第217話 まぁこうなるよね
日が高く少しずつ傾きかけて来る午後の時間。グレンとレイナが町の通りを並んで歩いていた。通りを行くグレンとレイナは表情にはやや焦りが見えていた。
軒先にベッドがかたどられた金属の看板を下げた宿屋に二人が入っていた。しばらくして二人は落ち込んだ顔で出てきた。
「うーん。ここも満室か……」
宿から出て来た困った顔で宿を見つめるグレンだった。二人はレイナの宿を探してテオドールを歩き回っていた。
「ごめんねぇ。グレン君…… 私が宿を取らなかったから……」
「大丈夫…… でもなぁ」
申し訳なさそうにするレイナの肩に手を置いて優しく声をかけるグレンだった。レイナは顔をあげグレンを見た、宿を探すのは大変だが目の前にいる弟がたくましくなっていてうれしく思うのだった。
グレンはレイナの肩から手をはなし顎に手を置いて考えていた。
「後は…… セントウォーレン地区しかないな」
「じゃあ。そこへ行こう!」
レイナの言葉にグレンは渋い顔をして静かに首を横に振った。
「いやあ。あそこの宿は…… 女一人で泊まる場所じゃないよ」
「そうなんだ……」
セントウォーレン地区は貧民街であり宿はあるが、ほぼ全て娼館であり一夜の温もりを求める者専用だ。レイラのような女性が一人で泊まれる宿はない。悩むグレンにレイナはハッとして笑った。
「あっ! じゃあグレン君の家に泊めてよ!」
「えぇ!? うちに?」
レイナはグレンの家に泊めろと言い出した。驚くグレンにレイナは話を続ける。
「クレアさんに挨拶もしたいし! ねぇ? いいでしょ」
「別にいいけど…… あっ! でも、ねっ義姉ちゃん…… いやクックレアは…… 出張に行っているから今日はいねえよ」
現在クレアはコールドニアへと出張へ行っており、帰還予定は明日の夕方だった。
「えぇ!? 残念…… でもいいわ。じゃあ決定! ふふふ。久しぶりにお姉ちゃんがご飯作ってあげるわ! 買い物へ付き合ってね」
「えぇ!? 勝手に…… おっおい!? もう…… わかったよ」
嬉しそうに笑ったレイナはグレンの手を引いて歩いていくのだった。二人は市場からグレンの家へと向かうのだった。市場で買い物を終えた二人はグレンの家の前へと歩いて来ている。レイナは野菜と新鮮な肉が入った袋を抱えている。抱えている袋を彼女はギュッと抱きしめ嬉しそうに笑う。
「えへへへ」
「どうしたの? 嬉しそうにして」
「だって…… 何食べたいって聞いたら…… 茄子と鶏肉のトマトスープって…… 私の得意料理を覚えててくれたのね」
「ちっちがう!」
慌てるグレンにレイナは優しくほほ笑んでいる。彼から出た夕食のリクエストがレイナの得意料理だったのだった。自分とのことをグレンが忘れてなかったとレイナは嬉しくて思わず食材を抱きしめたようだ。
「ここだよ」
「へぇ。冒険者ギルドから近いんだよね」
「あぁ。ギルドが職員用に借りているからな。すぐに呼び出せるように近いんだよ」
赤い屋根の二階建ての家を指して立ち止まるグレンだった。レイナは家を見上げて興味深げに見つめている。グレンは扉の前で鍵を取り出そうと……
「グっグレン君!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
上空から大きな声がして振り返るグレンだった。背後に誰もおらず声がする上に視線を向けた。日は沈みかけ薄暗い空の上にクレアが浮かんでいた。グレンはクレアを見て嬉しそうに笑い右手をあげた。
「よお…… 義姉ちゃん…… うん!?」
クレアは黙って真顔でスーッと下りて来た。レイナとグレンから少し離れた場所に立って二人をジッと見つめ小刻みにプルプルと震えている。
「なっなにをしているんですか?」
「えっ!? なっなにって…… 家に帰るとこ…… なっなんだ!!!」
グレンが答え終わる前にクレアは大剣を抜いてグレンに斬りかかった。グレンとの距離をあっという間に詰めたクレアは彼の頭に向かって剣を振り下ろした。クレアの動きになんとか反応したグレンはすぐに剣を手にかけ抜くと同時に大剣を受け止めた。大きな音がしてグレンとクレアの二人は大剣と剣越しに目が合う。クレアの目は瞳孔が開きグレンへの殺意に満ちていた。唇を震わせ彼女は口を開く。
「私と言う者がいながら…… 女性を家に連れ込もうなんて!!!!」
「へっ!? あっ!!! 違う! これは」
視線をレイナに向けたクレアだった。どうやらクレアはグレンが自分の留守中に浮気しようとしていると勘違いしているようだ。
「グレン君の…… バカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
「あっ! バカはそっちだ!!!」
叫びながら両手に力を込めて大剣を押し込むクレアだった。グレンは必死に叫びながら両手で剣を持って押し返す。グレンに押されたクレアが後ろに下がっていく。石作りの道にクレアが引きずられた痕が黒く残り白い煙がでている。大剣を横に持って眉間にシワを寄せるクレアだった。
「浮気者!!!! 許さない!!!」
「だから! 違うって!!! クソ!!!」
グレンが視線を横に向けた。彼の後ろでレイナは二人の動きについていけず迫力で怯えて動けないでいた。地面を蹴った彼は飛んで逃げだした。
「あっ!!! 待ちなさい!!!」
クレアは飛んで逃げたグレンを追いかけるのだった。二人はテオドール上空で追いかけっこを始めた。グレンは飛びながら振り向くクレアに叫ぶ。
「なぁ! 義姉ちゃん! 話を聞いてくれ!」
「うるさい!!! バカ!!! 嫌いです!!!」
左手を前にだしたクレアの五本の指から光の剣が伸びてグレンに向かって行く。伸びて来た光の剣をかわすグレン、彼の左肩をわずかに光の剣がかすり伸びて行った。焦げた左肩を見てグレンが叫ぶ。
「あぁ!! もう! あぶねえな! 俺じゃなきゃ死んでるぞ!!!」
「うるさい!!! 嫌い嫌い!! キライイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!!!!!!!!!!!!!!」
クレアは叫びながらグレンに向かってまた光の剣を出した。必死にかわすグレンだった。
「クソ! ごめん! 義姉ちゃん……」
グレンはクレアを見てつぶやくと目の奥を赤く光らせた。彼はスピード一気に上げるのだった。
「えっ!? グっグレン君…… ん…… んん……」
速度を上げたグレンはクレアの視界から一瞬だけ消えた。次に彼が現れたのはクレアの目の前だった。グレンは離れて行ったのではなく彼女との距離を詰めていた。そのままグレンは右手を伸ばしてクレアの腰に手を回し強引に彼女を抱き寄せた。グレンはクレアの口に自分の口を重ねる。
二人は目をつむりテオドールの空で口づけをする。日が落ちて間もなく薄暗い空にかすかに浮かぶ小さな月が二人を見守っていた。
ゆっくりとした時間が流れていく。グレンは静かに唇をクレアから離した。先に目を開けていたグレンはクレアが目を開けるとすぐに口を開いた。
「頼む! 話を聞いてくれ!」
「なっなんですか…… 浮気者」
「浮気なんかするかよ!! 俺は…… もう!」
「ん……」
クレアはグレンを見て口を尖らせる。グレンはもう一度彼女に唇を重ねた。
「俺は…… 義姉ちゃんを裏切らないよ……」
「本当ですか? グレン君……」
大きくうなずくグレンにクレアの殺意は消え落ち着いてきたようだ。ようやく聞く耳を持った義姉に、グレンは安堵の表情をした。
「じゃあ一緒に居た人は誰ですか?」
「レイナ…… 俺の姉貴だよ。前に話しただろ?」
「へっ!? グっグレン君のお姉さん……」
過去の記憶を探るクレアだった。グレンを保護し際などに故郷や家族の話を聞いており、確かに彼に姉がいることを思い出すクレアだった。
「あっ!!!!! そういえば…… 姉がいるって…… 言ってましたね」
「そうだよ。急にこっちに来て宿がないから泊めるつもりだったんだよ。ごめんな。勝手に連れていったから」
「何で早く言ってくれなかったんですか!」
「言おうとしたら斬りかかってきたんじゃねえか!!!!」
早く言えとというクレアにグレンはあきれて叫ぶのだった。クレアは安心したのはいいが、自分が問答無用で斬りかかったのか恥ずかしくなり頬を赤く染め申し訳なさそうにうつむくのだった。




