第188話 都合の良い話はない
「シーだよ。オリビアちゃん」
「コク。わかった」
口に指を当て静かにするように小声で指示をするキティルにオリビアはうなずく。腰をかがめた二人の視線の先には燃え盛るファイアウォールの炎が見えていた。ロックに気づかれないように二人はファイアウォールに近づいていた。二人の後ろには同じように身をかがめてあるく巨大な炎の魔人が続く。
グレゴリウスをロックから解放しようと四人は行動を開始していた。
「あははは…… 近づいてから呼べばよかったかな」
巨大を揺らしてファイアウォールに近づく、炎の魔人を見て苦笑いをするキティルだった。
「大丈夫。君のファイアウォールは強力だ。外から影響を受けない代わりに中から外の様子はわからない」
「そっか…… ありがとう。よし行こう!」
「あぁ」
笑顔で炎の壁を指して進むキティルにオリビアと炎の魔人が続く。壁の手前までくるとキティルは振り向いた。
「もうちょっと…… 右みたい」
振り向いたキティルが小声でつぶやく。彼女の視線先には二十メートルほど後方に立って手で指示を送るクロースが立って居た。クロースの横には矢を口に咥えたメルダが下を向いて弓の弦を確かめていた。
「あそこでよろしいですか?」
「うん!?」
顔を上げたメルダが右目をつむり左目だけでファイアウォールを見た。クロースの目が紫に光り色が抜けた視界に紫のフィルターがかかった。ファイアウォールの中にいるロックはグレゴリウスの座らせ彼の首に剣を突きつけていた。右手に持つ剣が逆転しない様子からメルダたちは二人の背後に回り込んでいるのが分かった。
「大丈夫…… 準備するから待って」
「かしこまりました」
うなずいたクロースはメルダに頭を上げると前を向いた。両手を前にだしてキティルとオリビアに待機するように指示をだした。
メルダは矢をセットしなち状態の弓を確かめるように弦を引いて構えた。彼女は緊張しているのか普段と違い弦を持つ手が震えている。
「ふぅ……」
不安を打ち消すように息を吐くメルダだった。彼女の背後にそっとクロースが近づいて来た。
「大丈夫ですわ…… あなたの力を信じて」
「えっ!? えぇ。ありがとう……」
弦を引く右手の上にそっとクロースは手を置いて声をかける。振り向いてメルダにほほ笑むクロースの顔が見えた。彼女の顔を見たメルダからスッと緊張が消えていく。メルダは恥ずかしそうに頬を赤くして顔をした向けクロースから背けて礼を言うのだった。
「もう大丈夫。行くわよ」
「はい。かしこまりましたわ」
顔を上げたメルダが真剣な表情でクロースに口を開いた。クロースは彼女の右手から手を離し笑顔でうなずき少し離れるとキティル達に両手を振って合図を送った。メルダは咥えていた矢を持ってつがえた。
「はい。これでちょっとの間だけ炎の影響を受けないよ」
「悪いな」
オリビアの両手にキティルが炎の加護を付与できる薬を塗った。オリビアとキティルは立ち上がった、オリビアは炎の魔人とその場に残りキティルは下がっていく。
振り向くオリビアは視線をクロースへと向けた。クロースは彼女の横に居るメルダへ視線を向ける。矢をセットした弓の弦を引いて構えたメルダが大きくうなずいた。
クロースは右手をあげると勢いよく振り下ろす。
「行くぞ」
「お願いね」
オリビアの声のキティルが答える。直後に炎の魔人とオリビアは両手をファイアウォールと突っ込んだ。燃え盛る炎のなかじりじりとオリビアに炎が照り付ける。彼女は手探りでファイアウオール内の金属の棒を両手でつかんだ。顔を炎の魔人へと向けた。
「せーの!!!」
「ウガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
必死な形相で両腕を引っ張ってファイアウォールをこじ開ける炎の魔人とオリビアだった。ファイアウォールの一部が縦に数十センチほど亀裂のように開いた。
メルダはパッと目を大きく見開いた。彼女の視界の先は自身に背中を向けたロックの姿が見えた。息を止めメルダが全身に力を込めると、わずかに揺れていた弓が止まる彼女は目を大きく見開いた。
「今!!!!」
叫ぶと同時にメルダは矢を放つ。弓から放たれた矢が一直線にロックへと向かって行く。オリビアと炎の魔人は苦しそうに顔を歪ませながらファイアウォールの穴を左右から必死に押さえていた。
「ダメだ……」
二人の手が離れてしまった。こじ開けたが穴が一気に戻っていく……
「うん!? なっ!?」
異様な気配を察したロックが振り向いた。彼は振り向くと同時に左手を前に突き出した。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!!」
ロックの叫び声が部屋に響いた。同時にファイアウォールが上からかき消されていく。ファイアウォールがなくなるとうずくまるロックと座ったまま彼を呆然と見つめるグレゴリウスが立っていた。ロックの剣は床に転がり彼は右手で左肘の辺りを押さえてうずくまっていた。
「ああああああああああああああ!!!!!!!!!! わっ私の腕が!!!! 腕ガアアアアアアアアア!!!!」
顔をあげて声をあげるロックだった。彼の左腕の手首と肘のちょうど間をメルダの矢が貫いていた。矢の穴から亀裂が広がりひび割れていく。
メルダの矢はロックの心臓を捉えていた。振り向いたロックはとっさに左腕を前にだし矢の直撃を避けたのだ。
「クソ!!! このままで!!!!」
右手を伸ばし剣を拾い立ち上がるロックだった。視線をグレゴリウスに向け彼を睨みつけた。ロックの残された手段はもう一つだけだ。この窮地を脱するには近くにいる弱気料理人を再度人質にとることだけだった。しかし……
「おっと!!! 私の大事な旦那様に手を触れないでくれるか!」
ロックの背後から猛スピードでオリビアが駆けてきていた。彼女は途中で背負っていたメイスを引き抜いており、ロックに近づくと地面を這わせるようにして彼の両足を左から払う。
「うわああああ!!!」
足を払われ横に回転しながら倒れるロック、倒れた衝撃でまた彼の剣が地面へと転がった。オリビアは素早くロックに近づき頭の横でメイスを背中まで振り上げた。
「やめろ!!! 僕が悪かった!! 降伏する!!! だから!!!」
「もう遅い!!! 君は排除だ…… 永遠にな!!
メイスを振り上げ自分を見下ろすオリビアに必死に命乞いをするロックだった。オリビアは彼を睨みつけメイスを振り下ろした。鋭く伸びてくるメイスは的確にロックの顔を捉えた。
「ヤメロオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!!! ブギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
グチャっという音と共にロックの頭が破裂し血が吹き飛ぶ。グレゴリウスは目をつむり顔を背けるのだった。帝国第三統合軍副司令官ロック上級中尉はここに散ったのだった。
オリビアはメイスから両手を離しすぐにグレゴリウスの元に行きしゃがんで声をかける。
「グレ!? 怪我は?」
「大丈夫…… ありがとう。オッちゃん」
「よかった」
目に涙を浮かべたオリビアは最愛の夫であるグレゴリウスを強く抱きしめる。キティルはその様子を見てホッと撫で下ろした。彼女は振り向いて的確な仕事をこなした相棒に労いの声をかける。
「やったね。メルダ」
笑いながら両手を振るキティルにメルダは恥ずかしそうに右手をあげて答えた。彼女は弓をしまって視線を下に向け自身の両手を拳を握って見つめる。
「これであたしも特殊能力を……」
「あら!? そんな都合よくありませんわよ」
「へっ!?」
驚いて振り向いたメルダにクロースはあきれた顔で答える。
「蒼眼の発掘人の効果で今回は一回だけお試しで特殊能力が使えたんですのよ。だからあなたはまだは使えませんわ」
「えっ!? ちょっと! 何よそれ!!!」
「当たり前ですわよ。特殊能力が開花するには努力だけじゃダメですからね」
背伸びをしたクロースは指を立てメルダの鼻を軽く押してウィンクをした。
「そんな…… はあああ」
「うふふふ。精進なさいなさい」
がっくりと肩を落として息を吐くメルダにクロースは優しくほほ笑むのだった。ふとクロースは顔をあげ心配そうに上を向いた。寂しく静かな薄暗くかすかに見せる石造りの天井は黒ずんていた。
「後は…… クレア…… あなた達ですわよ」
クロースは天井に向けてつぶやくのだった。