第19話 岩竜の巣へ
二人は冒険者ギルドから出て南の方角へ歩き出す。深夜へと向かうテオドールは静かで酒場や宿屋などに昼の賑わいがわずかに残り、灯された街灯の小さなランプの光が道を照らしていた。
「ここです」
ある建物の前でクレアが止まった。そこは木製の扉の横に樽が並んだ二階建ての広い酒場だった。軒先には岩の上に眠っているドラゴンが彫られた看板がぶら下がっている。
「酒場岩竜の巣…… 冒険者か……」
グレンは顔をあげて看板を見てつぶやいた。冒険者ギルドからほど近いここは酒場岩竜の巣。冒険者ギルドの酒場と同じくらい冒険者で賑わう場所として知られている。
飽きるのかそれともギルドに併設された酒場だとハメを外しづらいというもあるのか、一定数の冒険者はギルドの酒場でなく自分の行きつけの店を別につくりそこをたまり場とする。
「はい。ターゲットはタフィ、ジョディ、グスタフの三人です」
建物の前で淡々とした口調で、グレンに三人の名前を告げるクレア。グレンは小さくうなずいた。
「そうか。特徴は?」
「見れば分かりますよ……」
小さな声でクレアはグレンの質問に答え、鞄から上着と同じ色のフードを被った。グレンも続いて上着のフードを被る。次に二人は胸から下げている首飾りを、服の中にしまって見えないようした。顔を上げ扉と並んで向かい合う二人、そっと右手を伸ばしてクレアがグレンの手をつかむ。
「本当はグレンくんにこういうことをさせたくないです……」
「俺達は姉弟だろ? 一人で背負い込まれても迷惑なんだよ」
そっと優しくグレンはクレアの手を外した。チラッとフードの隙間からクレアがグレンを見た。
「でっでも…… ううん。ありがとうございます」
「ふん。じゃあ行こうか」
笑ったクレアを見たグレンは恥ずかしくて赤くなった、その頬を隠すようにフードを深く被る。ゆっくりと小さく息を吐き腕を前に出して彼は扉を勢いよく開けた。
バンっと言う音が響いて酒場の扉が開かれた。酒場はかなり広く右手の奥にはカウンターがあり、カウンターの手前と壁際に四角いテーブルが並んで十席ずつおかれ席と席の間が広く開いて通路のようになっていた。
店の最深部には小さな舞台があり、時間があえば踊り子や歌手などがその技を披露してるようだ。
流行っているの店なので席はほとんど埋まり、テーブルやカウンターを含めて客は五十人近くいて、客の大半は武器を持った冒険者のようだった。
二階は宿屋になっているのか、吹き抜けでせり出した廊下に小さな扉が並んでいる。廊下の手すりには短いスカートに薄いシャツだけを着た女性が酒場を眺めていた。
勢いよく開いた扉に客の視線が二人に集中した。注目されるなか二人は構わず黙って踏み出し酒場の奥へ向かう。二人への注目は一歩ずつ歩く度に消えていく。
二人の前に黒ズボンに白シャツに、白のエプロンと蝶ネクタイをつけたウェイターがやって来た。空いてる席を見ながらウェイターが声をかける。
「いらっしゃい。席は……」
クレアが鞄から素早く何かを出してウェイトレスのトレイに置いた。
「待ち合わせです。座ったら蜂蜜酒を二つ持ってきてください」
トレイにドサッと置かれたのは開いた小袋で中には銀貨が入ってるのが見える。二人が注文した蜂蜜酒よりも明らかに大きな金額が入ってる。
「えっ!? かしこまりました」
少し驚いたウェイターだが、自分のチップだと解釈したのかニヤリと笑って、二人に手で店内を指して脇へとそれた。
クレアを先頭にして二人は店の奥にへと向かう。
「居ました……」
酒場の真ん中へと進んで、クレアが立ち止まり小さな声でつぶやきグレンの方を見た。
グレンは小さくうなずくとクレアを先頭にしてさらに店の奥へと進む。店の最深部から少し手前のカウンターの向かいの壁際の席へとやってきた。
席には壁を背にして座る青い髪の男、その左隣に銀色の長い髪の褐色のエルフの女が居て、その向かいには小太りの丸い体型の男が座っていた。
青い髪の男は隣の席に剣を置き、小太り体型の男の右手側のテーブルに小さなハンマーが置いている。エルフの女の武器はクレア達から見えない、おそらく膝の上にでも乗せているのだろう。
グレンは立ち止まったクレアの左へ立ち、三人が座る席の前に二人は並んだ。二人が席の前に立つと壁を背にした青髪の男が声をあげた。
「おっお前たちは!?」
三人はキティルとエリィと一緒に居た先輩冒険者だ。店先で言われたクレアの見れば分かると言う言葉をグレンは理解した。
青い髪の男がタフィ、小太りの男がグスタフ、エルフの女がジョディだ。
クレアとグレンはキティルに怪我を追わせ、テオドールオオジカの囮にしようとした三人を懲らしめにやってきたのだ。懲らしめというのはクレアが優しく言ってるだけで、ようは彼らの生死を問わずノウリッジから排除することだ。ノウリッジ大陸の冒険者ギルドでは、素行不良の冒険者や移住者を排除する行為を”天使の涙”と呼んでいた。
天使の涙は見た者は存在しないそれは過去も現在もそして未来も……
「ここに私達が来た理由はわかりますよね?」
「知らねえな!!」
座ったているタフィに優しく問いかけるクレアだったが、彼は悪態をついて答えない。横で座ったタフィを見下ろしグレンが口を開く。
「三日前、お前らと一緒に仕事していたキティルが怪我した状態でテオドールオオジカに追われて俺達が保護した…… 何か言うことは?」
「それが何だよ! お前らに関係ねえだろ!」
淡々とグレンは問いかけるが、タフィは声を震わせて店内に大きな声を張り上げる。
タフィの態度にクレアは失望したように、ため息交じりで首を横に振った。
「いえ…… 冒険者ギルドに登録されている冒険者は財産です。理由なく故意に傷つけた場合は懲罰の対象になるんですよ」
「だそうだ。残念だったな五年前にここに来てりゃそんなルールはなかったんだけどな」
「うるせえな! どうだっていいよ! んなの! 俺達が逃げるためだよ!!!」
クレアの言葉にタフィはプルプルと震えて叫び。隣の席に置いた剣に手をのばす。クレアとグレンはお互いに顔を見合わせてうなずいた。逃げるためだという言葉は彼がキティルを傷つけて、放置したことを認めたと判断するには充分だった。
手前に並ぶ二人の仲間もジョディは立ち上がろうとして、グスタフがテーブルの上に置かれたハンマーに手をかけようとする。
「素直にノウリッジから出ていけば私達は何もしませんよ」
「だから! うるせえってんだよ! お前ら! こいつらをやっちまお…… えっ!?」
席を挟んでタフィの前にいたはずのクレアとグレンが消えた。次の瞬間、彼には刀剣が店のランプで光った残像のみが一瞬だけ見えた。
「タッタフィ!? わっ私……」
「あっが……!? 手が!? 手がーーーー!」
大剣に肩を貫かれてジョディは壁に打ち付けられた。グスタフはテーブルに置いていた手を、グレンの剣で串刺しにされ机に打ち付けられた。
恐怖で震えながら周囲の状況に驚くタフィに、右腕をまっすぐ伸ばし大剣を軽々を突き出していたクレアがニッコリと笑った。
優しく笑うクレアはタフィの恐怖をさらにあおり彼の顔は青ざめていく。グレンは剣をさらに机に押し込みタフィに口を開く。
「うちの義姉ちゃんのモットーは即断即決即死だからな。余計なことすると首と胴はあっという間にお別れだ」
「ひぃ! おっ俺は…… 俺は……」
手を震わせて剣の鞘を握ろうとするタフィ、震えた彼の手は剣をなかなかつかめないでいた。
「おい! お前ら! なにうちの店で勝手なことしてんだよ!」
叫び声が振り返ると太った白髪まじりで頭髪の薄い男が立っていた。男は茶色のズボンに白のエプロンをつけ肉切用の太い包丁を持っていた。彼はこの”岩竜の巣”の店主だ。
彼の左右には用心棒なのか鉄盾を背負い鎧を身に着けた二人の男とローブを着た魔法使いが立っている。
「悪いな。取り込み中だ。関係ないやつは黙ってろ」
振り返ってグレンは左手を店主に向けてだし、犬を追い払うようにシッシッという動作をした。店主はグレンの態度に眉間にシワを寄せ怒っている。
「そうはいかねえ! 店で勝手なことをされちゃあ困るんだよ。おい!!!! みんな! やっちまえ!!!!」
護衛の二人が前に出て店主の言葉に反応した。ガタガタと席を立つ音が店内に響く。近くで見ていた冒険者達が立ち上がったのだ。冒険者達は喧嘩なれしており、立ち上がるとテーブルを蹴り飛ばし周囲に広いスペースを作り武器に手をかける。
「あらら…… しょうがない人達ですね」
グレンは周囲の様子を見ながら、静かにグスタフの手から剣を抜いた。ほぼ同時にクレアもジョディの肩から剣を抜いた。二人は振り向いて店主たちに向かって行く。
「あっあ……」
「なっなんでよ……」
グスタフは手を押さえたままうずくまり、ジョディは壁から伝って床に落ちて座り込んだ。店のテーブルと壁にはべっとりと血の痕がついていた。
すっと背中を合わせるグレンとクレア、冒険者と用心棒は二人を取り囲む。護衛の剣士はクレアの前、魔法使いはグレンの前に立つ。
「さて義姉ちゃん。どうする? 半分で処理するか? 全部で処理するか?」
取り囲まれた状況で軽い感じでグレンがクレアに尋ねた。
「なるべく半分で! しょうがない場合は全部ですね」
「了解。なるべく守るわ」
グレンは適当な感じで返事をした。二人の会話で半分とは負傷程度にすますいわゆる半殺しで、全部とは完全に息を根を止めることを意味している。関係のない冒険者を減らすことはなるべく避けたいが、ここは夢があふれる新大陸だ冒険者は月に何十人も勝手に補充される……
護衛剣士の後ろに立つ店主の視界に、フードで隠れていたクレアの顔がチラッと見える。
「へへっ! なんだこっちはかわいい姉ちゃんじゃねえか。さっさと終わらせてここにいる全員で輪姦してやるよ!」
クレアを見た店主は笑って舌を出し、左手で股間をまさぐり右手に持った肉切り包丁をなめるような仕草をした。店主の行動にクレアは呆れてため息をついた。
「はぁ…… 下品な人達ですね。グレンくん。全員全部でいいですよ。もう…… ノウレッジに居る価値のない方々です」
ムッとした表情をして相手をにらみつけ、持っていた大剣をクレアは強く握りしめた。剣を両手で構えた護衛がクレアの前へと出た。