第249話 こうじゃないと
クロースはほほ笑み腕を組み不満げに口を尖らせているクレアの横に来た。彼女は優しく落ち着いた口調でクレアに声をかける。
「クレアたちはどうして深層の大森林にいらしたのですか?」
組んでいた腕を解いてクレアは少し間を開けてからクロースに答える。
「教会から深層の大森林の調査依頼があったんですよ。町の周辺とか探索するんです」
「そうですか……」
福音派の話を伏せてクレアはクロースに答えた。クロースはクレアの様子からただの調査じゃないことを察したが、さらに尋ねることもせずに納得したようにうなずくのだった。
「クロースちゃんたちは?」
「はっ!? そうでしたわ! ほら! いそがねと!!!」
「わっわっ」
クレアに尋ねられたクロースは目を大きく見開いてハッとしオリビアへ手を伸ばす。彼女はオリビアの手を掴み、と引きずるようにしてカウンターへ連れて行く。メルダはクロースとオリビアに続く。キティルとグレゴリウスは置いて行かれてしまった。グレンとクレアとレイナの三人は呆然とオリビアが、引きずられるのを見つめていた。
「待ってよ! オッちゃん!」
「みんなー! 待ってー!!」
置いて行かれたグレゴリウスとキティルが慌てて皆を追いかけていった。カウンターの手前で方向転換し掲示板へ移動するオリビアたちを見てグレンがつぶやく。
「あれは…… きっと……」
「そうですね…… また…… オリビアちゃんったら……」
クレアとグレンは顔を見合せて笑う。二人はまたオリビアが買い食いをして旅費を食いつぶしたと思っていた。もちろんその予想は的中している。ちなみにグレゴリウスが料理を売って補填すると申し出たが、甘やかすとよくないとクロースがオリビアを冒険者ギルドへ連行して来たのだ。
「さて…… じゃあ私はそろそろ行くね。お友達にもよろしく言っといてね」
「そうか。ありがとう。またな」
「うん。またね。クレアさんも!」
グレンとクレアに手を振ってレイナは一人で冒険者ギルドから出て行った。オリビアたちは依頼書を掲示板から外すとレイナの報酬よりを終え、カウンターを出ようとしていてジャスミンを引き止め仕事の受付を始めた。
少しして仕事が決まったオリビア達がグレンとクレアの元へと戻って来た。キティルがレイナがいないのに気づき口を開く。
「あれ!? レイナさんは?」
「あぁ。もう行ったよ。元々仕事でこっちに来てるからな」
「そうなんですね。もう少しお話したかったです……」
冒険者ギルドの扉を指してグレンが答えた。レイナが出て行ったと聞いて残念がるキティルだった。キティルの横で、依頼書を見つめ苦い顔をするオリビアがグレンの視界に映った。
「また買い食いして借金したのか? こりねえな……」
「うっうるさい。私だって本当に反省しているんだ」
ムッとした顔でグレンを見るオリビアだった。横でクロースが冷めた目で彼女を見つめている。二人の後ろでグレゴリウスは気まずそうにしていた。
「反省って本当かよ。でっ何をやるんだ?」
「これだ」
オリビアは依頼書をグレンの前へと突き出す。グレンは突き出された依頼書に顔を近づけ、書かれた内容を読んでいた。
「うーん。ドリアーノの実の採取か…… 今はちょっとな……」
依頼書を読んだ難しい顔をするグレンの脇からクレアが顔を出した。
「グレン君。ドリアーノの実ってなんですか?」
「あぁ。ドリアロンの木になる果物だよ。滋養強壮の薬になるんだ」
「ふーん」
ドリアーノの実が薬と聞いたクレアは興味なさげにする。グレンは依頼書から顔をあげ笑った。
「しかも美味いんだぜ。乾燥させて戻したドリアーノの実と鶏肉と一緒に煮込んだ料理ドリチキはタイタロスの西部の名物なんだ」
「「!!!」」
美味と聞いたオリビアとクレアの二人は目を光らせた。グレンは二人の目の光りに気づくことなく真剣な表情に変わった。
「まぁ実が熟した今の時期のドリアロンの木はちょっと厄介なんだけど……」
グレンがつぶやいたが二人の耳には届かなかった。オリビアは意気揚々とクロースの肩に手をかけた。
「よーし! 行くぞ! クロース!」
「ちょっちょっと! 今からは無理ですわよ! 出発は明日ですわ」
「もう!! 待ちなさいよ」
クロースの背中を押し急いで外へ向かうオリビアだった。先ほどまで依頼をやる気がなく苦い顔をしていたオリビアとは別人であった。二人の後をメルダが追いかける。
「まっ待ってオッちゃん…… グレンさん、グレンさん。失礼いたします」
両手を重ねて下腹の上におき、丁寧にお辞儀をしてグレゴリウスもオリビアを追いかけていった。
「じゃあ私も行きますね」
キティルも二人に頭を下げ四人を追いかけようとした。グレンが彼女を引き止める。
「ちょっと待って! ドリアロンの木ってどこにあるんだ?」
「えっと…… 確か依頼書にはここから北へ行ったクリアーダウンズヒルですね…… 未開発地域との境目の近くだったような…… だから私達にもちょうどいいですね」
ニコッとほほ笑んで答えるキティルだった。彼女たちは深層の大森林の北側の未開発地域に居るエリィの捜索に来ている。
グレンは彼女の答えを聞いて笑う。
「そっか。ありがとう」
「えへへ……」
笑顔で礼を言うグレンにキティルは恥ずかしそうに右手を頭の後ろに持って行く。クレアの目が鋭く光った。
「キティルさん! みんな行っちゃいますよ」
「えっ!? あっ待って! じゃあ、クレアさん。グレンさん。また」
「はーい。また!」
手を振って小走りで離れるキティルに、クレアは手を振りグレンは右手を上げて挨拶をしたのだった。
「さて…… じゃあ俺達は付いて行くか……」
「えぇ。ちょうど見たいところみたいですし…… 森なら彼らの目を気にしなく良いですからね」
「その前にあいつに許可を取らないとな」
グレンがカウンターを指すとクレアはうなずいた。グレンたちはカウンターへ向かう。二人はカウンターで作業をしていたジャスミンの元へと向かう。近づいて来た二人に気づいた彼女は声をかける。
「どうしたでござるか?」
右手の親指を立てたグレンは背後を指す仕草をして口を開く。
「さっきの冒険者は知り合いなんだ。だからちょっと付き合ってくることにした」
「えぇ!? わっわかったでござる」
「一緒に来るか?」
ジャスミンは何度もうなずき二人に同行すると意思表示をした。彼女は依頼書の写しを折りたたみ手に持ったのだった。
少しして冒険者ギルドから外へと出た。ジャスミンは折りたたんでいた依頼書を開く。
「えっと…… 場所は…… イエローダウンズヒルででござるか。ここから北へいったところでござるな」
ポケットから依頼書を出し、キティル達が向かった場所を確認するジャスミンだった。
「飛んで行きましょうか?」
「うーん…… でもなぁ」
「???」
クレアが飛んで行こうと提案するがグレンは乗り気ではなかった。グレンの様子にクレアは首をかしげて不思議な顔をしていた。
二人に会話にジャスミンが入って来た。
「いえ大丈夫でござる。拙者に任せるでござるよ」
「大丈夫か?」
「えへへ」
グレンの問いかけに得意げに笑ってうなずくジャスミンだった。
「じゃあ今日はここに泊って明日の朝に出発だな……」
「はい」
「宿も拙者に任せるでござる」
ジャスミンは胸を叩いてカウンターの席から立ち上がちカウンターから出た。
「今度は普通の宿だろうな」
「だっ大丈夫でござる。任せるでござるよ」
自信満々に宿を任せろと言うジャスミンにグレンとクレアは一抹の不安を覚えたのだった。




