第257話 長い旅の始まり
カイノプス共和国の首都から遠く離れたカリブア島。
三角形に似た小さな島には人口が百人満たない村が一つあるだけだ。村の主な農業と漁業で特に温暖な気候で育つカリブアアーモンドが有名であり、収穫期には買い付けに首都からたくさんの商人が訪れる。
島にある村の名前はグリーンパール村、クレアの故郷だ。名産のアーモンドの実が緑に輝くことから村の名前は付けられている。
魔王との激戦が続いた時代でも辺境のグリーンパールでは穏やかな時間が流れていた。そんなある日……
「こっちだ!」
「まっ待って下さい」
十歳くらいの少女が走る十五歳くらいの青年を追って教会の前へとやって来た。
濃い茶色の髪を後ろに結び目は丸く青い瞳をしてほっぺたはプニっとした可愛らしい少女だ。彼女は黒い革のブーツに足首までの青いスカートを履き白いシャツの上に鉄の胸当てを装備し、幅の広い帽子を被り腰に短い剣をさし手にはバックラーを持っていた。少年は緑の色の瞳に黒い短い髪をしている。少女と同じような恰好をしているが武器は違い大きな大剣を背負い盾は持っていない。
二人は十三年前のクレアとウォルフだ。
「あれはなにをしているのですか? ウォルフ兄さん?」
教会は聖堂の扉が開き村人が列をなしていた。クレアは列を見てウォルフに問いかける。
「ギントから聖女オフィーリア様からの使者が来たんだ。勇者候補を探しているんだよ」
教会の列は村人を見定め勇者候補を探すためのものだった。熾烈を極める魔法軍との戦いを終わらせる勇者候補を探しは辺境の村まで及んでいた。
「僕は勇者候補になって…… 聖女オフィーリア様のために……」
目を輝かせ列を見つめウォルフは腰にさした剣の鞘を掴む。彼のクレアは自身なさげにうつむいていた。
「私は…… なれるわけないですね……」
「クレアは筋が良いって父さん言ってたよ。もっと自信を持ちなよ」
優しくほほ笑みウォルフはクレアの肩に手を置いた。クレアは頬を赤くしていた。
「むっ無理です…… だって私…… 剣を習って一週間ですもん……」
ウォルフは村を守る兵士の息子で父親が指揮する自警団の副団長を務めていた。クレアは十歳を迎え家業を手伝いながら自警団に所属し剣の稽古をウォルフの父親から受けていた。
列が進み教会の聖堂の中へ二人は入った。聖堂の祭壇の上に机が置かれ、椅子に座った中年の男性が村人と対面していた。祭壇の前に修道士が一人立って案内をしている。
中年男性が勇者候補の検査をしているようだ。検査を終えた村人の一部が野次馬で聖堂のベンチに座っている。
祭壇の前にウォルフとクレアがやって来た。二人の背後を見た修道士が残念そうにつぶやく。
「君達で最後か…… ふぅ……」
ため息をつく修道士だった。クレアとウォルフが最後だった。彼の反応からグリーンパール村に勇者候補が出ていないことは明白だった。
「でも…… うん! 君なら…… もしかして……」
修道士がウォルフに期待した視線を向けた。端正な顔立ちにしっかりとした体格を持つ、ウォルフは勇者の風格が漂っている。聖堂に居る村人たちもウォルフへ期待しているようだ。村人たちはウォルフが検査をうけいるのを見るために残っていたようだ。
「おっお願いします」
緊張した面持ちでウォルフが祭壇に上がり、机の前で頭を下げた。椅子に座った中年男性がニコッとほほ笑みウォルフを見上げた。彼は短い銀色の髪に黒の瞳に切れ長の目をして鼻の高い優しそうな男だった。中年男性の服装は修道服だがどこか俗っぽく修道士には見えなかった。
「じゃあ手を出して……」
指示通りにウォルフは右手を机の上に出した。中年男性は彼の右手に左手を置き右手を二人の手の上へと持って行く。中年男性の右手にはチェーンが垂れ先に青くモフモフした球体が付いている。
期待した目で球体を見つめるウォルフに中年男性は優しく声をかける。
「勇者候補になりたいのかね?」
「はっはい! 以前ギントで聖女オフィーリア様を見かけて…… それで……」
「ふふふ。そうか……」
顔を真っ赤にするウォルフを見て中年男性はほほ笑んでいた。直後に彼の目は鋭くなり手の上に持って行った球体をジッと見た。
「君は…… うん。まだだね…… これからも精進しなさい」
「えっ!?」
チェーンが付いた青いモフモフした丸い球を見て、笑顔で男性はウォルフに声をかけて彼の手を離した。男性の言葉に驚愕の表情を浮かべるウォルフ、自分が勇者候補ではなかったことにショックを受けているようだ。うつむいて悔しそうに肩を震わせるウォルフ、祭壇の下に居た修道士は彼の背中に失望の視線を送る。その横で心配そうにクレアがウォルフを見ていた。
「申し訳ない。次の人がいるのでどいてもらって良いかな」
「あっ……」
祭壇の下に立つクレアを指す中年男性、彼の表情はウォルフへと憐みがにじみ出ていた。ウォルフは祭壇へ上がった時の目の輝きはなくなり意気消沈して横にずれた。
「待たせたね。こちらへどうぞ」
中年男性は手招きをしてクレアを呼んだ。クレアは平然としてすぐに祭壇へ上がり机の前に立つ。
「じゃあ手をだして」
「お願いします……」
クレアは指示通りに右手を中年男性の前に指し出した。ウォルフの時と同じように中年男性は左手をクレアの手に重ね右手の球体を上に持って行く。
球体が揺れわずかに青く光りだした……
「…… !!!!」
目を大きく見開き中年男性はクレアに視線を向けた固まった。彼が持つ球体が激しく揺れ青く強く輝きだしたのだ。クレアと中年男性の頬が開く照らされすぐに光はおさまった。強烈な光を放った青い球体に聖堂にいた人間の目は祭壇へ釘付けになっていた。
「どっどうしたんですか? ジーガー卿?」
祭壇を見ていた修道士が我に返り中年男性に声をかけた。
ちなみに中年男性はクロースの父親でジーガーという。手に持っているのチェーンがついた青くもこもこした柔らかいまんまるの球体は蒼眼の発掘人だ。
この後にジーガーは勇者候補を探し中に魔物に襲われ亡くなり、跡を継いだクロースの手によって蒼眼の発掘人は耳飾りに加工された。
「ソッ聖剣大師…… 聖剣大師だ!!! かっ彼女は勇者候補だ!」
クレアの手を強く握りジーガーは大きな声をあげた。興奮するジーガーに修道士は呆然としていた。勇者候補は各町に一人か二人程度は見つかるのでなぜ彼が興奮しているのかわからないのだ。
「すぐにオフィーリア様へ連絡を!!!」
「えっ!? でもただの候補の一人ですよね……」
「何をいうか!!! 彼女は第一級の勇者候補だ!!! すぐに連絡をしろ」
「はっはい!」
ジーガーが強く叫ぶと修道士は慌てて祭壇横に扉から教会の奥へと向かって行った。聖堂は騒然としていた。ジーガーは蒼眼の発掘人を机に置きクレアの手を両手で強く握りしめた。
「君は勇者候補だ…… すぐに聖女オフィーリア様に会いにギントへ向かうんだ」
「でっでも…… 私は…… 勇者なんか……」
自信なさげにうつむくクレアだった。彼女はジーガーから逃れようと手を引こうとしていた。しかし…… ジーガーは彼女の手を強くつかんで離さない。
「申し訳ない…… 君に選択する権利はないんだ。断れば家族とも反逆者として扱われ投獄だ」
低い声でジーガーがそう告げると、クレアは黙ったままうつむくのだった。ジーガーは悲し気に彼女をみつめ静かに手をはなす。
「あっ……」
しばらくクレアは動けないでいたが、視界にウォルフを見つけると動き出した。彼の元へと必死に歩いていくクレアだった。いきなり勇者候補という重圧に、十歳の少女だったクレアは押しつぶされそうだった。クレアは幼馴染のウォルフに自分の気持ちを聞いてほしかった。
「ウォル……」
「クレア! よっ良かったな…… 僕も鼻が高いよ」
途中でクレアの言葉を遮りウォルフは顔を引きつらせながら彼女を祝った。クレアは何とか自分の気持ちを聞いてほしくさらに口を開く。
「えっ!? でも…… 私が勇者なんて……」
「明日…… ギントに向かうのか。寂しくなるな…… !!」
「あっ…… あの……」
ウォルフはハッとしてクレアから背中を向けにやりと笑った。背中を見せられたクレアは黙ってしまうのだった。
翌日…… グリーンパールの港。停泊した帆船の甲板で寂しそうに村を見つめたたずむクレアが居た。勇者候補となった彼女はカイノプス共和国の首都ギントへ向かい聖女オフィーリアと謁見するのだ。
「大丈夫か?」
「はっはい」
背後から近づいて来たウォルフがクレアに声をかけた。振り向いたクレアは嬉しそうに笑い頬をほんのりと桜のようなピンク色に染め返事をした。
「ウォルフ兄さんが一緒に来てくれて心強いです」
「えっ!? あぁ…… 大事な勇者候補だしな。村で一番腕の立つ人間を護衛に付けるのは当たり前だろ」
「うん。そうですね……」
「それに途中から神聖騎士団も合流するみたいだ」
村と反対側に見える広がる海へ視線を向けるウォルフだった。その表情には悔しさがにじんでいる。クレアは彼を見て目を輝かせる。クレアは勇者候補に選ばれ首都に行くのは不安だったが、幼馴染のウォルフが一緒で嬉しく心強かった。彼女は兵士として活躍するウォルフに憧れ淡い恋心を抱いていた。
「そろそろ出発しますよ。ギントまでは私も一緒にです」
ジーガーがクレアに頭を下げた。勇者候補となったクレアはカイノプス共和国の首都ギントへ向かうのだった。




