第219話 ねんねんころりよ
食事が終わりグレンとクレアとレイナの三人は思い出話に花を咲かせた。深夜近くまで話し込んだ三人は慌てて寝室へと向かったのだった。
二人の家に客間はないので、レイナはクレアの部屋で彼女と一緒に寝ることになった。グレンは二人を見送った後自分のベッドに座り寝巻きに着替えまったりと薬草の本を読んでいた。
「ふぅ…… やっぱり疲れてたんですね。さっきお酒を少し飲んだらぐっすりと寝ています」
扉が開いてクレアが顔を出した。グレンは顔を出したクレアを見て首を傾げた。
「義姉ちゃん…… どうしたの?」
「ムっ! どっちのお姉ちゃんですか?」
口を尖らせてグレンを睨むクレアだった。名前を呼ばない義弟に怒っている。グレンは呆れながらも義姉の言う通りにする。
「クレア義姉ちゃん。どうしたの?」
「ふふふ。グレン君が寝れないと思って様子を見に来たんです」
グレンの口から自分の名前が出るとクレアは満足そうに笑って部屋に入って来た。クレアもパジャマに着替えていた。グレンは横にずれて自分の隣にクレアを座らせる。いつものようにクレアはグレンの隣にちょこんと座った。
「でもグレン君のお姉さんが来るなんてビックリしましたよ」
「ははっ俺も…… ごめんな。出張から帰ったばっかりで疲れただろ?」
「大丈夫ですよ。グレン君のお話を聞けて楽しかったです。特に赤ちゃんの頃の……」
「やっやめて……」
恥ずかしそうに首を横に振りクレアの話を止めるグレンだった。クレアは彼を見て優しくほほ笑んだ。
「えっ!? クレア…… 義姉ちゃん……」
横を向いたクレアはグレンの横顔を見つめ彼の腕にしがみついた。驚いたグレンだったが、寂しそうな顔で自分の腕にしがみつく義姉を見てそっと彼女の頭を優しく撫でる。
「グレン君…… どこにも行かないですよね……」
不安そうにグレンを見つめるクレアだった。彼女は急に現れたレイナにグレンが連れ戻されるような気がしてならなかった。もちろんそんなことはなく自分が心配しすぎであることはわかっていたが、クレアはグレンの口から答えが聞きたかった。
「あぁ。どこにも行かねえよ。レイナ姉ちゃんは薬草の買い付けに来てるだけだ。俺を連れて帰る気はねえよ。前に言ったろ。俺の家はテオドールだ……」
頭を撫でながら笑顔で答えるグレンだった。クレアはグレンの口から答えを聞いてホッと安堵の表情を浮かべた。
「そうですよね…… グレン君と夜一緒に寝てあげるお姉ちゃんは私だけです」
「おっおい……」
両手を上げたクレアはベッドに腰かけたまま背中を倒した。ベッドに背中をつけ体を横に向けたクレアはグレンにほほ笑む。
「今日も一緒に寝てあげますよ」
「いや…… さすがに…… レイナ姉ちゃんが見たら…… わっこら!」
「えへへ。お姉ちゃんの言うことを聞かない子はお仕置きです」
いたずらに笑ったクレアはグレンの腕を引っ張って強引に体を倒した。グレンとクレアは向かい合うようにベッドに倒れた。向き合った二人はどちらかともなく近づき目をつむった。互いの顔が近づき愛おしい人の匂いと甘い雰囲気が二人の間に漂う……
「あああああああああああああああああああ!!!! クレアちゃん! ずるい! 私もグレン君の隣に寝る!!」
「わっ!? レイナ姉ちゃん!?」
部屋の扉が開いてレイナが飛び込んで来た。そのままクレアの反対側にグレンを挟んでベッドに倒れ込むように横になった。
「ふふふ。グレンくーん」
優しくグレンの頭を撫でて懐かしそう優しくほほ笑む。レイナは頬を赤らめ吐き出す息からわずかにアルコールの匂いが漂う。
「酒くせえ…… 飲んだの?」
「うん! うーん…… ぐう!!」
グレンを撫でながら彼の問いかけに笑顔で、うなずいたレイナはそのまま目を閉じてベッドに頭をつけた。そのまま彼女は寝息を立て始めた。
「あっもう寝た…… ふふ。酔うとこうなるんだな……」
「えっ!?」
「あぁ。実家にいた頃にレイナ姉ちゃんが酒飲むとこなんかみたことなかった……」
「そうですか…… 大人になったんですよ。グレン君のお姉さんは」
小さくうなずいたグレンは複雑な表情でレイナを見つめていた。レイナは跡取りが消えた店を立て直そうと必死に働いていた。店の後継者として宴席などにも出席するために酒を飲むようになった。自身の知らないレイナの姿にグレンは姉が遠くに行ったような気がして少し寂しく思うのだった。
「それじゃあ…… あっちに連れて行きましょうか」
クレアは立ち上がりレイナを自分の部屋へ連れて行こうとする。
「まっ待て…… よく寝ているし…… もうここに寝かせておけばいいよ」
立ち上がったクレアをグレンは止めた。自信が立ち上がりレイナの足を持ちあげ、自分のベッドに置いて彼女を寝かせた。寝息を立てる姉を見てグレンはほほ笑んでいた。
「もうなんでこんな時だけ気を使えるんですか…… 余計な…… あっ! そうだ! じゃあ私達はあっちの部屋で」
「えっ!? いいよ。俺はこのまま寝るから……」
「へっ!?」
グレンの手をつかみ自分の部屋に行こうと言うクレアだった。しかし、グレンは彼女の提案を拒否したのだった。そのまま彼はレイナの横に寝ころんだ。
レイナの横に寝ころびグレンはクレアへ顔を向け彼女を下から見つめる。
「クレア義姉ちゃんは? 一緒に……」
「はいはい。いいですよ。もう少し詰めてください」
恥ずかしそうするグレンにクレアは少し不満そうに口を尖らせながらうなずいた。クレアもグレンのベッドに入る。三人は並んで寝むりにつくのだった。ただ…… 一人用のベッドに三人が寝るにはやはり狭い。みっちりと詰めながらグレンはなんとか体勢をかえ横を向く。
「やっぱ狭かったな……」
横を向いたグレンとクレアが目が合った。クレアは声をださずにグレンに向かってバーカと口を動かしたのだった。
「あれ…… ここは…… そういえばグレン君の部屋に…… ふふ。そっか。一緒に寝かしてくれあたんだ。あれ!? でも、二人は……」
翌朝、目を覚ましたレイナは一人だった。ベッドから出た彼女はグレンとクレアを探しながら一階へ下りていった。階段を下りる彼女にキッチンから漂う料理の香りが届く。昨日、夕食を取ったテーブルの前へとレイナは自然と足を運んだ。
「あっ! おはよう。レイナ姉ちゃん!」
「おはようございます。座ってください」
「そうだよ。早く座って! すぐ朝飯にするからさ」
レイナの気配に気づいたグレンとクレアがキッチンから顔を出した。笑顔で二人はテーブルにつくようにレイナに促した。二人は夕食の礼としてレイナに朝食を用意しようとしていたようだ。
「うん。ありがとう」
小さくうなずいて嬉しそうに笑うレイナだった。少ししてテーブルについたレイナの前に朝食が並べられていく。こんがりと焼かれたパンの上に昨日の残った鶏肉を焼いて挟んだサンドイッチに、同じ昨日の残りの野菜を使ったスープも添えられていた。
「あのグレン君が…… 私に料理を…… うぅ…… お姉ちゃん嬉しい……」
「あぁ。もういいから早く食え」
「えぇ!?」
「ふふふ」
レイナはグレンとクレアが作ってくれた朝食に目を輝かせるのだった。
朝食が終わり全員で片づけを始めた。重ねた皿を持ったグレンにクレアが声をかける。
「グレン君はレイナさんを見送くりに行ってください」
「えっ!? だって今日は朝に……」
「大丈夫ですよ。私が行って来ますから」
「そっか。ありがとう」
久しぶりに再会した姉弟へのクレアの気遣いにグレンは頭を下げた。グレンは港にレイナを見送ってから冒険者ギルドに出勤する。




