第229話 勝手な人々
「悪いな…… オフィーリアの意思なんか関係ない。俺達は上司の命令で動いている。文句はテオドールのキーセン神父に言ってくれ」
「なっ!?」
首を横に振ってジーグルドを見下ろすようにしてグレンは答えた。
「もう…… グレン君! 申し訳ありません」
「まったく……」
クレアはグレンの前に手を出して下がるように指示をした。すぐに彼女はジーグルドに向かって彼の横柄な態度を謝罪した。腰をあげ椅子に深く座り直し、グレンを見て大きく息を吐くジーグルドだった。クレアはグレンに顔を向けほほ笑むと前を向いた。
「でも、彼の言うことは正しいですよ」
「はあ!? 君もか?」
同じことを繰り返すクレアにあきれた声をあげるジーグルドだった。グレンはクレアに視線を向けに笑った。
「私達は聖女オフィーリア様の意思で動いているのではありません。冒険者ギルドから福音派が何をしているのか確認しろと指示を受けているのです。ギルドに与えられた捜査権を行使しているだけです」
淡々とクレアはジーグルドに答えた。クレアはあくまで聖女オフィーリアの意図ではなく、冒険者ギルドが大陸の問題を調査しているの延長で福音派の調査をするだけだと主張している。
「つまり…… 我々が勝手にやったことと言うわけか…… ふっ…… キーセンが言いそうなことだ。福音派にその言い訳が通じればいいがな」
「ふふふ。探られて困ることをしていれば文句は言いませんよ」
「だといいがな……」
ジーグルドはクレアを見て小さく首を横に振ったのだった。
「彼らが何か動いているのは我々も確認している…… ここから北に福音派の人間が集合している」
「ガーラム修道院ですね」
「あぁ。表向きはガーラム修道院で聖者の復活日の祝いをすることのようだが…… 今年は福音派の人数が多すぎる……」
難しい顔でジーグルドは振り返り窓の外を見つめた。しばらくして前を向いたジーグルドにクレアは笑顔で口を開く。
「それでは明日から福音派の動向の調査を始めます」
「あぁ」
適当に手をあげジーグルドがクレアに答えたのだった。クレアは笑って静かにうなずいた。そこへ……
「おっお茶を淹れて来たでござるよ!」
部屋の扉がノックされ勢いよく扉が開かれた。開かれた扉から木製のティーワゴンを押しながらジャスミンが入って来た。ティーワゴンにはソーサーに乗ったカップが三つと茶が入ったポットが乗っている。ジャスミンを見たジーグルドは申し訳なさげに彼女に声をかける。
「ジャスミンさん。話は終わったからお茶は……」
「えぇ!? そっそうでござるか……」
ティーワゴンを押しながらしょんぼりとするジャスミンだった。ジーグルトは慌ててクレアとグレンに視線を向けた。
「あっあの…… お二人ともお茶を飲みませんか?」
「えっえっと…… いただきましょうか? グレン君」
「あぁ。いいぜ」
「ありがとうございます。ほっほら! ジャスミンさん。二人にお茶を出してください」
ジーグルドがジャスミンに茶を振舞うように指示をした。ジャスミンは顔をあげ表情をパアっと明るくする。
「おぉ! かしこまりでござる」
元気に返事をしたジャスミンはポットを持ってカップに茶を注いでいく。なみなみとカップに茶を注いだジャスミンはソーサーを持ってゆっくりと歩き出した。歩くたびにカップの茶が揺れこぼれそうになる。
横を通ろうとするジャスミンをグレンは一歩下がってかわした。
「では…… ジーグルド様! どうぞでござる」
「えっ!? いや先にお二人に……」
「はっ!? そうでござした! 拙者としたことが!!! キャッ!!」
「ギャアアアアアアアアアアアア!!! あちいい!!!!」
慌てて振り向こうとしたジャスミン、手に持っていたなみなみと茶が注がれたカップから茶が飛び出た。いきおいよく飛び出た茶はジーグルドの顔面を襲った。
「ジャッジャスミンさん。もういいからそれをここに置いて二人に茶をだしなさい」
左目の下を押さえながらジーグルドはジャスミンを止め、グレンとクレアに茶を出すように促すのだった。グレンとクレアは顔を見合せて苦笑いをするのだった。
「失礼するでござる」
ジーグルドの執務室の前でクレアが頭を下げた。彼女の横に立ち扉を押さえていたジャスミンが静かに扉を閉じた。ジャスミンは扉から二人の前に移動して声をかける。
「ではお二人の宿まで案内するでござるよ」
「宿? 泊まるのはここじゃないのか?」
「はい。こっここは狭いので職員用の部屋はないのでござる」
グレンの問いかけに答えるジャスミンだった。ノウレッジの各町にある冒険者ギルドには、グレンやクレアのように他町から来た職員が滞在できるように部屋が用意されている。ディープスグランの冒険者ギルドは狭く余計な部屋を作る余裕はない。
「リエラ区の宿の一室を予約したでござるから、そちらへに宿泊していただくでござるよ」
「わかりました」
ジャスミンが手配した宿にグレン達は滞在する。二人を連れジャスミンは階段を下りて一階に行き裏口から外へ出た。冒険者ギルドの裏は広場になっており、二台のゴンドラが並んで停められ、木の壁にオールがたてかけられている。
「これは…… 魔導ゴンドラか」
扉の前に停められたゴンドラを見てグレンが声をあげた。横を向いて驚くグレンにジャスミンが微笑みうなずく。
「はい。ふふふ。これでも拙者はゴンドラ乗務員でござるからね。さぁ乗るでござるよ」
得意気な顔で腕をまくる仕草をした、ジャスミンは立てかけられたオールを手に取った。オールを持ったジャスミンは手で魔導ゴンドラを指して二人に乗るように促す。
グレンとクレアは魔導ゴンドラに乗り込み中央の席に座った。ジャスミンも続いてゴンドラに足をかけ乗ろうと……
「ギャアっ!!!!!」
「うわ!?」
「キャッ!」
乗っていたゴンドラが揺れ驚いたグレンとクレアが声を上げる。慌てて振り向いた二人の目にゴンドラの横に尻もちをつくジャスミンの姿が見えた。どうやら彼女はゴンドラに乗ろうとして足を滑らせ尻もちをついたようだ。
すぐに立ち上がったグレンはゴンドラから飛び下りてジャスミンの元に向かった。彼女の前にかがんだグレンが声をかける。
「ははっ。本当にゴンドラ乗務員なのか」
「本当でござるよ…… めっ面目ない…… はっ!!!」
「えっ!? あっあぁ。ほら立てよ」
慌てて足を閉じたジャスミン、尻もちをついた彼女はスカートがまくれて足と足の間から白と緑の縞柄の下着がのぞいていた。顔を真っ赤にしてうつむくジャスミンに、グレンは気まずそうに手を差し出して立つようにうながすのだった。
ジャスミンはグレンの手を取って立ち上がった。互いにきまずいのか視線をそらす二人だった。
「粗末なものを見せてしまって……」
「いっいや…… 見てないよ…… ほら行こうぜ。支えててやるから」
「めっ面目ない……」
グレンはジャスミンからオールを受け取った。彼はゴンドラに乗るジャスミンのを背中を支え乗せた。クレアは横目で二人を見て顔を歪ませていた。
ジャスミンがゴンドラの船尾に立つと、彼女にオールを返しグレンは席に戻った。座ったグレンをクレアは肘でつついた。グレンが横を向くとクレアは不満げに口を尖らせた。
「エッチ…… 変態さんです」
「うっうるせえな。見たくてみたんじゃねえよ」
「やっぱり…… さっき見てないって言ってたのに!!」
「やめろ!!!」
顔を真っ赤にするグレンにクレアは舌を出すのだった。言い争う二人の後ろで気まずそうにジャスミンは声をかける。
「あっあの…… 出発するでござる……」
ジャスミンがオールを下に動かし先端を地面につけると、ゆっくりと魔導ゴンドラが浮かび上がるのだった。




