第247話 もう一つの大事なこと
ミストゴブリンが根城にしていた集落からほど近くのツリーローダーへと向かう街道。グレンとクレアとレイナの三人がツリーローダーへと向かって歩いていた。
先頭を行くクレアの後ろをレイナとグレンが並んで進む。視線を横に移してグレンが口を開く。
「レイナ姉ちゃんも魔導ゴンドラに乗ればよかったのに……」
「やだ。気まずいでしょ」
苦い顔で首を横に振るレイナだった。グレンとジャスミンが魔導ゴンドラで集落へと戻った。ルドルフと怪我人の女性二人とシスターは魔導ゴンドラに乗りツリーローダーへ先に行っていた。
グレンとの同乗をシスターが拒否したので、グレンとクレアは徒歩でツリーローダーへ行くことになった。レイナは殴ったシスターと同じところに居たくないので二人に付いて来た。
「ルドルフさんも大変よね…… あんな人達の相手しているんだから」
「大丈夫じゃね。ノウレッジにはもっと厄介なのはいるからな」
「そうですねぇ……」
二人の話を聞いていたクレアが振り返り、視線をグレンへと向けて笑っている。ルドルフにとって福音派よりも厄介な存在はグレンだとクレアは言っているのだ。
笑われたグレンはクレアに向かって叫ぶ。
「なっなんだよ!」
グレンを見て笑うクレアにレイナは首を横に振った。顔を横へ向けレイナはグレンに冷たい視線を向けた。
「あぁ…… そういうことか…… あとでいっぱい謝ろう」
「レッレイナ姉ちゃんまで! なんなんだよ! もう!」
姉二人の態度にグレンは拳を握って叫んでいた。レイナとクレアは顔を見合せて笑っていた。
「ツリーローダーが見えてきましたね」
前方を指すクレアだった。街道の先に頂上に高い木が生えた丘が見えて来た。
フォレストワールの北の小高い丘がある。森に浮かび上がるような丘の上には十三本の木が円を描くように生えている。この丘をツリーローダーといい丘のふもとに村と同じ名前だ。
ツリーローダーの村は家が百軒ほど並ぶ大きな集落だ。深層の大森林の最奥にあり、材木や森で取れる肉や食用のキノコや野草や薬草などが主な産業となっている。
ミストゴブリンとの戦闘で時間を食い、昼過ぎに到着予定だったが日が傾き夕刻が迫っていた。
「見て見てグレン君! 綺麗だよ」
「えっ……」
何かに気づいたレイナが前を指し、走り出すと街道の脇にしゃがんだ。
「道に花が……」
レイナを追いかけて来たグレンが不思議な顔をする。しゃがんだレイナの前には植木鉢があり黄色の鮮やかな花が咲いていた。レイナの前意外にも街道の脇に細長い植木鉢が並び花で彩られていた。
「あぁ。もう聖者の復活日のお祭りが近いですからね」
「祭り?」
「えぇ。ツリーローダーは聖者の復活日の祭りが有名ですからね」
十三本の木がアーリアの使徒の数と同じで村ではツリーローダーを聖人ラティアスが処刑された、タイロンの丘になぞらえ盛大に聖者の復活日を祝う祭りが開催される。聖者の復活日が近づくとツリーローダーには観光客が数多く訪れるのだ。
三人は彩られた街道を進みツリーローダーの村の前へとやってきた。村は丸太を縦に並べた柵と木の門によって守られていた。祭りを祝うためか門と柵には花の装飾がほどこされていた。
「ここがツリーローダーか」
「はい。ここからさらに北へ行くとガーラム修道院ですね」
開かれた門の前に立ち止まりグレンとクレアが話していた。先に村へ入ったレイナが振り返り二人を呼ぶ。
「おーい。なにやってるの? 早く行こうよ。グレン君! クレアさん!」
「あぁ。ごめん。行こうか。クレア義姉ちゃん」
「はい」
グレンが右手をあげクレアに声をかけた。クレアはうなずいて返事をした。並んで二人はツリーローダーの中へと足を踏み入れるのだった。
村の中では祭りの準備の為か人々が家や道を花で装飾する作業をしていた。作業をする村人が行き交い賑わう通りを三人歩く。
「教会は村の奥ですね。丘へと上る道の前にあります」
「あぁ。わかった」
通りの先を指すクレアだった。村は門から一直線に大きな通りが伸びて教会にたどり着く。教会の裏手は丘へ登る道となっていた。
グレンとクレアはジャスミンと合流するため教会に向かう。レイナが急に小走りで前に出て二人に右手をあげ
た。
「私は道具屋とか見るのでこの辺で……」
別れの挨拶をするレイナを慌ててクレアとグレンが引き止める。
「ダメですよ」
「あぁ。一緒に来てもらわないとな」
「えぇ!? どうして? まさか!? 殴ったから?」
付いて来いと言う二人にレイナの顔が青ざめていく。彼女はシスターを殴ったことを罪に問われるのかと不安になったようだ。グレンとクレアはレイナの様子に顔を見合せて笑う。
「違います。レイナさんに報酬を支払うんですよ」
「あぁ。ミストゴブリンの討伐依頼は出ているし教会関係者の救助もあるしな」
「そんなの…… いらないわよ。助けたのは偶然だし……」
グレンとクレアはレイナに罪を問うのではなく、報酬を払うために教会へ連れて行くことを告げる。レイナは首を大きく横に振って断るのだった。
報酬の辞退されグレンとクレアはさらに説得する
「そういうわけにはいかないんです。危険な仕事にはそれなりの報酬を払う必要があるんですよ」
「あぁ。レイナ姉ちゃんの当然の権利だ。それに何もせずに帰すとうるさいのがいるんだ。頼むよ」
「そっそう…… わかった」
グレンとクレアの言葉に、レイナは小さくうなずき報酬を受け取ることを承諾した。
三人が通りを進み教会の前へとやって来た。ツリーローダーの教会は通りの先に石段の上に建っていた。村の入り口からまっすぐ伸びた通りは、教会へ上がる石段の手前で左右へ別れていた。教会の背後は木が頂上に生えた丘がそびえたつ。丘は聖地となっており教会で祈りを捧げ身を清めた者のみが上ることを許されるのだ。
「来たか……」
「グレン氏! クレア氏! こっちでござるよ」
石段の大きな金属の扉の前でジャスミンとルドルフが三人を待っていた。ルドルフは腕を組んだまま三人が来るのを見てつぶやいた。ジャスミンは三人に手を振って声をかける。
「処置は終わったぞ」
「悪いな。面倒だったろ?」
「いや。テオドールと違って誰かが余計なことしないぶんマシだったぞ」
「うるせえ」
グレンが顔をしかめるとルドルフは笑っていた。クレアは二人の様子を見てほほ笑み、ジャスミンに顔を向け口を開いた。
「レイナさんに報酬を払っていただけますか?」
「あぁ。そうでござったな」
ジャスミンはハッとして顎に手を置いて少し間を開けてから口を開く。
「ミストゴブリンの討伐報酬は…… 一万五千ペルでござるな。冒険者救出報酬は一人三百ペルでござるので…… 一万五千六百ペルでござるな」
指を立てながらジャスミンがレイナが受けとれる報酬を告げる。レイナは目を大きく見開いて驚きながら話を聞いていた。
「市民の救出と脅威の排除だな…… 神聖騎士団からも一万ペル支払われる」
「えぇ!? にっ二万ペルももらえるの!? ちょっとちょっと待って! そんな大金を持ち運べないよ……」
ジャスミンの言葉にルドルフが続くと話を聞いていたレイナが大きくな声をあげた。彼女は不安そうな表情をグレンに向けていた。レイナが受け取れる報酬は二万六千六百ペルでこれは大金であり、ノウレッジで安い家を購入できるほどだ。そんな大金を一人旅の自分が運ぶのがレイナは不安なのだ。
レイナを見てジャスミンは胸を叩いて笑った。
「大丈夫でござるよ。冒険者ギルドで大陸開発銀行の口座開設が出来るでござる。報酬はそちらに貯めてもらうでござる」
「ぎっ銀行の口座を作れるって…… ぼっ冒険者ギルドってなんでもできるのね……」
「多額の報酬が行き交う世界でござるからな。さらに大陸開発銀行は世界中に送金が可能でござるよ」
大きくうなずくジャスミンだった。レイナはまだ不安そうにしてグレンの袖をつかんだ。
「でも…… 本当に私がそんな大金受け取って良いのかなぁ? 魔物を倒したのグレン君やルドルフさんだよ……」
「俺達は教会所属だからな。報酬は受け取れないんだよ。レイナ姉ちゃんは当たり前のことしただけって思ってるかも知れないけどそれで命が救われたやつだっているんだからさ」
「わっわかったわ……」
グレンの言葉はレイナが大きくうなずくのだった。




