第2話 意地とプライド
「はぁはぁ…… なっなんだよあれ……」
なぎ倒された木々の間から、真っ白な体の竜が森の中から現れた。首だけ数メートルはある、眩しいくらいに白く輝くような鱗に覆われた四本脚の巨大なドラゴンが現れた。
現れたドラゴンの名はシャイニングドラゴン、知能が高く古代から続く深い森や高い山に生息する。彼らは誇り高く人間が自分の領域に入ることを極端に嫌う。
シャイニングドラゴンは、もたげた頭の脇についたトカゲみたいな縦長で、瞳孔が開いた感情が見えない大きな目でグレンを見つめていた。
「あれは…… まずいな」
痛みと出血によって視界の周囲にモヤがかかったようなグレンの目に、大きな口を開けたシャイニングドラゴンが映る。シャイニングドラゴンの真っ赤な口には、一メートルはあろうかという大きな牙が並び、よだれが糸を引いている。周囲の木々がざわめき地面に生えた草がシャイニングドラゴンに向かってわずかになびく。大きく開いたシャイニングドラゴンの口の前に、大きな黄色に光りが集約していく。
「もう…… こうなったら……」
恐怖で押しつぶされになる状況だが、グレンはもう完全にあきらめ覚悟を決めた。彼を支えているのはもう最後の意地しかなかった。グレンは静かに腰にさしていた、右手でショートソードをぬく。武器を持ち正面から殺されることによりシャイニングドラゴンから逃げた冒険者でなく戦って死んだ冒険者と記録されるためだけに……
刺された場所を押さえている、ブルーストリームの脇から生暖かい液体が垂れるのをグレンは左手に感じていた。右手になかなか力が入らず、ショートソードの剣先は地面を向いたままグレンはシャイニングドラゴンと正対する。
「ガウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!!」
叫び声を同時に集約されて黄色い光が、線となってグレンに向かって飛んで来た。激しい熱をはなつ光線は、地面をえぐり焦がしながらグレンへと迫ってくる。
ヒリヒリとした熱と光に照らされてるグレン、まぶしく目がくらむなか彼は必死に逃げようとした。だが、間に合うはずも外側が灼熱にさらされ焼けるように熱くなっていく。服は焦げ腰にぶら下げていた薬草を入れた袋が切れて地面へと落ちていく。
目前へと迫った光線によりグレンの命は焼けつくされようとしていた。だが、グレンは同時に胸の内側からも沸き上がる熱を感じる。彼の目はいつも間にか真っ赤に光り、全身が赤いオーラのような光に包まれていた。
「おっ俺…… 体が……」
胸から沸き上がった熱は全身を駆け巡り、彼が纏っていたオーラは細かい毛のようになって波打ちまるで狼の毛が風になびくような姿に変わっていた。
「なっ何だってんだよ…… こいつら」
気配を感じたグレンが横に視線を動かすと、彼の横にはショートソードをもった冒険者が並んでいた。視線を冒険者の顔に向けたグレンは驚愕の表情を浮かべる。
「俺が…… 二人いる…… ははっ。一人で死ぬわけじゃないんだな」
左右にならんだ自分に驚いたグレンだったが、死期が迫っていた状況で頭はすごく冷静だった。迫りくる光線の光を浴びながらロッソはタイミングを合わせ右手に力を込めた。
「どうにでもなりやがれぇぇぇーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!」
叫びながら右手に力を込めてグレンは、やけくそで目の前に迫る光線にショートソードを振り上げる。同時に横にならんだ二人もショートソードを振り上げるのだった。
白いに光に包まれ、目の前が真っ白になりグレンの意識はそこで途絶えた……
光線が消えシャイニングドラゴンの前に、えぐられて焦げついた地面が真っ直ぐに伸びていった。確認するように視線を上に向けた、シャイニングドラゴンは目を大きく見開いて止まった。
「キーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
口を開けてまま空を向き、シャイニングドラゴンは鳴き声を上げる。
次の瞬間。ドサッと言う音と共にシャイニングドラゴンの首が地面に転がった。血が吹き出した首が前後左右に揺れて地面を真っ赤な鮮血で染めていく。
シャイニングドラゴン首の横に一人に人間が浮かんでいた。白い全身の覆う鎧を着て、右手に刀身が白く二メートル近い長さの大剣を持った女剣士だ。大剣の刀身をつたって切っ先から地面へと垂れる真っ赤な血が、彼女がシャイニングドラゴンの頭を切り落としたことを物語っていた。ゆっくりとシャイニングドラゴンの体が地面へ倒れ微かな地響きが周囲へと広がっていく。
「ふぅ……」
あざやかに上下に素早く大剣を動かし垂れる血を拭った女剣士は、大剣を背中におさめた彼女は淡々と顔にかかった血を右手の指で拭う。女剣士は濃く長い茶色の髪を後ろに結び、青い丸いやや垂れた丸い目をしていた。大剣をしまうと殺気が消えた彼女は、のんびりとした優しい雰囲気に包まれる。
「こんな町の近くの森にギルド指定第二級危険モンスターのシャイニングドラゴンさんが出るなんて…… さすが未知の新大陸ですね。もっと情報収集をしっかりしないと。また冒険者さんが減ってしまいます……」
女剣士は地面に転がったシャイニングドラゴンの首を見つめ、しっかりはっきりとした優しくゆっくりとした口調でつぶやく。
「被害はどれくらいでしょうか……」
地面を注意深く見つめながら、ゆっくりと女剣士の体が地面へと下りて行く。
「まぁ! 大変!」
声をあげ何か気づいた女剣士は地面に下りると急いで駆け出した。彼女は走ってシャイニングドラゴンの死体の二十メートルほど前へとやってきた。女剣士の足元に仰向けにグレンが倒れていた。
仰向けに倒れたグレンは腹から血を流し、周囲には赤い毛のようなった赤光のオーラが散らばっていた。手に持っていたショートソードは、刀身が半分になり焦げてまっくろになった先端から煙が上っている。
「ひどい……」
女剣士はグレンの姿を見てつぶやく。彼女はそっと苦痛に顔を歪める、グレンの胸に自分の耳を当てた、激しい心臓の鼓動が耳に届く。
「これは…… ドラゴンの傷じゃないですね。人間によるもの……」
グレンの脇腹にある傷を見つめる女剣士の顔が急に笑顔になった。
「でも、しっかり自分で応急手当はしてるんですね。いいこいいこ。えらいですよぉ。これならすぐに治療できますね」
グレンの横に座った女剣士は、彼が脇腹に薬草を塗ったのを見て感心し頭を撫でてから、自分の右手を顔の前に持ってきた。
「ヒールビッグシスターハンド!」
女剣士が声をだすと同時に右手が緑色に光りだした。彼女は光った右手をグレンの腹に充てる。緑の光をあてられたグレンの腹は、あっという間に刺された傷は塞がり血も止まった。
女剣士が使ったのは上級回復魔法ヒールビックシスターハンドと言う。聖なる水の女神の力を宿した手をあてることで、どんなに深い傷でも治療できる魔法だ。
「くぅくぅ」
魔法が効いたのかグレンは、表情が和らぎ穏やかな寝息を立て始めた。女剣士は彼の様子を見てニッコリと微笑んだ。
「ふふ。強い子ですね」
小さく息を吐き安堵の表情を浮かべ、女剣士はふと顔を上げて周囲を見渡す。グレンの前は木がなぎ倒されドラゴンが放った光線により地面がえぐれていた。
だが、光線が通り過ぎたはずのグレンの後ろの森の木は無事であり、彼から見て左斜めに向かって木がなぎ倒され地面がえぐれている光景が広がっていた。
「これはこの子が弾き返したんですね……」
女剣士はグレンから左斜めに伸びた地面と木をジッと見つめた。グレンから伸びている地面がえぐれかたやなぎ倒された木の数は、シャイニングドラゴンから伸びてるそれらと違って地面は深くえぐり倒された木の数は多い。
「すごい…… シャイニングドラゴンの超光源太陽遮断砲をはじき返したんですね…… おそらくこれを見て一瞬ひるんだのですね。周りの赤い毛と…… それに…… あの花は……」
真顔で女剣士はグレンの周囲に散らばる毛と花を黙って見つめている。にこっと笑って膝の上に置かれたグレンの頭をなでる。
「毛と…… 花は…… 違いますよね…… はっ! つまり特殊能力が二つ…… 多分この子は異端児…… すごいです!!!」
女剣士は嬉しそうに仰向けに寝てる、グレンを両手でしっかりと抱きかかえる。
彼女の体が白い柔らかな光につつまれ、ふわりと浮かび上がって地上から十メートルくらいの高さにまで行くとゆっくりと前へ進む。
「うふふ。偶然ですが良い子を見つけられました。あぁ。でもご家族に連絡をしないとですね……」
自分の腕に抱かれているグレンの顔を見て女剣士は微笑んでいた。うっそうとした森の上を飛ぶ彼女の背中を、大きな月の光が照らしていた。