第232話 聖騎士ウォルター
「いっ痛い!! やめて……」
「黙れ!! 堕落者が!!! ふーふー」
福音派の男性が女性客の胸を強く握り、苦痛で彼女の顔は歪む。ニヤニヤと笑いながら日ごろの禁欲に耐えているせいか、福音派の男性は女性客の髪の匂いを吸い込み熱くたぎった股間をすりつけ前後に動かしだした。
「やっやめ……」
目の前へ繰り広げられる卑猥な光景に、怯えていた神聖騎士だったが意を決し腰にさした剣に手をかけた。しかし、福音派の男性の背中に誰かが立った直後に大きな音が響く。
「ガッ!!!」
声をあげた福音派の男性、女性をつかんで腕から力が抜け膝から崩れ落ち地面に倒れた。
「あっ…… 悪い悪い。ちょっと強く叩き過ぎた…… 生きてるよな? おーい」
目を赤く光らせオーラを纏ったグレンがゆっくりとしゃがみ、倒れた福音派の男性の頬を叩いている。グレンの右手には鞘がついたままの剣が握られている。背後から近づき彼が福音派の男性の頭に剣を叩きつけたのだ。
「あっああ……」
「よし生きてたか…… まぁ死んでもよかったけど」
倒れた福音派の男性がうめき声をあげると、グレンはやや残念そうに立ち上がった。突如現れたグレンに周囲に人間が唖然としている。
グレンは周囲の視線など気にせずに、もう一人の福音派の男性に向かって微笑みかけた。笑顔を向けられた福音派の男性は恐怖で我に返り震える声をグレンに叫ぶ。
「なっ何者だ!!! 貴様ぁ!!! …… クッ!!」
怒鳴る途中で急に青ざめる福音派の男性だった。彼の喉元にひんやりとした鋭い金属の塊が突きつけられた。震えながら視線を下に向けるとそこには白い刀身の大剣が見える。
「動かないでください。まぁ首と体を離して遊ぶ趣味があるなら別ですけど……」
クレアが福音派の男性の横で静かに右手に大剣を持ち立って居た。福音派の男性の視線が横に動きクレアと目が合う。彼女はそっと自分の胸に左手を当てた。
「私は冒険者ギルド冒険者支援課のクレアと申します。あっちは」
「グレンだ」
胸に当てていた左手をクレアがグレンに向ける彼は福音派の男性たちに名乗った。
「クックレアさんにグレンさん!?!?!?」
神聖騎士が二人の名前を聞いて驚く。グレンが神聖騎士を見て渋い顔をする。
「うん!? お前…… ウォルターじゃねえか!! なにやってんだ!」
福音派の男性と一緒に居た神聖騎士はウォルターという。彼はテオドール駐屯している神聖騎士の一人でルドルフの部下である。ちなみにウォルターはグレンとクレアと同じカイノプス共和国出身で大評議院と呼ばれる国会議員の息子である。
「あっあの…… ぼっ僕はルドルフさんに言われて…… 彼らにディープスグランの案内を……」
「お前の仕事の話をしてんじゃねえよ! この状況でチンタラしてんじゃねえって言ってんだよ!!」
「ひぃ…… ごっごめんなさい…… 僕だって…… 必死で止めようと……」
ウォルターはグレンに怒鳴られて怯えて謝るのだった。小声で言い訳をするウォルターをグレンはジッと睨みつけている。クレアはグレンの態度に気づき彼を叱る。
「こーら! ウォルターさんを怖がらせないの!」
「クックレアさん……」
グレンを叱るクレアをウォルターは頬を赤くして見つめている。グレンは顔を歪ませクレアは眉間にシワを寄せメッと口を動かす。
「別に怖がらせてねえよ。勝手に怖がってんだよ」
「もう…… うん!?」
目つきを鋭くするクレアだった。すきをついて福音派の男性が下がって振り向いて逃げ出そうとした。即座に反応したクレアは剣先が地面に触れるくらいまで下した。そのまま前に出て大剣を地面に滑らせるようにして、背後から大剣を縦にして彼の両足を払った。
「ギャアアアアアアアアア!!!!」
福音派の男性の視線が夜空が見え一瞬真っ暗になり衝撃が襲う。幅広い大剣の刀身で背後から足を払われたは彼は回転するようにして背中から地面にたたきつけられた。
クレアは真顔で冷静に逆手に大剣を持つと倒れた福音派の男性の肩に振り下ろした。バキっという音がして激痛が福音派の男性に走り床に血が広がる。大剣は福音派の男性の肩を貫通し地面に突き刺さった。苦痛に顔を歪め天井を見ていた福音派の男性の視界がクレアの笑顔に覆われた。
「もう…… 動かないでって私言いませんでした?」
「あがが…… 待て…… 助け…… ぐひゃああああああああああああああああ!!!」
「動かすなって…… 口もですよ」
クレアはしゃべっていた福音派の男性の顔に足を振り下ろした。大きな音がしクレアの足が福音派の男性にめり込む。ゆっくりと足を離すクレア、彼女の足裏に血がべっどりとつこ前歯が刺さっている。福音派の男性は鼻地を垂らし口元が切れていた。目を開いているが彼は気を失ったようで動かない。
満足そうにうなずいたクレアは静かに振り向いた。怯えた様子で女性客がたっているクレアは彼女に優しくほほ笑んだ。女性客はクレアと目が合うとハッとしてすぐに頭を下げた。
「ありがとうございます……」
「お礼は後です。先に彼の治療をしないと…… グレン君! 二人を縄で縛っておいてください」
「任せておけ」
クレアは鞄から縄を出してグレンに投げて渡すと、肩を斬られた男性の元へ向かい治療を始めた。グレンは福音派の男性を適当に薬玉を投げ治療しながら縄で縛り付けるのだった。
福音派の男性をうつ伏せにして縄で手を縛るグレンの背後にウォルターが近づく。
「あっあの…… 彼らは福音派の方々で……」
「知っている。だから?」
「いえ…… その彼らは聖女オフィーリア様の招待でノウレッジに……」
「だから?」
振り向き話しかけてくるウォルターを睨むグレンだった。睨まれたウォルターは怯えて何も言えなくなっていた。ウォルターはグレンじゃ話にならないと優しそうなクレアに顔を向けた。
「あっあのクレアさん!」
「ちょっと待ってください。今…… 治療中なので!」
「あっ……」
ウォルターに話しかけられたクレアは彼の言葉を即座に遮り、男性客の治療を優先するのだった。グレンであればこのまま治療が終わってもウォルターを無視するが、優しいクレアは治療が落ち着くと振り向いてウォルターに声をかける。
「どうしました?」
「あっあの…… 彼らは聖女オフィーリア様の招待でノウレッジにいらした福音派の方々です。勝手に拘束するのは問題があると思うのですが……」
グレンの方を指して話すウォルターだった。彼は聖女オフィーリアの招待でノウレッジとやって来た、福音派を逮捕拘束するのはまずいとクレアに訴えている。怯えた様子なのは変わらないが、優しそうなクレアとはなしているせいかウォルターの言葉はグレンと話すと時よりもはっきりとして力強い。クレアは彼を見て少しあきれた顔をする。
「えっと…… それが何が問題ありますか? ノウレッジは旧聖都で適用されていたアーリア法典に基づいた新大陸法が定められています。彼らの行為はその法に違反しています」
「ですが…… いたずらに宗派間の争いを刺激する必要は……」
しゃがんで男性客の治療をしていた、クレアはすっと立ち上がりウォルターの顔を覗き込む。
「あなたは神聖騎士ですよね? この地の治安を聖女オフィーリア様に託されているのではないですか?」
「もっもちろん神聖騎士団はノウレッジの治安維持のために尽力し……」
「であれば犯罪を見逃す方が問題ですよ」
クレアは穏やかな表情でウォルターを見つめる。気まずそうに顔を歪ませ視線を彼女からそらした。クレアはまた口を開いた。
「宗派の争いは宗派のリーダー同士で話し解決すべきです。私達は町の人達が安心できるように力を尽くさないといけません。それに法律違反に宗派の違いは関係ないと思いますけど?」
「でっでも……」
食い下がろうとするウォルターだったが、彼の背後に作業を終えたグレンが近づく。
「あー! うるせえな。だったらルドルフに聞いて来い! あいつがお前の立場だったら客にからんだ時点で拘束しているぞ」
「えっ…… でも」
「ほら! さっさと連れて行って確認してこい」
「はっはい!!!」
ウォルターは返事をすると倒れて拘束された、福音派の男性二人の元へ向かうのだった。彼は魔導ゴンドラに彼らを乗せ連れて行こうとしたが、大樹案内人に断られていた。
「ふふふ……」
「なっなんだよ…… 笑って気持ち悪いな」
「普段は文句ばっかりなのに意外とルドルフさんのことよく知っているし信頼してるなって……」
「うっうるせえ! さっさと夜景の続きを見るぞ」
恥ずかしそうに叫ぶとグレンは走ってジャスミンの元へと戻る。クレアは走る彼の背中を見てほほ笑むのだった。




