第227話 義姉はなんでも知っている
魔導ゴンドラの停留所からグレンとクレアが歩き出すと、すぐに二人の頬を柔らかな風が撫でる。道の先が明るくなり、わずかな夕日が差し込み床を赤く染め木の長い影が伸びていた。
道はデオデフの木の穴から外へと続いている。分厚い木の壁を通り抜けた二人に夕日に照らされた深い森が見えて来た。
「これが空中歩道か……」
先ほどまで歩いて道と違う真新しい木製の道が北に向かって、やや左にわずかに曲がりながら伸びていった。道の幅は三メートルほどで両脇は木の柵で囲まれ上からツタで編まれた太いローブで吊るされていた。この道が空中歩道である。空中歩道は隣のデオデフの木まで約五百メートルほどを結んでいる。
「ゆっくりと森を見ながら歩けるから意外と楽しいんですよね」
「あっ…… あぁ…… そうだな」
空中歩道に出て少し歩くと、クレアは柵に手をかけ森の向こうに沈んでいく夕日を指して笑う。空中歩道は地上から五十メートルほどの高さであり、周囲にある普通の樹木よりも高く森を見渡せるのだ。
グレンは夕日に照らされながら微笑むクレアの顔が美しく、彼女から目が離せなくなっていた。目を動かしふと振り向いたクレアとグレンの目が合う。
「??」
目が合うと頬真っ赤にしてグレンは慌てて顔を背けた。彼の態度に首をかしげるクレアだった。恥ずかしくグレンはごまかすように前を見て適当な言葉を探す。
「けっ結構人がいるんだな……」
空中歩道の中央付近にグレンとクレアのような男女二人が並んで景色を見ていた。
「木と木の間は歩いても十分くらいで移動できますからね。ただ……」
視線を空中歩道の先に向けクレアが話す。グレンはうまくごまかせて安堵の表情を浮かべ、ホッと胸を撫でおろす。
「たまに魔物が襲ってきて破壊されることがあるみたいです…… あっ!!」
「へっ!?」
空中歩道にいる男女を見て話していた、クレアが急に声を大きくした。グレンは驚いて彼女の視線の先を見た。中央付近に並んだ男女が抱きついて口づけをしていた。クレアとグレンは頬を赤くして視線を外し、どちらかともなく体を日が沈む森へ向けた。
「アメリアに見つかったらはしたないとか怒られるぞ」
「ははっ…… そうですね」
森を見ながらあきれた口調で話す、グレンに苦笑いをするクレアだった。二人は顔を見合せて笑うのだった。
「うん!?」
空中歩道に立って居るグレンとクレアを影が覆った。グレンは視線を上に向けた。二人の二十メートルほど上を黄色の二本の光の間を薄い青いもやを纏った黒く大きな流線型の物体が通過していった。青いもやの中には星のような光の粒が瞬いていた。
「あれは……」
「魔導ゴンドラですね。あの二本の光が魔導式誘導装置ですね」
上を通っていったのは魔導ゴンドラだった。空中歩道の上を魔導ゴンドラは通って町の移動をしていた。
「浮遊式の魔導ゴンドラは魔導式誘導装置によって航路を外すことはありません。風の影響とかはあるので操舵技術にすぐれないと激しく揺れるらしいですけどね。あっ!! そうそう。魔導式誘導装置を改良して砂海用の魔導橋梁の開発が出来たみたいですね」
クレアはゴンドラを見上げながら話していた。ちなみに魔導橋梁とは魔法で作り出す橋と線路だ。鉄道が砂上船の邪魔にならないように車両が通る時のみに魔法で線路を作り出すのだ。
「ふうん…… あっ……」
ゴンドラを見つめグレンはクレアの話を聞きいていたが、何かに気づいて固まった。通過していったのは先ほどのゴンドラで彼女の姿をグレンは目で追っていた。
もちろん義姉は義弟が何を見ているのかすぐに気づき機嫌を悪くする。クレアはグレンの前に立つと彼のほっぺたに両手を持って行く。
「ムっ! グレン君!!!」
「えっ!? あっ……」
グレンを呼んだクレアは彼の顔を強引に自分に向かせると口づけをした。驚いたグレンだったがすぐに彼女を受け入れ目をつむった。
二人は空中歩道の上で口づけをしていた。クレアは口をゆっくりとグレンからはなす。二人の間に夕日に照らされ光る糸が静かに伸びて切れていく。
「いっいきなり…… なんだよ」
「ふふふ。私以外を見てたからお仕置きです」
指を立てグレンの鼻の前に突き出して笑うクレアだった。
「みっ見てねえよ」
クレアの指摘にグレンは頬を赤くして目を背けるのだった。素直に自分の行いを認めない義弟がかわいくなくクレアは不機嫌そうに口を尖らせる。
「ふん! ああいうのが好きなのはわかってるんですからね。彼女もグレン君の好きそうな女リストに加えておきます」
「はぁ!? なっなんだよ。好きそうな女リストって」
「それは…… まずクロースちゃんでしょ。砂海のアーラさんですよね…… あっあとミレイユとかも……」
「もう! やめろ! 本当に…… もう」
慌てるグレンに満足げに笑うクレアだった。二人は空中歩道を進む。歩いて数分で空中歩道はディープスグランフィエロ区へと到着した。
空中歩道が伸びているデオデフの木の穴から中へ入る。マザーツリーと同じように建物が壁際に並んでいる。少し歩くとまた魔導ゴンドラの停留所が見えて来る。そこには……
「ありがとうございました。あっ! 大変申し訳ありません」
すれ違ったゴンドラが停留所に止まっており、先ほどの女性が乗客を降ろしていた。彼女が乗客を全員降ろすと新たに乗り込もうとした乗客に謝っていた。
「このゴンドラは本日の業務は終了です。次のゴンドラをお待ちください」
どうやら女性のゴンドラの運行は終了したようで、乗り込もうとした乗客に丁寧に謝っていた。グレンは停留所の横を歩きながら彼女の様子をうかがっている。もちろんそれに気づいたクレアは顔を歪ませ彼を横目でにらんでいる。
「あっ!!」
驚いたグレンが右手をあげた。乗客に謝罪しゴンドラに乗り込んだ女性がグレンに向かって手を振ったのだ。グレンはチラッと横を見た。クレアは不機嫌そうに口を尖らせ視線を反対側に向けている。クレアに気づかれないと確信したグレンはそっと右手をあげ小さく動かしニヤニヤと笑う。
「ふふふ! いた!!! 足を踏むなよ! あぶねえだろ!!!」
「ふん!!!! べーーーーー!!!」
グレンが女性に手を振ったのはクレアにバレていた。不機嫌な顔でクレアはグレンの足を思いっきり踏んだのだ。声をあげるグレンにクレアは舌をだしたのだった。
「まったく…… なんで私がいるのに…… 他の女に……」
腕を組み不機嫌そうにクレアは口を尖らせぶつぶつとグレンに文句を言っていた。グレンは機嫌を取りたいが失敗すると面倒なので何も言わずに黙っていた。
グレンとクレアは壁際の土台から階段で下のフロアへと下りた。通り出て右を指しグレンに顔を向けた。
「冒険者ギルドはあっちですよ」
「あぁ。わかった…… なっなんだよ……」
歩き出そうとするグレンの袖をクレアがつかんだ。グレンが振り向くとクレアは彼を見つめ寂しそうな顔をする。
「グレン君…… 嫌いです」
「えっ!? あっ!!! 違うって…… ちょっとあの人が義姉ちゃん…… クレア義姉ちゃんに似てたからああいう制服も似合うのかなって……」
恥ずかしそうに頭をかく仕草をするグレンだった。彼の言葉にクレアはぱあっと表情を明るくする。
「まっまぁ…… そういうことなら許してあげます」
うつむき頬を赤くして恥ずかしそうにするクレアだった。グレンも自分の言葉が恥ずかしくなり、クレアと同じように頬を赤くして彼女から顔を背けるのだった。
「ほら! 早く行こうぜ」
グレンは通りの先を指す。クレアは顔を上げうなずく。二人はディープスグランの冒険者ギルドへ向かうのだった。




