第250話 森を別つもの
木の天井がグレンの視線に映っている。ここはジャスミンが手配ツリーローダーの宿の部屋で、ベッドと机だけのシンプルな構成をしていつ。食事を終えた彼はベッドに寝転がって、呆然と天井を見つめていた。
ふとグレンは天井を見つめたままつぶやく。
「三度目の正直だな……」
「えぇ。普通の宿ですね。幽霊さんもカウンターからも遠くありません」
「ただ…… 狭いけど…… これで二人部屋なんだからな……」
グレンが体を横にむけるとそこには…… 顔と顔を突き合わせような至近距離にクレアの顔が見える。ジャスミンが用意した部屋は、ベッドはやや大きいのが一つと棚が置かれているだけだった。ジャスミンからはこの部屋は二人用と言われたのだが、扉とベッドの脇にわずかなスペースがあり窓も小さく狭く一人でも狭く感じるような部屋だった。
ちなみにここは冒険者ギルドが併設されている宿の裏手にある宿屋だ。併設されている宿は安く利用できるため冒険者用に空けておく必要があり。職員にはさらに安い宿を割り当てているのだ。
「ふふふ。でもグレン君が近いからすぐにギュッと出来て暖かいですよ」
「わっ」
クレアがグレンの胸に抱き着いた。先ほど狭いと愚痴ったグレンだが実は…… 二人は普段一人用のベッドに二人で寝ているためこの宿のベッドは苦にならないのだ。
いきなり抱き着かれて驚くグレン、クレアは顔をあげ彼の頬に手を置くと自分の唇を近づけキスをした。いつもよりも長めで激しいキスをするクレアだった。ゆっくりとクレアが離れていく、彼女の目に映るグレンは驚き唖然としていた。
「どっどうした? なんか今日はいつもより……」
「別にです……」
「そうか……」
両腕を広げてグレンは静かにクレアを抱きしめた。大きな彼の腕に抱かれクレアは幸せそうに笑うのだった。グレンの左手は彼女の腰に伸び裾を掴んで引き上げる。布団の中でクレアのパジャマの裾がまくり上がり黒い下着があらわになる。グレンの手はそっとクレアの腰から下へと動いた。必死な様子で自分の体を障るグレンにクレアは優しくほほ笑んだ。
「ふふふ……」
「なっなんだよ……」
「別にです」
グレンの頬にキスをしたクレアはグレンの胸に顔をうずめるのだった。二人は強く結ばれあって夜を超えるのだった。
翌日の早朝。グレンとクレアとジャスミンは宿の前に立って居た。
「村の入り口で待ってるでござる」
「えっ!? わっわかった」
自信ありげに胸を叩いて、ジャスミンは二人に村に入り口で待つように伝え走り去って行った。
「わっ!?」
走ってすぐにジャスミンはこけた…… 顔が地面に当たる前にとっさに手を付いて尻を上に向けた姿勢のジャスミン、スカートの裾が乱れむっちりとした太ももの間から緑と白の縞柄下着が覗いていた。
「いつつ…… はっ!!」
痛がりながらとっさにスカートの裾をなおし立ち上がると顔を真っ赤にし、恥ずかしいのか二人に振り返ることなく走って行った。
「大丈夫かな……」
「えぇ……」
駆けていくジャスミンの背中を見て二人は不安な表情を浮かべるのだった。
グレンとクレアは村の入り口まで移動し、ジャスミンを待っていた。花で装飾された道を避けて入り口の脇に二人は立っていた。
祭りが近づいているせいか村を出入りする人は多かった。グレンは道に体を向け背伸びをした。
「お待たせでござる!」
ジャスミンの声がして振り返ったグレンだったが、背後には誰もいない。グレンは幻聴かと困惑した表情を浮かべていた。
「上でござるよ!」
「えっ!?」
視線を上に向けると魔導ゴンドラに乗ったジャスミンが手を振っていた。ゆっくりと魔導ゴンドラがグレンたちの前へと下りて来た。
下りて来たジャスミンにグレンが口を開く。
「なんで…… 後ろから……」
グレンの問いかけにジャスミンはニカっとほほ笑んだ。
「祭りで人が多いでござるからな。上から来たでござるよ。さあ乗ってくだされ」
「はぁ……」
左腕を広げクレアとグレンに魔導ゴンドラに乗るように促した。二人は魔導ゴンドラに乗り込む。座席に座った二人を見てジャスミンは口を開く。
「じゃあ出発でござる」
両手にオールを持ったジャスミンは先で地面を軽くついた。ゆっくりと魔導ゴンドラが浮上を始めた。魔導ゴンドラはどんどんと上昇し森の木よりも高い所まで来た。
「上がりすぎじゃないか?」
「いやぁ。ここからは道が細いでござるからな。魔導ゴンドラの道は空なんでござるよ」
「そうなのか」
船尾に顔を向け会話をするグレンにジャスミンはにっこりと微笑みうなずく。
ツリーローダーは深層の大森林の開発の北限となる。ここから北は狩猟や採取用の獣道が多く魔導ゴンドラと人ですらすれ違えないほど細い。そのため魔導ゴンドラを運行する場合は木より下は通行禁止となっている。
上空へ出たグレンたちの前には果てしなく森が広がり、遠く地平線の向こうまで続いていた。
「すげえな…… ずっと森が続いている……」
「えぇ。深層の大森林は大陸の北端まで伸びていると言われていますからね」
クレアはグレンの横に座り森を見つめ口を開く。深層の大森林は巨大なノウレッジ大陸を南北に縦断している。
ただ、開発は南側に集中しており北側はほとんど手つかずで未開発地域が広がっていた。
「放たれた怒りは深き森をえぐり以後は交わることはできないか……」
「義姉ちゃん? なにそれ?」
「アーリア教典の一説です。ここはそれが再現された場所なんですよ…… ほら」
「えっ!?」
クレアが右腕を伸ばし斜め前を指した。伸びていた森が途切れて真っ黒な百メートルはあろうかという太い線が横断していた。
「あれは…… 崖か……」
驚きの声をあげるグレンだった。森を横断する黒い線は巨大な崖で深すぎて底が見えなくなっていた。驚くグレンの背後からジャスミンは口を開く。
「”ガエロの怒りの断崖”でござるな。西はギガントヴァレー、東はナタリー平原まで続いているでござる。断崖によって開発は遮られ北側は未開の地となっているでござる」
この東西に伸びるは崖は”ガエロの怒りの断崖”と呼ばれる。ガエロの怒りの断崖のせいで深層の大森林は南北に分断され北側の開発が遅れる理由となっている。
「確かにあれを超えて奥に進むのは面倒だな……」
「それでも吊り橋の建設には何度か成功しているでござる。すぐに風か魔物に破壊されてしまうでござるがな」
顔をあげジャスミンはガエロの怒りの断崖へ視線を向け、オールを持った手を強く握った。
「魔導ゴンドラで渡し船を運行したこともあったでござるな…… これも事故が多くてすぐに中止されたでござるよ」
「そうなんだ……」
ジャスミンの話を聞いていたグレンは難しい顔で、ガエロの怒りの断崖を見つめている。
「どうしたんですか?」
「いや…… 俺はテオドールしかよく知らないだろ…… どこも苦労をしてるからさ…… なんか悪い気がして……」
グレンは開発がほぼ完了しているテオドール周辺しか知らず、今なお開発が進む地域の苦悩を知らなかった。そんな無知な自分がなんとなくグレンは許せなかったのだ。
優しくほほ笑んだクレアはグレンの頭に手を置いた。
「偉いですね。ちゃんと知らないことを反省してます」
「うっうるさい」
「これからいっぱいお勉強できるようにハモンド君にお願いしておきましょうね」
「はぁ!? そんなのは嫌だよ!!!」
叫びながらグレンは自分を撫でるクレアの手をどかした。クレアは口を尖らせ不満げにする。ジャスミンが二人を見て笑った。
「でも、大丈夫でござる。魔導誘導装置と魔導橋梁を応用して断崖攻略をする計画でござるよ」
ジャスミンはガエロの怒りの断崖を見つめて力強く言葉を発するのだった。




