第23話 聖騎士ルドルフ
キティルとエリィがタイラーと飲んだ翌日の早朝に、二人はオーガ討伐へと出発した。グレンはそんなことはつゆ知らず、普段と変わらず冒険者ギルドへと出勤し午後を迎えていた。
「はい。これを見といてください」
昼休みから戻ったクレアがグレンの机の上に一枚の書類を置いた。グレンはクレアが置いた書類に手をのばす。
「なんだこれ…… 依頼書……」
グレンが受け取ったのは、テオドールや周辺の町や村から寄せられる冒険者達への依頼が書かれた依頼書の写しだ。
内容は昨日の夜にタイラーがエリィに話していた、テオドール南の砦に住み着いたオーガが街道を荒らしているため退治してほしいというものだ。
依頼書を読んだグレンが顔をあげた。机の前にはまだクレアが立っていた。
「エリィさんとキティルさんはこの依頼を受けたようです」
「討伐対象がオーガねぇ。また危険な相手を…… 特に二人は昇格審査ですし無茶をするだろうな。一緒に行く冒険者は? まさか二人でオーガには挑まないだろう」
「同行者はタイラーさんですね」
「タイラー!? これ大丈夫か? あいつは一人だろ?」
依頼書を持ち上げてクレアにグレンは問いかけた。岩竜の巣で会った時に一人で飲んでいたタイラーの態度から、からグレンは彼のパーティから抜けたことを察していた。クレアはグレンが持つ依頼書を指して答える。
「その依頼からインパクトブルーは再結成したみたいですよ。しかもヒーラーも新たに雇ったみたいです」
「えっ!? 再結成だと…… ふーん。そうか。でもなぁ」
持っていた依頼書をグレンは机の上に置きグレンは、腕を組んで考えている。タイラー達が同行するのはわかったがやはり二人が心配なようだ。
グレンの様子を見たクレアが声をかける。
「心配みたいですね」
「そりゃあな。タイラーは別にいいけどさ。エリィとキティルはまだここへ来て一ヶ月も経ってないんだぞ」
背もたれによりかかりグレンは、両手を頭の後ろに回した。視線を上に向けてジッと一点を見つめている。
「ふふふ。いい子ですね。冒険者さんの心配をちゃんとしてます」
「こら! 頭を撫でるな!」
笑ってクレアがグレンの頭に手を伸ばして撫で始めた。グレンは体をそらして逃げようとした。
「まだ私があげた水晶もってますよね? 仕事に差し支えない範囲で見て上げてください」
「えっ!? ありがとう……」
クレアの言葉に逃げるのをグレンがやめた。彼女は了承を得たと思ったのか、グレンの頭を満足するまで撫で続ける。支援課の扉が勢いよく開いた。三人の視線が扉に向かう。
「邪魔するぞ…… はっ!? お前ら! 何やってんだ!」
足首近くまである鮮明な赤いマントが背中に装備された、水色の輝く鎧に身を包み腰に幅が広いやや長めの剣をさした男が部屋に入って来た。男は肩くらいまである、濃い茶色の髪をした真っ黒な瞳の目つきが鋭く重たい雰囲気をまとっている。突然の来客にグレンはクレアの手をつかみ頭から下ろした。クレアは少し寂しそうにしてから来客を迎える。
「ルドルフさん。いらっしゃーい。ほら! グレンくん! お茶を淹れて」
「はいはい…… はぁ」
面倒くさそうに返事をして立ち上がるグレン、ハモンドは緊張した顔で男が部屋に入ってくるのを見ていた。
この男はルドルフと言う名で年齢は二十四歳。ノウリッジの治安維持をする聖騎士団の聖騎士の一人で、彼は聖騎士団西部方面担当第一大隊の隊長を務めるテオドールの守備と治安維持の責任者だ。
「茶はいらないからそこにいろ。今日は二人に話があってきて来たんだ」
ルドルフがグレンを止めた。振り返ったグレンに見えたのは、眉間にシワを寄せて機嫌が悪そうにしているルドルフだった。グレンの中でよりめんどくせえという感情が湧き上がり、さっきまで嫌だった席を外して茶を淹れに行くという行為が今は愛おしく思う。
渋々とグレンは席に戻る。クレアとグレンが揃うとルドルフは二人に、にらみつけるようにきつい表情を向けた。
「タフィ、ジョディ、グスタフ、この三人の冒険者に覚えがあるだろ?」
右手を二人に前にだしてルドルフは、一人の名前を呼ぶごとに一歩ずつ指を立てた。
「はい。彼らは正当な理由のない新人冒険者への傷害と相互安全義務の放棄で指名手配されている三人組です!」
席を立って気をつけの姿勢でハモンドが大きな声で正確に回答した。しかし…… ルドルフが尋ねたのはハモンドではない。
「ハモンドには聞いてないんだ……」
「はい。ハモンド君の言うとおりの奴らです!」
ハモンドの方を向いて首を横に振ったルドルフ、ニヤリと笑ったグレンはわざとらしく真剣な表情をして、ハモンドの真似をして気をつけの姿勢でグレンがルドルフに回答する。
「黙れ! お前ら三人を始末しただろ? 岩竜の巣で!」
グレンの胸ぐらを掴み顔を近づけて威嚇するようにルドルフが尋問する。
「ぐっ!?」
落ち着いた様子で笑ってグレンはルドルフの手を簡単に外す。そして肩をすぼめてとぼけた顔をして口を開く。
「さぁな。冒険者なんか放っておいても死ぬのにわざわざ殺すかよ」
「えぇ。私達はそんなに暇じゃありませんよぉ」
知らないとクレアとグレンは嘘をついた。二人を交互に見てルドルフが叫ぶ。
「目撃者が居るんだぞ。現場でお前達二人が冒険者達を殺したのを見たってな!」
「酔っ払いの戯言を信じるのかよ。それに俺と義姉ちゃんみたいな地味な姉弟なんかテオドールに腐るほどいるだろうよ」
威圧的な態度のルドルフにグレンは冷静な口調で返す。ルドルフは近づけていた顔を離し、グレンの方をもう一回見た。
「じゃあ目撃者の見間違いだと言うのか?」
「だろうな。なんなら俺と義姉ちゃんが直接その証言者に会ってやろうか?」
「それは……」
威圧的な態度からルドルフは急に大人しくなり困った顔をした。証言者がグレンとクレアに会いたがらないだろう。証言者にはあの夜の二人は恐怖として刻まれている……
ルドルフの態度を見たグレンは勝ち誇ったような表情をした。今度はグレンが体を曲げて、机を挟んで立つ彼に顔を近づけた。
「だいたいさ。俺達がそいつらを殺ったとしてうちの義姉ちゃんが目撃者を残しておくと思うのか?」
グレンは斜め後ろで立っているクレアを親指で指して笑った。
「チッ! もういい!」
舌打ちをしてルドルフはグレンから離れ背中を向け出口へと歩いていった。
「町の治安は聖騎士が守る! 余計なことをするな!」
扉の前でグレン達に振り返って叫び出ていった。
ハモンドはあわあわしていたが、グレンは余裕の笑顔で手を振って挨拶するのだった。
「ひどいですよ」
クレアがグレンの袖を掴んで引っ張り小声でつぶやく。グレンが振り返るとクレアは袖をつかんでしょんぼりとしていた。どうやら彼女はグレンに言われたことで傷ついたようだ。
「えっ!? でも事実だろ。俺は脅しただけだけど五人も殺したじゃん」
「もう…… 五人は死んでません。きっと二人くらいですもん……」
小声でささやくグレンの言葉を、クレアは小さく首を横に振って否定した。
岩竜の巣でクレアは冒険者に囲まれて一太刀で包囲を崩した。ちなみにその時に死んだのは、護衛だった男を含め三人で残りは冒険者として再起不能となりノウリッジ大陸から出ていった。
「しかし、いつものことですが。ルドルフさんはは冒険者のこと嫌いですねぇ」
ルドルフが出ていってから少ししてハモンドが口を開いた。
「そうですね。嫌いな冒険者さん達が頑張ってるから町の外の安全があるんですけどねぇ」
「まぁ…… 町で問題を起こすのも冒険者だったりするんだけどな」
「だから町の歴史とか文字学習とかで愛着を持ってもらえるようにしてるじゃないですか」
「そうだな。少しずつそれで改善してくれりゃいいけどな」
他の大陸と比べてノウリッジ大陸の各町で犯罪を起こす冒険者の数が多い。それは各地の冒険者ギルドでは、そこで生まれ育った者がリーダー格として存在し冒険者達を統制しているからだ。しかし、ノウリッジにはそのようなリーダーはほとんどいない。なぜならノウリッジは新興大陸で、町のほとんどが最近出来たばかりのものだからだ。ほとんどの冒険者は町で腕を磨くと次の町へと離れていく。冒険者は町への愛着が湧きにくくリーダーもほぼ存在しないため、冒険者ギルドだけでは統制が行き届かずに粗暴な冒険者が町で問題を起こしてしまうのだ。
冒険者支援課は講習会を開いて、ノウリッジの歴史や町の特徴を学ばせ新人冒険者達にノウリッジ大陸へ親しみを覚えてもらおうなど対策を行っていた。
「ところで…… お二人は本当にさっきの三人のこと知らないんですか?」
腕を組んで疑った顔したハモンドが二人に質問をする。
「えっ!? あぁ! もちろん! なぁ義姉ちゃん!」
「はい! 知りません!」
慌てて否定する二人をハモンドはジッと冷たい目で見つめる。クレアとグレンは笑ってごまかすのだった。