第207話 波が引いた後
柔らかな風が砂海を吹き抜けていく。舞い上がった細かい砂がグレンの頬を優しく撫でるように駆け抜けていく。大剣を右肩にかついだグレンの目の前には銀色の長いシルバーリヴァイアサンが静かに横たわっている。
落ちてからわずかな時間しか過ぎていないが、シルバーリヴァイアサンの銀色の体にはうっすらと砂が積もっていた。
グレンは動かなくなったシルバーリヴァイアサンを見つめ小さく息を吐いた。
「ふぅ…… これでさすがに終わったよな」
つぶやいたグレンは大剣を下ろし、シャイニーアンバーを外しムーンライトへ戻した。グレンが鞘に剣を戻すと背後かから声をかけられる。
「グレンくーん」
振り向いたグレンが微笑んで右手を上げた。クレアが両脇にオリビアとグレゴリウスを抱えながらグレンの元へと飛んで来ていた。嬉しそうに笑ってグレンは地面を蹴ってクレアの元へと飛んで行く。
「ふふふ」
飛んで来たグレンが横に並ぶと嬉しそうにほほ笑むクレアだった。グレンはほほ笑むクレアに声をかける。
「さすが義姉ちゃん! やったな」
「違いますよ。オリビアちゃんですよ…… ねぇ?」
「さぁ…… 最後に攻撃したのは私だが…… 正直どっちの攻撃が当たったかわからないんだ」
グレンの言葉にクレアは困った顔で首を傾げオリビアに話を振った。話を振られたオリビアも困った顔で頭をかく仕草をする。
賢者の石の正確な必死だった二人は闇雲に地面を攻撃をしたのでどちらの一撃が賢者の石を砕いたのかわからなかった。
「えっ!? はははっ! なんだよそれ。しまらねえな…… まぁ義姉ちゃんらしいか!」
「ムっ!!!」
二人の回答にあきれて笑うグレンにクレアは不服そうに口を尖らせた。
「だいたいグレン君が勝手に行っちゃうからじゃないですか!!! 必ず行くとかかっこいいこと言ったくせに結局は来ないし!!」
「なっ!? じゃあ義姉ちゃんが二人を抱えてシルバーリヴァイアサンと戦うのかよ! 無理だろ!!」
グレンとクレアが言い争いを始めた。二人を見て笑うオリビアだったが、反対にグレゴリウスは申し訳なさげにうつむいている。
「ごめんなさい…… 僕が無理矢理にオッちゃんついて来ちゃったから……」
「えっ!? いや…… グレゴリウスのせいじゃない…… 俺が勝手に行ったのに本当だし……」
しょんぼりとするグレゴリウスに慌てフォローするグレンだった。オリビアはいたずらに笑ってグレゴリウスに顔を向けた。
「そうだな。グレが悪い!」
「えぇ!? オッちゃん!! ひどいよ」
「はははっ」
「プク!! オッちゃん! 嫌い。べー!!!」
夫婦喧嘩を始めるオリビアとグレゴリウスに挟まれた、クレアは困った様子で首を横に振り口を開く。
「もう喧嘩は……」
「グレンさーん!」
「なっ!?」
クレアが何か言おうとしたのを遮るようにして、両手を伸ばしてグレンを呼ぶグレゴリウスだった。グレゴリウスに呼ばれたグレンはすぐに彼の横へやって来た。甘えた声でグレンを呼ぶグレゴリウスに不快な顔をするクレアだった。
「どうした? おっおい!」
「僕はグレンさんのとこにいく!」
「わっ!?」
グレゴリウスはグレンが近づくと彼の腕をつかんだ。彼はクレアの優しく手を外しした。グレゴリウスの体がしずむグレンは慌てて彼の腕を強くつかんだ。
「あぶねえな」
「ごめんなさい!」
腕をつかんだグレンに舌を出して笑って謝った。グレンはグレゴリウスを引っ張り上げ彼の背中に手を回し両足を持ついわゆるお姫様抱っこした。抱っこされたグレゴリウスは嬉しそうに笑った。
「あっ! もうこれいらないね……」
腰でオリビアとつながっていた縄を器用に外す。オリビアは彼の行動に少し慌て止める。
「おっおい。グレ!?」
「ベーだ! オッちゃん嫌いだよ。じゃあ行きましょう!」
「あっあぁ……」
前を指してグレンにほほ笑むグレゴリウスだった。グレンは彼の言うことを聞いて先に飛んで行く。オリビアは悲し気な顔で二人を見つめていた。
クレアは不服そうにグレンに抱っこされるグレゴリウスを見つめていた。
「ずるい…… グレン君め…… なんでグレゴリウスさんにはあんな簡単に優しく…… 私にはしてくれないのに……」
グレンの不満をつぶやくクレアだった。グレン達は飛び立った砂上船へと戻って来た。先に飛んで行ったグレン達がまず甲板へ到着した。
「とうちゃーく!! ふふん。オッちゃんに勝ちました」
グレンに抱っこされたまま勝ち誇り胸を張るグレゴリウスだった。グレンは微笑んで彼を見ていた。キティルとメルダとクロースが二人に駆け寄って来て声をかける。
「お帰りなさい」
「やったね」
「ブフ!!!」
キティルとメルダがグレンに近づき笑顔で声をかける。クロースだけ少し離れグレゴリウスを抱っこするグレンを見てにやけていた。少ししてオリビアとクレアが戻って来た。皆がそろうと砂上船はモニー浮遊島へと向かう。
モニー浮遊島の前へと砂上船がやってきた。降り注ぐ砂の手前で砂上船は船体を横にして停止した。グレン達は甲板に並んで立って、モニー浮遊島を見つめていた。降り注ぐ薄い砂越しに円錐形に近いモニー浮遊島のむき出しの岩の灰色が見えている。
「これ…… やっぱり飛んで上がるのか?」
「えぇ。足を踏み入れた冒険者の記録によると上は噴水の跡とかある庭園のようですよ……」
「ふーん…… あそこまで飛ぶのはしんどいな……」
「ですねぇ」
高く先がかすんでいる巨大なモニー浮遊島を見上げて話すグレンとクレアだった。二人の横で同じようにキティルがモニー浮遊島を見上げていた。
「エリィ…… やっと……」
キティルは静かにつぶやいた。テオドールで行方不明になった親友に、やっと会えるという希望に満ちた表情で彼女はモニー浮遊島を見つめていた。降り注ぐ砂に反射する光が眩しく、彼女は手を上げ目を覆うのだった。
「また飛ぶんですか…… また皆に迷惑を……」
「何を言っておりますの。迷惑じゃありませんわよ」
「でっでも……」
空を飛べずに運んでもらうことしかできない自分が情けなく落ち込むグレゴリウス、彼の横に居たクロースがはげますのだった。
二人の後ろにメルダと並んで立って居た、オリビアはモニー浮遊島を見て首を傾げた。
「古代人はどうやって上がっていたんだ? まさかみんな魔法が使えて飛べるわけじゃないだろ」
「そうね…… 魔法が使えないと入れないなんてこと……」
「あぁ! 確かに…… オリビアの言う通りですわ」
オリビア、メルダ、クロースはモニー浮遊島を見つめ考え込んでしまった。グレゴリウスはふと視線を下ろしモニー浮遊島の真下にある砂海に移した。風により普段は円錐形のモニー浮遊島の先端に向かって山のようになっている砂海が、シルバーリヴァイアサンとの戦闘により砂が崩れた平らになっていた。
「あそこ…… 何かありませんか?」
何かに気づいたグレゴリウスが前を指して口を開く。三人が視線を彼が指した場所へと向けた。砂の中からわずかに黒く細長い物体が突き出していた。
「あれは…… 黒い石?」
「ロボイセの地底湖にあった石柱にそっくりですわ!」
「本当だ! キティル! あれを見て!!」
メルダがキティルに向かって叫んだ。砂の中から突き出ていたのはテオドールやロボイセにあったものと同じ石柱だった。キティルは石柱を見るとすぐにラウルに顔を向けた。
「あれは…… ラウルさん! 砂上船を動かしてください! あの石柱へ行きましょう」
キティルが叫んだ。グレン達はモニー浮遊島の真下にある石柱へと向かうのだった。




