第200話 砂の渦に誘われて
グレン達が乗る砂上船が速い流れの砂を巻き上げながらゆっくりと動いていた。
左右には切り立った岩山がそびえている谷だ、幅が狭く船一隻がギリギリ通れる岩谷を流れる速い砂は海と言うよりは川に近い。砂上船は岩が迫る狭い谷を巧みな操船で砂上船は前へ前へと進んでいた。
岩に挟まれうす暗い谷だが、船首の先に光が差し込み明るくなっている。これはもうすぐ谷が終わることを意味していた。
「もうすぐですね…… みんな。いきますよ」
「あぁ……」
砂上船の船首に立つクレアが前方を見ながら声をかける。彼女の後ろにはキティル、クロース、メルダ、そしてグレンの三人が居て同じように前を見つめていた。
オリビアとグレゴリウスは船尾で操船するラウルのそばにおり、ジョシュアはマストの上にある見張り台に立つ。
「うわ……」
強烈な日差しが襲い手で顔を覆うグレンだった。岩山に遮られたいた太陽が顔を出したのだ。砂上船は砂の谷を抜け砂海へと躍り出た。岩山に囲まれた湾のような砂海を砂上船が進む。
「相変わらずでけえな」
「本当に……」
砂海へと飛び出した砂上船のはるか先に、巨大な円錐形を逆さにしたようなモニー浮遊島が浮かんでいた。砂上船は砂海へと出ると速度を上げていった。
グレン達の目に映るモニー浮遊島が徐々に大きくなっていく。砂上船はモニー浮遊島の一キロほど手前までやって来た。
「風が……」
クレアの髪がかずかに揺れる先ほどまで穏やかだった砂海に風が出て来た。風はモニー浮遊島へと向かって吹いており舞い上がった砂が煙のように流れていく。風はモニー浮遊島の真下付近で渦巻いていく。砂海の表面が削れ渦を巻いていく。
「皆さん! 来ますよ! 気をつけて」
振り向いてクレアが叫ぶ。グレンたちは身構える。砂海に出来た渦巻は大きくなり直径は二百メートルを超えていた。直径の中心で風は強くなり砂を巻き上げ竜巻のように空へと伸びる風の柱を作っていた。
渦の中心がわずかにせり上がり銀色の体が日の光を反射する。砂海の中からシルバーリヴァイアサンが現れゆっくりと上空へと上っていく。渦巻からシルバーリヴァイアサンが全身を出した。全長は二百メートルを超える巨大な竜が砂上船の前に浮かぶ。空を隠すほど巨大なシルバーリヴァイアサンの影に覆われ、砂上船の甲板が薄暗くなっていく。
「キーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!」
顔を上げたシルバーリヴァイアサンが天へと向かって吠えた。クレモント洞窟の近くで聞いた時と違い至近距離で聞いた鳴き声は強く激しい。グレンは思わず両耳を手で押さえたのだった。
「おっオッちゃん……」
砂上船の船尾で操船するラウルの近くにいるグレゴリウス、目をつむって耳を塞いでい彼は怯えた表情で隣にいる妻の袖に手を伸ばしギュッと力強く握る。
オリビアはグレゴリウスの手を上から優しく握った。長い戦いでごつく傷だらけのオリビアの手は、お世辞に綺麗とはいえないがグレゴリウスは優しく温かい彼女の手に包まれ自然と頬が緩む。
「あぁ…… 大丈夫。私達に任せておけ。私から離れるなよ」
「うっうん」
ホッと安堵した顔でグレゴリウスがうなずいた。シルバーリヴァイアサンが顔を砂上船へと向けた。首を伸ばすようにして前へと顔をだすと大きく口を開けた。
「わっわ!!!」
甲板が青く染まりグレゴリウスが声を上げる。シルバーリヴァイアサンが開けた口の奥の青い巨大な光の塊が出現しその強烈な青い光は周囲を青く染めたのだ。
「みんな何かに捕まって!!!」
青く染まったクレアが振り返り大きな声で叫ぶ。グレン達はばらけて壁際に行きロープなどをつかむ。
「来るぞ!! ラウル!!」
船尾でオリビアがラウルに声をあげた。甲板に作られた木製の鍵盤の前に置かれれ椅子にラウルは腰かけていた。
「任せろ!!!」
ラウルが目の前のアルガンの鍵盤を叩くと、砂上船は向きを変えスピードをあげていく。砂上船はシルバーリヴァイアサンを横に見るようにしてスピードを上げていく。
「キティル! グレ! 振り落とされるぞ! 何かに捕まれ」
オリビアが近くにいる二人に叫んだ。オリビアとグレゴリウスとキティルは船尾を囲む壁の板をつかんでしゃがんだ。
「キーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
シルバーリヴァイアサンの泣き声と共に口から青い光線が発射された。
光線は砂上船の数十メートル前に着弾しするとシルバーリヴァイアサンは口を上へと動かした、砂を巻き上げながら吹き飛ばしながら猛スピードで砂上船へと光線が迫って来る。
「チィ!!! 面舵いっぱいだ」
猛スピードで砂上船は右へと旋回していく。地を這う光線は砂上船をかすめるようにして通り過ぎいく。
「くう!!!」
「キャッ!?」
光線がかすめた一瞬で砂上船は激しく揺れ巻きあがった砂が波のようになって降りかかる。オリビアとグレゴリウスが並んでいる場所に思いっきり上から砂が落ちて来た。頭から砂をかぶったグレゴリウスにオリビアが声をかける。
「大丈夫か? グレ?」
「ぺっぺ!! 口に砂が入った……」
舌を出して砂を吐き出して渋い顔をするグレゴリウスだった。オリビアは彼を心配そうに見つめた。
「グレは…… 中へ…… いや! 今からでも安全な場所に避難して……」
オリビアはグレゴリウスを避難させようと提案するが、彼はいつになくキっと眉間にシワを寄せ厳しい顔で妻を見た。
「やだ! お従姉ちゃんが言ってたでしょ。もう離れちゃダメっだって」
首を大きく横に振りグレゴリウスはオリビアの手を強くつかんだ。彼の目はまっすぐとオリビアを見つめ瞳は涙でにじんでいた。はるばるガルバルディア帝国から妻を追いかけて来た彼はもう何があっても離れるつもりはないのだ。
「そうか…… なら」
笑ってうなずいたオリビアは腰につけた鞄を開き縄を取り出した。細長く長さ十メートルほどの短い縄だ。
「えっ!? オッちゃん!?」
オリビアは自身の腰に縄を巻き付けると、反対側の縄を今度はグレゴリウスの腰に巻き付けた。二人は縄で結ばれつながった状態になる。オリビアの行動に驚くグレゴリウスだった。二人を結ぶとオリビアは微笑み彼の頭を優しく撫でる。
「これなら離れないぞ」
「うん。そうだね」
グレゴリウスは笑ってうなずくとオリビアに抱き着いた。オリビアは優しくほほ笑み彼の頭を撫でるのだった。
少し離れた場所でキティルがオリビアとグレゴリウスの二人を見ていた。
「いいなぁ…… 私もいつかグレンさんと…… なんちゃって…… キャッ!!!」
二人の姿に将来の自分とグレンを妄想し、にやけていたキティルだったが船が突如として激しく揺れた。シルバーリヴァイアサンから光線が再度発射され、今度はキティルの頭の上に砂が落ちて来た。
「もう……」
砂を被った彼女は手で必死にはたき落としていた。
「キティル!?」
「大丈夫ですか?」
キティルの悲鳴を聞いたグレゴリウスとオリビアが駆けつけて来た。二人は砂をはたくのを手伝うのだった。
「うっうん…… ありがとう…… ごめんね」
「「???」」
いきなり謝るキティルに首をかしげる二人だった。キティルは声を駆けて来たのが、グレンじゃなかったと不満に思う自分が恥ずかしくなり二人に謝罪したのだった。
「うわああああああ!!!」
「「キャっ!!」」
激しく船体が揺れて光線がかすめていく。オリビアとキティルとグレゴリウスの上に巻き上げられた砂が降り注ぐ。
「ラチが開かねえ!! みんな! やつに突っ込むぞ! すれ違うからその時に飛び上がれ!!!」
大きな声を出すラウルだった。船首にいるクレアが両手を広げて彼に手を振って答えた。ラウルは砂上船をシルバーリヴァイアサンへと向けるのだった。