表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

25/202

第25話 爪は隠されている

 星の光だけがわずか照らすほぼ真っ暗な草原を、六人はオーガにさとられないように静かに隊列を組んで砦へと近づく

 丘の上に築かれた砦はほぼ正方形の城壁に囲まれ、かつては街道に接する側に立派な正門があり城壁の中は長方形の建物がコの字に並び中央が中庭のようになっている。放棄された後、魔物や盗賊の棲家になっていたせいか今ではすっかり荒れ果て建物や城壁の半分ほどが崩れていた。

 六人は正門を通り過ぎ砦の背後へ回り込む、砦の側面の崩れた城壁の間から大きな焚き火の前で座っているオーガの姿が見えた。オーガは黄土色の皮膚に覆われた四メートルくらい巨大な人型の魔物だ。額から短い角を二本生やし、口からは牙が出て髪の毛は緑で長く肩くらいまで伸びている。腰には草食動物で作られた腰巻きをつけ、手の近くには大きな木の棍棒が転がっていた。

 オーガの姿がほぼ真横から見える。右手を真っ赤に染め人の胴体らしきものを、オーガはつかみ口に運んでいるようだった。キティルとエリィはその光景を目にし顔をこわばらせるのだった。

 砦の背面へと移動した六人は、城壁が崩れて乗り越えられそうな場所へとやってきた。


「キティルとメルダは上に。他は俺に付いてこい」


 タイラーは、エリィ、ビーロ、ボルリノの三人を引き連れて城壁を超え中へ向かう。

 キティルとエリィの二人は、城壁の崩れかけた場所を利用して上へと向かう。身軽にジャンプしてひょいひょいと、城壁を上っていくメルダとは対照的に、キティルは崩れた城壁をゆっくりと上っていった。なんとか城壁を上り、一番上まで上ったキティルは少しホッとした表情をする。だが…… 直後に彼女が足元の城壁の石が崩れた。


「キャッ!」

 

 落ちそうになるキティルをメルダが手を伸ばしてつかむ。見上げたキティルにメルダは、淡々とした口調で声をかけた。


「大丈夫? 気をつけなさい」

「はっはい。ありがとうございます。メルダさん」


 メルダはキティルを城壁の上まで引っ張り上げた。恥ずかしそうにキティルはスカートの裾のホコリを叩くのだった。


「私のことはメルダでいいわよ。この仕事が終わるまでは仲間じゃない」

「えっ!? あっありがとう。メルダ……」


 キティルは嬉しそうにメルダの名前を呼ぶ。名前を言われたメルダは頬を少し赤くして彼女に背を向けるのだった。城壁に上った二人は慎重に身をかがめ、オーガの正面へとやって来た。エリィとキティルはしゃがんで気づかれないように城壁から顔をだし下の状況を確認する。

 四人が左にビーロとタイラー、右にエリィとボルリノと左右に二人ずつ別れ、オーガの近くで瓦礫に身を隠しているのが見える。二人は一旦下がりへりに築かれた鋸壁を背もたれにし座る。すぐにメルダはキティルに顔を向け口を開く。


「タイラーはビーロの魔法で先制する。私が二人の援護するわ。あなた魔法障壁は使える?」

「しょ障壁…… えっえっと土属性のダートプロテクションだったら使えます」

「うん。それでいいわ」


 小声でキティルに問いかけたメルダ、キティルは少し自信なさげに返事をした。


「ビーロが魔法を唱えた後に全員に障壁を展開して」

「わっわかりました」


 立ち上がったメルダは背中に手をまわし弓を取り出した。キティルも背負った杖を取り出し両手に持った。

 メルダの言う通り、タイラーの指示で飛び出したビーロが右手から火球をはなつ。放たれた火球は三つに別れてオーガへと向かっていく。彼が唱えた魔法はトライデントファイア、巨大な火球が三叉に分かれ三方向から敵を襲う中級炎魔法だ。


「ブオーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!」


 三つの火球でオーガに炎の包まれた。苦しそうなオーガの叫び声が砦に響く。四人はオーガとの距離を詰めていく。メルダに言われたとおりにキティルは、魔法障壁を全員にはるため杖を掲げて呪文を唱えた。


「ダートプロテクション!」


 キティルの杖の先端から柔らかい黄色の光が下にいる四人に降り注ぐ。

 光を浴びた四人は黄色の光の膜のようなものに前進を包まれた。この黄色の光の膜がキティルの魔法で生み出された障壁だ。


「黄色……」


 落胆したような声でつぶやくメルダ。

 パワー増加やスピード向上などの一時的に身体強化をする魔法や、剣や槍など魔力で物を具現化する魔法はその色によって強度が変わる。白、赤、緑、茶、青、黄の順で黄色がもっとも弱い。

 黄色の魔法障壁だとゴブリン一匹の攻撃三回程度で破壊されてしまう。オーガの攻撃であれば一撃も防ぐことは難しいだろう。メルダはいくらキティルが、経験の浅い魔法使いであっても青色の障壁が貼れると思っていた。


「ブオーー!!!!!!!!!!!!!!」


 炎に包まれたオーガは両手で炎を払いのけた。同時に距離を詰めていたタイラーが飛び出してオーガの前に出た。走り抜けながらオーガの右足のふくらはぎをタイラーは剣で斬りつけた。


「ブオーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!」


 ふくらはぎから血を流して叫び声をあげるオーガがバランスを崩して倒れそうになる。タイラーが追撃しようと振り返り剣を構えて走り出す。


「えっ!?」


 だが、オーガはなんとか踏ん張って倒れそうになるのを防いだ。ダメージが少なかったのか、向かってくるタイラーに斬られた右足で踏みつけようとした。急減速して止まってなんとか足をさけてタイラー、止まった彼を横からオーガが手で薙ぎ払った。


「うわあああ!!!!!!!!!!!」


 キティルの障壁が割れるパリンと言う音がした。薙ぎ払われたタイラーは側にあった建物の壁に打ち付けられた。つぎに近くに居たビーロに体を向けたオーガは彼も同様に手で薙ぎ払う。


「うわああ!」


 逃げようとしたビーロだったが間に合わずに、タイラーに続いてビーロもタイラーのすぐ側の壁に打ち付けられた。二メートルほど間を開け地面にずり落ち、仲良く頭をさげて座るタイラーとビーロだった。


「ブオーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!」


 オーガは叫びながらビーロの元へと走っていく。壁からずり落ち地面に座るビーロに向かって走り出し、殴ろうとオーガが拳を振り上げた。


「ブオ!?」


 振り上げたオーガの右拳に横から矢が飛んできてかすった。驚いた顔でオーガが拳を見た。背後からオーガの耳に金属を叩く甲高い音が聞こえる。


「おら! こっちだ!」


 振り返ったオーガの目に、メイスで盾を叩いて、ボルリノと弓を背中にしまうエリィが見えた。二人でオーガの気をひこうとしているようだ。


「ブホオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!」


 叫びながらオーガがボルリノとエリィに向かっていく。二人はオーガをひきつけて逃げてタイラーとビーロから引き離す。


「私が二人を回復するわ。あなは二人のスピードを上げて」


 下の様子を見ていたメルダがキティルに指示をだす。矢筒から矢を二本取り出して一本を口に咥えもう一本を左手に持った、大弓用の彼女の長い矢には小さな筒が結びつけられ筒から紐が伸びていた。

 メルダが右手の人差指を立てると、指の先から数ミリのところにろうそくくらいの小さな火が灯る。彼女は持っていた矢を炎に近づけ、筒から伸びた紐に火をあてた。紐が燃えるのを確認した彼女は矢をつがえて、ビーロに向かって放った。同様にしてタイラーに向かっても矢を放った。タイラーとビーロの近くの地面に矢が刺さると同時に筒が破裂した。

 これはメルダが使う特殊な薬草玉を付けた矢弾という特殊な矢で、紐が導火線になっていて火が筒までいくとダイナマイトのように破裂して周囲に回復効果のある噴煙が舞い仲間の傷を癒やしてくれる。

 キティルはメルダの指示に従い、ボルリノとエリィに向かって杖を向け呪文を唱える。


「エアアクセル!」


 先ほどと同じ用に黄色い光が、地面へと降り注ぐ。エリィとボルリノの足が黄色く光りだした。


「えっ!? これも黄色……」


 メルダはまた落胆したようにつぶやいた。スピードを上げるための魔法エアエクセルも魔法障壁と同様で黄色が一番効果が薄い。

 キティルの魔法によりわずかにスピードが上がったエリィとボルリノだったが、すぐにオーガに追いつかれてしまう。ボルリノの方が重装備で遅いため、オーガは彼の背後まで迫り拳を握って振り上げた。ボルリノはオーガに体を向けて拳を盾で受け止めようと構えた。


「グッ!?」


 大きな音と激しい衝撃が彼の体を駆け抜けていった。左腕にかかる圧力で体全体を押しつぶされそうになるのをなんとかこらえる。ピキピキと音がして直後にパリーンと何かが割れる音がした。キティルがかけた魔法障壁が破壊された音だ。


「この! 離れなさい!」

「ブオーーーー!」


 エリィは槍を持って構えて、オーガの背後に素早く回り込んで飛びかかった。槍をオーガの背中にさして地面に着地した。

 オーガは叫び声をあげて背中にささった槍を抜こうと背中に手をのばす。


「大丈夫ですか?」

「あぁ」


 槍を抜こうと必死になっているオーガ、エリィはその隙にボルリノ元へいき彼に手を差し出し起き上がると一緒に逃げる。


「キティル! もうちょっと私が時間を稼ぐから! あれを! お願い」

「わっわかった!」


 走りながらエリィが下からキティルに叫んだ。返事をしたキティルは杖を両手で持ち目をつむる。彼女の口はかすかに動き何かを言っているようだ。


「ここに居てください。私がオーガを引き付けます」


 崩れかけた建物の壁の影にエリィはボルリノを連れて行った。ダメージを受けた彼にここに残るように告げる


「おっおう…… 大丈夫か?」

「はい」


 心配するボルリノにエリィはうなずくと、一人で壁から出て来て、オーガの前方十メートルくらいの場所に立つ。


「ほら! こっちよ!」


 オーガに向かってエリィは両手を振り大きな声で呼ぶ。気づいたオーガは槍を抜くのをやめ彼女を追いかけだした。大きな足音を響かせオーガは走って来る。笑ったエリィは向かって来るオーガに背を向け走り出す。

 走りながらがれきを飛び越え巧みに逃げるエリィ、オーガは彼女に中々追いつけずにいた。


「広くて…… エリィが…… あそこ!!!」


 逃げながらエリィは周囲を見て何かを探しているようだった。彼女は建物と建物の間にある大きなスペースを見てうなずいた。そこは地面に焦げた跡があり丸太が斜めに置かれいている。エリィが見つけた場所はかつて建物があったが壊れかけており、盗賊が根城にした際に彼らによって建物は撤去され調理場として利用された場所だった。

 エリィは見つけたスペースへと駆けんだ。オーガは彼女を追いかける。


「がうあああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」


 砦にオーガの声がこだました。壁を背にしたエリィとオーガが対峙する。どうやらエリィはスペースと駆け込んだが良いが追い詰められてしまったようだ。エリィを舐めるように見つめよだれを垂らし舌なめずりをする。今日の食糧を見つけた獣に我慢が効くわけはない。


「がうあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 さらに大きな声をあげオーガは走り出した。エリィはその姿を見てニヤリと笑った。タイミングを合わせてオーガに向かって走りだしたエリィ、彼女を捕まえようとオーガが手を伸ばす。


「はぁ!!!!」


 エリィは身を地面と水平になるほど低くし、足を前にだしスライディングしながら地面を滑る。彼女の頭をわずかに上をオーガの手が通り過ぎていく。エリィはそのままオーガの股の間を抜け背後へと回り込んだ。


「よし!」


 石畳みがくずれた出っ張りに足裏をかけ滑りながら、器用に立ち上がったエリィは背中に手を回し振り返る。背中から弓を取り出した彼女は矢筒に視線を向ける。エリィは矢筒から羽が黄色でリボンのついた矢を取り出しつがえる。


「がうあああああああああああああああああ!!!」


 オーガはすぐに振り返り矢をつがえたエリィへと再び駆け出した。だが、彼女は矢を放たず弓を構えたままにやりと笑う。

 下の様子を見てメルダは、首を横に振り矢を取り出した。矢をつがえて弓を構えたオーガを狙う。


「今よ!!!」


 エリィは叫ぶと同時に弓を空へと向けはなった。矢は空へと放たれると同時に甲高い音を出す。彼女が射た矢は鏑矢で誰かに合図を送っているようだ。


「えっ!?」


 城壁の上で弓を構えるメルダの頬が急に赤い光に染まり、気づいた彼女は驚いて手を止めた。横に視線を向けるとキティルの杖が全体から赤い光を放っていた。


「精霊よ…… 聖なる炎の精霊よ。主に抗いし忌まわしき者たちをあるべき場所へと還せ! ヘルファイア!!!!!!!!!!!!」


 目を開けたキティルは音を頼りに杖をオーガへと向け魔法を唱える。オーガの周囲の地面がひび割れ裂けていく。裂けた地面が赤く光り徐々に大きくなり大量の炎を地面から吹き上げた。


「ブオ!? ブオーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」


 オーガの苦しむような断末魔が砦に響いた。炎は地獄の業火のごとく激しく燃え上がり、高く大空へ向かって伸びていきオーガを焼き尽くしていく。


「これは…… 嘘でしょ。初心者の冒険者が……」


 メルダが焼かれるオーガを見て声を震わせた。炎は消えて地面のひび割れも元に戻った。そこには真っ黒になったオーガの躯が転がっていた。黒焦げになったオーガの死体で呆然とする三人。エリィだけは嬉しそうに笑って城壁の上に立つキティルに手を振っていた。


「ふぅ……」


 杖を下ろし小さく息を吐いたキティルは、手を振るエリィに恥ずかしそうに手を振り返していた。手を下ろしたキティルは近くにいたメルダに微笑んで口を開く。


「下に行きましょうか……」

「えっ!? えぇ」


 少し驚いた様子でうなずいたメルダと一緒にキティルは城壁から下りていくのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ