面持ちで顔を見わせて前へ歩き出した。扉の中へと入った。中はまた広い部屋で、タイラーとボルリノが松明を持って薄っすらと明るくなっていた。
「なに…… これ……」
キティルが視線を上に向けてつぶやいた。部屋の大きな四角い石柱が立っていた。石柱の根本には小さな台座がおかれ、石柱の正面には青い宝石のような石が埋め込まれていた。
部屋の天井はドーム型で玄関ホールと違って灰色の石ではなく、青色のレンガが積まれて作られていた。
「愚かな初期開拓民はこれの上に砦を築いたのよ。おかげで探すのに手間がかかったわ」
石柱を見ながらメルダが二人に話す。エリィとキティルはジッと静かにオーガよりも大きい石柱を見上げていた。先に我に返ったエリィがメルダに口を開いた。
「なっ何なんですか? これ?」
「銀の街道の起点よ。この起点に鍵をさせば白金郷へと導いてくれるわ」
「「白金郷!?」」
エリィとキティルの声が揃った。驚く二人にメルダが話しを続けていく。
「そう。白金郷はノウレッジに存在すると言われる伝説の町よ。建物以外にも公園やお城なんかもプラチナで出来ていて噴水からは永遠に金貨が降り注いでいるらしいわ。その金貨を使えばノウリッジ…… ううん。世界を買えるのよ」
楽しそうに話をするメルダだった。エリィとキティルは彼女の話しに驚き、反応ができずに黙って聞いていた。
「元々はこの大陸を発見した冒険者達は白金郷を求めてやってきたの。でも、魔族と人間の戦争の混乱でその理念は失われた」
真剣な顔でメルダは石柱を見上げた。キティルはメルダの顔を見た、決意に満ちた彼女の表情はどこかさみしげ見えた。
「私達はこれを使って白金郷への道を見つけるわ。どう? ワクワクするでしょ? まだ誰も到達したことない白金郷への道を私達が最初に進めるのよ」
弾むような声で話しをしたメルダはグッと拳を握った後、エリィとキティルの方を向いた。
「でも、さっきの話だと鍵が居るんですよね」
「それは……」
少し間を開けてからメルダは話しを続けた。
「あなた達が持ってるわ。テオドールオオジカから出た銀の短剣よ」
「えっ!? あの銀の短剣が鍵なんですか?」
驚くエリィとキティルにメルダは笑顔でうなずいた。
「エリィ、キティル…… ここに銀の短剣を持ってきてくれない?」
「えぇ!?」
驚いて声を出したエリィがチラッとキティルを見た。エリィは特に思い入れはないが、キティルは銀の短剣はグレンからもらったものということで固執していた。キティルは驚いて黙っている。メルダはエリィの視線を見て、キティル個人へ問いかけた。
「ダメかしら?」
「えっと…… それは……」
キティルは困惑して黙ってしまった。突然のことで彼女は驚き、すぐに考えがまとまらないのだろう。
「メルダ。二人に突然そんなこと言っても困るだろう」
「あら? 私は二人にお願いしてるだけよ」
「もう…… エリィさん。キティルさん。僕からもお願いします」
タイラーも二人に懇願した。エリィはキティルの袖を引っ張ってタイラー達に背を向かせ、自分は顔だけまたタイラー達の方へ振り向く。
「すみません。二人で少し話しをさせてください」
「えぇ。どうぞ」
笑ってうなずき手を前にだして、タイラーは二人に話し合いをするように促した。
二人は顔を近づけ聞こえないように小声で相談を始めた。
「どうする? キティル? 私は信じられないけど…… もし本当だったらすごいと思う。だから持ってきてもいいと思う」
「うーん…… 私もちょっと見てみたい…… でも、あの短剣は……」
心配そうな表情をするキティル、エリィは長い付き合いなので彼女が何が心配なのかすぐ把握した。
「わかった」
うなずいてエリィが振り返った。メルダと目をあわせてエリィは彼女に口を開く。
「銀の短剣は返してもらえます? 無くなったりしないですよね?」
「えぇ。石柱の台座に鍵を挿すだけよ。道が標されれば抜いてあなた達に返すわ」
笑顔でうなずくメルダ、エリィは彼女の答えを聞いてまた振り返って背中を向け小声でキティルと話しを始める。
「返してくれるってさ」
「そう…… なら私も貸してもいいと思う。メルダさんはなんとなく信じられるし……」
「わかったわ。じゃあ! 決まりね」
「うん!」
二人は顔を離して同時に振り返った。タイラーとメルダに向かってエリィが返事をした。
「銀の短剣を持ってきます」
メルダとタイラーは二人の回答にホッとした表情をした。
「ありがとう。頼むわね」
「短剣は冒険者ギルドに預けてるので取りに行ってきます。明日の夜くらいになると思いますけど……」
「構わないわ。タイラー! 一緒に行ってあげて」
「わかった」
タイラーは胸を拳で軽く叩いて返事をした。二人はタイラーが付き添うことに驚いた。すぐにエリィが首を振ってタイラーとメルダに答える。
「冒険者ギルドに行くだけだから私達二人で大丈夫ですよ」
「いいのよ。道中のあなた達の護衛よ」
「そっか…… ありがとうございます。気遣ってもらえてよかったね。キティル」
「うっうん…… ありがとうございます」
笑顔でメルダが答えた。護衛というのはメルダの本心だが、タイラーは二人がちゃんと銀の短剣を持ってくるのか監視も兼ねている。エリィとキティルはそれに気づかずにメルダに礼を言い、タイラーと三人で砦を後にするのだった。
砦の建物扉で、三人を見送ったメルダに背後からボルリノとビーロが近づいてくる。
「なんで手間をかける? 場所は分かってる。盗み出せばいいじゃないか」
「そうだ。もうあの二人にだって下手にでる必要もないのでは?」
振り返ってメルダは首を横に振りあきれた表情で二人に答える。
「あんた達は本当にバカね…… ここは始点よ。終わりじゃないの。白金郷の入り口である銀の凱旋門を見つけるまで、目立った行動はするべきじゃないわ。ましてや冒険者ギルドに盗み入るなんて……」
メルダの言葉に少しボルリノとビーロはムッとした表情をした。
「そうかい。だがうちのボスはそこまで気長じゃないと思うがね……」
「あぁ。いざとなったらお前らごと切り捨てるからな」
不満そうに吐き捨て、ビーロとボルリノはメルダから離れていった。
「チッ!」
二人の背中をにらみつけメルダが舌打ちをするのだった。