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第199話 好きなのはあなた

「ふぅ…… 重い…… やっぱりいっぱい食べるんだねぇ」


 食事が終わったグレン達は出発まで一時間ほど休憩を取ることにした。思い思い各自で過ごす中、グレゴリウスは大きな袋を持って船首に向かって歩いていた。か細い腕で抱えるように袋を持つ彼の足取りはふらついていた。


「うわあああ!!」


 袋の重さでグレゴリウスバランスを崩してよろけた。背後から誰からの手がすっと彼の肩へと伸びて来てつかんだ。


「よっと」

「グっグレンさん!?」


 近くにいたグレンが駆けつけてよろけたグレゴリウスを支えた。背後を見てグレゴリウスは嬉しそうに笑った。


「何を運んでいるんだ?」

「砂クジラさんの餌ですよ。皆が食事をとったのに砂クジラさんだけ何もないじゃかわいそうですからね」


 グレゴリウスは砂上船をけん引する、砂クジラにも皆と同じように食事をとってもらおうと餌を運んでいたのだ。グレンは彼の優しさに感心し餌袋に手を伸ばす。

 

「えっ!?」

「運んでやるよ。貸しな」

「あっありがとうございます」

 

 グレンの手がグレゴリウスの手の上に重なった。びっくりして振り返るグレゴリウスにグレンは笑って彼の代わりに餌袋を運ぶと申し出る。グレゴリウスは嬉しそうに礼を言い彼に餌袋を渡した。

 餌袋を持ち上げたグレンは肩に乗せた。


「うわ! 重いな」

「はい。この船を引っ張るのは砂イシクジラさんですから餌砂(えすな)がいっぱい必要なんです」


 ラウルの砂上船を引っ張る砂イシクジラという種類で、大型の砂クジラだが泳ぐの速い。流線型の大きな頭が特徴で餌は口に生えたヒゲで砂を越して虫や小動物を越して丸のみにする。

 グレゴリウスが運んでいたのは餌砂という。ヒゲで越せるように餌を丸めて砂より大きく砕いた物が詰まっている。与え方は餌砂を砂クジラの周囲に巻いて吸い込ませる。

 

「こんなのオリビアに手伝ってもらえば良いのに?」


 袋を担いで歩き出したグレンが並んで歩くグレゴリウスに顔を向け尋ねる。


「ダメですよ。オっちゃんが食べ物を運べると思いますか?」

「いやぁ。さすがに砂クジラの餌までは食わな…… ごめん。オリビアじゃな……」

「ふふふ。ですよ」


 首を横に振ってグレンはグレゴリウスにオリビアを舐めたことを謝るののだった。グレゴリウスは微笑んでグレンにうなずくのだった。

 二人は船首へとやってきた。そこにはグレゴリウスが運んだと思われる袋が二つほど積まれていた。


「ここに置けばいいのか?」

「はい。後は……」


 心配そうに振り向いたグレゴリウスにグレンが声をかける。


「どうした?」

「いえ…… まだあと船倉から十袋は持ってこないと……」

「おぉ! そうか。さすがにこれじゃ足りないよな。任せとけすぐに持って来てやる」

「でっでもグレンさんも休まないと……」


 砂クジラは体が大きいので餌も大量に必要になる。餌砂は栄養は豊富とは今まで運んで来た分だけでは足りず、もっと餌砂が必になる。

 グレンが運ぶというとグレゴリウスの声が小さくなっていった。グレンはグレゴリウスの頭をポンっと軽く叩いた。


「大丈夫。訓練みたいなもんだよ。じゃあな。餌をやる準備をしといてくれ」

 

 振り向いてグレンは甲板を歩いていく。グレンは船倉と船首を何度も往復し餌砂がつまった袋を運んだ。


「ふぅ。これでいいか?」


 グレンが袋を置いて振り向いた尋ねる。彼の前に積まれた袋は二十を超え、積まれた袋の後ろの砂海と接した場所にシャベルといくつか袋が開いた状態で置かれていた。

 

「はい! これで砂クジラさんもお腹もいっぱいになると思います!」


 グレンの後ろに居たグレゴリウスは笑顔でうなずいた。彼はシャベルを持つと袋に突っ込んだ。


「えっと…… ジョシュアさんに教わったように…… 餌をこうやって……」


 袋からグレゴリウスがシャベルを抜いた。シャベルには濃い茶色の餌砂が盛られている。ラウルの砂上船を引っ張る砂クジラは二頭で、砂漠に生える黄竜草の繊維から出来る縄でつながっている。二頭のクジラは横に並んで船を引っ張る。休憩中の今は縄を伸ばしある程度自由に泳がせている。

 餌砂を巻こうとグレゴリウスはシャベルと大きく引いた。そして勢いよく前にシャベルを……


「キャッ!!!」


 シャベルで餌を投げようとしたグレゴリウスは振られたようになり、バランスを崩し尻もちをついた。シャベルを持った尻もちをついたグレゴリウスに、彼が投げようとした餌砂が頭から降りかかった。


「ぶへ!!!」

「ははは! グレゴリウスも砂クジラの餌を食べるんだな。似たもの夫婦だ」


 口に入った餌砂を舌を出して吐き出すグレゴリウスだった。砂餌まみれのグレゴリウスを見て大笑いするグレンだった。


「もう…… グレンさん嫌いです……」

「しょうがねえな。貸してみろ……」


 下唇を前に出してグレゴリウスはグレンを睨むのだった。グレンは笑いながら彼に近づき足元に転がるシャベルに手を伸ばす。頬を赤くしてグレゴリウスからグレンが顔を背ける。座ったグレゴリウスのスカートから青い女性用の下着が覗いていた。ずっとグレゴリウスはグレンを不満げに見つめていた。

 シャベルを持ったグレンはグレゴリウスと同じように袋から餌砂を取り出した。彼は軽々と餌砂を砂海に放り投げる。


「ほっ!」

「うわー!! すごーい」


 グレンがシャベルを前に出すと勢いよく砂海へと餌砂が飛んで行く。餌砂が砂クジラの鼻面にばら撒かれた。すぐに音がして砂が吸い込まれていく。

 何度もグレンは袋から餌砂をばらまきすぐに袋が空になった。


「うーん…… これ全部やるのは時間がかかるな」


 シャベルを肩にかつぎ積み上げられた、餌砂がつまった袋を見てつぶやくグレンだった。


「そうだ! 空から撒こう…… うん!?」


 クレアとキティルの二人が船首へと向かって駆けて来るのがグレンに見えた。途中でキティルがグレンを見て大きく手を振った。


「グレンさーん! やっと見つけた」

「もう…… 勝手に起きて…… うん!? 何しているんですか?」

 

 二人がグレンの元へとやって来た。シャベルをかつぐグレンにクレアは首をかしげて尋ねる。


「あぁ。砂クジラに餌をやっているんだよ。でも数が多くて…… えっ!?」


 うなずいて手で砂クジラを指してグレンが答える。グレンの答えたクレアは口を尖らせグレンに顔を近づけた。


「ぶうううう!!! グレン君だけずるいです!」

「なっなんだよ」

「私も砂クジラさんに餌をあげたいです」


 動物好きな彼女は自分も砂クジラに餌をあげたいと自分を指した。クレアの横でキティルもすぐに手をあげた。

 

「私も! あげたいです」


 キティルも砂クジラに餌をあげたいと言う。


「よーし。じゃあ…… 三人でやるか。そうすりゃすぐに終わる」

「わーい。頑張りましょうね」

「はい。やった!」


 グレンとクレアとキティルの三人で砂クジラに餌をあげることになった。


「袋を持って空から砂クジラの前に餌砂を撒くんだ」

「はーい」

「わかりました」


 開いた砂袋を抱えた三人は飛びながら、砂クジラの前に餌砂を巻いた。砂クジラは巻かれた餌砂を吸い込もうと砂が静かに小さく渦を巻く。


「ぷしゅううううううううううううう」


 二頭の砂クジラから勢いよく砂が吹きあがる。砂餌を撒き終えたグレンとクレアとキティルは並んで、上空でその様子を見つめていた。


「嬉しそうですね」

「そうだな」

「疲れたけど撒いたかいがありましたね」

 

 三人は顔を見合せて笑っていた。クレアは大きく背伸びしてしみじみとつぶやく。


「あーあ。やっぱりこういう時はソーラさんはうらやましいです…… 美味しいよお姉ちゃんって砂クジラさんが言ってくれますよね」

「そうだな…… でも俺はいいや人とさえ話すの面倒なのに……」

「ふふふ。私もグレンさんと一緒です」


 クレアは動物と喋れる特殊能力を持つソーラをうらやましがるのだった。グレンの言葉にキティルは笑っていた。


「じゃあ戻ろうぜ」

「はーい」


 グレンの言葉にキティルは先に砂上船へと降りていき彼女に二人が続く。しかし…… 途中でクレアが止まり再度砂クジラを見たグレンは彼女が止まったのに気づき振り向いた。


「どうした?」

「グレン君…… 私の特殊能力も聖剣大師(ソードマスター)じゃなければ…… こんな特殊能力じゃなければ……」

「ねっ義姉ちゃん!? どうした急に? 大丈夫か?」


 拳を握ってやや声を震わせ悔しそうにするクレアにグレンは心配そうに声をかける。


「あっ。ごめんなさい。時々考えるんです…… 特殊能力がなかったり違うものだったら…… 私も違うことが……」


 すっとクレアの元へグレンが近づいてきた。グレンは彼女の両手をしっかりと握った。突然のグレンの行動にクレアは驚いた顔をする。


「えっ!? グレン君……」

「俺は義姉ちゃんの特殊能力好きだよ。それに……」

「それに? なんですか?」


 話の途中で黙ったグレンにクレアは首をかしげて彼の顔を覗き込む。潤んだクレアの瞳に見つめられグレンは頬を赤くした。グレンは大きく首を横に振った。


「なっなんでもない! やっぱり恥ずかしいからやーめた」

「なんですかちゃんと言ってください!」

「やだよー。ほら行くぞ」

「待ちなさい! もう」


 さっさと砂上船へと戻るグレンをクレアは両手をあげて追いかけるのだった。甲板の上ではキティルが待っていた。


「もう…… グレン君め…… もっと…… 私を……」


 不機嫌そうにぶつぶつとつぶやきながらクレアは腕を組み歩いていく。キティルはなぜか機嫌を悪くしているクレアが怖くて横を通り過ぎるのを見つめるだけだった。


「義姉ちゃんのは…… 俺達のは…… 二人が出会えた大事な特殊能力じゃねえか。大事にしろよ…… 俺もそうするからさ。これからもな」


 歩いて行くクレアの背中に小声で誰にも聞こえないような声でつぶやくグレンだった。横を向いていたキティルは彼の唇がかすかに動いているのを見ていた。


「グレンさん? 何か言いました?」

「うん!? あぁ。何でもない。行こうぜ」


 笑顔で前を指してグレンがクレアを追いかけていく。


「クレアさん…… ずるいです。あんなにグレンさんに…… でも私だって……」


 うつむいたキティルは拳を強く握るとすぐに顔をあげ二人を追いかけていくのだった。

 つかの間の休憩が終わる。食事で英気を養った人間と砂クジラは、シルバーリヴァイアサンが巣食う砂海への航海を始めるのだった。

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