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第192話 上書き

 必死に自分の足首を拭くクレアを見ていたグレンはおもむろにしゃがんで手を伸ばした。


「そんなに嫌なら俺が拭いてやるよ」

「えっ!?」


 クレアの右手からハンカチを取るグレンだった。彼はクレアの前で跪き丁寧に優しく彼女の足首をハンカチで拭く。頬を赤くして嬉しそうにほほ笑むクレアだった。


「最後にグレン君が足をギュッとして上書きしてください」

「はいはい」


 子供のようなクレアの要求にグレンはあきれながら返事をした。普段なら嫌だと突き放すところだが、グレンはチラッと甲板に転がった、アランドロを見つめた後にすっとクレアの足首に手を伸ばした。自称とは言え自身の大事な義姉の婚約者を名乗った男に彼は見せつけるつもりのようだ。


「ほらよ」

「ダメです! ちゃんとギュってしてください」


 優しくそっとグレンはクレアの足首を撫でたが、彼女は口を尖らせてちゃんとつかめと要求する。グレンはめんどくさそうに足首を軽く握った。


「えへへ。ありがとうございます」

「ふん」


 クレアはグレンの頭を撫でようとするが察した彼は素早く立ち上がった。クレアはやや不服そうに口を尖らせグレンは彼女を見て優しく笑うのだった。


「はあはあ…… チッ……」


 二人から十メートルほど離れた場所で床に仰向けに倒れていた。アランドロが顔をあげグレンとクレアの様子を見ていた。


「なめくさりおって…… あいつら……」


 ゆっくりと立ち上がったアランドロは、眉間にシワを寄せグレンとクレアを睨みつけた。彼は静かに二人の前へと歩き出す。グレンとクレアは近づく気配に気づきアランドロが歩き出してすぐに彼に体を向けた。


「さて…… 終わらせるか。そろそろ」

「えぇ。付き合うのは時間の無駄ですからね」


 グレンとクレアは武器を構え互いに顔を見合せて笑った。アランドロは眉間に寄せたシワをさらに深くしていった。


「じゃあかしい!!!」


 二人に向かって怒鳴りアランドロは両腕を広げ空へと伸ばす。彼の両腕がうっすらと青く光り出した。死体と一緒に転がっていた帝国兵士の武器が浮かび上がっていく。グレンとクレアは視線を上に向けた。


「甲板に転がっていた武器に銀の手足か……」


 浮かび上がったのは武器の他にグレン達が切り落とした、銀へと変わった帝国兵士の手足が含まれていた。クレアはあきれたようにアランドロへ視線を向けた。アランドロは両腕を空へかざして笑っている。


「結局は最後も部下頼みですか…… 何も変わりませんね……」


 上を見てクレアはすぐに心底失望したような顔をアランドロへと向けるのだった。


「黙れ!!! このクソアマが!!!! ボケえええええええ!!!!!!!!!!!!!」


 両手をクレアとグレンに向けて叫ぶアランドロだった。彼の腕の動きに呼応して一斉に武器と銀色の手足がクレアとグレンへと向かって行く。猛スピードで武器と手足が四方八方からグレンとクレアへと迫っていく。クレアはグレンに左手で空を指した。グレンは静かにうなずく。


「こんなもの!!」


 グレンが甲板を蹴って飛んでいく。彼を追って半分の武器と手足が飛んで行く。


「私は…… はっ!!!」


 大剣を静かに構えたクレアは横に一振りする。大きな音が複数響いて床に武手足がはたき落とされ甲板や転がり一部は砂海に落ちて行った。次の武器がすぐにクレアの元へと向かって来ていた。


「とりゃ!!! そして……」

 

 素早くクレアは大剣を返して武器をはたき落とした。次に彼女は左手で大剣の柄頭を強く握る。大剣の柄頭から

光の大剣が伸びていく。クレアは上下に刀身が二つになった大剣を目に見えない速さ回転させながら前へと進む。

 高速で上空へと上がっていくグレン、体を逸らした彼が回転しながら降下する。宙返りをするグレンを武器と手足が追って行く。武器と手足は徐々に長く細く一本の線のようになっていく。降下したグレンは線となった武器と手足に背中を向けて砂上船に頭を向けていた。


「よっと!」


 振り返ったグレンは右腕で武器と手足を横に薙ぎ払った。彼の大剣によりいくつもの武器と手足が吹き飛ばされた。斬られた部分から下の武器と手足も浮力を失って落ちていった。

 グレンはニヤリを笑ってそのまま頭を下に降下を再開する。

 

「うん!? チッ!!」


 足に感触がして振り返ったグレンだった。手が二つほど彼の左足をつかんでいた。斬られ落ちて行った手の中の生き残りが降下するグレンの足をつかんだようだ。


「おわっと!!」


 グレンは足を銀色の手に引っ張られた。人間が二人で引っ張られたようになりバランスを崩す。体勢を立て直した彼は右肩に担いでいた大剣を逆手に持ち替えた。


「よっと!」


 冷静にグレンは逆手に持った大剣で左足をつかむ銀の手をつついて外す。外れた銀色の手は浮かび上がるようにしてグレンから離れていく。


「ルナレーザー!!」


 左手をグレンは銀の手を向け叫んだ。グレンの手から黄色の光線が飛び出し銀色の手へと命中した。銀色の手はチリのようになって消えて行った。


「残りは…… こうだ!!!」


 胸のポケットから瓶を取り出したグレン、彼が持つ瓶の中には青い液体に漬けられた月菜葉が詰められていた。瓶はロボイセのプリシラから送ってもらった月菜葉の酢漬けだ。プリシラは何度も月菜葉の酢漬けを送ってきており、グレンの手元にはすでに十個ほど瓶詰の酢漬けがある。

 頭を上にして体勢を変えたグレンは瓶を素早く上空へと投げた。瓶は一直線にグレンへと向かって来る武器に当たり割れて中身の月菜葉が散らばった。


「ルナレーザー!」


 グレンが左手を空に向かって叫ぶ。散らばった月菜葉が黄色く光って光線を発射した。光線は武器と手足を次々に焼き払っていった。武器と銀色の手足はチリとなって消えるか、浮力を失い地上へと落ちて行った。

 グレンは落ちていく武器を見て満足そうにうなずいた。


「うん!?」


 グレンに向かって上から何からひらひらと落ちて来てきていた。落ちて来たのは月菜葉だった。グレンはジッと落ちて来る月菜葉を見つめている。彼の目前まで月菜葉がやってきた。


「ほっ!」


 タイミングを合わせグレンは落ちて来た月菜葉をつかんだ。グレンはそっと手を開いて月菜っ葉をジッと見つめると手を口へと持って行く。グレンは月菜葉の酢漬けを口に含んだ。


「うへぇ。相変わらず。すっぺえなぁ」


 舌を出して笑うグレンだった。彼は視線を下に向ける砂上船がはるか下に小さく見えた。砂上船へと向かって先ほど撃ち落とした武器と手足が落下していった。グレンの脳裏にクレアの姿が浮かびなんとなくだが不安に襲われた。


「戻るか……」


 つぶやいたグレンは頭を下にすると猛スピードで降下していくのだった。

 グレンのはるか下に帝国の砂上船の甲板で、クレアが武器をはたき落としながらアランドロへと近づいていた。


「来るな!!! 来るなああああああああああ!!!」


 必死に両手を前に出して叫ぶアランドロだった。しかし、彼女は表情を一つ変えずに刀身が二つとなった大剣を回転させて近づく。


「なーんてな!!!」

「はっ!?」


 舌を出して笑ったアランドロ、クレアは何かに気づいて視線を横に動かした。いつの間にか彼女の足元に銀色の手と足が四つずつ転がっていた。アランドロはクレアに気づかれないように銀色の手足を動かして彼女の剣の間合いの内側へと移動させていたのだ。


「しまっ……」


 アランドロが指を右手を横に動かすと、浮かび上がった銀色の手がクレアの両足を手がつかみ後ろへ引っ張った。不意をつかれひっぱられたクレアの動きが一瞬だけ鈍くなる。アランドロは次に左手を横に動かした。


「キャッ!!!」


 浮かび上がった銀色の足がクレアの手と同時に腹へとぶつかった。衝撃でクレアは大剣を離してしまい甲板に転がった。さらに腹を蹴られた彼女はうずくまり苦痛に顔を歪めた。


「まだまだや!!!」

「クッ!!」

 

 叫んだアランドロは両手を横に動かした。足をつかんでいた手のうちの二つが浮かび上がり、クレアの両手をつかんだ。彼女は銀の手足に拘束されたしまった。


「いい眺めやな……」


 両腕を広げられ拘束をされたクレアを見た、アランドロは舌なめずりをして笑うのだった。

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